三吉彩花×ノゾエ征爾インタビュー 舞台『母を逃がす』で「怖い」が生むエネルギーに満ちた舞台を目指す
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左から 三吉彩花、ノゾエ征爾
2020年1月より、松尾スズキがシアターコクーンの芸術監督に就任した。そして5月、松尾が旗揚げした大人計画で1999年に初演、2010年に再演された作品『母を逃がす』が上演される。閉鎖的なコミュニティの中で繰り広げられる、一筋縄ではいかない痛烈な群像劇の演出を担当するのは、ENBUゼミナールで松尾の教え子だったノゾエ征爾だ。ノゾエは、大人計画で上演されたときに松尾が演じた謎の男・大神役としても出演する。そして、主演映画『ダンスウィズミー』などで女優としてその活躍の場を確実に広げている三吉彩花が、瀬戸康史演じる雄介の妹・リク役で初舞台を踏む。
シアターコクーンに演出家として初登場となるノゾエと、初舞台となる三吉に、この作品に挑む思いを聞いた。
「とんでもない台本だなと……」(三吉)「ヤバいですよ」(ノゾエ)
――ノゾエさんは今回松尾さんの本を演出されるということで、今どういったお気持ちでしょうか。
ノゾエ:『母を逃がす』をやりませんか、という話が最初に来たときは、この作品のすごさも知ってるし、ちょっと及び腰というか「他の選択肢ってあるんですかね?」という気持ちはあったんですけど、松尾さんから電話がきて「実は俺が提案してるんだ」って言われて「あ、そうでしたか!やります!」と受けました(笑)。一瞬ひるんでしまうくらいとんでもない作品だな、という思いはあるんですけど、でもその発端が松尾さんだって知ったときに、ああこれはやるべきだし、やらせてもらいたいなと思って、そこから気持ちを切り替えることができたんです。怖いっちゃ怖いですけど、今は「師匠、楽しみにしていてください」くらいの気持ちです。
ノゾエ征爾
――松尾さんがなぜこの作品を提案されたのか理由はお聞きになりましたか。
ノゾエ:いや、聞いてないです。聞いてないですし、少なくとも今は聞こうと思っていないです。今この作品をやる理由とか、しかもそれをノゾエにやらせようと思った理由は何かあるんでしょうけど、それは多分やったときにふっと気付くのかもしれないし、もしかしたら松尾さんもまだ明確じゃないところもあるかもしれないので、お互いに幕が開いたときに何か感じ合えればいいかな、と思っています。
――三吉さんは今回が初舞台となります。今のお気持ちはいかがですか。
三吉:自分が本当に舞台に立つっていう実感がまだないですね。シアターコクーンで何回も舞台を見ていますし、客席からの光景っていうのは想像できるんですけど、向こう側に自分が立って客席側を見るという光景が全く想像できないですし、何しろとんでもない台本だなと……。
ノゾエ:とんでもないですよね。ヤバいですよ。
三吉:なので今の率直な心境は、怖いですね。緊張もしますし、まだ「楽しみだな」っていう段階よりも前に、何も想像もできていないので怖いです。
三吉彩花
恐怖心から来るエネルギーで生き物になっていく
――三吉さんは、舞台に出演したい、というお気持ちは以前からあったのでしょうか。
三吉:ミュージカルとか、ライブもそうですけど、そういうお客様に何かを伝えたり楽しませたりするエンターテインメントが元々好きだったので、いつか演劇やミュージカルをやってみたいな、とは思ってたのですが。
ノゾエ:その「いつか」の一歩目がこれってね(笑)。いや、ある意味持ってますよ。このインタビューが始まる前に2人でちょっと話してたんですけど、まあ怖いし、すごいとんでもない台本だという中で、良く引き受けたな、っていうのがあって。「怖い」で下がるか進むかってすごい大きくて、そこで一歩進んで引き受けてくれたこと自体が、まず三吉さんは既に一個勝ち進んでいるな、という気がすごくしますね。
三吉:「一歩踏み出しちゃった」っていう感じですね(笑)。お話しをいただいたときに、瀬戸(康史)さんがご出演されるということは聞いていたので安心感もありましたし、とても面白そうだなと思ったし、自分にとっていいタイミングでもあったので。2020年は新しいことに挑戦する、ということも含めて、この機会は逃してはいけないな、と思って断る理由がなかったんですけど、いざ決意を固めてから、今は結構冷や冷やです。「引き受けちゃったけど大丈夫かな」って感じですね。
ノゾエ:正解です。健全です。「怖い」という恐怖心から来るエネルギーが一番大事だと思うし、この作品は「怖い」というエネルギーから、登場人物たちが生き物になっていくような気がしています。
