愛知の「長久手市文化の家」が発信する、ダンスをメインとしたアートイベント『ARTopia!』開催
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左・『ARTopia!』企画者でダンサーとして出演もする豊永洵子 右・豊永と共に『ARTopia!』をプロデュースし、新作ダンスの振付も担当する井田亜彩実
名古屋市に隣接するベッドタウンとして、近年目覚ましい発展を遂げている愛知県長久手市。“住民の平均年齢が日本一若い街”としても知られる同市の文化拠点である「長久手市文化の家」は、演劇、音楽、伝統芸能から子ども向けイベント、アウトリーチまで幅広く開催し、年間100本以上の自主事業も意欲的に行っている。
そんな同館では、1998年の開館当初から職員とは別に、創造スタッフ(高い芸術性や卓越した専門性に基づく豊富な知識や優れた技能、技術を生かし、文化の家職員や関係者らと連携を図りながら創造的事業の企画・運営に携わる専属アーティストグループ)というポストを設置。現在は音楽、美術、演劇、舞踊ジャンルの計7名のアーティストが各部門を担当しているが、今回、8月2日(金)と3日(土)の2日間に渡って同館で行われる『ARTopia!』は、舞台芸術系の創造スタッフとして活動するダンサーの豊永洵子と、昨年までイスラエルの〈MARIA KONG dancers company〉に所属し、今年から日本を拠点に活動を開始したダンサーの井田亜彩実が企画したものだ。同じ大学で出会い、共にコンテンポラリーダンサーの平山素子に師事した経歴を持つ豊永と井田がタッグを組み、イベント全体のプロデュースを行っている。
ダンスだけでなく、演劇、音楽、美術から食に至るまで、身体を使った芸術表現や「からだ」を使って発信されるものを一堂に集め、それらがダンスによって繋がり、アート(芸術)を通してユートピア(理想郷)を実現したい、という両者の想いのもとに立案された『ARTopia!』。総勢30名以上が参加するこのイベントの企画者である豊永洵子と、プロデュースと共に新作ダンスも発表する井田亜彩実に、本イベントにかける想いなどを伺った。
『ARTopia!』チラシ表
── 今回のイベントを企画されたのは豊永さんということですが、どのような経緯で立案されたのでしょうか。
豊永 「長久手市文化の家」の創造スタッフに就任して今年で3年目になるんですが、毎年、何か公演をしようと自分のタスクとして決めているんです。基本的には私の好きな人を集めた企画を行っているんですけど、今年は井田さんがイスラエルから帰国すると聞いたのでぜひ彼女に来てほしいな、というのと、自分もクリエイションをしたいという思いもあって「何かアイデアはないですか?」と井田さんに聞いたら、「前から話していた、こういう企画はどう?」と言ってくださって、それを公共劇場で行うことは可能かどうかを探りながら「文化の家」と繋いでいきました。
創造スタッフとして活動する中で私が感じているのは、ダンスはまだお客さんの層を掴みきれていないジャンルで、このままでは芸術の中で一番弱者になってしまうということ。単に自分の鍛錬を見せる発表会などではなく、やはり芸術として昇華したものを長久手の人にも観ていただきたいと思ったんです。そこからディスカッションを重ねて今回の企画が通って、自分以外の創造スタッフの方にも関わってもらうことになりました。ダンスの魅力をうまく伝えられるような企画にするためにはダンスだけの公演ではなかなか伝えきれないので、いろんな方面からいろんな窓を開いてフランクに見てもらえるといいんじゃないかな、という感じでスタートしました。
【豊永洵子 PLOFILE】 1989年神戸生まれ。名古屋女子大学助教。幼少時よりダンスを森川ヨーコに師事。筑波大学及び同大学大学院にて舞踊学を学び、平山素子に師事する。修士(体育学)を取得。これまでに平山素子、島崎徹、キミホ・ハルバート、工藤聡等の作品やワークに参加。プロジェクトカンパニーSo&Coのメンバーとしてオリッサビエンナーレ(インド)への参加、セッションハウス付きレジデンスカンパニーであるマドモアゼル・シネマのダンサーとしても活動。その他、自身の作品創作だけでなく、ステージング、多ジャンルのアートとのコラボレーションを行っている。「長久手市文化の家」舞踊系創造スタッフ。
── お二人とも平山素子さんに師事されていますが、そこで出会われたのですか?
