スリリングな会話劇 加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』加藤健一×小林勝也×今井朋彦に聞く

2019.5.13
インタビュー
舞台

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』写真左から小林勝也、加藤健一、今井朋彦

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加藤健一事務所が2019年5月15日(水)より、下北沢・本多劇場で『Taking Sides ~それぞれの旋律~』を上演する。映画「戦場のピアニスト」でアカデミー賞脚色賞を獲得したイギリスの脚本家、ロナルド・ハーウッドによる脚本で、最近では2013年に行定勲の演出、筧利夫、平幹二朗らの出演で上演されている。

第二次世界大戦後のベルリンを舞台に、ナチの協力者だったのではないかと戦犯の疑いをかけられる世界的な指揮者・フルトヴェングラー(小林勝也)と、彼を尋問する連合軍取調官アーノルド少佐(加藤健一)を中心に、ベルリン・フィルの第二ヴァイオリン奏者ヘルムート・ローデ(今井朋彦)、少佐の秘書エンミ(加藤忍)、少佐の部下デイヴィッド中尉(西山聖了)、戦争未亡人のタマーラ(小暮智美)といった、戦争に翻弄され、芸術と権力の間で葛藤する人々を描いた会話劇で、俳優同士のセリフによる応酬が大きな見せ場でもある。

どのような舞台になるのか、加藤、小林、今井の3名に話を聞いた。

加藤健一と文学座の縁

――加藤健一事務所の公演には以前から文学座の俳優がよく出演しており、今回は文学座から小林さんと今井さんがご出演されます。加藤さんから見た文学座の俳優の魅力とは、どういうところにありますか。

加藤 一つの劇団だからと言って一色ではなく、いろんなタイプの役者さんがいますね。きっと劇団が自由な雰囲気で、それが許されるんじゃないでしょうか。あとは、鮮度がいいというか、生き生きしているな、という感じがして、それも劇団の自由さと関係がある気がします。

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』加藤健一

――加藤さんから見て、小林さんと今井さんはそれぞれどんな俳優さんでしょうか。

加藤 今井さんは切れるというか巧みというか、でもこんなにセリフ覚えが早いとは思わなくて、稽古初日から明日本番くらいの感じだったので、とてもプレッシャーを受けてやりにくいです(笑)。勝也さんは経験の分だけ重厚といいますか、経験を積まれている方にしか出せない味がありますから、舞台に立っただけでかっこいいですね。勝也さんのことはずっと昔から知っていまして、初めてお会いしたのは私が21、2歳の頃じゃないかな。

小林 当時、つかこうへいさんの周りにたくさん人が集まっていて、僕もその中の一人だったんです。新演という劇団で『熱海殺人事件』をやることになって、つかさんから「ちょっと行って面倒見てくれ」と言われて、それで僕が伝兵衛をやったりしていました。加藤さんと初めてお会いしたのは、多分その頃ですね。

――『熱海-』の初演は、文学座アトリエで1973年でした。

加藤 文学座で初演された後に演劇雑誌に載って、それで僕が個人で上演して、その後でつかさんご自身で上演された公演にも参加しました。つかさんのときは、文学座から角野卓造さんもご出演されたりしていました。つかさんが文学座に『熱海―』を書き下ろしたから、僕も文学座と近くなったんでしょうね。

――加藤さんが何度も演じてこられた一人芝居『審判』ですが、江守徹さんも1980年に文学座アトリエで演じています。こうして振り返ってみると、加藤さんと文学座の間には様々な縁があったんですね。

加藤 江守さんはもうずっと憧れの人です。劇書房から1979年に『審判』の戯曲本が出版されたときには、翌年に江守さんが上演することが既に決まっていて、本の帯に江守さんの写真が出ていました。僕も『審判』をやりたい、と言ったら、たくさんの人から止められました。「江守さんがやるのに、その後でやることはないだろう」と、反対されたんですよ。

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』写真左から小林勝也、加藤健一、今井朋彦

戦争の中の芸術を描く作品

――小林さんと今井さんは今回加藤健一事務所には初登場ですが、このカンパニーにどういった印象をお持ちでしたか。

小林 僕たちが芝居を始めたころは劇団という組織がないと芝居の公演が打てない、という空気がなんとなくある中で、加藤さんはやりたいことをやるために自分のカンパニーを作って、プロデュース演劇の先駆け的な存在でした。演目のバリエーションも豊富ですし、よく一人でやっていらっしゃるな、と感心していました。

今井 加藤さんのことは、1988年にハーウッド脚本の『ドレッサー』で拝見して以来、『審判』も拝見していますし、尊敬する俳優の一人です。ここ最近の加藤健一事務所の公演は、どうしてもハートウォーミング物という印象が強かったので、今回のお話しをいただいたときに「僕、ハートウォーミングな芝居はできませんけど大丈夫ですか?」と言ったら、そういう方向の作品ではないということだったのでお受けしました(笑)。

――加藤さんは、今回なぜこの作品を選んだのでしょうか。

加藤 この作家が好きで、加藤健一事務所ではこれまで『コラボレーション』『ドレッサー』と上演してきて今回が三本目になります。映画「戦場のピアニスト」でもそうでしたが、戦争の中で芸術がどうなっていったのか、というテーマの選び方が好きなんです。私たちの活動の応援をしてくれているような感じがあって、どうしてもやりたくなるんですよね。