左から 三吉彩花、ノゾエ征爾
――ノゾエさんは公式コメントで、出演者たちのことを「すばらしき珍獣たち」と表現されています。改めて、三吉さん含めてキャストの皆さんについてどう思われていますか。
ノゾエ:出演依頼が来て首を縦に振るまでに、たぶん相当悩んだと思うんですよ、皆さん。「うん」って首を縦に振った時点で、皆さんちょっと普通じゃないところ、Mっ気とかもあるんだろうなと思っています。得体の知れないものに立ち向かってみたい、怖いけどどうなるのかやってみたい、って思ってくれたんでしょうから、そこがすごく人間味が素直という感じがして、気持ちいいなと思ってます。多分みんなそれぞれいい具合に変態なんでしょうね、そうじゃないと引き受けないですよね。
周りの評価は気にせずに、役と二人三脚で臨みたい
――三吉さんは台本をお読みになってどのような感想を持たれていますか。
三吉:難しかったですね。それぞれの登場人物のストーリーがたくさん行ったり来たりするので、途中で読み返して確認したり、理解するまでに時間がかかりました。でも読んでいるうちにだんだん、私が演じるリクという女の子に対しても愛着がわいてきて、彼女はこの集落で生きている人の中でもすごく自分に素直ですし、自由でいたいからこそ自分に対してあまり嘘をつかない女の子で、強く見えるんですけど、でもどこかで弱さもあるのかなと思ったりもして、そういうところをうまく表現できたらいいなと思っています。
――初舞台でリクという役を演じることについて、今はどういう意気込みをお持ちですか。
三吉:私は舞台も初めてですし、うまくリクを演じよう、というつもりは全くなくて、もちろん観て頂く方に何かちゃんと刺さるように届けていきたいという気持ちはあるんですけど、もし「なんか芝居下手じゃない?」とか言われても、全然そんなの気にならないというか、それよりもちゃんとリクと二人三脚で、しっかり地に足を付けるということが大切なのかなと思っています。多分千秋楽終わるまでずっと自信はないままだと思いますけど、でも楽しんでやれるようになったらいいなとは思います。
三吉彩花
――三吉さんは長い公演期間で同じ芝居を繰り返して演じるということ自体が初めての経験になりますよね。
三吉:皆さんから「稽古1か月くらいやるから大丈夫だよ」って言われるんですけど、でも初日とか、公演中どこかで絶対1回はセリフ飛んだりするんだろうな、とか無駄な心配をしてるんです。はけるタイミングすごい間違える、とか。
ノゾエ:セリフはね、飛ぶことありますよ、みんな。2018年にシアターコクーンで『ニンゲン御破算』という松尾さんの舞台に出演させてもらったときに、松尾さんが僕のところに来て、どうしたのかな?と思ったらコソコソと「セリフなんだっけ?」って聞かれて。「いやごめんなさい、わからないです」って答えたら、松尾さんはそのまま袖に走って行ってセリフ確認してました。
三吉:本番中ですか? えーっ!
ノゾエ:松尾さんでもあるんですから、大丈夫です(笑)。
楽な道と険しい道、絶対に険しい方を選んでしまう
――松尾さんの公式コメントでは音楽にも期待されている様子ですが、そこはいかがですか。
ノゾエ:今回、生演奏で取り組みたいなと思っています。芝居を外から補足するような使い方ではなくて、本当に一緒に息づいているような感じで音が入ってくるといいかなと思っていて、だからそういった意味でも、音楽家さんにも稽古場にずっといていただいて、一緒に音作りからやっていけたらなと思ってます。
――今回はノゾエさんもご出演されます。演出家によって、演出だけに専念するタイプの方と、演出しながら出演もするタイプの方といらっしゃると思うのですが、ノゾエさんとしては出演しながら演出をした方がバランスを取りやすいとか、そういったことがあるのでしょうか。
ノゾエ:お芝居を始めた当初は、台本も演出も役者も全部好きだからやる、みたいな感じで、そのスタンスでずっとやってきたものですから、自然とそれでバランスを取るみたいな感覚があります。でも演出しながら出るってなると、時々やっぱり苦しいんですね。自分の出ている場面とか、正面から見られない瞬間があったりもするので。でも役者さんと同じ板の上に立つ、同じお客さんの目線を浴びる、同じ空気を吸っていい瞬間も悪い瞬間も一緒に感じておく、というのは僕にとっては大事な作業なんです。今回も初めてのコクーンで出演しない方がきっと楽だったんですけど、自分に対して「楽な方を取っていいんですか?」って思って。
ノゾエ征爾
――楽な道と険しい道があったら、険しい方を選んでしまう?
