円・こどもステージ公演『青い鳥』──演出家・阿部初美と「光」を演じる谷川清美に聞く
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円・こどもステージ公演『青い鳥』(メーテルリンク作、阿部初美構成・演出)、左から、谷川清美、阿部初美
円・こどもステージで、メーテルリンクの『青い鳥』が上演中だ。幸せの青い鳥を探して冒険をする物語だが、そこに登場する「未来の国」は、わたしたちが「生まれる前の世界」とよく似ているらしい。出産と育児体験によってさらに表現に厚みを増した演出家・阿部初美と、この舞台の企画者であり、「光」を演じる谷川清美に話を聞いた。
「産み育てを考えるワークショップ」が出発点
──しばらく出産と育児で舞台から遠ざかってましたが、そのあいだに充電されたことがありましたら聞かせてください。
阿部 子供を育てるのがあまりにも大変で、育児放棄や幼児虐待がそれほど遠くないことに思えるほどなのに、演劇は何も救ってくれないことに気がついた。子育ての苦労や大変さを経験して、たくさん思いを抱えた人たちがいっぱいいるのに、その人たちに対して演劇は何もしていない。そういう人たちが来られる時間に、開演時間が設定されていない。そのために一時期は演劇に失望していたんです。
それで、自分がしてきたことで、何かできないかと思ったんですよ。ちょうど世田谷パブリックシアターで、いろんなことを考えるワークショップをやっていたんですが、子育てを考えるワークショップをやってみないかというお話をいただいて、それからずっと「産み育てを考えるワークショップ」をやらせていただいてます。
──それは乳幼児を持つ保護者を対象にしたワークショップですか。
阿部 乳幼児を連れた参加者が多いんですけど、豊島区でおこなったときは、20代から70代まで参加されました。だから、親だけでなく、学生でこれからライフプランを考えたい人、若い人でこれから子供がほしい人、あとは、子育てしてる人のために何かしたいというおじいちゃん、おばあちゃん世代など、多様です。
乳幼児を連れたおかあさんだけを集めると、おたがいに自分の子供を比べてしまうので、ものすごくストレスがかかってしまう。だから、世代がいろいろで、多様な人がいるほど、いい時間が過ごせるし、豊かになるんです。
──悩みを話したり、聞いたり、意見を交換したりするんですか。
阿部 それもあるんですけど、演劇のワークショップだから、みんなで表現を作るんです。たとえば、人形劇を作る。これはタブーにふれるときに有効で、人形劇にすると笑っちゃうから、深刻にならないですむ。
たとえば、世田谷の場合は、ママ友と話が合わないという問題がよく出てくる。水戸では、二世帯問題、仙台だと自分は跡継ぎで何代目とか……。
──住居環境や家族構成によっても、悩みが変わってくるんですね。
阿部 結局、その地域のコミュニケーションの問題が出てくるんですよ。それで5人ぐらいのグループになり、自分たちの問題を話して、人形劇を作ってもらう。あるいは「タブロー」という静止画を作ってもらう。それをおたがいに見て、感想を言ってもらう。最後には全体で、その日に出された問題について話し合うという感じです。
ただ話すだけなら演劇でなくてもいいけれど、演劇は人と人のあいだの垣根を取り払うことが得意なんですよ。ひとつのテーマについて、さまざまな立場があり、人によって見る角度がちがう。
たとえば、対立する関係があったり、協力する関係があったりするので、できるだけたくさんの視点を提供する。すると、それまで自分が見ていたものが、ちょっと視点がずれることによって考えが進んだり、楽になったりすることがあるんです。
円・こどもステージ『青い鳥』(メーテルリンク作・阿部初美構成・演出)のチラシ。 イラストレーション/荒井良二
生まれる前の記憶と「未来の国」の世界
──その体験は、どのように『青い鳥』につながったんですか。
阿部 ワークショップをやっていく過程で、さまざまな方々に会い、いろんな話をし、本を紹介しあったりしましたが、そんななかで、産婦人科医の池川明さんの『子どもはあなたに大切なことを伝えるために生まれてきた。』(青春出版社)という本に出会いました。池川さんは生前記憶を収集していらっしゃる方で、お腹にくる前にどこにいたとか……。
──お腹のなかの記憶を覚えてる人は約3割いて、アジアだけではなく、ヨーロッパやアメリカ大陸でもだいたい同じ割合なんです。
阿部 たぶん、メーテルリンクもその記憶があったと思うんですが。池川さんが集めているのは、お腹のなかのさらに前にどこにいたかで……。
──父母未生以前ですね。夏目漱石の『夢十夜』にも出てきます。
阿部 お空にいて、天使みたいな人がいたという2歳ぐらいの子どもの証言がいっぱいあって、それが『青い鳥』に出てくる「未来の国」にそっくりという記述があったんです。池川さんがそこから導き出された仮説もとても素敵ですが、それで『青い鳥』はどんな話だったかが気になって、一年生の子どもいっしょに読んでみたら、本当にびっくりしました。まったく忘れていたんです。
