劇団四季『エビータ』観劇コラム ~彼女が時代に”遺した”もの~
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劇団四季『エビータ』(撮影:上原タカシ)
「非常につらい務めではありますが、国民の皆さまにお知らせいたします。大統領夫人、エバ・ペロン。我が国の精神的リーダーが本日20時25分永眠されました」
固い声のアナウンスとともに流れるレクイエム。軍人たちに担がれたエバの棺が舞台上に現れ、物語が始まる。
2019年7月7日(日)に東京・自由劇場で、同じく8月12日(月・祝)に名古屋四季劇場にて千秋楽を迎えた劇団四季のミュージカル『エビータ』。二都市での公演を終え、現在全国を巡演中だ。今回は作品について触れつつ、東京公演の模様を振り返ってみたい。
劇団四季『エビータ』(撮影:上原タカシ)
舞台は南米・アルゼンチン。貧しい家庭に育った少女・エバは、歌手のマガルディを手始めに、さまざまな男たちを利用し、ラジオ番組の女優としてのし上がっていく。ある日、軍部で頭角を現す軍人・ペロンと出会ったエバは、彼を大統領に押し上げようと決意。ふたりは政治の世界でさまざまな手を使い大統領とファーストレディになるのだが、その時、エバの体はすでに病魔にむしばまれていた。そして、彼女のそばにはいつも冷めた視線でその姿を見つめる革命家・チェの姿が――。
ミュージカル『エビータ』がロンドンで初めて上演されたのは1978年。演出は先日逝去したハロルド・プリンス、作詞・作曲はティム・ライスとアンドリュー・ロイド=ウェバーのゴールデンコンビである。
多くの人が語る通り、作詞・作曲家のふたりが”頂点”しか見ていなかった時代の作品が『ジーザス・クライスト=スーパースター』と『エビータ』だ。特に『エビータ』にはクラシックのテイストに加え、ロックやポップス、タンゴ調などさまざまな種類の音楽が散りばめられ、ロイド=ウェバーの才気がこれでもかと溢れ出る。
ロンドン、ニューヨークでの成功を受け、日本で『エビータ』が初演されたのは1982年。浅利慶太氏によるオリジナル演出で、四季と縁が深い日生劇場での全62公演だった。
今でこそ『ウィキッド』『アイーダ』『マンマ・ミーア!』『エリザベート』『李香蘭』等、女性が主役のミュージカルが多数上演されているが、『エビータ』が誕生した70年代は女性キャラクターの多くが男性の相手役、もしくは男性に導かれ、育てられる存在だった時代。
そんな空気を打ち破るように、強く、激しくそして哀しく生きた実在の女性の半生を描いた『エビータ』は多くの観客に衝撃と夢とをもたらした。さらに言ってみればエバは”ダークヒロイン”でもある。自分の野心を叶えるためには手段を選ばず、男性に”育てられる”どころか、場合によっては男性を倒し、打ち破るヒロイン。彼女のキャラクターがのちのミュージカル作品に大きな影響を与えたのは間違いない。
劇団四季『エビータ』(撮影:上原タカシ)
そんなミュージカル『エビータ』が約7年半ぶりに自由劇場で幕を開けた。
初日の客席。幕が開く直前から漂う何とも言えない緊張感。久方ぶりの『エビータ』上演に観客の思いがひとつになる。レクイエムとともにエバの棺が運ばれ、その棺に腰掛けながら「こいつはサーカス」を歌う本作の狂言回し・チェ。
エバ役の谷原志音は特に1幕が巧い。野心に満ちた少女が男たちを手玉に取り、出世の階段を昇っていくさまを美しいソプラノとエネルギッシュな演技で魅せる。彼女がふとした時に見せる燃えるような、誘うような目の力に何度もゾクゾクさせられた。
狂言回し・チェを演じる芝清道。本作において長らく同役を演じ、作品のことを知り尽くしているひとりでもある。パワフルな歌声とエバに向ける批評的かつ繊細な視線をもって、あらためてその存在感を示していた。
ペロン役の佐野正幸も長らくこの作品に出演している俳優だ。ペロンのエネルギッシュな姿と、弱気になりエバに頼ろうとする振り幅を見事に表現していると感じた。
劇団四季『エビータ』(撮影:上原タカシ)
先に”エバはダークヒロインでもある”と書いた。確かに彼女は自分の野心のために男たちを手玉にとり、手段を選ばず階段を駆け上がった女性ではあるが、浅利慶太氏による四季版の演出は海外版に比べ、”情”と”哀”の部分がより強く表出していると感じる。もちろん、音楽を含む作品自体の魅力も大きいが、『エビータ』が初演時から多くの観客に愛され、四季のレパートリー作品として、日本で40年弱上演され続けているのは浅利氏の演出によるところが大きいと思うのだ。
強く、そして儚く生きたエバ・ペロンの半生を描いたミュージカル『エビータ』。時代を経てもまったく色褪せない本作はこれから日本各地を旅する。
エバと彼女を時に冷ややかに見つめ、時にその姿に自らの使命を重ねて揺れるチェ、エバを愛しながらも権力のために彼女を利用し頼るペロン……3人のトライアングルに加え、”エバの最初の踏み台”タンゴ歌手のマガルディや、いとも簡単にエバに居場所を奪われるミストレスのドラマ、さらに作品を支える大きな熱量となるアンサンブルたちの化学反応をぜひ体感して欲しい。
浅利慶太追悼公演・劇団四季ミュージカル『エビータ』は現在全国巡演中。
※文中のキャストは筆者観劇時のもの
公演情報
■作詞:ティム・ライス
■作曲:アンドリュー・ロイド=ウェバー
■日本語訳詞:浅利慶太 岩谷時子(「スーツケースを抱いて」)
■振付:加藤敬二
■照明:沢田祐二
■エビータ・コスチューム:森 英恵
■美術:土屋茂昭
■衣裳:劇団四季衣裳部