ノゾエ:そう(笑)。だめですねこれはもう癖(へき)ですね。2本道があったら、険しい方を選んどけ、って思っちゃう。景色が見えてる方はあんまり好きじゃないみたいで、こっちの道はどんなことになってるんだろう、という方へ行きたくなるんですね。でもそうやって来た結果、この道を選んでいなければ味わえなかったな、といういい瞬間がたくさんあったので。……まあよくない瞬間もたくさんありましたけど(笑)。でも僕は今後もそうでありたいなと思っています。経験を積んでいくとやっぱりちょっとした失敗が大きなダメージになってくることもあるので、安全策を取ったり、確実な方を取ったり、って考えるようになってきた自分を最近感じ始めているんですけど、それに抗いたいなと思っています。だから今回も、最終的に出演を決めた最後のきっかけはそこでしたね。だって松尾さんがやってるんですよ、この役。多分比較されて、バッシングばかり受けますよ(笑)。でも、やっとけって。
初めてコクーンに立ったとき、自分を米粒に感じた
――ノゾエさんはシアターコクーンでは初演出となります。現段階で演出的に何か考えていらっしゃることはありますか。
ノゾエ:美術打ち合わせとかいろいろ進めてはいるんですけど、ともかく前例との葛藤がありますね。僕は初演も再演も見ていて、全部鮮明に覚えているかっていうとそうでもないんですけど、でも台本を読んでいるとどうしても蘇ってくる。必要なものは別にそのままやればいいと思うんですけど、「うーん、いいのかそのままで」という思いもあって。じゃあ新しく何で更新していけるのか、といったところでちょっと今いろいろと考えているところですね。
――松尾さんのコメントで「コクーンという劇場の空間を埋めるスペクタクル演出のできる数少ない若手演出家」と評されています。劇場の大きさについてはいかがですか。
ノゾエ:コクーンよりも大きいところでやったこと自体はあるんですけど、あまりそこは気にしていないというか、大きいからもっと表現をこうしなきゃ、っていうのはあまりなくて、自然になるようになると。なんて言いながら、どうしよう、稽古場で「コクーンは大きいから」ってそればっかり言ってたら(笑)。お客さんとの距離感だけは気になります。気が付いたら自然とボーダーがなくなっている空間にしたいなというのはありますけど。
ノゾエ征爾
――もしかしたらノゾエさんご自身がこれまでシアターコクーンに出演したことがあるという経験も、そのあたりの距離感をつかむ上で一つ大きいのかもしれないですね。
ノゾエ:そうですね……10年ちょっと前にコクーンに初めて立たせていただいたときの記憶が今急に蘇りました。初日の幕が開いたとき、最初は人形の中にいたんですけど、人形ののぞき窓から客席が見えたとき、自分が米粒のように感じて、「あ、僕まだ何も準備できてなかった」みたいな感覚にウワーッと襲われて。本当に自分のことを米粒に感じたんですよ、だからあの時は劇場をデカく感じたんだと思います。そんな感じで初日の幕が開いていったのを今思い出して急に心臓がバクバク言い出しました(笑)。
三吉:その話を聞いて私もすごい心臓がドキドキしてきたんですけど(笑)。私もそうなるんだろうな、って。モデルのお仕事でランウェイ歩くときも、舞台袖でギリギリまで緊張でお腹痛い、ってずっと言ってるんです。いざ舞台に出ちゃえばスイッチオン、という感じで大丈夫なんですけどね。
ノゾエ:出る前はホントにね、なんでこんな嫌なことやってるんだろう、とか思いますよね。
三吉:震えも止まらず、胃液も出そうになります。
三吉彩花
――結構ベテランの俳優さんでもそう言う方いらっしゃいますよね。
