2500年後の今、ソポクレスが蘇る?! 杉原邦生×河合祥一郎が『オイディプスREXXX』を語る
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『オイディプスREXXX』杉原邦生×河合祥一郎 撮影:宮川舞子
ギリシャ悲劇の傑作「オイディプス王」が、自身が主宰するカンパニー・KUNIOや木ノ下歌舞伎などでその手腕を発揮している杉原邦生の演出で、『オイディプスREXXX(レックス)』としてKAAT神奈川芸術劇場で12月12日(火)~24日(月・祝)に上演される。
タイトルロールには、今回が歌舞伎以外の演劇の舞台に立つのは初となる歌舞伎俳優・四代目中村橋之助。若きオイディプスを支える役どころには、南果歩と宮崎吐夢と実力派のキャストを配し、古代ギリシャ悲劇の上演スタイルにならい、物語の主な登場人物をメインキャストの3人が演じ分けるという。
稽古も大詰めに向かいつつある某日、演出の杉原と、この戯曲の翻訳者である河合祥一郎が対談を行い、公演について詳しく語った。
ーーまずは、シェイクスピアの研究者である河合先生がソポクレスを翻訳することになった経緯と、今回『オイディプス王』を上演するにあたり杉原さんが河合先生の訳を採用した理由をお聞かせください。
河合:光文社から翻訳の依頼があり、英語からの重訳でよいとのことだったので引き受けました。私はギリシャ語はわかりませんが、わからないなりに原文にも当たってみたところ、シェイクスピア同様、やはり音楽性というか言葉のリズムがあるんですね。そのリズムや音の響きに注意して訳しました。
杉原:読んでみて、すごくそれを感じました。河合先生の訳は言葉のテンポがいいんです。いま日本にある翻訳の中で一番わかりやすくてスピーディーだと思います。
『オイディプスREXXX』杉原邦生×河合祥一郎 撮影:宮川舞子
河合:邦生さんは、なんで『オイディプス王』をやろうと思ったの?
杉原:ギリシャ悲劇はいつかやりたいと思っていました。日本の古典はやったし、シェイクスピアも挑戦したし、ここでさらに紀元前まで、演劇の原点までさかのぼってみようかな、と。
河合:そう、演劇の原点ですよね。私も、原点はまずギリシャ悲劇、そのギリシャ悲劇で一番読むべきものは『オイディプス王』だ、といつも話しています。すごく短いお話であると同時に、ギリシャ悲劇の特徴ともいえる要素が全部詰まっている作品です。
杉原:ギリシャ悲劇の中で何がいいかな、と探していたとき、これまでの上演に一番違和感があったのがこの作品でした。ほとんどの場合、王の役をベテランの俳優がやっているんですが、僕の世代って“キレる世代”なんて言われたこともあって、そう考えると、オイディプス王ってすぐに怒るから、実はもっとキレやすい、若くて勢いのある人間じゃないかな、と感じていたんです。
『オイディプスREXXX』稽古場写真 撮影:宮川舞子
河合:稽古を拝見しましたけど、コロスをラップにしていたりとか、楽しくなりそうですよね。
杉原:河合先生の翻訳を読んで、すごくリズムあるな、これってラップにできるんじゃないかな、って思ったんです。初期の打ち合わせの時に河合先生から、コロスは歌うことがアイデンティティだというお話があって、じゃあどうやって歌わせようかと考えて、群読なんてすぐ飽きちゃうし、歌い上げたらミュージカルみたいになっちゃうし、でもラップミュージックなら歌わせられるな、僕のリズム感覚にもフィットするなって思ったんです。
河合:「コロスの個性を大事にしたい」と言われたときに、なるほど、と思いました。
杉原:舞台上で「その他大勢」として扱われてしまう人々がいるじゃないですか。それはもちろんその時代背景や芸能の成り立ちの中で必然性があってそういう扱い方になっていたと思うんですが、彼らにもそれぞれの感情や個性があるはずで、だから今回の演出では人数を絞ってコロス一人ひとりをきちんと描くというプランにしました。
『オイディプスREXXX』稽古場写真 撮影:宮川舞子
河合:邦生さんの演出から、ソポクレスの原典に即して現代化する、という意図を感じます。例えばメインキャストが3人だけというのは、ソポクレスの時代には3人しか俳優がいなかった(注:ソポクレスの作品には一場面に最大3人までしか人物が登場しておらず、最大3人の俳優で演じ分けられていたのではと考えられる)からなのですが、ひょっとして、この形態で上演するのは日本では初めてなんじゃないですか? ソポクレスが意図した演劇をようやく今、その通りにやろうとしている。
杉原:2500年後の日本で。これは演劇史的にすごいことですよね。
河合:ようやく今、ソポクレスが蘇った!
