明治座『細雪』観劇レポート~昭和の名作が令和の明治座に
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明治座『細雪』 (左から)水夏希・一路真輝・浅野ゆう子・瀬奈じゅん オフィシャル提供
明治座の令和はじめての公演『細雪』が、2019年5月4日に開幕した。
『細雪』は谷崎潤一郎原作の、昭和初頭を舞台にした名作である。舞台としても昭和41年の初上演以来40回目の上演となり、総上演回数は1500回を超える。
今回4姉妹を一新。長女・鶴子役にトレンディードラマの女王としておなじみの浅野ゆう子、次女・幸子役に一路真輝、三女・幸子に瀬奈じゅん、四女・妙子に水夏希という3名の宝塚歌劇団トップスターが演じる。
舞台は大阪船場にある老舗の木綿問屋・蒔岡商店。しかし、徳川の世から続く老舗問屋の蒔岡商店も、昭和大恐慌や押し寄せてくる戦争の影に揺らぎ始める。姉妹たちの優雅で、それこそ蒔絵のように美しい生活は、それぞれの人生とともに変わり始めていく。
明治座『細雪』 (左から)水夏希・一路真輝・浅野ゆう子・瀬奈じゅん オフィシャル提供
観劇してみて、4姉妹それぞれ印象的だったシーンや、舞台『細雪』を彩る衣装についても紹介したいと思う。
浅野ゆう子演じる長女・鶴子は蒔岡家の格式と誇りをなによりも重んじる。昭和初頭でも、周囲から煙たがられるほど古式ゆかしいタイプ。ただ、彼女は蒔岡家の長女として育ち、見栄を張るためにはお金を惜しまないところや、妹たちの縁談を家に釣り合わないと反対したりと何かと気をもんでいる。ましてや、その気持ちは妹たちには届かない。家を守ることという目的を持っていて、同じ家で育ったのに妹たちがその『家』を重んじないことに悲しんでいる。凛としているが子供っぽい、そんな女性だ。
『細雪』の見どころのひとつでもある衣装だが、鶴子の衣装は上品で重みのある漆黒や濡羽色などに柄は大きめな着物を着ている。かんざしなども一連の大きな真珠が見事な漆の簪であったり、とても品のある着こなしだ。
鶴子の意地と存外可愛らしい素顔がのぞくシーンは1幕1場の最後、尊敬する父の法事に向かうために夫たちが車で待っている場面。土壇場で鶴子は「やっぱり帯が気にいらない」と客席に背を向けて帯を解いてしまう。帯を解く所作は美しいものの横顔は完全に拗ね切っていて、そのギャップに鶴子という人物が凝縮されていたように思う。
次女・幸子を演じたのは元宝塚歌劇団雪組トップスター一路真輝だ。幸子は生まれ育った大阪船場を離れ、芦屋に分家として夫と娘と住んでいる。豪奢な洋館に住み、可愛い娘に優しい夫とても恵まれているように見えるが、幸子は2人目に恵まれないことを気にかけている。ましてや姉と妹たちの間に挟まれ、日々、やれああだこうだとせっつかれている。とても優しく、周囲への気遣いも忘れない女性だが、ここぞという時には毅然とした表情や態度で揺ぐことがない、優しいだけではない強さがある。妹たちのために姉に意見をしたり、時勢をとらえずに格式にこだわりすぎる姉と言い合いをしたりと姉妹の間で一番オープンな人だった。
幸子は和装だが、鶴子とは違いとてもモダンな装い。色合いも穏やかで様々な柄の着物が多い印象だった。
姉妹を包み、縁を結ぶ幸子の声は明治座によく響いた。とても心地の良い、姉にいたら頼りするのも納得の次女だった。
瀬奈じゅん演じる、口調も仕草もおっとりした三女の雪子の口癖は、「ふぅん」。様々な「ふぅん」で返事をする彼女は30歳になるのに縁談を断り続け、姉たちをやきもきさせている。それでも鶴子は『蒔岡の家に釣り合う人を』と雪子が気に入っていた縁談も断る始末。実は白馬の王子様を信じており、誰かが見つけてくれるはず、と芦屋の屋敷で姪に語るシーンの雪子ははっとするほど美しい。その後、アンデルセンの童話を語りながらはけていく余韻は美しさとともに、さびしさや切なさを感じさせる。
雪子は姉妹の中で一番淡い着物を身に着けている。また、頭にかんざしではなくリボンをつけていたのも印象的だった。大きく柔らかなリボンはまるで雪子そのもののようだった。しかし、話しを聞かないと決めた途端、相手に身体こと背を向ける。こうと決めたら誰も雪子を動かせない、そんな芯の強い女性を見事に演じ切っていた。