──『青い鳥』の「未来の国」は第9場ですね。そして、今回の舞台もほとんど原作どおり。
阿部 カットしてる場面もありますが、ほぼほぼ原作どおりです。あと、ひとつだけシーンを足しました。
──第10場の「生まれてきた理由」、このシーンだけは台本がありませんね。
阿部 このシーンは、俳優が即興でやっているので。生まれてくる子は、みんな地球に行きたくて、いろいろ準備をして待っている。それぞれ地球に持っていくものがあるんです。持っていくものがない子は、連れていってもらえない。
今日生まれる子を、時のおじいさんが呼び出して、船に乗せて地球に運ぶんですが、だいたいは「役に立ちたい」と言って生まれてくる。だけど、大きな罪とか病気を持っていく子もいて、病気を持っていった子は、すぐに死んじゃう。
その子たちが船に乗って、地球が見えてくるとものすごく美しくて、大変な喜びのなかで地球を見ている。すると、おかあさんたちが赤ちゃんを迎えにきた歌が聞こえてくる。それは生まれてくる喜びみたいなもの。いま、生まれてくると、問題も多いし、悲しい事件もたくさんある。どうして生まれてきたんだろうとか、生きてる意味がないと思い込んでしまう人も少なくない。だけど、生まれてくるときは、みんな喜びのなかで生まれてきたのかもしれない。
メーテルリンクの「未来の国」から読み解くと、みんな喜びに溢れて生まれてくる。そう考えると、子育てのきつさを少し吹き飛ばしてくれる。すごく素敵なファンタジーだなと思って。その一方で、美しいだけではなく、病気や罪を持ってきてしまうことの理不尽さ、残酷さも描かれている。
──自然には両面があり、アトランダムに選ばれてしまうから、避けようがない。
阿部 それでも、幸せや喜びや不思議や切なさ、それらはどこにあるのかを、わたしたちに伝えてくれる。「産み育てを考えるワークショップ」をやりながら、そういう思いを共有してきた全国の参加者がいて、それをかたちにしたいとずっと思っていました。だから、これはまさにその延長線上にあるものなんです。
だから「産み育てを考えるワークショップ」をいっしょにやってきたみなさん、参加されていなくても、日々、子育てで大変な思いをされているみなさん、もちろん子どものいない人も、自分も子供として生まれてきたひとりで子どもの時代もあったわけだから、みんなで地球上に生まれてきたことを、もう一度、劇場で考える時間を作りたかったということですね。
円・こどもステージ公演『青い鳥』(メーテルリンク作、阿部初美構成・演出)の舞台より。 撮影/森田貢造
子どもたちへのメッセージ
──それは子供を見守る大人へのメッセージですが、子どもたちにとってはどうですか。「こどもステージ」では、子供たちは保護者と離れて、いちばん前に設けられた桟敷席で見ることになります。
阿部 そのシーンは、大人たちへのものでもあるし、同時に子どもたちに向けたものでもある。だから、俳優たちには「人生の先輩として、子どもたちになぜ生まれてきたかを伝えてほしい」と言っています。やっぱり、舞台を見ていても、親は子どもが喜ばなければ喜ばない。だから、まず子どもに楽しんでもらいたい。
これは内容的には子どものものなんです。日常に不満を持っている男の子が、ある晩、魔法使いに旅に出てくれと言われる。
──しかも、それはクリスマスの夜。
阿部 しかも、幸せの青い鳥を探してきてくれと言われるんですが、これは本人が幸せになるためではなく、病気の娘のため、つまり、他者のためであることがポイントだと思うんです。そこで見ず知らずの女の子のためにがんばることになり、いろんな経験をするうちに、人間として成長していく。冒険の途中で、戦わなきゃいけない場面も、それは自分のためではなく、病気の子のために勇気を出して戦っていく。
──チルチルとミチルが行くのは、どれも怖いなと思うところばかりなんですよ。「夜の御殿」、「思い出の国」は死者の国だし、厳しい自然の「森」、「墓地」など……。
阿部 妹は帰ろうと言うけれど、チルチルは勇気を出して歩き続ける。その行動を見つめることで、子どもたちも勇気をもらっていく。
──「光」も応援してくれますよね。
阿部 「光」は谷川さんが演じます。「光」は子どもたちの行く道や、理性や知性を照らす。
「幸福の楽園」でご馳走がいっぱいあるところで挫けそうになるんだけど、「光」は「やらなければならないことがあるときは、何かを諦めることを知らなければなりませんよ」と助言する。「光」を演じる谷川さんが、子どもたちに手を差し伸べながら導くわけです。
──「未来の国」の次のシーン、「生まれてきた理由」には台本がありませんが……。
