Mr.Children『重力と呼吸』ツアーで目の当たりにした、26年目にしてなお先へと進み続ける姿
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Mr.Children 撮影=渡部 伸
Mr.Children Tour 2018-19 重力と呼吸 2018.11.28 横浜アリーナ
「まだまだ、みなさんにも僕らにも伸びしろがあるんだと信じてます」
ライブ後半に桜井和寿がそう語ったとき、大きく頷いてしまったのは、彼らがその発言を裏付ける素晴らしいステージを展開していたからだ。デビュー26年目に突入したMr.Childrenは今もなお成長し続けていた。そしてこれからもさらに成長すべく、前を見つめていた。台湾公演を含む、13か所26公演、総動員数約20万人となる『Mr.Children Tour 2018-19 重力と呼吸』の17本目、11月28日の横浜アリーナ。
このツアーの最大の見どころはMr.Childrenというバンドの生み出すエネルギーであり、息づかいということになるだろう。人間味あふれる演奏によって、最新のナンバーはもちろん、彼らがこれまで生み出してきた名曲の数々にも新たな息吹が吹き込まれていた。メンバーは桜井和寿(Vo)、田原健一(Gt)、中川敬輔(Ba)、鈴木英哉(Dr)というMr.Childrenの4人に加えて、近年のツアーでお馴染みのSUNNY(Key/Cho/Gt)、ツアー初参加となるシンガーソングライターでもある世武裕子(Key/Cho)という6人編成だ。世武は最新アルバム『重力と呼吸』でも10曲中8曲で演奏や編曲していたので、その流れを受けての参加ということになる。おそらく、彼女の存在が触媒となって、バンドに新風を吹き込んだのではないだろうか。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
オープニング・ナンバーの「SINGLES」からダイナミックなバンドサウンドが全開となって、進化し続けているバンドの姿が露わになっていった。温かさと力強さとせつなさが一体となった桜井の歌声、体温が伝わってくるアンサンブル、骨太なグルーヴが気持ちいい。バンドを生き物に例えるならば、背骨と足腰の強靱さが際立つ演奏だ。世武のピアノも背骨を補強する背筋や腹筋のような芯の強さとしなやかさを備えている。サビの“have to go”というフレーズがこの日のライブ全体を象徴するかのように響いてきた。生きている限り、進んでいかなければならない。Mr.Childrenというバンドが演奏そのものによって、前進し続けることの難しさだけでなく、かけがえのなさを示していると感じた。
ツアー・タイトルからもわかるように、今回のツアーは最新アルバム『重力と呼吸』を軸としたステージということになる。と同時に、これまでの26年の間に発表した楽曲の数々が効果的に配置されていた。中川の重厚なベースで始まった「Monster」では不穏な空気を孕んだ歌と演奏がスリリングだった。桜井がステージ中央から伸びている花道に出て、客席をあおりながら歌っている。ステージ上の6人がまるで一匹の野獣と化していくかのようなワイルドな演奏だ。一転して、「himawari」では目を閉じて歌う桜井のぬくもりのある歌声に引きこまれた。過去のツアーでは大掛かりな演出映像のもと、壮大な世界が構築されていくケースも目立っていたが、今回のステージでの照明や映像はあくまでも歌の世界観を際立たせるために機能していると感じた。だが、演出が地味というわけではない。空間的な広がりを感じさせる幻想的なライティングは鮮やかで何度も息を飲んだ。大地や空、風や花、星や太陽、季節の気配など、様々なイメージを拡張させる役割を担っていた。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