四女の妙子を演じるのは水夏希。この人は型破り。末っ子として育ち、あだ名は船場言葉で「こいさん」、そのまま小娘の意味だ。筆者が鶴子だったら卒倒するほどの自由人で、よく言えばハイカラ。唯一自由恋愛している姿が描かれ、めちゃくちゃモテる。そして、それでも溢れる情熱で人形つくりや舞の稽古と日々動き回っている。鶴子とは考えが衝突することが多く、幸子に様々な相談を持ち掛けている。本作のトリックスターだ。
そんな妙子だけに、姉妹の中で唯一洋装派。たった一度だけ見せる振袖姿は姉妹の中で一番はっきりとした色使いをしていた。澄み切った空を連想させる晴れ着に結髪の姿も美しい。2幕にある人形の展示会で見せる真っ赤なワンピース姿の妙子は、それまでの妙子とは別人のように生き生きしていた。人形の展示会はとても大事なシーンが連続するので、妙子のワンピース姿に見惚れて見逃すことなかれ。
舞台『細雪』は全て上本町の本家と芦屋の屋敷だけで構成されている。家の外で洪水が起ころうと、戦争に突き進む動きがあろうと、観客が見つめ続けるのは『家』にいる姉妹たちだ。家の中には4姉妹の作り出すどこか別世界のような優雅で美しい時間が続いている。
その『家』がどうなるか。それは是非、明治座に足を運んで、ご自身の目で確かめていただきたい。
また、終演後には囲み取材も行われた。
フォトセッションの4姉妹、左から水夏希、一路真輝、浅野ゆうこ、瀬奈じゅん
ーーはじまってみての感触はいかがでしょうか?
一路:お姉ちゃんから(小声)。
浅野:(笑)。
浅野:令和という新しい時代のはじめての『細雪』、大作で、名作でずっと演じ続けられてきた作品が、私たち4姉妹で新たに幕をあげさせていただきました。私たちが自信を持っているのは、歴代の中でも一番、デカい4姉妹。
一同:(笑)。
浅野:まぎれもないという自信を持っております。
浅野:お稽古の間に本当に仲良くさせていただいて、チームワークというか姉妹結束力というのが本当にマックスの状態で初日を迎えさせていただきました。
ーー6日間やってきて、どうですか?
浅野:どーですかね……。お好きな方も、ずーっと見てらっしゃる方もいるかと思うのですが、でも、私たちは私たちの姉妹を4人4様それぞれ演じさせていただいているのを、受け入れていただいているなという感触はあります。
ーー本当に身長高いですよね、みなさん。
一同:(笑)。
ーー平均何センチくらいになるんでしょう?
一路:166……くらい?(小声で)
浅野:ですね。
一路:なので(着物の)柄がね、良く見えると言われます。
一同:(笑)。
ーー和服は背が高い方がいいんですか?
一路:そうとは言い切れないですけど、今回みたいな様式美で……最後に幕が閉じるときなんかは映えるかなぁという感じです(笑)。
ーーいかがですか感触は? 一路さん。
一路:代々『細雪』が上演され続けていて、4姉妹がそのまま変わる(全員新キャスト)ということが近年あまりなかったようで。次女から長女になられたりとか、そういうのはあったんですけど、近年の中では全員が変わったところでの、はじめて『細雪』に臨む4人ということでの結束力というのが、本当の姉妹のような心地にさせていただけていて、舞台の上に立ってなお、強くさせていただきました。
ーー瀬奈さん、いかがですか?
瀬奈:勉強させていただいております。舞台上でこう、心を通わせるのが楽しくって楽しくってまだ6日しか経っていないんですが、終わってほしくないなって気持ちで。一回一回大事に演じさせていただいております。
ーーいかがですか、水さん。
水:私、着替えとか、舞のメイク替えとかてんてこ舞いなんですけど。初日には舞も機械仕掛けの人形のように(笑)なっちゃったんですけど、回を追うごとに着物とか所作にも慣れていけてるかなって実感がありますので、千穐楽までやり抜きたいなって思います。
ーー宝塚のお三方とトレンディードラマの女王という組み合わせはいかがですか?
