「空き地」をイメージした無料公演を行う、山下残にインタビュー~「もし劇場が閉鎖されても、何らかのアクションは起こします」
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振付家・ダンサーの山下残[撮影]吉永美和子(人物すべて)
これから上演するダンスのムーブメントを、すべてテキスト化した冊子を配り、観客はそれを読みながら作品を鑑賞する『そこに書いてある』(2002年)で、関西のダンス界に大きなインパクトを与えた振付家・ダンサーの山下残(やました・ざん)。「ダンスでは切り離されるべき」と思われていた「言葉」を、確信犯的に取り入れた振付作品の数々は、今では関西のみならず国内外で上演され、高い評価を得ている。
その山下が、新作『インヴィテーション』で、昨年京都に新しくできた劇場「TEATRE E9 KYOTO(以下E9)」に、2020年度シーズンラストのアーティストとして初登場。「劇場は空き地だ」というコンセプトの元、何もない空間で交わされる会話が、次第にダンスになっていく様を見せるという。あえて無料公演とした狙いや、コロナウイルス自粛ムードの中、それでも公演に踏み切る思いなどを語ってもらった。
■劇場を目に見えない形で、ぜいたくな使い方をする。
──チラシには「劇場は空き地だ」と書かれているので、劇場空間自体を何か面白く使うのではないか? と予想したのですが。
今回は、今までにないE9の使い方をしようということと、無料公演にすることを、まずやりたいと思いました。「無料にする」とあらかじめお客さんに伝えた上で、照明やセットも「お金かけてませんよ」という風にして。僕は基本的に、スタッフワークを駆使した作品作りが得意だと思ってるんですが、今回はそれを禁じ手にします。でも劇場からお金をもらって制作するから無料なんじゃなくて、劇場費はキチンと払うんです。それにもろもろの経費を入れたら、数十万ぐらいの赤字になります。
山下残『インヴィテーション』公演チラシ
──そんな手弁当状態になってまで、無料公演にしたかったのは?
完全に実験ですね(笑)。お客さんからの収入もなく、スタッフワークにも頼れない状況になった時に、自分がどういうことになるのか? 一方お客さんは、そんなシンプルな世界で、しかも無料の作品を観た時に、どういう感情を持つのか? という。こういう実験は、多分E9でしかさせてもらえないと思います。
でも単にお金をかけないんじゃなくて、何かしらの付随する表現が必要だと思ったんですけど、10人ぐらいの人が1日がかりで働くことになる、ある劇場の使い方があると。それを聞いて、ちょっとサディスティックな気持ちになって(笑)、あえてやってもらうことにしました。多分お客さんは、それを見て「ああ、やっぱり無料だからな」と考えると思います。でもこの空間こそが、ちょっと手の込んだ仕掛けなんですよ……という。
──目に見えない所ですごくお金がかかってます、という。
そうですね。ただの無料公演じゃなくて、その“無料”の中にいろんな思いがこもればいいなあと思います。
山下残
──そこで展開されるパフォーマンスは、どんなものになりますか?
パフォーマー同士がお互いに「これしていいですか?」「あれしていいですか?」と聞いていきます。「手を上げていいですか?」「トイレに行ってもいいですか?」と、いちいち了承を得て「ダメです」と言われたら、絶対してはいけない。その質問も、日常の動作みたいなものから劇場の使い方、さらにはもっと広い枠組み……「ここを自分の領地にしていいですか?」とか。空間に人が集まって、示唆に富んだ会話が交わされて、それがすごく早くなったり、逆にすごく遅くなったりして、だんだんその行為がダンスに見えてくる、というイメージです。
──その質問は、全部決まってるのですか? それともアドリブで?
台詞の順番は、最初から最後まで全部決まってます。ただそれをどこに立って、どういう動きでやるのかは、実はお客さんが入ってみないとわからない構造です。たとえば「走っていいですか?」「どうぞ」というシーンがあるんですけど、どこをどうやって走ればいいかは、本番になってみないとわからない。だから動きと(役者の)配置は、偶然性が大きくなると思います。
──揺るぎないテキストがあるということは、今回はダンスより演劇に近い雰囲気になりそうですね。
参加している人も役者が中心なので、確かに演劇に近いかもしれないです。僕の場合どうしても、ダンスをやろうとするとダンスから離れてしまう、という傾向があるんで(笑)。何か動きを考えよう、立ち上げようとすると、やっぱり言葉の力は必要だなと思います。ただ今回関わってくれる役者さんは、皆さんすごく身体の使い方に興味のある方ばかりなんで、山下残の身体表現がどうやってできていくのか、どういうフィジカルなトレーニングをしているかというのを伝えながら、稽古をしているところです。
山下残『無門館の水は二度流せ 詰まらぬ』(2017年):E9の前進の劇場[アトリエ劇研](旧アートスペース無門館)のラストを飾る作品となった。 [撮影]Zan Yamashita
■言葉を使ったダンスを始めたきっかけは「引っ越し」
──山下さんは今回の作品も含めて、言葉と身体がシンクロしたり、逆に反発する面白さをダンスにしてきましたが、それを追究するきっかけは何だったんでしょうか?
作品を作り始めた90年代から、振付をする時にやっぱりメモを取ってたんですよね。僕に限らず、言葉を使って創作ノートを書いてらっしゃるダンサーさんは多いと思うんですけど、それを作品に直接取り込むってことはなかったんです。始めた動機が何かと聞かれると……引っ越しですね。
──引っ越しが?