杉原:それ、大見出しにしましょう(笑)
『オイディプスREXXX』杉原邦生 撮影:宮川舞子
河合:本当に、原典にある演劇的な要素をそのまま蘇らせようとしてくれていると思うんですよね。これは画期的な公演ですよ。
杉原:初演された時代はコロス以外の8役を3人の俳優が演じていたということを知って、一人が何役かやることは戯曲の構造的にも意味があるんじゃないか、と思って読み返してみたんです。そうしたら、やっぱりいろんな発見があった。稽古していてもすごく面白いです。(南)果歩さんと(宮崎)吐夢さんには何役もやっていただくのでセリフを覚えるのが大変だと思うんですけど。
河合:お二人とも、演じ分けが本当に上手ですよね。
杉原:吐夢さんは、こんなクレオン見たことない、ってくらい面白いクレオンになってます。果歩さんの多面性のある芝居も素晴らしいですし、コロス役の6人も稽古では自由過ぎるくらいいろいろ試してくれて、とにかくみんなで笑いながら稽古していますね。あれ俺ら悲劇作ってるのに、って(笑)
河合:オイディプス王のどんでん返しは、ペリペテイア(逆転)というギリシャ悲劇の重要な要素で、逆転を明確にするためには、笑わせた後でがく然とさせる、とした方が効果的なのかな、と思います。
『オイディプスREXXX』河合祥一郎 撮影:宮川舞子
ーーお稽古を拝見したら、元の台本から結構セリフが削られていることに驚きました。
杉原:河合先生は舞台の現場をたくさんご経験されているから、現場の感覚をとてもよくわかってくださっています。物語の核さえつかんでいれば、演出の範疇、現場の判断で台本を変えて構わないという基本姿勢をお持ちなので、その柔軟さがありがたいです。
河合:私への対応もそうですけど、稽古場でも邦生さんくらい優しくて丁寧な演出家さんは初めてです。コロスに対するダメ出しの緻密さには感心しました。
杉原:現代化をする際にはコロスがポイントになるんだろうな、という気がします。コロスは最初はオイディプスは自分たちの国を救ってくれた英雄だ、救世主だ、と持ち上げていたけど、最終的にオイディプスこそがこの国の穢れだ、と知った瞬間に手のひらを返したように引いていってしまう。それって現代社会にも溢れていますよね。前はあんなにちやほやしてたのに、って。
『オイディプスREXXX』稽古場写真 撮影:宮川舞子
河合:今はネット社会が大きくて、炎上したりとか人々の反応が強い力を持つ時代だから、ますますコロスの重要性が見えてきますね。「オイディプス王」という存在は、彼一人が作っているのではなくて、社会全体が作っているという、より現代的な構造も見えてきそうです。
杉原:ソポクレスの時代は劇場が一つの社会になっていたんだと思うんです。今は演劇が社会とどう繋がっているかが見えづらくなっている。だからこそ、歌舞伎界の若手ホープである橋之助くんがいて、果歩さんと吐夢さんという素晴らしい俳優がいて、ラップがあって、あのチラシのビジュアルがあって、僕の世代だからこそできる広い入り口をまず作る。その上で、紀元前から続く演劇史の先に現代社会が描かれている、そんな作品になればいいな、と思っています。
『オイディプスREXXX』稽古場写真 撮影:宮川舞子
河合:古典が未だにずっと上演され続けているというのは、やっぱり戯曲にそれだけの力があるし、邦生さんはそれを今の私たちにわかる形で、現代化して社会の問題を浮き彫りにして見せてくれる演出家ですから、これは期待が高まりますね。
杉原:古典ってどうしても敬遠されがちだと思うんですが、その古典の面白さとカッコ良さを伝えるのが僕のひとつの使命だと思っています。
河合:私の翻訳も、古典って難しくないよ、こんなに面白いよ、ということを伝えたくて今の日本語で表現しようとしていて、邦生さんも同じスタンスでいるから、それが相乗効果でいい結果を出してくれるといいな、と思っています。
『オイディプスREXXX』稽古場写真 撮影:宮川舞子
ーーこれから稽古がますます佳境に入っていく中で、作品全体を最初から最後までの一つの流れとしてまとめていく作業になっていくと思います。
杉原:この作品はセリフも含めたひとつの音楽だと思っているので、最終的には芝居全体のリズム調整みたいなことになりますね。僕の中では常に音楽が鳴っている感覚があって、細かい間まで決まっていくんです。今回はラップが何曲も入りますけど、実際に流れる音楽とセリフ劇とのバランスや繋がりもとても重要で、それって、やっぱり音楽的感覚だと思っています。歌舞伎もそうですけど、古典って音楽としての側面が必ずありますよね。
河合:私はギリシャ悲劇もシェイクスピアも音楽だと思っていて、だからその“音楽だ”という感覚を邦生さんが持っていれば、本当にソポクレスが蘇ると信じています。演出家によっては、解釈だけで押したり、役者さんの感情に任せたりしがちだけど、古典はそれじゃいけない。細かなところまで決まっている、っていうのが重要なんです。そこがわかって演出してくださる方は未だかつていなかったかもしれない。
杉原:本当ですか、そう言ってもらえるとうれしいです。
河合:私もうれしいです。今日対談してよかった。
杉原:こちらこそ、ありがとうございました。
『オイディプスREXXX』杉原邦生×河合祥一郎 撮影:宮川舞子
対談後の写真撮影では、カメラマンさんから思わず「なんだか幸せな空気が流れています」と声がかかるくらい、お二人にとって得ることの多い充実した対談となった様子。
『ギリシャ悲劇は音楽』
という二人の思いの下、初日に向けていよいよラストスパート。どんな「音楽」を私たちに聞かせてくれるのか、楽しみだ。
取材・文=久田絢子
公演情報
作:ソポクレス
翻訳:河合祥一郎(光文社古典新訳文庫「オイディプス王」)
演出:杉原邦生
出演:中村橋之助 南 果歩 宮崎吐夢
大久保祥太郎 山口航太 箱田暁史 新名基浩 山森大輔 立和名真大
日程:2018 年12 月12 日(水)~24 日(月・休)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場 <大スタジオ>
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