一同:(笑)。
浅野:心はタカラジェンヌでございます。
一路:宝塚を卒業してから何年か経って、女優にならなきゃ女優にならなきゃって思っていたけど、女優さんが一番男前で、なんだか安心しまして(笑)。
浅野:ありがとうございます。
ーー男役一番似合いそうな気もしますね。
一路:そうなんです。見てみたいです。
水:はい。
ーー浅野さんいかがですか、宝塚の3人とのご共演は。
浅野:本当に規律正しいところでお過ごしになられていて、あの……縦が本当に気持ちのいいくらい。体育会系だと思うんですよ。で、なおかつ、みなさんが男前で、なよっとしてる人がひとりいなくて、どれだけ豪快で楽しいか。明るくてさっぱりしている4人の集合体ですので。非常に心地が良いです。現役時代のころにお知り合いになりたかった、絶対うちわとか持って行ってました!
一同:(笑)。
仲睦まじい浅野(右)と一路(左)
ーーご3方は宝塚時代にご共演は?
一路:このふたり(瀬奈、水)はあります。
水:はい、同世代なので。
瀬奈:同世代でがんばってきました。
一路:私はちょっと、ずっと離れてますけど……(笑)。
水:いやいやいやいや。
ーー改めて令和の明治座一発目の舞台ということですけども。
浅野:5月に新しい年号を迎えての、この舞台というのは私たちにとっても非常にラッキーだと思います。余計に気持ちも気合も入りましたね。
ーー少し前になるとは思いますが、稽古の方はどうでしたか?
浅野:私生まれが神戸ということで、ラッキーなことに関西弁のイントネーションは割と楽にセリフとして出させていただいたんですが、今使われていない昭和10年代の大阪船場の言葉ですので、そのアクセントと船場言葉に大変な思いをしました。
一路:宝塚に10何年在籍させていただいているんですけど、全然関西弁が体には沁みついていなくて、どちらかというと「なんちゃって関西弁」をしゃべっていたので。今回いちからみんなで頑張って船場言葉の先生から教えていただき、作り上げました。
瀬奈:私も東京出身で、全くなじみがなくて。宝塚時代の時もなるべくなまらないようにみんな気をつけているじゃないですか、私も気をつけていたら全然つられもせず。なので今回稽古場では私が一番方言の先生に捕まっていました(笑)。
水:出身は千葉なんですけど、友達に関西人が多くて。つきっきりで見てもらって、船場言葉と違うところをチェックしてもらっていました。
ーーじゃあもう今完璧ですね?
水:いや……(苦笑)なんかこう、ね、ちょっとしたハプニングの時のアドリブで言わなきゃいけない時に気をつけなきゃなーみたいな葛藤はあります。
ーーアドリブあるんですか?
一同:アドリブはないです。
一路:ないんですけど、なんかあった時に、他の舞台だと他のセリフとか言い回しを変えたりとかできるのが、できなくなっちゃうんですね。
浅野:可愛い。めちゃめちゃ可愛いんですよ。それまで大胆にセリフを言っていたのに、なんか一個間違うと、ふにゃふにゃふにゃ~ってなっちゃう。小さくなっちゃうのが、もうたまらなく可愛いんですよ(笑)。
一路:置き換える言葉が思いつかないの。もう周りにご迷惑をおかけしております。
浅野:もう可愛いの。
着物の柄も4人4様の美しさ。左から、水夏希、一路真輝、浅野ゆう子、瀬奈じゅん
すっかり4姉妹の息もぴったりで、とても和やかなムード。中でも長女役浅野と次女役一路の仲睦まじい様子が印象的な囲み取材だった。
取材・文=森きい子
公演情報
場所:明治座
脚本:菊田一夫
潤色:堀越 真
演出:水谷幹夫
製作:東宝
出演:浅野ゆう子 一路真輝 瀬奈じゅん 水夏希
葛山信吾 磯部 勉 川﨑麻世 今 拓哉 太川陽介
A席(2階後方席・車いすスペース)9,000円
B席(3階席)6,500円