井田 そうですね。筑波大学で出会って、2人とも平山先生からコンテンポラリーダンスを教わりました。私は振付をやっていたんですけど、豊永さんがダンサーとして出てくれるようになって一緒に活動することが多くなりました。昨年までずっとイスラエルのカンパニーでダンスをやっていたんですけど、8月は1ヶ月間夏休みなので、その間に日本に帰ってきて公演とか学校へのワークショップとかで各地を回るんです。その中で豊永さんが愛知に引っ越すという話を聞いたり、もともと名古屋のダンサーさんにも知り合いが多かったので愛知にもワークッショプで来てみたら、もう面白くて。
すごく個性的なパフォーマーの方たちばかりで、しかも自分で作品を創っていると。そういう熱量がとてもあるクリエイティブな人たちが集まっている県なんだな、というのを知って豊永さんに、「こういうアーティストを集めて、アーティストによるパフォーマンス公演がやりたいんだ」という話をしたら、「長久手市文化の家」でお仕事をされているということで、そのご縁で協力を得ることができて『ARTopia!』が実現したんです。
一番には、「愛知には素晴らしい、面白いアーティストが地元にいるんだよ」ということを発信したいという思いがあります。私は外から来た人間で客観的にそれがすごく見えたので。何か行動を起こす時は熱量ってとっても大事で、受け身だとどうしてもアクションを起こす段階まで持って行きづらいんですけど、愛知にはその熱量を持ってる人たちがちゃんと個々で存在している、と感じました。だからこそこういう企画が出来るんじゃないかな、と思ったんです。
【井田亜彩実 PLOFILE】 1986年富山生まれ。新潟中央高ダンス部にて本格的にダンス活動開始。筑波大、大学院で舞踊学を学び、平山素子に師事。これまでKENTARO!! 、平山素子、山田勇気、ディディエ・テロン等の作品に出演、東野祥子主催 Dance Company BABY-Qの主要メンバーとして活動した。また、Dance Duo「いだくろ」、ソロで自主公演を行うなど、振付家として作品を発表。2013年、文化庁在外研修員としてイスラエルのMARIA KONG dancers company へ留学。2014年~2018年 MARIA KONGにてクリエイター、プロダンサーとして活動。ソロとしても世界各地のフェスティバルに招待される。2019年より日本を拠点に活動を開始。
── 井田さんは今回、新作ダンスも発表されるということですが、どういった作品なのでしょうか。
井田 私はもともと、人間が持っている本能とか、どういうものが私たちの感情を突き動かすのか、みたいなことに興味があってずっと作品を模索してきたんですけども、最近「愛について」という本を見つけまして。それによると、人間というのは昔は自然の一部の存在だったけれど、今は独自の文明を築いてしまったから自然からは切り離された存在で、本質的な自然としての動物的な本能はもう無いんじゃないか、ということが書かれているんです。私は今まで、「自分の本能を呼び覚ますんだ」とか言って踊っていたんですけど、そもそもそういうものをもう持っていないのか、とクエスチョンになって。それで、人間は独自の文明を歩み始めた頃から、自然と離れたことで孤独を背負うことになったと。だからトランスとかみんなで集まって曲を聴いて共有して一体感を感じたり、お祭りで一緒に踊るとか、儀式とかで動物のお面を被って何かするとか、それはもちろん神様のために奉納する意味もあるけれど、自然に戻るとか自然と繋がりたいという名残じゃないか、ということも言っているんです。でも、そういうものは一時的な繋がりなので、その繋がりが持続していったり、私たちが孤独から解放されていくためにはどうしたらいいのか、という時に提案されているのが、深い意味での人間同士の繋がりだったり、繋がることで自分の存在意義を感じる時に孤独から解放されるんだと。
