新派『日本橋』喜多村緑郎、河合雪之丞、高橋惠子に聞く悲恋の先に描く世界
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(左から)喜多村緑郎、高橋惠子、河合雪之丞
新派の舞台『日本橋』が、三越劇場で1月2日(水)~25日(金)まで上演される。泉鏡花が大正3年に発表、戯曲化されたのが翌年の大正4(1915)年。男女の愛憎、女の意気地、生きざま、それらを紡ぐ鏡花の言葉の美しさは色あせることなく、初演から1世紀に渡り世代、世代の名優たちによって上演されてきた。今回の公演では、客席エリアの中央に花道を敷き、それを橋に見立てて、町にくる人、去る人が描かれるという。演出は、齋藤雅文。
新演出への期待が高まる中、医学士の葛木(かつらぎ)役の喜多村緑郎、勝気で奔放な芸者のお孝(こう)役の河合雪之丞、そして葛木が姉の俤を求めて慕う芸者の清葉(きよは)役の高橋惠子にインタビューをした。
橋を渡り交差する、いくつもの人生
——高橋さんは3度目、緑郎さんは2度目、そして雪之丞さんは初の『日本橋』です。稽古を通して新たに気づいた、本作の魅力はありますか?
高橋惠子(以下、高橋):どの登場人物も内面深くまで描かれていて、それぞれの物語が、巡り合わせや行き違いで、折り重なるように繋がっていく。人生の縮図のような物語だと、あらためて感じています。例えば、たまたま清葉が葛木のお姉さんに似ていたこと、たまたまお千世がお孝さんから贈られた着物を着ていたことなどですね。
喜多村緑郎(以下、緑郎):悲劇のきっかけも、巡査の1枚のメモの「同じく妻」の一言でした。
——葛木が、巡査に尋問を受けたときのメモ書きですね。
河合雪之丞(以下、雪之丞):葛木さんが名前を聞かれて答えると、そこに居合わせたほろ酔いのお孝が「同じく妻」と続くんですよね。お孝は冗談で言ったのに、真面目な巡査は真に受けて、手帳に書き留めてしまう。
——実際は、初対面のふたりなのに。
雪之丞:もしメモしていなければ、あるいは、もし別の巡査だったなら、お孝さんの人生は違ったかもしれません。原作小説だと、巡査は「薩長のどこかしらの人」と匂わせるに留まっていますが、今回は演じる勝野洋さんが熊本のご出身ということで、演出の齋藤先生から「はっきりと熊本弁で」と指定されています。
——これまでとは異なる、今回ならではの設定ですね。
高橋:今までと違うといえば、田口守さんが演じられる五十嵐伝吾。人間の全部をさらけ出す、見ていて身につまされる役なのですが、今回は、伝吾のイメージも変わったように感じます。
高橋惠子
緑郎:分かります。
——どのように変わるのでしょうか?田口さんは、製作発表の会見で伝吾のことを「現代でいうストーカー」だとおっしゃっていました。
緑郎:たとえば伝吾と葛木が対峙するシーン(第2幕「一石橋の雪」)。8年前に葛木を演じた時、僕は、伝吾の獣のような感じや不潔さを嫌悪し振り払おうとしました。お孝と縁を切ったのも、そんな伝吾と男女の関係があったお孝を、許せなかったからだとも受け取れるものでした。
しかし今回の葛木は、惚れた女に身を捧げ、子どもまで捨てる伝吾の姿にショックを受けつつも、共感し、「かねてから慕っていた姉を探しに行こう」という思いに駆り立てられるわけです。お孝を捨てたというよりも、お姉さんを探しに行く決意をさせてくれた。それが今回の伝吾です。
68年ぶりの女方と女方
——稲葉家の抱妓、お千世役は、雪之丞さんのお弟子さんである、河合宥季さんが勤められます。
高橋:お千世の女方は、大矢英雄さん以来、68年ぶりだそうです。宥季さんは、女の人の演技では出せない健気さ、いじらしさをとても上手に表現されていて、私の清葉もやりやすいです。
雪之丞:そう言っていただけてよかったです。これから稽古を……と思いながらも、ごめんなさい。今はまだ、私が自分の役のことで精一杯で(笑)
——雪之丞さんは、お孝を初役で演じられます。お孝は新派女方として64年ぶりです。また、ダブルでの女方は68年ぶり。
雪之丞:お孝とお千世が同性愛っぽくなるシーンでは、「これは男同士が女同士で……。男同士なのに女同士なの?」とか考えてしまいます(笑)。初役ですから、まずは先輩方のやり方をなぞろうと心がけています。たとえば衣装に明確な指定がない場面でも、以前に演られた方と同じものを着させていただこうと思います。
河合雪之丞
——そして高橋さんは、3回目の清葉役です。
雪之丞:稽古場の惠子さんが、もう清葉にしかみえないんです。
緑郎:すでに清葉がそこにいる、という感じで!
高橋:(笑)。3回目ですが、やはり難しい役だと感じています。齋藤先生から言われているのは「前回よりも日常的な感じで」ということです。型や台詞の美しさを大事にしながらも、台詞をうたい上げるだけでなく、心の交流をと。そのバランスを取ることができれば、新しい『日本橋』が生まれるのでしょうね。観る方の心にも、より伝わるものがあると思います。
泉鏡花の一字一句を大切に
——緑郎さんは、8年ぶり2度目の葛木晋三役ですね。前回も今回も、相手役の清葉は高橋さんです。
緑郎:初役の時は、まだ僕が歌舞伎俳優(当時、市川段治郎)だったこともあり、役作りでは中村吉右衛門さんや片岡仁左衛門さんの葛木を勉強しました。その後、新派に入団し、戌井一郎先生や齋藤先生の演出を受けるうちに、新たに葛木というお役を考えるようになりました。
そこで今回は、あえて映像を見返すこともせず、いただいた台本だけで裸で稽古に挑みました。そして何度目かの稽古の日、齋藤先生に言われたんです。前回の自分の映像を観てきてくれ、と。
——どういう意味でしょうか?