ノゾエ:ベテランの人の方が手震えてたりしますもんね。キャリア積めば積むほどそうなっていくんじゃないですか。若いときは他の人のことを「この人手震えてる」とかって思ってたんですけど、自分が徐々にそうなって行って、怖さをまだ知らなかったがゆえに無敵でいられたんだな、とわかってくるんですよね。
この作品は頭で考えていると飲み込まれてしまう
――今回初舞台の三吉さんに、ノゾエさんから何かアドバイスはありますか。
ノゾエ:僕らもお客さんもあんまり立ち止まって考える隙がないような、がむしゃらに突っ切るしかないような空間にしたいと思っているので、三吉さんに限らず役者さんが「ああ、どうしよう」と言っている暇がないような舞台になったらいいなと思っています。そうすれば自ずとこの作品に見合ったエネルギーを出せるんじゃないかな。(三吉に向かって)変なことたくさんやりましょうね。まあやらざるを得ないんだけどね、台本に書いてあるから。やる前に考えすぎないようにして。
――三吉さんはお稽古をみっちり1ヶ月くらいやるというのも初めてですよね。
三吉:(ノゾエに)あの、何を持って行ったらいいですか?まずもうそこから初心者なんで。
ノゾエ:……運動靴、ジャージ。ジャージじゃなくても全然、着たい服で。あと……台本、って当たり前か(笑)。たぶんこの作品って頭で考えてると飲み込まれちゃうと思うんですね。この作品を引き受けた時点でみなさん動物的なところが強いと思うんで、その動物感をフルに解放して、毎日稽古場でみんなでワーっと、今日こんなことやってみようとか、いきなり正解を見つけるんじゃなくて、まあ正解なんて最後までないので、みんなでとにかく遊びながらやっていければ、最終的には間違ったところには行かないんじゃないかなとは思ってます。
左から 三吉彩花、ノゾエ征爾
――それでは最後にお一人ずつ公演へ向けてのメッセージをお願いします。
三吉:このインタビューで話し始めたときと今ではちょっと心境が変わって来ていて、ノゾエさんの言葉でいろんなことが聞けたのが今日一番の収穫だったなと思っています。完全に肩の荷が下りたわけではないですけど、ちょっと面白そうだなというワクワク感も出てきたので、もう純粋にリクと一緒に舞台に立って楽しんで、彼女の人生を生きられたらいいかなと思います。なんせ初なので、みなさんお手柔らかに、温かい目で見守っていただけると。がんばります。
ノゾエ:いやもうともかく怖いんで、「うわーっ!」と精神的な大声を出し続けるしかないかなと思ってます。そうすればこのメンバーなので、とってもエネルギーに満ちた空間にしていけるはずですから。2020年度一番エネルギッシュだったね、っていうくらいの舞台にしたいです。
ヘアメイク=CHIHIRO(TRON)
スタイリスト=森保夫(ラインヴァント)
取材・文=久田絢子 撮影=iwa
公演情報
『母を逃がす』
■日程:2020年5月7日(木)~25日(月)
■会場:Bunkamura シアターコクーン
■料金:
S席 10,000 円 A席 8,000 円 コクーンシート 5,000 円(税込・全席指定)
U25 3,500 円(税込・25 歳以下当日引換券)
※U25 は Bunkamura のみ取扱い
<大阪公演>
■日程:2020年6月6日(土)~7日(日)
■会場:新歌舞伎座
■料金:S席 10,000 円 A席 8,500円(税込・全席指定)
※未就学児入場不可
■一般発売:2020年4月19日(日)10:00~
■作:松尾スズキ
■演出:ノゾエ征爾
■出演:
瀬戸康史、三吉彩花、稲葉友、山下リオ、もう中学生、町田水城、山口航太、湯川ひな、武居卓、ノゾエ征爾、家納ジュンコ、マキタスポーツ、峯村リエ、高田聖子、六角精児
■主催/企画・製作:Bunkamura
■公式サイト:https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/20_hahawonigasu/