私はそれがすごくよくわかって、自己肯定とか存在意義というのは、他者との繋がりによって浮かび上がってくるものだということを実体験として感じていて、本当にそうだな、と思ったんです。ということは、今回は20分の作品なんですが、その20分の中でひたすら関係を深めて繋げていくことをダンサー同士で追求していくと、もしかしたら感情としてでも感覚的なものでも、相手から返って来るものや何か感じるものがあるんじゃないか、とか、そこまで繋がるものを客観的にお客さんが見た時にどういう気持ちになるんだろう? と。そういうことを探る実験的な作品で、4人のダンサーがいかに深いところでコミュニケーションを取り、関係を築けるか、という作品なんですね。なので、いつもは結構コレオグラフィーがあるんですけど、今回は「振りを踊らないでくれ」って(笑)。エゴが出たり自分にとって都合の良いことをした瞬間に、関係が破綻してしまうわけじゃないですか。だから、どこまで相手と繋がることに重きを置いてアクション出来るか、本質的に繋がるというのはどういうことなのか、というのがテーマで、質感だったり重さだったり、それらを全て繋げる、という作業をしています。
この前、ワークインプログレスで一度お客さんに観てもらったんですけど、その時に、「見えない糸を感じた」とか、「スパイダーウーマン」とか言っていただいたんです(笑)。あと、一人のお客さんは「引っ張られた」ということも言ってくださって。だからきっと、4人の関係の糸がどんどん増えていけば、最終的にはもしかしたらお客さんとも繋がることができるんじゃないか、とも思って、観ている人とパフォーマーで分かれるのではなくて、トランスよりももっと深いところでみんなが繋がれる場になる可能性があるんじゃないかな、と思っているんです。
★『ARTopia!』<舞台パフォーマンス>出演者の一部。左から・企画&出演の井田亜彩実、豊永洵子、杉山絵理、服部哲郎、おにぎりばくばく丸、藤島えり子
── ダンス以外にも演劇や音楽など総勢30名以上のアーティストが参加されるということですが、人選もお二人で?
井田 そうですね。ダンス以外のジャンルの方とかは豊永さんから紹介していただいて、あとは私も名古屋と東京で募集をかけて、集まったメンバーで新作を作らせてもらっています。私が所属していた〈MARIA KONG〉では、“Mi Casa Sucasa”というアートイベントを運営していたんですけど、最初はスタジオから始まって、違うジャンルの人たちを一堂に集めてコラボレーションをして、気軽にアートに触れる場、というのを大きなクラブハウスなどで開催していたんです。
なので今回もダンスだけじゃなくて、いろいろなジャンルの芸術、身体表現、アートと呼ばれるものを集めて、その中でコラボレーション…例えば、音楽とダンス、針金アートとダンスとか、歌とダンスとかそういう感じでコラボすることによってお客さんに対しても選択肢を増やしたいな、と思っているんです。例えばダンスが好きで見に行ったところ、「縄跳でこんなスゴイ人がいる」とか、「演劇って面白いんだな。じゃあこの人の公演に今度行ってみようかな」となったら素敵だし、生け花が好きで見に行ったところ、「ダンスってなかなか面白いものなんだな」とか思ってもらったり。
「こういう見方があるんだ、こういうアートもあるんだな」というのを、まずは知ってもらわないといけないなと思って。いろいろな窓口、入口を増やして、まずは来てもらう。そこで何を好きになってもらうかはお客さんの自由ですし、次回に繋がる出会いがあったら素敵だな、と思います。アーティスト同士も、結構ジャンルによって固まるんですよ。なのでそこをみんな一堂に集めることで出会いの場になれば素敵だと思いますし、お互いの刺激になればいいな、とも思っています。あとは、美術とか作品を持っている人も作品を飾るんですけども、創ることも同時にやってもらおうと思っています。出来ている作品を見ることはあると思うんですけど、それが立ち上がる時には、そこにしかない空気感とか緊張感とか心惹かれる瞬間があるんじゃないかな、と。なので完全ライブ、という感じにしていますね。
── 豊永さんが人選のポイントにされたのはどんな点ですか?