緑郎:「8年前のあなたの葛木は、すごく良かった。でも今は、酸いも甘いも知った葛木になっている」って!(笑)
雪之丞:本当に良かったのだと思います。波乃久里子さんも「あんなに良い葛木はみたことがない」って。
緑郎:当時の僕は訳も分からずやっていたのに(笑)
高橋:その初々しさが葛木と重なって、とても良かったんですよ! 清葉を演らせていただく度に、緑郎さんの葛木が思い浮かんだほど。
緑郎:ところが今回の稽古場では?
高橋:「あら? 葛木さん、こんなに風格があったかしら? 」って(一同、笑)。役者さんとして成長された結果なんですよね。今はもう、あの葛木さんが戻ってきていますから安心です! 思えば髪型も、先月新橋演舞場で演じてらした金田一耕助のままで(笑)
緑郎:すべての謎を解いて、分かった顔になっていたのかもしれません(笑)。そして二度目の役とは言っても、実は台詞が大変なんです。前回までは舞台にはなかった原作小説の台詞が、新たに加わっているんです。泉鏡花さんは、言葉を大事にされていた方だと聞きますので、いつも以上に、台詞の一字一句を大切に演じたいです。
雪之丞:泉鏡花さんは、元原稿には総ルビをふっていたそうですよ。
高橋:失敗原稿も捨てずに神棚に備えていたと言いますし。込められたものがあると思われたのでしょうね。
観音様のような清葉、心のままに生きるお孝
——お孝と清葉は、同じ芸者さんでもキャラクターはまったく別ですね。
雪之丞:お孝にとって、清葉は絶対的な存在です。どうやっても越えられないと思うから、面当てともとれる行動をします。清葉さんがふった男性を次から次へと自分のものにしていくんですね。「一人や二人ではない」男と関係していますが、そんな中でも葛木だけは今までの男と違う、琴線に触れるものがあったのだと思います。出会ったその日に、清葉さんとの出来事を打ち明ける弱さ。守ってあげたい男だったのでしょうね。それでも常に、清葉さんを意識していた。そんな意気地を、彼女は最後まで貫きます。
緑郎:今回新たに、葛木がお孝にその日の清葉との出来事を語る時、回想シーンとして清葉との場面が、演じられるようになりました。お孝との対比で、清葉の観音様のようなイメージがより際立つ流れになっています。
喜多村緑郎
雪之丞:台詞ひとつとってみても、お孝の台詞は血の通った人間の声。清葉さんの台詞は天からの声のよう。
高橋:対照的でありながらも、清葉はお孝さんに憧れがあった。登場人物の中でも、お孝さんの気持ちが一番わかる人だと思って、清葉を演じています。
——お孝のどのようなところに、清葉は憧れたのでしょうか?
高橋:清葉には母親がいて子どももいて、守らなくてはいけないものがあり、たくさんの枷に耐えて生きています。同じ芸者でもお孝さんは、人にどう思われるかより、自分がしたいように、思ったとおりに生きていて。
雪之丞:心のままに、行動して喋って。
高橋:いじめられていたお千世を助けてあげた時にも、お孝さんへの憧れを感じさせる台詞があります。お孝さんならこうしたでしょうにって。
雪之丞:だからこそ最後は清葉さんが「私に全部まかせなさい」と笛を吹き、見送ってくれる。
緑郎:魂を浄化し、昇華させてくれる。すべてが、そこにつながるんです。
(左から)喜多村緑郎、高橋惠子、河合雪之丞
取材・文=塚田 史香 撮影=寺坂ジョニー
公演情報
■会場:三越劇場
■原作:泉鏡花
■演出:齋藤雅文
■出演:
喜多村緑郎、河合雪之丞、田口守、河合宥季、勝野洋、高橋惠子
大正のはじめ、日本橋には指折りの二人の名妓がいた。稲葉家お孝(河合雪之丞)と、瀧の家清葉(高橋惠子)である。しかしその性格は全く正反対で、清葉が品がよく内気なのに引き替え、お孝は達引の強い、意地が命の女だった。
一方、医学士葛木晋三(喜多村緑郎)には一人の姉がいたが、自分に似ている雛人形を形見として残し、行き方しれない諸国行脚の旅に出てしまった。その雛人形に似ている清葉に姉の俤を見て思いを寄せる葛木は、雛祭の翌日、七年越しの自分の気持ちを打ち明けた。しかし清葉は、ある事情から現在の旦那の他に男は持たないと誓った身のため、葛木の気持ちはよく分かりながらも拒んでしまう。
葛木は清葉と傷心の別れの後、雛祭に供えた栄螺と蛤を一石橋から放ったところを笠原巡査(勝野洋)に不審尋問される。そこへ現れたのはのお千世(河合宥季)を伴ったお孝であった。お孝の口添えで、葛木への疑惑は解け、二人は馴染みになった。彼女は清葉と葛木の関係を知りながら敢えて自ら進んで葛木に近づき身を任せようとしたが、これは清葉に対する意地であった。同時にお孝の家の二階には、やはり清葉との意地づくで関係を持った五十嵐伝吾(田口守)という男が住みついており……。
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