能と桜がコラボする美しい夜『夜桜能』田崎隆三×田崎甫 インタビュー&事前講座レポート
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(左から)田崎甫、田崎隆三
三月にもなれば、人は春の足音が聞こえるのを今か今かと待ちわびる。寒さが緩んで心地よい気候になり、少しずつ春を感じ始める中、決定的に「春が来た」と思う瞬間は、なんといっても桜が開花したときだという人は多いはずだ。
そんな春の訪れを告げてくれる桜の時期、今年も靖国神社で「夜桜能」が開催される。今年で27回目を迎える、すっかり春の風物詩となった薪能だ。薪の炎が燃える中、美しい夜桜と能楽のいわばコラボレーションを楽しめるとあって、毎年多くの人がこの公演を楽しみにしている。
能にはなじみがない、観てみたいけれども難しそう、と躊躇している人たち、特に若い人たちが能を見るきっかけを作りたいという思いから夜桜能を発案した宝生流能楽師の田崎隆三師と、その甥にあたる同じく宝生流能楽師の田崎甫師に、この夜桜能の魅力、そして二人が出演する演目などについて、話を聞いた。
ーー27回目という長きにわたって続いている夜桜能について、これまでを振り返ってみてどのようなお気持ちでいらっしゃいますか。
隆三:夜桜能は平成4年に始まりました。野外能ということで、なにしろお天気が心配でして、これまでやってきた中でも、三日間とも晴天ということはなかなかありませんでした。一番ひどかったのは、靖国でやっている途中で荒天のために中止せざるを得なくなりまして、お客様にお帰りいただいたことが1回だけありました。桜の満開の時期に当たるかどうかというのも、なかなか難しいです。去年はちょっと桜が早くて散り方になってしまいました。今年の開花予想では、満開から3、4日経ってる頃が公演日となりそうなので期待しています。
ーー夜桜能では、能楽堂など屋内でやる公演と比べて若年層の観客が多いとうかがいました。
隆三:そもそも夜桜能を始めたきっかけというのが、若い人にも来ていただけるような催しを作りたいということでした。イヤホンガイドを導入しているのですが、ずっとしゃべっているわけではなくて、鑑賞の邪魔にならないようにピンポイントで説明してくださるのでとても好評です。また、インターネットなどで自分で調べてから見に来る方が多くなりましたね。私どもでも、今回から事前講座を始めて、ご覧いただく前にお勉強していただく機会を設けました。あとは、やはり視覚的にとにかく美しいものですから、評判が伝わったのか年々お客様が増えてきて、最初の頃は一晩の公演だったのが、今は三晩になりました。
ーー今年の演目について教えてください。
隆三:第一夜は、私と甫の二人で『祇王』を舞います。昨年、甫が宝生流宗家の内弟子を卒業し、晴れて能楽師として一本立ちしたということもあり、両シテに近いような、シテもツレも両方が目立つ曲目にしてみました。第二夜は『鞍馬天狗』という曲目で、宝生流宗家が舞ってくださいます。物語がわかりやすく、花見稚児という小さなかわいらしい子どもたちが出ますので、非常に人気のある曲です。第三夜は、観世流の梅若実さんによる「恋重荷」という、シリアスな曲なのですが、物語がわかりやすく、これもまた人気のある曲です。
ーー『祇王』を舞われることについて、甫先生の意気込みはいかがでしょうか。
甫:確か7、8年前だと思うのですが、隆三先生と一度『祇王』を舞っているのですが、恥ずかしながらその頃は『祇王』について詳しく勉強していなかったので、あまり理解していませんでした。『祇王』は相舞(あいまい)といわれる形式の曲です。シテとツレ、二人が同じ舞を舞うのですが、他の相舞と違って、仏御前と祇王御前というそれぞれまったく別の人間が舞います。
隆三:観世流に『二人静』という曲がありまして、これも相舞なのですが、シテが完全にツレの影として舞うので、二人がぴったり合わなきゃいけない。一方で『祇王』は、これも相舞ですからシテとツレが同じように動いていくんですが、それぞれ人格が違う、舞う時に抱いている思いも違うんです。
甫:仏御前と祇王御前、二人の遊女が競い合って舞うことで結果的に合う、ということなんです。『二人静』のようにシテがツレの分身で二人がきれいに合わせて舞うという演目ではないので、『祇王』の場合は完全に一致するということはありえないわけです。そこが非常に重要になってきます。この演目は、通常ですともっと年代の近い人同士で舞うことの多い作品だと思いますので、自分の先生と舞うというのはあまりない機会ですし、とても楽しみではあります。
