• トップ
  • 舞台
  • “縄文の聖地”茅野市美術館で開催『時広真吾 舞台衣装展~美の神殿~』~作品に魅せられた市民が企画制作した時広史上最大の個展

“縄文の聖地”茅野市美術館で開催『時広真吾 舞台衣装展~美の神殿~』~作品に魅せられた市民が企画制作した時広史上最大の個展

2020.2.25
インタビュー
舞台
アート

時広真吾

画像を全て表示(16件)


 時広真吾の衣装に出会ったのは能舞台だった。松羽目があるだけのシンプルな空間で、衣桁に飾ってある衣裳から何か叫びが伝わってくる。そのシリーズはシェイクスピアだった。能舞台とは、幽霊が過去を語って静かに成仏していく場所だ。リアやマクベス、ハムレット、オセローが纏うはずの衣装たちが、必死に何かを訴えてきていたのかもしれない。

 「私の衣装はその役に対して作っている。いくら有名な俳優さんが出ていても、その役者さんのためには作らないわけです。例えばハムレットの衣装デザインをする場合、私が目指しているのはシェイクスピアが『時広、お前は私のハムレットをここまで大切に考えてくれて、こんな衣装を考えてくれたんだな』と喜んでくれるものなの」

 津村禮次郎、藤間紫、白石加代子。このシリーズで華やかな色合いの、アクの強い衣装を身につけていたのは、それに負けず劣らず強烈な存在感を醸し出す俳優たちだった。纏われるために生まれたはずなのに、そのことを拒否するかのように振る舞う奔放でわがままな衣装と格闘していた。

青蓮・TEO

 山口県宇部市でブティックを経営する家に生まれた時広は、幼いころから三宅一生、山本寛斎、芦田淳、森英恵、サン・ローラン、パリコレに出ているクチュール系、プレタポルテ系などなどの洋服に触れていた。東京芸大を目指すも挫折、万葉集、古事記、新古今和歌集など古典が好きだったこともあって国文科に進む。何の縁か大学時代からジャーナリストとしてパリ・コレクション、ロンドン・コレクションなどを取材するようになり、スタイリストも始めた。黒を基調にしたカラス族が流行する中にあって、カラフルなスカーフを巻きながら取材していた時広に見知らぬ人が「あなた面白いわね、オペラの衣装デザインができるんじゃない?」と声をかけてきた。1990年のこと。作品はモーツァルトの『魔笛』だった。

 「縫うことはできません。でもデザインは発想だからできますよ。西洋の服は日本の顔には似合わない。東洋人の顔に合う衣装デザインをやらせていただけるなら私はやりますよ」

 偉そうでしょうと時広は笑う。この出会いが舞台衣装を手がけるきっかけだった。

青蓮・TEO

 「もともと古典文学と絵が好き。だから文字を読むと絵が見えてくる。そして専門的な勉強をしていないから、逆に自由にデザインできるんです。こんな縫い方をしちゃいけないでしょうとか、こんないい素材とこんな安いものをくっつけてはダメとか、アカデミックな勉強をしてきた方には『ねばならない』がある。私にはそれがないんです。自由なの」

 「着物地や帯地を使うと和ですねと言われる。でも、よく見たら完全な和ではない。韓国、中国などの東アジアのイメージはあるでしょうが。それも創作の一部です。西洋の服の最たるものはオートクチュール。西洋の人の中に流れている立体に対するセンス、発想には日本人は叶わない。欧米の観光客が着物を着たりしますけど、あまり似合ってないでしょ? それと同じ。現代に生きる日本人の私は西洋料理もインド、東南アジア、中南米と世界中の料理を食べている。世界中の情報がスマホで見られる。そういう生活の中で独自に発想すると、時代とか国とかのボーダーを超えた衣装が生まれてくる。別に狙っているわけじゃない。でも皆さんが面白がってくださるから」

縄文の聖地・長野県茅野市で時広史上最大の衣装展が実現

 そんな誰の流れも組まない、「唯一無二」の舞台衣装家・時広真吾の作品が30以上も集結する時広史上最大の衣装展が、なんと長野県茅野市の茅野市美術館で始まる。タイトルは『時広真吾 舞台衣装展~美の神殿〜』。