「さあ、始まったぞ。準備はいいですか? さあ、行くぞ! やるぞ! やるぞ! ついてこい!」と桜井が客席をあおっていく。デビュー26年目にして、この前のめりな姿勢が清々しい。ハンドクラップの中での歌と演奏となって、観客もともに歌ったのは「幻聴」だ。いや、この歌だけではない。この日演奏された、たくさんの歌でシンガロングが起こっていた。Mr.Childrenの楽曲はすでに人々の生活の中に溶けこみ、根付いている。そしてこのライブという空間で、バンドと歌とリスナーとのつながりはさらに強固なものになっていると感じた。ステージ上と客席との間での交流が相乗効果となって、時には感動的、時には熱狂的な空間が出現していたからだ。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
「横浜アリーナ、間違いなく僕らが一番ライブをやってる会場です。もうホームだと思ってます。僕らとみなさんとの出会いを祝してこの曲を贈ります」という桜井の言葉に続いて、「HANABI」が始まると、大きな歓声が起こった。Mr.Childrenが1曲奏でるごとに、会場内には熱気が渦巻き、高揚感が充満していく。「忘れ得ぬ人」はSUNNYのキーボードの演奏に乗って、桜井がせつない歌声を披露していく。そしてその歌声に寄り添うように、バンドの演奏が加わっていく。“ひとつになる”とはありきたりの表現かもしれない。が、そうとしか言えないような瞬間がたくさんあった。それは例えば、こんな紹介に続いて演奏された「花 -Mémento-Mori-」だ。
「草野球の試合があって、グリーンの芝生のセンターを守っていたら、降ってきたんですよ、名曲という花を咲かせる種が。制作するときに思っていたことは、聴いてくれたみなさんの中で、この種が芽を出して、茎を伸ばして、大きくて優しくて温かな花が咲くようにということ。そう思って作った曲をお届けします」という桜井の言葉に続いて、メンバー4人が花道に出てきての演奏となった。桜井のアコギの弾き語りでの始まり。土の中から芽吹くような神秘的なパワーをはらんだ歌声に鳥肌が立った。バンドの演奏が加わっていって、その芽がすこしずつ丈を伸ばしていくかのようだった。繊細でニュアンス豊かな演奏が素晴らしい。色とりどりの照明が客席に降り注いでいる。後半はシンガロングとなって、バンドと観客とがアリーナ内に美しい花を咲かせていく。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
バンドがエネルギーほとばしる演奏を展開したのは「addiction」だ。桜井が「さあ、もっと! もっと!」とあおって、花道で跳びはねている。鈴木が雄叫びを発しながら、気迫あふれるドラムを叩いている。観客が一緒に吠えている。エンディングでの世武のアバンギャルドなピアノがそのエネルギーをさらに拡散させていく。その勢いを持続したまま、初期のナンバー、「Dance Dance Dance」へ。田原のソリッドなギターでのイントロに、大きな歓声が起こり、桜井が「踊れ! 踊れ!」とあおって、客席が激しく波打っていく。広がりのある歌声が魅力的な「ハル」、光の粒がほとばしる中で、伸びやかな歌声と躍動感あふれる演奏が全開となった「and I love you」、いとしさが詰まった歌と演奏に聴き惚れた「しるし」などなど。感動に、さらなる感動が波のように押し寄せて重なっていく。
「でっかい声を聞かせてください。日頃、みんなが背負い込んでいるもの、身にまとっているもの、全部、この会場に置いていってください。みんなを裸にしたいと思います」という言葉に続いては「海にて、心は裸になりたがる」。疾走感と開放感を備えた歌と演奏が気持ちいい。観客もハンドクラップ、そしてシンガロングで応えていく。歌うこと、叫ぶことは内なるパワーを解き放っていくこと。たくさんのパワーが混ざり合って、大きなうねりを作っていく。「擬態」もシンガロングが起こった。さらに「Worlds end」へ。拍手と歌声が会場内に充満していく。聴く、観るという受け身の行為だけではなくて、歌い、叫び、一緒に参加するライブ、観客が能動的に創造していくライブだ。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
