聖地転変 ~あのとき『らき☆すた』と鷲宮と埼玉県に起こったこと~ Vol.6

コラム
アニメ/ゲーム
2019.5.28
アニメの聖地はファンにとって「最高」なのだ。2019年1月1日、筆者による撮影

アニメの聖地はファンにとって「最高」なのだ。2019年1月1日、筆者による撮影

実在する場所がアニメの舞台になり、そこにアニメファンが訪れる。そしてアニメの舞台になった場所、地域がアニメファンを迎え入れることで、地域が活性化されるということが当たり前になってきている。そんなアニメファンがアニメの舞台になった場所を訪れることを「聖地巡礼」と呼ぶ。
聖地巡礼プロデューサー・柿崎俊道氏によるアニメファンとアニメの“聖地”になった地域との関わり方を問うコラム連載の第五回。アニメファンの想い、“聖地”となった地域の人々の想いに直に触れたきた柿崎氏が語る、聖地巡礼の走りとも言える『らき☆すた』と鷲宮の姿とは? 連載コラム『らき☆すた』編最終回。


「ダさいたま」とは誰が口にするのか


 ないもの尽くしの状況をひっくり返せ!

埼玉県観光課は2009年4月に設立された。その背景にはゆるキャラブームとアニメ『らき☆すた』と鷲宮によるアニメ聖地巡礼ブームがあったことを前回は書いた。
このふたつこそが観光資源が乏しい地域でも成立すると埼玉県観光課は考えた。埼玉県にはディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンのようなテーマパークはなく、富士山や江ノ島、瀬戸内海のような景勝地があるわけでもなく、海老や牡蠣、あわびなどの海産物もなく、京都や鎌倉など歴史を楽しむようなスポットにも乏しい。ないもの尽くしの状況をひっくり返す逆転の一手がゆるキャラとアニメ聖地巡礼だった。

埼玉県は一大ゆるキャラ産地である。63ある市町村すべてにゆるキャラがいる。埼玉県のゆるキャラ「コバトン」を筆頭に、秩父市の「ポテくま」、深谷市の「ふっかちゃん」など知名度のあるキャラクターもいる。
僕はゆるキャラには肯定的な立場だ。地域イベントを企画する際、ゆるキャラをプログラムのひと枠に組み込むことができるのは、とても助かる。地域のオリジナルコンテンツであるため、時間調整の融通は効くし、費用は最小限に抑えられる。外部から呼んだ歌手や芸人のみでステージを構成するとそれなりの予算がかかるが、一部でも、ゆるキャラが担当してくれると主催者側としてはコストカットやプログラム作成の短縮につながり歓迎だ。
そうしたゆるキャラを埼玉県の各市町村が最大限に活用しているかといえば、疑問である。まず第一に大事なことはゆるキャラのグッズ展開だ。いつも思うのが、グッズ制作のぬるさだ。グッズはゆるキャラの画像をクリアファイルに貼れば、完成というものではない。そこは編集の力がモノをいう。編集とは、ゆるキャラの世界観とファンが求めるものを先取りし、キャッチコピーの言葉を選び、ふささしいデザインを求め、グッズの種類、材質、形状を決める仕事だ。クリアファイルや缶バッジに画像をただプリントとしただけでは、目にする者の心を捉えることはできない。ゆるキャラの担当者はぜひ近くのアニメイトに行ってほしい。人気アニメ作品がどのようなグッズ展開をしているのかを見れば、グッズ制作の方向性が見えてくるだろう。

そして、アニメ聖地巡礼だ。アニメ『らき☆すた』が放送されてから、旧鷲宮町(現久喜市鷲宮)の東武伊勢崎線鷲宮駅から鷲宮神社、商店街の風景は一変した。週末にはアニメファンの若者たちが訪れるようになり、鷲宮のガイドブックを自主的に制作するファンも現れた。2008年12月2日には商工会とKADOKAWAによるイベント『「らき☆すた」のブランチ&公式参拝in鷲宮」』が鷲宮神社と大酉茶屋で開催され、3500名のファンが旧鷲宮町に集った。島田菓子舗の島田吉則さんは当時のことをこう振り返る。