豊永 もっとたくさんの方に参加してもらいたい、という欲はあるんですけども、その中で、こういうオーダーに応えてくれそうな人、一緒に輪になって創り上げてくれそうな人、それから自分と同じ年齢層の方で、「現状をどうにかしたい」とか「自分がどうあるべきか考えている」というような人たちをピックアップしたつもりです。「自分はこの表現で生きていきたい」と思っている人たちに集まってもらっているので、そのエネルギーを集約することでライブ的な部分がもっと盛り上がるんじゃないかと思いますし、井田さんも言われているようにそこから繋がった縁で、よりそれぞれの表現のお客さんの層が変わったりとか、お客さん自体がいろいろなものを見る視点が広がったらいいな、と思っています。“コンテンポラリーダンス公演”と銘打たれているので、お客さんは「コンテンポラリーダンスなんだ」と思うかもしれないんですけど、気負わずとも楽しんでいただけるようなものを目指しています。
── お子さんからご年配の方まで、幅広い年代の方に楽しんでいただきたいと。
豊永 そうですね。あと、私たちの世代はちょうど子どもが生まれてお母さんになる人たちが多くて、「観に行けない」とか「もうちょっと早い時間なら行ける」という意見をよく聞いていたので、そういった人のためのアートもあってほしいという思いや、なかなか観る機会のない人にもっと機会を開いておきたい、という思いもあります。こんなに面白い人たちがいっぱい参加しているのに、ダンスを好きな人だけが観る、という公演ではもったいないなと。さまざまなアーティストたちに触れることで、何か豊かになってほしいという部分もありまして。本当は私の当初のアイデアからすると、もっと公演回数が多かったんです。もっといろんな人に観ていただきたいと思ってラインナップをパンパンに詰めたり、朝11時からの回を設けようと考えたり。現実的なところをとって今の形に収まったんですけど(笑)、やっぱりなかなかこういう公演を観る機会のない方にどうしたら届くのかな? というのは毎回課題として考えていて、少しでもそういった人が来やすく、「文化の家」に文化を見に来てくださればいいなぁ、と思っています。
2日間の全3公演とも、〈舞台パフォーマンス〉は約1時間、〈舞台パフォーマンス〉の開演前と終演後に行われる〈ホワイエパフォーマンス〉は各30分程度を予定しているので、来場の際は時間に余裕を持って出掛けるのがおすすめだ。尚、〈ホワイエパフォーマンス〉は日時限定のラインナップもあるので、詳細は下記【演目&出演者】でご確認を。また、ホワイエでは井田亜彩実が滞在していたイスラエルの料理やお菓子も登場予定とのことなので、こちらもお楽しみに!
【演目&出演者】<舞台パフォーマンス>
◆井田亜彩実 新作ダンス「Species」/豊永洵子、荒俣夏美、鈴木春香、ホシノメグミ
◆ダンスパフォーマンス /archaiclightbody(杉山絵理、服部哲郎)、堀内悠馬(ピアノ)
◆演劇パフォーマンス/『a couple of coffee』作:鏡味富美子 演出・出演:ハラペッコ(おにぎりばくばく丸、藤島えり子)<ホワイエパフォーマンス>
◆MariaKong レパートリー上演/岡村圭祐、津曲晴子
◆ダンス/渡邊智美、田辺舞 ※田辺は2日のみ
◆作曲/了徳寺佳祐 ※2日のみ
◆「喫茶・River」/堀江善弘、Atori
◆縄跳びパフォーマー/粕尾将一 ※3日18:00の回のみ
◆トレーナー/糸川亘
◆サックス/坂井利絵
◆ヴォーカル/元澤里麻
◆打楽器/弓立翔哉
◆ギター、生け花/KANAMORIN ※3日のみ
◆針金アート/橋寛憲 ※2日と3日18:00の回のみ
◆クリエイター/天変地異(てぺち)
◆アクセサリーデザイナー/t.m.e ※3日のみ
ダンスパフォーマンス/archaiclightbody 稽古風景より
演劇パフォーマンス/ハラペッコ 稽古風景より
公演情報
■出演:上記【演目/出演者】を参照
■日時:2019年8月2日(金)19:30、3日(土)13:00・18:00 ※各回とも開演前と終演後に〈ホワイエパフォーマンス〉あり
■会場:長久手市文化の家(愛知県長久手市野田農201)
■料金:前売/一般2,500円 高校生以下500円 一般ペア券4,000円 当日/一般2,800円 高校生以下500円
■アクセス:名古屋駅から地下鉄東山線で「藤が丘」駅下車、リニモで「はなみずき通」駅下車、徒歩7分
■問い合わせ:長久手市文化の家 0561-61-3411
■公式サイト:http://www.city.nagakute.lg.jp/bunka/ct_bunka_ie.html