2001年ぐらいに大きな引っ越しをした時に、今までの創作ノートがワーッと出てきたんです。それをついつい読み返すって経験は、皆さんもおありだと思うんですけど、やっぱり「あの振付に対して、こんなことを書いてたなあ」と思って。それで、発掘したそれらのノートを一冊の本にして、お客さんが本をめくりながら舞台を観るという作品を作りました。
山下残『そこに書いてある』DANCE NEW AIR 2014 @ Spiral Hall [撮影]Yoichi Tsukada
──それが代表作の『そこに書いてある』だったと。
そこから「ずっと振付をしゃべり続ける」とか「振付を字幕にする」とか、いろいろやりましたね。さっきおっしゃっていただいたように、言葉はときどき身体とバーンと合ったかと思えば、離れたりズレたりもするんだなあと気づきました。それは未だに面白いと思うので、今回も今までとは少し違う方法論で、言葉と身体の関係をお見せしたいと思ってます。
──一方でかなり言葉に寄ったというか、レクチャーのような作品が続いた時期がありましたが。
バリ島で作った『悪霊への道』(2017年)と、昨年発表した『GE14(マレーシア選挙)』ですね。それは自分が経験を重ねて、作品に政治性や伝統的なものが足りてないと思って、本当に純粋に「勉強がしたい」と思ったんですよ。
山下残『悪霊への道』TPAM2017 @KAAT [撮影]前澤秀登
幸いそういう機会をいろいろいただいたので、機会をいただいたからには、それを作品化する義務……というと語弊がありそうですけど、作品にすることで、自分に足りなかったことを吸収しようとしました。レクチャー系は『GE14』で一段落したので、ここからまた本当に何もない……「この人アホちゃうか?」と言われるような(笑)作品作りをしたいなと、吹っ切れた感じはしています。
──そうやってダンスに言葉を持ち込むことは、ダンス関係の人から「邪道だ」と言われたりしたのでは?
もちろんありました。ダンサーからも、評論家の方からも。でも実は、言葉を使うダンスを批判する人って、逆に言葉へのこだわりが強いというか「やり尽くした」感がある方が多いんですよ。哲学とか詩を学び切って、言葉を使い果たした上で「やっぱり身体だ」みたいな。僕は何か、そこまでは到達していない(笑)。でも最近は、台詞もテキストもどんどん使う振付家が登場してますよね。言葉と身体の対立みたいなことは考えず、自然にやられている方が多いという気はします。
山下残『せきをしてもひとり』2011 Esplanade Theatre Studio
■作品作りを面白くする存在として、演劇に参加できるのは嬉しい。
──確かに、山下さんがダンスを始めた90年代半ばに比べると、ダンスと演劇の境界は相当曖昧な時代になりましたね。
実は僕自身、演劇には興味があっても「自分はダンサーだから、演劇に手を出してはいけない」とか「演劇的になってはいけない」という思いが、結構最近まであったんです。でもダンスやダンサーが演劇的であっても、別に格好悪いことではないという風に思い始めました。それも一つ、時代の変化としてあったのかもしれない。
──それもまた、何かきっかけとなる舞台があったんですか?
ウォーリー木下さんが演出した(メイシアタープロデュース公演 SHOW劇場vol.9 sunday play 日本の名作#3)『やぶのなか』(2015年)でした。すごい役者さんたちとご一緒させていただいて、自分は俳優のような演技は無理だけど、面白い身体性に興味を持ってもらうのは嬉しいことだなあと気づいたんです。「この人がいたら、作品作りの展開が面白くなりそうだ」という理由で、誘ってもらえるという。
山下残
──ブレイクスルーの材料みたいな。
そうですね。昨年村上(慎太郎)君と(夕暮れ社 弱男ユニット『サンクコストは墓場に立つ』で)一緒にやった時も、割と進んで提言してました。村上君はまだ若くて、さらに若い役者が集まってる感じだったから、死体役と言えども(笑)一緒に作品を作る人として率直な意見を言おうと。そのための配役として、演劇作品に呼んでもらえるのは楽しいですね。
でも僕の方も逆に「自分だけの発想では難しいなあ」と、最近思うんです。やっぱりキャリアを重ねると「こうしたら失敗する」というのを、大体覚えてくるじゃないですか? そうすると安全な方にしか行かなくなるから、それが怖い。だからやっぱり人の意見や発想を聞いて「それはちょっとなあ……」と思うことでも、取り入れなきゃいけないなと思います。
──現在のコロナ禍で、公演自体が行われるかどうかも不安視されてはいますが。
公演は打つつもりです。むしろ本当にどんどんこの状況が混沌として「劇場使えません!」ってなったら、それはそれで面白い(笑)。お客さんを別の場所に誘導するとか、あるいはもともと外も内も関係ないような作品作りをしてるから、劇場の前の鴨川でやるのもアリですね。
山下残
──「劇場は空き地だ」ならぬ「空き地が劇場だ」状態に。
そうなっても楽しいかなあと。必ず当日に何らかのアクションはしますので、その点は安心して見に来ていただきたいです。「無料」とは言っても結構手は込んでるし、見えない所でお金もかかってるので(笑)、時間を無駄にするんじゃないかという心配はされないよう、最後までしっかり作品作りをしたいと思います。
【動画】[THEATRE E9 KYOTO]の、山下残のインタビュー動画
取材・文=吉永美和子
公演情報
■振付・演出:山下残
■サウンド:おおしまたくろう
■出演:菊池希実、小坂浩之、佐々木峻一(努力クラブ)、畑中良太、御厨亮、村上慎太郎(夕暮れ社 弱男ユニット)
■会場:THEATRE E9 KYOTO
■料金:無料 ※全席立見。要予約。
■お問い合わせ:
075−661−2515(アーツシード京都/平日10:00~18:00)
e9invitation@gmail.com(山下残)
■公式サイト:http://www.zanyamashita.com/