「朝の5時頃に仕込みのために店に向かおうとしたら、もうパラパラと人がいるんです。あれ、なんでこんな時間に人がうろうろいるんだろう、と。そのうち、6時を過ぎて明るくなり、店を7時に開けた時点でゾロゾロと人が増えていく。するとスタッフが足りないので、来られる人は大至急、鷲宮神社に集合という緊急メールが入りました。人の整列であるとか、設営がとにかく間に合わなくなった」

観光資源の乏しい埼玉県である。そのなかでも、さらに観光と接点がないと思われていた町の大逆転劇のはじまりだった。
その経験は旧鷲宮町、現久喜市鷲宮だけに留まるものではなく、観光課を通じて埼玉県全域に広がり続けている。

誰にとっての「ダさいたま」なのか

僕が埼玉県最大のアニメ・マンガ総合イベント「アニ玉祭」に関わっていることは前述した。最大と書いたのは、埼玉県には他にアニメ・マンガ総合イベントがないからで、安心してこのように書くことができる。
第3回アニ玉祭の準備を進めていた2015年頃のこと。埼玉県観光課が主催するアニメツーリズムに関する大規模な会議が開催された。埼玉県内の63市町村から、アニメツーリズムに関心のある観光施策担当者が参加した。
アニ玉祭をはじめとする埼玉県のアニメ施策が次々と発表される中、埼玉県観光課から県のアニメ施策全体にかかる次のキャッチコピーが発表された。

「アニメだ!埼玉」

察しの良い読者ならすぐに気付くだろう。埼玉県民が自虐的に口にする「ダさいたま」がこのキャッチコピーに含まれている。
僕はこの会議の日からずっと「ダさいたま」について考えている。
埼玉県のアニメ施策を準備、実施する中で、県民自身が「ダさいたま」と自虐的にいい、笑う姿を何度も目にしてきた。彼らが自らそういうなら問題ないのかな、と僕は思うようにしてきたが、どうしても違和感が残り続けた。「ダさいたま」「ダさいたま」と繰り返しているが、果たして埼玉県のアニメツーリズムにおいて、その言葉はどのような意味を持つのか。
2008年に旧鷲宮町に集った『らき☆すた』ファンは埼玉県や鷲宮神社や当時の鷲宮町商工会を「ダさいたま」と思っているのか。
2011年にアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』が放送された。埼玉県秩父市に多くのファンが集った。彼らは秩父市を「ダさいたま」と思っているのか。
川越市を舞台にした『神様はじめました』、飯能市を舞台にした『ヤマノススメ』。

舞台を訪れたファンは埼玉県を「ダさいたま」と思うのか。

思うわけがない。貴重な休日を使い、遠方から訪れた人々だ。毎月、毎週のように東武線や西武線に乗る人々だ。彼らにとって埼玉県がダサいわけがない。日本全国で埼玉県がもっとも輝いているから、この場所に来るのだ。

僕はアニメ聖地巡礼のビジネスにおける成功の秘訣をよく質問される。
アニメ作品の舞台になった地域を訪れる行為は、舞台めぐり、舞台探訪、アニメ聖地巡礼、コンテンツツーリズム、アニメツーリズムとさまざまな呼称がある。どの呼び方においても、変わらないことがある。ファンにとってはその土地が最高なのだ。
埼玉県を訪れるアニメファンの辞書に「ダさいたま」という言葉はない。しかし、受け入れる側は自分たちを「ダさいたま」と呼んで憚らない。この両者のギャップこそが埼玉県のアニメ聖地巡礼における最後の高い壁なのだ。
アニメファンにとって埼玉県は憧れの場所である。アニメファンのそうした気持ちに気づき、受け入れる。アニメ聖地巡礼の成功への第一歩は、そこからはじまる。それを旧鷲宮町と『らき☆すた』ファンが教えてくれた。

柿崎俊道

聖地巡礼プロデューサー。株式会社聖地会議 代表取締役。

主な著書に『聖地会議』シリーズ(2015年より刊行)『聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり』(2005年刊行)。

埼玉県アニメイベント「アニ玉祭」をはじめとした地域発イベント企画やオリジナルグッズ開発、WEB展開などをプロデュース。聖地巡礼・コンテンツツーリズムのキーマンと対談をする『聖地会議』シリーズを発行。イベント主催として『アニメ聖地巡礼“本”即売会』、『ご当地コスプレ写真展&カピバラ写真展』、聖地巡礼セミナーなどを開催している。

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