ミュージカルの世界に誘う魅惑の公演『南太平洋』

レポート
舞台
2015.7.11
 撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

歴史に名を残す傑作映画を、もう一度映画館で観よう!という「新・午前十時の映画祭」で知られる映画演劇文化協会が、舞台ミュージカルの普及の為に繰り広げている「ハロー・ミュージカル!プロジェクト」公演の第二弾『南太平洋』が、東京・北千住のシアター1010公演を皮切りに全国に向けて出発した。(シアター1010は7/12まで。ほかに全国11ヵ所で8/13まで。) 

演劇、ミュージカル文化の普及を願い2012年からはじまった「ハロー・ミュージカル!プロジェクト」は、入場料金を徹底的に抑え、リーフレット形式のパンフレットも無料配布されるなど、どうしても何かと敷居の高い感のある生の舞台の魅力を1人でも多くの人に体験してもらうことを主眼に、全国で展開されてきた。今回の『南太平洋』は、『王様と私』に続く、第二弾の企画で、『王様と私』と同じ、古き良きブロードウェイミュージカル黄金期のビックコンビである、リチャード・ロジャース&オスカー・ハマースタインII世の傑作として長く愛され続けてきた1本である。

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

物語は第二次世界大戦のさなかの、南太平洋に浮かぶとある島で繰り広げられる。海軍の補給基地がおかれたこの島で、基地に派遣されている看護婦のネリー(藤原紀香)は、フランス人の農園主であるエミール(別所哲也)と、互いに、出会ったばかりでたちまちにして恋に落ちてしまう。
島にはネリーを密かに慕っている設営部隊員のルーサー・ビリス(太川陽介)ら隊員たち、彼らを相手に商売をする土地の女ブラディ・メリー(ちあきしん)、そして看護婦たちが、補給基地独特の気楽さで陽気に暮らしているが、ネリーは新しい恋に気もそぞろだ。そこへ海兵隊のケーブル中尉(渡辺大輔・藤田玲/ダブルキャスト)が、敵地偵察作戦の任務を秘めてやってくる。彼は司令官のブラケット大佐(磯部勉)と共に、エミールに作戦への強力を乞うが拒絶され、更に自身も船で渡った楽園「バリ・ハイ」でブラディ・メリーの娘リアット(中根百合香・田中祥恵/ダブルキャスト)との恋におぼれていく。
そんな中、エミールと自分の生まれや育ちにまるで共通点がないことを不安に思い始めたネリーは、更に今は亡きポリネシア人の女性との間に二児をもうけていたエミールの過去に動揺し、彼から離れようとする。絶望したエミールは、やはり人種の違いという壁に阻まれ、リアットとの結婚を拒絶してしまったケーブル中尉と共に、危険な任務に身を投じていった。エミールがいなくなってはじめて、彼を心から愛している己に気づいたネリーは、残された子供たちの世話をしながら、その帰還を待ち続けるが……

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

「魅惑の宵」「バリ・ハイ」「ハッピー・トーク」等々、この作品を仮に知らなくても曲を耳にしたことはあるという人がとても多いだろうほど、名曲揃いのこのミュージカルは、初演から60年以上の時を経て今も尚色褪せぬ魅力を放っている。そこには肌の色、目の色、そして異なる文化を持った人種同士が、互いに横たわる偏見を捨てて心のままに向き合うことの尊さを真摯に説いたメッセージ性を、ネリーがシャンプーをしながら歌い踊る「あの人を洗い流そう」や、2幕冒頭の感謝祭の余興シーンなど、ミュージカルならではの明るく弾けたシーンのとびっきりの楽しさの中で伝え得た、作劇が持つ力がある。楽園「バリ・ハイ」の描写もエキゾチックで、メリハリある展開を素直に舞台に乗せた演出・振付の上島雪夫の堅実な仕事ぶりも当を得たものだった。

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

特に全国を巡る公演に相応しい優れた出演者が揃ったのが良い。ヒロイン・ネリーの藤原紀香は、抜群のプロポーションと共にまずその存在がなんともチャーミング。シーンごとに着替える衣装の着こなしもまるで絵のようで、恋に揺れるネリーの乙女心を十二分に表現していた。まず観客の視線を集める、ヒロインとしての最大の仕事を立派にまっとうしていて、キャスティングに納得させられる。

一方、エミールの別所哲也は、持ち前の歌唱力がずば抜けていて、文字通りのショーストッパーぶりを示した。これまでの上演では、人種問題以前に、子供がいることを隠したまま求愛されるのはちょっと困る、という部分でややひっかかりを感じていたヒーロー像だったが、「魅惑の宵」のあまりの素晴らしさに、そうした問題が吹き飛んでしまったほど。ミュージカルスターとはかくあるべし、の存在に拍手を贈りたい。