 この展示の成り立ちがユニークだ。茅野市民館は劇場、音楽ホール、美術館、図書室などの機能を持った文化複合施設。2005年のオープン以来、ずっと地域から事業提案を募集し、館のスタッフやプロモーター、市民などによる提案が「事業企画会議」という同じ俎上で議論され、主催事業として決まるというユニークなシステムが採用されている。この『時広真吾 舞台衣装展~美の神殿〜』も「企画制作:TOKIファンの会」とクレジットされている。本展は、市民が主体となって企画制作し、茅野市民館がサポートする2019年度茅野市民館主催事業「ショーケース」として開催されるのだ。

 時広と茅野市民の出会いは、2014年の舞台衣装製作ワークショップ。その後、2017年に茅野市で開催された「八ヶ岳JOMONライフフェスティバル#0」において、茅野市民館「縄文アートプロジェクト」の中でパフォーマンスが企画され、時広が構成・演出、市民が衣装製作とパフォーマーを務めた。それらを通して、時広の衣装に魅せられた市民たちの思いが展示として結実した。

 「初めてお話を聞いたときは驚きました。ありがたいことです。茅野にかかわるきっかけは“縄文”でしたから、縄文の要素は必要ですかと聞いたら『それはいりません、時広さんの世界が知りたいんです』と。うれしいですよね。それで『美の神殿』と名付けさせていただきました。展示は空間すべてを美の神殿に見立て、東洋、西洋、そして変幻自在という3つのテーマからなっています。動画を流したり、時広という一人の人間がかかわってきたアーティストや画家、陶芸家などの作品も展示します。陰陽道を意識した展示もしています。一見してもわかりませんけど、色や形に意味を持たせています。お客様には私の衣装を着て撮影していただけるコーナーもあります。八ヶ岳を意識した最新作も作っています。基本的に茅野だからどうという内容ではありませんけど、茅野だからできる個展になることは間違いありません。東京から、世界中から来てほしい。美の神殿に巡礼にいらして、という感じですね」

4月にはロシア・サンクトペテルブルグでも衣装展

ロシア公演(2018年11月)より

ロシア公演(2018年11月)より

ロシア公演(2018年11月)より

ロシア公演(2018年11月)より

 その時広は、4月にもロシアのサンクトペテルブルグでも衣装展を行うそうだ。

 「東京ノーヴイ・レパートリーシアターの芸術監督レオニード・アニシモフが私のことを気に入ってくれて。出会いはドストエフスキーの『白痴』でした。19世紀終わりのロシア貴族の話なんですけど、貴族の世界も知らないし時代考証もできないから、私のイメージのままでよければ作りますと言ったの。その時に『まさしくロシア貴族そのものだ』って喜んでくれて」

 その後、同カンパニーとは『古事記』『桜の園』『コーカサスの白墨の輪』の衣装を手がけ、ほかの演目の衣装プランのアドバイスも行ってきた。

 東京ノーヴイ・レパートリーシアターは4月にモスクワでギリシャ古典悲劇の『メディア』を時広の衣装で上演。サンクトペテルブルグ演劇祭では近松門左衛門の『曽根崎心中』を公演。その劇場チアトル・ナ・ワシリエフスコムで演劇祭の期間中に、時広真吾の舞台衣装展が開催される。

 時広真吾、百花繚乱である。

取材・文:いまいこういち

イベント情報

『時広真吾 舞台衣装展~美の神殿~』
■会期:2020年2月29日(土)~3月6日(金)
■会場:茅野市美術館 企画展示室
■開館時間:10:00~18:00( 2月29日、3月1日、6日~21:00、3日休館)
■観覧料:無料
■問合せ:茅野市美術館(茅野市民館内) Tel.0266-82-8222
 
【関連企画】 
オープニング・アクト
■日時:2月29日(土)16:30開演 
■会場 企画展示室
■料金:無料 
■出演:青蓮・TEO(時広真吾専属パフォーマー) 木元梨枝   

作家によるギャラリートーク  
■日時:
①3月1日(日)11:30 
②3月6日(金)11:30 
③3月6日(金)14:00 
■会場:企画展示室 
■料金:無料 
■話し手:時広真吾
  
トークショー「舞台衣装創作の歓び」
■日時:3月1日(日)14:00 
■会場:企画展示室 
■料金:無料 
■話し手:時広真吾 
  
クロージング・アクト
■日時:3月6日(金)19:00開演 
■会場:企画展示室 
■料金:無料
■出演:青蓮・TEO(時広真吾専属パフォーマー)