ーー先ほど隆三先生から、両シテに近いような演目というご紹介がありました。
甫:能というのは、シテが絶対的な舞台上での決定権を持っています。『祇王』に関して言うと、曲の終わりにどのように幕に帰っていくかという演出方法がいくつかありまして、その帰り方によって最後の見え方や余韻が違ってきます。簡単に言えば、仏御前と祇王御前が一緒に帰るか、別々に帰るか、という大きく二つに分けることができます。この演出を決めるのはシテである隆三先生になりますので、どういった演出を取るか楽しみにしていただきたいと思っています。私の役割は、そういったシテの考えをくみ取ることができるようにとにかく稽古をすることだと思っています。
ーー甫先生の思う夜桜能の魅力をお聞かせいただけますか。
甫:能楽というのは本来野外でやるもので、建物の中で能をやるようになったのは明治維新後、能の歴史からするとごく最近のことです。薪能では、自然と共にあった能本来の形を味わっていただけますし、夜桜能の場合は桜の下で見られることが大きいと思います。桜というのは「花といえば桜」というくらい私たちにとって近しいものですし、西行法師は「花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける」という歌を詠んでいて、これは「桜の罪は人が集うことだ」というような意味です。古来より桜の下というのは人が集まる場所で、そこで能をやるということは、これ以上ない最高のロケーションだと思います。
田崎甫
インタビュー後、この日は宝生能楽堂において「夜桜能事前講座」が開催され、甫師が講師を務めた。平日夜にもかかわらず多くの受講者が集まり、夜桜能への人々の関心の高さがうかがえた。甫師が受講者に「能楽堂に初めて来たという方はいらっしゃいますか」と問いかけると、挙手する人が意外と多く、「夜桜能が初めてという方」という問いかけにもさらに多くの手が挙がり、一方「数年に一度でも能楽を見るという方」という問いかけに対して挙がった手はまばらだった。やはり夜桜能の鑑賞者には、これまで能にあまりなじみはなかったが、これを機に能を見てみよう、という人が多くいることがわかった。
能楽とは何か、薪能の始まりとは、などその歴史や成り立ち、能楽の特徴や演出についてなど、話の内容は多岐に渡ったが、甫師の語り口が軽妙で非常にわかりやすく、時にユーモアを交えながらテンポよく進み、時間があっという間に過ぎてしまった。今年の夜桜能の演目説明の際には、甫師が曲の一部の謡を披露し、その雰囲気を少しだが味わうことができた。全体としてあくまで能楽についての入門編ではあったが、その魅力、その奥深さを知るに十分な講座となり、講座終了後も多くの人が会場内に残り、時間が許す限り甫師に熱心に質問を投げかけていた。
事前講座は今年初めての試みとのことだったが、やはり話の内容を理解した上で鑑賞した方が、より深く楽しめることには間違いがない。受講者たちはますます公演が楽しみになったことだろう。知れば知るほどその面白さのわかる能楽の魅力を伝えるためにも、今後もぜひ事前講座を継続してもらいたい。
今年の夜桜能にもまた多くの観客が集い、能楽への関心をより深め、能楽鑑賞者が増えてくれることを期待したい。そのためにも、公演期間中が満開の桜と天気に恵まれて欲しいと心から願う。
取材・文・撮影=久田絢子
公演情報
場所:靖國神社能楽堂及び内苑 雨天会場:新宿文化センター
<第1夜> 4月2日(火)
小倉敏克/野村萬斎/田崎隆三/殿田謙吉
<第2夜> 4月3日(水)
大坪喜美雄/野村万作/野村萬斎/宝生和英/宝生欣哉
<第3夜> 4月4日(木)
角当直隆/野村萬/野村万蔵/梅若実
曲目・演目
<第1夜> 4月2日(火)
舞囃子「桜川」、狂言「棒縛」、能「祇王」
<第2夜> 4月3日(水)
舞囃子「海人」、狂言「舟ふな」、能「鞍馬天狗 白頭」
<第3夜> 4月4日(木)
舞囃子「野守」、狂言「咲嘩」、能「恋重荷」
後援:千代田区観光協会 企画制作:宝隆会(株)/フジテレビジョン
制作協力: (株)ムラヤマ/ (社) 宝生会/ (財) 梅若会