阿部 「生まれてきた理由」は、原作にはないオリジナルです。そこでは俳優たちは、劇をいったん中断し、役のかぶりものを脱いで、素に戻る。つまり、地球上に生まれてきたひとりひとりに戻る。客席にいるお客さんも、地球上に生まれてきたひとりひとりだから、みんなが地球上に生まれてきたひとりひとりに戻る。そこで、何のために生まれてきたかをそれぞれが語ることで、お客さんはどうなのかなと問いかけていく。子どもたちにも、親たちも問いかけて、それをみんなで共有したい。
このシーンが終わると、俳優たちは再び役のかぶりものを着けて、お話が再開するんですが、俳優のみなさんにお伝えしているのは、まず子どもを知ること──何が好きなのか、何を喜ぶのか、どういうものなのかを観察し、勉強することを宿題に出しています。
谷川 (稽古場の壁を指して)あそこにみんなで出した「子どもあるある」が全部書き出されてます。
阿部 子どもを研究したことを、100個ずつ挙げることを宿題にしたんですが、子どもということを常に意識しながら作っています。「母の愛」が出てくるところでは、いつも忙しくて、愛情を表現する時間がないけど、子どもたちを本当に愛してて、毎日力をもらっているのよとか、そういうことを子どもに伝えていく。それは親と子どもに対するメッセージになっていく。
だから、基本は子どもですけど、メーテルリンクは親の気持ちも書いている。でも、見ていただくと、音楽とか仕掛けは、みんな子ども向けになってるから、やっぱり子どものためのものだなと思うんです。ただ、その後ろにある親たちの気持ちにもつながっている。
──意識が注がれているんですね。
阿部 だから、親子で見ていただいて、いいクリスマスを過ごして、生まれてきてくれてありがとう、生まれてきてよかったと感じる時間をプレゼントできたら、それが最高だなと思っています。
円・こどもステージ公演『青い鳥』(メーテルリンク作、阿部初美構成・演出)の舞台より。 撮影/森田貢造
「光」の役を演じるにあたって
阿部 胎内記憶について日本でリサーチされた池川さんは、メーテルリンクも覚えていたんじゃないかとおっしゃっているんですよ。臨死体験はあるみたいですね、なにかで読んだんですけど。
谷川 川で溺れたとき、光のようなものを見たと。
阿部 神秘主義者だから、いろいろあったんでしょうけど。
谷川 わたしの臨死体験のときは、白い繭玉みたいな光に包まれて、そうしたら、もう幸せすぎて力が入らない。満足しちゃって、ただ微笑んでる感じだったんです。生き返りましたけど(笑)。
──今回の『青い鳥』の企画者は谷川さんですよね。
谷川 わたしはどうしても演出家の阿部初美を復帰させたくて。若手のドイツの劇作家のリーディングとかを何度かオファーしたんですけど、実現しなかった。でも、ちょうど2年前の12月12日、これはわたしの誕生日なんですが、朝7時に「おめでとう。歳とったけど、元気にしてる?」というメッセージが来た。
阿部 10年間ほとんど会ってなかったから……。
谷川 そのときに「またいっしょにやりたいね」って送ったら、「やりたいな」と返事がきたので、「何かやりたいものない?」と訊いたら、「古典とかね」と返ってきた。そこで古典について、何本か挙げてもらったひとつに、この『青い鳥』が入っていた。
阿部 子どもたちが古典にふれる機会がなさすぎると思っていて。『青い鳥』も小学生の子どもに「学校の図書館で借りてきな」って言ったら、「ない」って言うんですよ。それで10ページぐらいのあらすじが書かれた本を借りてきて……。
──原作はけっこう長いんですよね。
谷川 長いです。全部読んだら、4時間くらいかかった。
──最後に、発案者の谷川さんに「光」を演じるうえでの意気込みを聞かせてください。
谷川 もう神様は畏れ多くてわからない(笑)。「光」は神様のお使いだから、深い、広い心を持っている。わたしなんか、社会の垢いっぱい付いちゃってるから、本番までにどんどん削ぎ落としていかなきゃと思って。
──清らかなものになっていくということですか。
谷川 名前のとおり。
阿部 (谷川)清美さんですから。
谷川 清く美しくありたいと思います。ところで、今年はメーテルリンクが亡くなって70年にあたります。
阿部 上演してるときは、ちょうどクリスマスですよね。クリスマスプレゼントになったらいいな。
──終演後は、劇場ロビーで役者さんと記念写真も撮れますし、荒井良二さんのミニワークショップが開催される日もある。
谷川 でも、本当に『青い鳥』は、この世に生まれてきた人たちへの、メーテルリンクからのすごく大きなプレゼントだと思います。
取材・文/野中広樹
公演情報
■原作:モーリス・メーテルリンク
■構成・演出:阿部初美
■出演:谷川清美、鈴木佳由、大窪晶、薬丸夏子、乙倉遥、石黒光、新上貴美、井上百合子
■公演日程・会場:
2019年12月21日(土)〜27日(金)両国・シアターX
2020年1月11日(土)湘南台文化センター市民シアター
■公式サイト:http://www.en21.co.jp/