ヒグチアイ バンドワンマン東京公演に観た、新たな歌をうたい続ける彼女の現在地

2019.11.27
レポート
音楽

ヒグチアイ

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HIGUCHIAI band one-man live 2019
2019.11.16 Veats SHIBUYA

この日の本編最後を飾った「聞いてる」を観終わった瞬間、彼女の歌世界とは真逆とも思える至福感に包まれながら、どこか自分が求めていた到達点や終着点への帰着を感じた。伝えたいことを全て伝え、吐き出したいものを全て吐き出し、「もう歌として遺すものは何もない……」とでも言わんばかりのステージの観後。私を包んでいたのは、どこかゴールテープを切った際の感触にも似た、安堵や凪の類いであった。

今秋発売のニューアルバム『一声讃歌』と共に、あえて「自分」という深い井戸に釣瓶(つるべ)を落としたヒグチアイ。その底に湧いていた水は時間という濾過も経て、今でも案外綺麗でピュアさを湛えており、覗き込んだその水面に映っていたのは紛れもなく自分の顔であった。

そんなヒグチが今年もバンド編成にてワンマンライブを東京・大阪で行った。今回のライブは今春早々には既に『一声讃歌』のリリース予告と共に実施が誓われていたもの。そこでは今年この地点に向かう為に走り続けてきた数々の行動の結実や昇華がしっかりと感じ取れた。
彩るバンドメンバーは御供信弘(B)、伊藤大地(Dr)、そして実妹のひぐちけい(Gt)。昨年同様、気心の合った各位にて贈られた。以下はその東京編。11月16日のVeats SHIBUYAでのドキュメントだ。

ヒグチアイ

開演前の満場。ステージ中央に置かれたアンティークの鏡に白色の強い照明が一つ反射。まるで見通されているようにじっと会場や我々を照らす。それがスッと消え、荘厳で祝祭的なSEが場内に轟く。まずはバンドのメンバーが、そして間を置きヒグチもステージに現れた。ピアノイントロが爪弾かれ、ヒグチの歌と共に1曲目の「走馬灯」が現れる。中途より加わるバンドサウンドが楽曲を色づかせていく。明らかに彼女の歌の表現力も、よりふくよかになっていた。そんな歌声と共にタイムカプセルのような歌が場内に満ちていく。続く「前線」に入るとブワッと世界が広がった。躍動感と解放感が増し、それがことさら現実や今、居場所や存在の事実を突きつけてくる。次の「風と影」では更に上昇感も寄与。やはり同曲でも高音部の歌唱にふくよかさが表れていた。

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「1年に2回の大切な日に来てくれてありがとうございます。他のライブと違いTシャツやタオル姿ではなく、家からそのまま来たかのような格好の方が多いのが私のライブらしい(笑)」とヒグチ。実はこの日は、これまで以上にステージの装飾も凝られていた。各楽器やマイクスタンド他、至るところに絡みついていたツタの葉類は『一声讃歌』のジャケットの森感、その他にも置時計や鏡等、楽曲やリリックにまつわる装飾が所々に配されていた。「一週間のうた」にてスポットライトが当たった置時計もその一つ。秒針音をクリックに、エレガントなピアノに乗せ同曲が歌われる。そこからノンストップで「猛暑です」に入ると、後半はバンドによる高揚感のある演奏と共に、彼女の歌では珍しいキャッチーさと、そこに秘めたどこかもう一度会いたいとの想いが強がりでツンデレな歌内容にて放たれた。対して、「そろそろ私もこんな幸せな気分になってもいいんじゃないか?」(ヒグチ)と入った「バスタオル」では、サティのような間のピアノと、不安感を伴いながらも、やや救われホッとさせてくれるほのかな幸せが距離をグッと縮めていく。ストリングスの同期と共に贈るように歌われた「どうかそのまま」では、いつまでもついてくる影のように、真摯過ぎる愛しい人に対しての自分のいたたまれなさが逃げ出しへと導いた、その後悔がずっと追いかけてくるのを感じた。

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ここのMCでは、14歳まで習っていたがその後、袂を分かっていたクラシックピアノの先生に、ようやく自身の近況と『一声讃歌』を手渡せたエピソードが伝えられた。その先生曰く「当時から逞しいとは思っていたけどやはりそうだった」と再会を喜び。当時、彼女が音楽学校に行くことに反対し、普通科を勧めたことについてようやく言及。「音楽のために生きるのは違う。生活の中に音楽があるべき」が理由であったと、彼女にとって留飲の下がる回答を得られたことが告げられた。そして、「私も気づくと今や生活の中にある音楽をやっていた。私の音楽が誰かの生活の一部になっていてくれたら」と告げ、永遠を内包しているかのように響いた「ほしのなまえ」にて、そのエターナルさを確固たるものへ移らせ、続く「備忘録」では、これまで以上に長いアウトロが「どうか自分よ忘れるな」との過去からの戒めが満場の想いと重なっていった。