撮影/橘涼香

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ルーサー・ビリスの太川陽介の達者な舞台ぶりは、作品の軽やかさを倍化している。優れた役者としてだけでなく、人気バラエティ番組を担うお茶の間の顔としても知られる人だけに、こうした企画には打ってつけ。全国での喝采が見えるようだ。

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

名曲「バリ・ハイ」を歌い上げるちあきしんは、この作品でも歌唱指導の任も務める実力派の宝塚OG。歌声ひとつで、舞台を新たな世界に誘う力には確かなものがある。若き恋人たちのケーブル中尉とリアットは藤田玲と中根百合香のコンビで観たが、作品の求める悲恋の恋人同士に打ってつけ。ミュージカル界でのますますの活躍が期待される。『王様と私』から引き続いて、この企画への登板となったブラケット大佐の磯部勉に、渋みと同時に可笑しみもあるのも好印象で、作品の良い重石になっていた。

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

何よりこれだけの陣容を擁した作品が4000円で観劇できるというのは、やはり得難い機会で、これをきっかけに多くの人にミュージカルの舞台を生で観る楽しさを知ってもらいたいものだ。意義ある企画が、全国で大きな花を咲かせることを願ってやまない。

【囲みインタビュー】

初日を控えた7月8日、通し舞台稽古を前に囲み取材が行われ、藤原紀香、別所哲也、太川陽介がそれぞれ作品への意気込みを語ったあと、取材陣の質問に応えた。

撮影/橘涼香

撮影/橘涼香

藤原 素晴らしいキャスト陣とスタッフに支えられてずっと一緒に稽古に励んできました。別所さんにはバッチリサポートして頂いておりますし、ベテランの太川さんはいつも色々なことを、健康面のことも含めて教えてくださっています。本当に素晴らしいバランスで出来ている作品だとたくさんの方に言って頂くのですが、そういうチームに入れて頂いて、とても幸せです。こういった普遍的な、戦争や愛を描いて1950年代から愛されてきているクラシックな作品、名作にに携われて本当に幸せです。皆様を万全な状態でお迎えしたいと思いますので、楽しみにしていらしてください。

別所 ネリー(藤原)の言った通りです。紀香さんを中心に、登場する男たちも全員彼女に恋に落ち、当然僕がその先頭を切って恋に落ちて行く訳ですけれども、その恋の行方を是非皆さんに舞台の上でご堪能いただきたいなと思っています。名曲揃いですし、物語が運んでいる様々なメッセージもあるのですが、そんなメッセージを全国にお届できるミュージカルを、いよいよ明日スタートできるということで嬉しく思っています。

太川 僕だって(ネリーに)惚れてるんですよ。惚れて、洗濯もしてあげたり、島の中でシャワーの設備もちゃんと整えてやってあげてるのに、綺麗になった彼女はあっち(別所を示して)に行っちゃうという、寂しいよね(笑)。でも楽しくやっています。初日はどうせ緊張はしますから、楽しく頑張っていきたいと思っています。
 
──あまりにも有名なミュージカルで、たくさんの方が演じてきたヒロインですが、紀香さんならではのネリー像は?
 
藤原 そうですね。ミュージカルの傑作ですから、映画を観せて頂いた時も本当にネリーがとってもコケティッシュで可愛くて、一喜一憂するんですね。自分は田舎者で、色々な経験がない中で、一生懸命悩んで恋をして成長していく。そんな彼女を真正面から受け止めて演じたいと思っています。

撮影/橘涼香

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──恋をして成長していく部分には、経験も役に立ちますか?

藤原 ミュージカルの台本から感じたまま、別所さんが話したセリフ、色々な人たちが私に忠告してくれるセリフから感じたままを表現しようとしています。ミュージカルナンバー1曲の中で、ほとんど息継ぎができないような歌もあって、ずっと「恋している」と言い続けているんです。また水兵さんの格好をして太川さんと踊るシーンもあるのですが、本当に弾けているネリーを出して行きたいです。立っていても踊っていても、本当にこのミュージカルは楽しくて、私が出ていないシーンも裏から見たり、客席から見たりするのですが、全シーンが見どころと言えるほど楽しいです。
 
別所 七色の藤原紀香ネリーですから。もう様々な、この今日のドレスもですが、ワンシーン、ワンシーン、出てくる度に見どころ満載ですよ。
 
──紀香さんから恋する女性の輝きを感じますか?
 
別所 もう輝いていますね。それは僕に恋をしているからですよ(笑)。
 
太川 稽古場でその気になり過ぎてたものね(笑)。
 
別所 そうです。僕に恋をしてるんです、と思いこんでね(笑)。
 
──どうします太川さん?
 
太川 僕はしょうがないです。諦めるしかない。隙間から取られちゃうから(笑)。
 
──歌も久しぶりですね?
 