「デビュー25周年にあたる1年が終わって、何をしようと考えたとき、実は僕らはまだまだやりたいことがあって、理想、憧れ、夢があって、今からでも遅くない、少しずつでもいいから、そこに近づきたいと思って、新しいアルバムの制作に入りました。この会場の多くの人がティーンエージャーじゃないことを僕は知ってます。でもティーンエージャーじゃなくても、僕らと同じように、夢を持ち、理想を掲げてもいいと思っています」という言葉に続いて、冒頭で紹介した“伸びしろ”発言が飛び出した。そして「心の中で口ずさんでください」という言葉に続いて、本編最後に演奏されたのは「皮膚呼吸」だった。これからも進み続けていくという力強い意志が詰まった演奏だ。しかも上からの目線で、一方的にメッセージを発するのではない。観客に向けて、ともに進んでいこうよと誘いかける人懐こさ、優しさ、温かさが備わっている。Mr.Childrenの音楽が素直に入ってくるのは並走する感覚が備わっているからだろう。彼らは前にいるのではない。すぐ横にいるのだ。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
この日、たくさんの最新アルバムの曲が演奏された。『重力と呼吸』というアルバム・タイトルは絶妙だ。“重力”も“呼吸”もフラットな単語で、ポジティブにもネガティブにも解釈が可能である。地球に存在するすべての物は重力の影響から逃れることは出来ない。生きていく上で降りかかってくる宿命、運命、業、足かせ、困難などを象徴する言葉と解釈することも出来る。その一方、重力があるからこそ、体に負荷がかかり、体力、筋力、脚力を鍛えることが出来るわけで、成長に不可欠なものでもある。植物が空を目指して育っていくのも、雨が花に降り注ぐのも、重力があればこそだ。“呼吸”は生命力を象徴する言葉として解釈することも出来る。タイトルに込められた意味はおそらくはひとつではないだろう。乱反射する様々なイメージをそれぞれが思い思いに受け取ることが出来るという意味でもこのタイトルは秀逸だ。だが、この日のステージを観ていて、『重力と呼吸』という言葉と、困難を乗り越えて、自分たちを磨き、鍛え、進み続けてきたバンドの姿がシンクロしているとも感じた。彼らの演奏に胸が熱くなるのと同時に、叱咤激励されている気分にもなった。
Mr.Children 撮影=渡部 伸
アンコールも最新アルバム『重力と呼吸』収録曲「here comes my love」から始まった。願いや祈りが詰まった歌声に、揺るぎなさと広がりとを兼ね備えた演奏が、確かな説得力を与えていく。海原が描かれた歌に続いては、青空や星空が描かれた「風と星とメビウスの輪」へ。さりげなく始まり、雄大な景色を出現させていく起伏に富んだ展開がスリリングだ。「この季節が大好きなんです。この季節に結構、曲が生まれてます。この曲もそうです。これからどんどん寒くなって、冬が来ますが、今日の温かさ、熱さがいつまでもみなさんの心に残っているように願って」という言葉に続いては『重力と呼吸』収録曲の「秋がくれた切符」へ。「公園のベンチに座っているような気分で」ということで、桜井はステージの段差に座っての歌となった。外だけでなく、アリーナ内にも秋が訪れるような味わい深い歌と演奏だ。歌の途中で桜井が立ち上がったのだが、それだけの動きで、場面が鮮やかに転換していった。桜井はパフォーマーとしても突出している。
「僕らの愛情と情熱のすべてをこの曲に乗せて。みんなの歌です。みんなへの歌です」という桜井の言葉に続いては「Your Song」。イントロでの桜井のシャウトに胸が熱くなる。温かな桜井の歌声と思いの詰まった演奏によって、会場内は感動に包まれた。彼らは20数年間、日本の音楽シーンを牽引してきた。トップを走り続けるということは、重力だけでなく、常に風圧にさらされることにもなる。だが、バンドはそうした負荷までも糧として進んできた。これはとてつもないことだ。なぜそのようなことが可能となったのか。その答えをこの日の「Your Song」の演奏から見出すことが出来るのではないだろうか。この夜、彼らが示してくれたのは音楽の素晴らしさであり、人との繋がりの尊さであり、希望と勇気のかけがえのなさだった。
取材・文=長谷川誠 撮影=渡部 伸