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』今井朋彦

――小林さんと今井さんは、三谷幸喜さん作・演出の舞台『国民の映画』(2011年初演、2014年再演)にご出演されていて、そのときもナチスと向き合う芸術家という役でした。

小林 僕たちのように芸術というものに携わっている人間が、全存在をかけて選択しなければいけないという状況を描いているのは、この作品も『国民の映画』と同様ですね。もし自分だったらその状況でどうするかな、というのは永遠のテーマだと思うので、大変ですが非常にやりがいのある興味深い作品です。今作でもやはりナチスの主要人物の名前が登場するので、ゲッベルスは小日向文世くん、ゲーリングは渡辺徹くん、と『国民の映画』のキャストの顔がどうしても浮かんでしまいます(笑)。

今井 自分がこれまで出演した舞台だけでも『コペンハーゲン』『国民の映画』『ニュルンベルク裁判』といくつも挙げられるくらい、ナチスにまつわる人々を描いた演劇や映画や本は、ものすごい数がありますよね。あれだけの大きな存在と、その下で運命を翻弄されたアーティストが大勢いたことによって、21世紀になってもナチスをめぐる政治と芸術、権力と芸術の関わりを描いた作品が生み出されているというのは、皮肉ではあるけれども興味深いな、と思います。

――その一方で、加藤さんが演じる少佐は、芸術家の彼らを糾弾していく側の人間になります。

加藤 どうしても芸術家というのは得をしている部分があるというか、芸術家であることが免罪符になって多少悪いことをしても許されるところがあるように思います。僕の役は、そんな彼らをいじめる悪い人に見えるんですけど、おびただしい数の人が虐殺されて、もしそれに芸術家が関係していたとしたら、それは一般の市民が迎合したのとは違って、多大なる影響を与えたのだから何か罪があるんじゃないか、という正義感をどれだけ出せるかが重要になってきます。『Taking Sides』という題名の通り、どちら側に体重をかけているのかを意識していないと流されるよ、ということがテーマだと思いますので、そこが表現できればいいなと思っています。

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』小林勝也

心揺れながら楽しめる作品に

――先ほど今井さんもおっしゃっていましたが、やはり加藤健一事務所というと一般的にはコメディ路線や心温まるストーリー物のイメージが強いと思います。今回は史実をベースにした重厚な会話劇ということで、観客の方にどういう気持ちで見てもらいたいですか。

加藤 スリリングなサスペンスのように見てもらえたらいいかな、と思います。観客には、コメディとシリアスな作品は全然違う物に見えると思いますが、ちょっと作家が書き方をずらしただけで、シリアスな物もコメディになっちゃうんです。コメディには必ず、この作品で言えばフルトヴェングラーみたいな苦しんでいる人が出て来ます。追い詰められている人が出てこないと、観客は笑ってくれないんです。だから演じる側の意識としては、コメディでもシリアスでも、あまり変わらないですね。

小林 重い話ですが、生身の人間がやり取りしていくと台本通りにいかず、ずれたりタイミングが外れたりすることもあります。こういうハードな芝居だからこそ、毎日違うタイミングや空気が生まれると思うので、そんな部分を楽しんでもらえたらいいですね。

――もしかしたら、少佐に肩入れして見る人が多い回とか、圧倒的にフルトヴェングラー派が多い回とか、客席の空気も毎回違うかもしれませんね。

今井 昨年『TERROR テロ』という、お芝居の最後に観客投票を行い、その結果によって判決が決まるという法廷劇に出演しました。観客は芝居を見ながら、結論を出すまでに何度も心が揺れたそうです。この作品も、加藤さんと勝也さんのやり取りを見ながら心が揺れると思いますし、その揺れが多い方が楽しんでもらえるんじゃないでしょうか。今回のこのメンバーで作れば、特に予習をしなくても、フルトヴェングラーやカラヤンを知らなかったとしても、お客さんと舞台が一体化しながら揺れるような楽しめる作品になるはずなので、それを体感しに来ていただければと思います。

――では、最後に加藤さんから見にいらっしゃる方へのメッセージをお願いします。

加藤 法廷劇のような芝居ですから、そんなに動きは見せられないので、その分役者の話術を存分に楽しんでいただけるような、聞いているだけでも面白い舞台になれば、と思っています。神と言われた指揮者・フルトヴェングラーが振った音楽もたくさん流れますので、それも楽しみにしてもらいたいですね。

加藤健一事務所『Taking Sides ~それぞれの旋律~』写真左から小林勝也、加藤健一、今井朋彦

取材・文・撮影=久田絢子

公演情報

加藤健一事務所 vol.105『Taking Sides~それぞれの旋律~』
 
■作:ロナルド・ハーウッド
■訳:小田島恒志 小田島則子
■演出:鵜山 仁
■出演:
加藤健一
今井朋彦(文学座)
加藤 忍
小暮智美(青年座)
西山聖了
小林勝也(文学座)
■日程:2019年5月15日(水)~29日(水)
■会場:下北沢・本多劇場
■問合せ:加藤健一事務所 03-3557-0789(10:00~18:00)
■公式サイト:http://katoken.la.coocan.jp/
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