太川 いやー、あんまり評判にならなかったんだけど、去年CDを出したんです(笑)。でも、ミュージカルは何年かぶりですから、久しぶりに歌って踊ってと言うよりは、僕の場合は動いて、という感じですね。
 
──地方公演もたくさんありますね。
 
藤原 全国ツアーが楽しみで、普段なかなか行けない場所に行けて地域地域のお客様の呼吸を感じられるのが、とっても楽しみです。
 
──バスで移動だと言うことですが、太川さんだけ路線バスで移動ということは?
 
太川 間に合わないでしょう!それじゃあ(爆笑)。向こうについて時間があれば、路線バスにも乗ろうかと思います。各地方に行くと、どうしてもバス停が気になるんですよ。台湾に行った時にもついついバスに乗っちゃいました。いつか台湾ロケもあるかも知れないから、一応台湾のバスのシステムを覚えておこうと思って。

撮影/橘涼香

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──今回、余計なバスに乗っちゃったら大変ですね!

太川 その時は一緒にいけないかも知れない(笑)。
 
別所 いやいやダメダメ!(笑)。
 
──でもそうすると、ストーリーは三角関係ということですよね?
 
太川 いえ、全然こっちはないから(藤原を示して)僕からがあるだけで、こっちからは何も来てないので三角じゃないです。
 
別所 いや、でもちょっとキスシーンがあるじゃない。チュッって。
 
太川 お礼のチュッ!じゃない(笑)。ありがとうっていうアメリカ的なキス。そっちフレンチのキスでしょう?
 
別所 そうです。フレンチキスですね。
 
──そんなシーンもあるんですね!
 
太川 妙に期待させちゃって良いのかな(笑)。
 
別所 でも全体的にはとてもエレガントな、昔ながらの恋物語なので、とても抑制の効いた、手を握るのさえはばかるような中での、キスへのプロセスですから。
 
藤原 とても素敵ですよね。
 
太川 純粋だからね。
 
藤原 愛する人と二度と会えないかも知れないと思った時に、やっと何が一番大事かわかった、一緒にいること、ただそれだけが私にとって大切なことだとネリーが気づくんです。エミール(別所)がいないところでも、海に向かってとつとつと思いを伝えるところがあるのですが、そこも本当に切なくて。
 
別所 もうウルウルしてますからね。
 
撮影/橘涼香

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──切なさの中には思い出も蘇ってきているのですか?

藤原 そうですね。エミールと初めて出会った時のことを思って、きっとあの人も離れた土地で今その時のことを思い出しているだろうとか、そういった意味合いですね。本当にエレガントで素敵な脚本です。
 
──男性の過去を知って動揺するシーンがあるそうですが、やはり女性として男性の過去は気になりますよね。
 
藤原 何十年も前の時代ですから、肌の色が違ったり、育った環境が違ったりすると、親からずっと教えられた、子供の頃から刷り込まれたものがあるのを覆して、それでも一番大事なものは何かを考えるというテーマがあるので、現代のお客様にそのメッセージをどんな風に受け留めてもらえるのかをとても楽しみにしています。
 
──今ここから見ていても、恋する女性の輝きを感じますが、恋をしていますか?
 
藤原 カンパニーの皆がそういう雰囲気を作ってくれるので、今はエミールに恋をしています。
 
別所 僕だけじゃないですよ。カンパニー全員恋をしていますからね。そういうシーンもありますので、楽しみにしていてください。
 
撮影/橘涼香

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公演情報
ミュージカル『南太平洋』
 


作曲◇リチャード・ロジャース
作詞◇オスカー・ハマースタインII世
脚本◇オスカー・ハマースタインII世、ジョッシュア・ローガン
訳◇吉田美枝
訳詞◇岩谷時子
演出・振付◇上島雪夫
出演◇藤原紀香、別所哲也、太川陽介、磯部勉、ちあきしん、渡辺大輔・藤田玲(ダブルキャスト)、ほか
●7/9~12◎東京・シアター1010
●7/15~16◎愛知・愛知県芸術劇場大ホール
●7/18~20◎兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
●7/22◎広島・アステールプラザ大ホール
●7/24◎鳥取・米子市公会堂
●7/26◎和歌山・紀南文化会館大ホール
●7/30◎新潟・新潟県民会館大ホール
●8/2◎福島・いわき芸術文化交流館アリオス大ホール
●8/4◎熊本・水俣市文化会館
●8/6◎大分・iichiko総合文化センターiichikoグランシアタ
●8/8~9◎福岡・キャナルシティ劇場
●8/12~13◎東京・天王洲 銀河劇場
http://www.hello-musical.jp/stage/southpacific/index.html


 
演劇キック - 宝塚ジャーナル
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