後半戦に入ると、珍しくヒグチがステージ前方までせり出し、ハンドマイクを通し、「一人ひとりおもいおもいに盛り上がって欲しい!」と誘い、アーシーでダイナミズムさを有した「いちご」へ。ひぐち(けい)も感情たっぷり込めたギターを放つ。伊藤のドラムソロから「街頭演説」に入ると、ライティングも更に冴え出し、放たれるエモさに会場も炎上。ライブがどんどん転がっていく。続く「黒い影」ではそのエモさに激しさが加わり、御供、伊藤が生み出す6/8のリズムがダイナミクスさを育んでいった。

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ここのMCでは『一声讃歌』が振り返られた。「今回は私が私自身を掘り起こしてみた。結果しっかりとずっと私でいられたことを改めて感じられた。私は30年間愛されてきたからここまでこれた」との言葉が満場へと贈られ、「ラブソング」では、ここまで辿り着いた、気がつけた、出会えたかのような安堵感と、ラストに配された場内も合わせて完成させたハミング部分も印象深い。また「わたしはわたしのためのわたしでありたい」では、<自分が自分らしくいる為にも正誤を映し出す鏡のようなあなたが必要だ>とこの日は響いたし、「ココロジェリーフィッシュ」では、未来が来ても絶対に追い求めるだろうその理想の対象を満場各位に想い浮かばせた。また、本編ラストの「聞いてる」は、まさに作品聴時とは全く真逆の感受があった。この歌が冒頭の記述通り、大団円感や穏やかさを持って響くとは意外。冒頭の感受同様、同曲ではステージのライトの光量も上がり、とてつもない至福感に包まれていくのを覚えた。

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と、一度は冒頭への思いに至りつつも、アンコールではその考えがガラリと変わった。彼女の歌うべき第二章が、このアンコールや11月9日リリースの配信シングル「言葉のない手紙」(この日は未唱)から既に始まっていた気がしてきたからだ。
アンコールは彼女一人で行われた。実は今日は、『一声讃歌』にちなみ、『一斉参加』との題の予定であり、「今日に向かって走ってきた感があり、その時が近づいて寂しい。たくさんの元気をもらいました。ありがとう」と続け、「この日東京でしかやらない特別な曲」と告げ、出来立ての新曲「東京にて」がピアノ弾き語りで放たれた。様々な目線を通し違って映り、変化してゆく東京が歌われた同曲。どれもが嘘でどれもが本当のように映るけど、そんな中でも見え、感じ、実感したもの。それがリアルであり事実。それを信じて明日からも歩いて欲しい……なんだかそう歌われているように響いた。

一つが終わり、同時にまた新しい何かの胎動に立ち会えた感のあった、この日。今日ここに置いていった歌たちを経て、また彼女は新しい歌をうたっていく。それはもっとみんなの日常や生活、明日の糧や微かな希望へと向かわせるキッカケや誰かの何かになる歌なのではないか?と個人的には想いを馳せている。
ヒグチアイはやはりこれからも歌をうたっていく。「ラブソング」で歌われた<あなたは 決して一人じゃない 愛されていたんだよ>に続く歌。「聞いてる」での脈打つ鼓動や鼓舞の<(自分を胸を)叩いた数だけ生きていける>の先にうたうべく歌。その萌芽を「東京にて」や「言葉のない手紙」からはありありと感じる。今日以降、また新たに生まれ出てくるであろう彼女の歌を、ますます楽しみにしている自分がそこに居た。


文=池田スカオ和宏 撮影=Viola Kam

ヒグチアイ

セットリスト

HIGUCHIAI band one-man live 2019
2019.11.16 Veats SHIBUYA

1.走馬灯
2.前線
3.風と影
4.一週間のうた
5.猛暑です-e.p.ver-
6.バスタオル
7.どうかそのまま
8.ほしのなまえ
9.備忘録
10.いちご
11.街頭演説
12.黒い影
13.ラブソング
14.わたしはわたしのためのわたしでありたい
15ココロジェリーフィッシュ
16.聞いてる
[ENCORE]
17.東京にて(未発表新曲)