NTLiveの最新作は心に刺さること必至の壮大な物語『スモール・アイランド』
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NTL 2019 [Small Island] Leah Harvey. Photo © Brinkhoff Moegenburg
ナショナル・シアター・ライブ(NTLive)2020の最新作『スモール・アイランド』が、当初2020年4月公開の予定から延期となり、6月12日(金)に公開されることになった。
NTLiveとはイギリスのナショナル・シアター等で上演された名舞台を、2009年から世界中の映画館で上映しているプロジェクトだ。約10年で80作品以上が上映されており、日本でも2014年にベネディクト・カンバーバッチ主演の『フランケンシュタイン』を上映して以降、イギリス発の演劇に気軽に触れられる機会が増えたとファンに喜ばれている。このご時世も重なり、舞台作品を映像で観ることの需要はますます高まりそうだが、その中でも特に上質な演劇体験ができ、贅沢なひとときが味わえるのがNTLiveと言えそうだ。
日本で公開されるNT Liveの待望の次回作が、『スモール・アイランド』となる。原作はアンドレア・レヴィによる小説で、これはイギリスにおいて権威ある文学賞のひとつである“オレンジ賞”(現在は名称を変更し“女性小説賞”)を2004年に受章している話題作だ。演出はナショナル・シアターの芸術監督でもあるルーファス・ノリスが担当し、リア・ハーヴェイ、エイズリング・ロフタス、ガーシュイン・ユースタシュ・ジュニアらの出演で、ナショナル・シアターのオリヴィエ劇場で上演されている。脚本家、ヘレン・エドムンドソンが原作者のレヴィと話し合いながら舞台脚本を執筆したが、残念ながらレヴィは稽古開始数カ月前に他界してしまったという。
NTL 2019 [Small Island] Aisling Loftus. Photo © Brinkhoff Moegenburg
第二次世界大戦の時代。1948年にジャマイカなどのカリブ海地域から492名を乗せたエンパイア・ウインドラッシュ号がロンドンに到着し、移民が徐々に増えていった頃。
波の音が劇場に響く中、かつてのジャマイカの映像が映し出されたスクリーンに人々の姿がシルエットで重なり、そこに生身の俳優の身体がリンクしていき、ごく自然に物語が始まる。
主要となる人物は三名いて、各自の過酷で波乱万丈な人生を描く中、意外な展開と共にそれぞれが交錯していくのだが、ジャマイカを舞台にした最初の場面に登場するのはホーテンス。現在は教師として働く彼女は、子供時代に父方の親戚に引き取られ、いとこのマイケルと一緒に信仰心が篤い一家のもとで厳しく躾けられて育った。神学校に進学し、離れて成長したマイケルに淡い想いを抱くホーテンス。しかしあることをきっかけに、マイケルはイギリス空軍に入ることとなり離れ離れとなる。
一方、イギリスの東部リンカンシャーの農場で育ったクイーニーは、叔母の誘いを受けてロンドンの雑貨店を手伝うことに。店の客だったバーナードと出会って付き合い出した直後に叔母が突然亡くなってしまい、実家の農場に戻りたくないということもあって結婚を決意する。戦争に行った時のダメージから言葉を話せなくなった義父アーサーとの三人暮らしとなるが、バーナードが出征。夫の留守中に空き部屋をイギリス空軍兵に貸し出すことになると、その中にはマイケルの姿もあった。
さらにその頃、イギリス空軍にジャマイカ出身のギルバートが入隊するが、希望の通信士にはなれずに輸送部隊に配属される。白人の上官や同僚、さらに訪れた村の人々からも差別的な扱いを受ける中、ちょうど散歩していたクイーニーとアーサーと知り合いになる。
その後、ジャマイカに帰省したギルバートはホーテンスとも偶然出会う。実は弁護士になる夢を持っているギルバートだったが、お金がない。すると「ロンドン行きの船代を貸すから結婚して」とホーテンスに告白される。「独身の女は旅ができないが、結婚すれば行けるからイギリスで部屋を借りられたら私を呼んで」と言うのだ。ロンドンの新天地で教師として働く夢を叶えたいホーテンス。このまま島にいても弁護士にはなれないとギルバートも決心し、互いに今の生活から逃げることを目的として結婚する二人。
不思議な縁で結ばれた三人、ホーテンス、クイーニー、ギルバートとその周囲の人々との、過酷だけれどユーモアにも満ちた人生。その後、第二幕に入るとホーテンスとギルバートのロンドンでの暮らし、彼らの大家となるクイーニーとの関係が描かれ、さらにクイーニーの夫のバーナードやマイケルの行方をも絡めつつ物語は大きくうねりながら進行していく。
NTL 2019 [Small Island] Andrew Rothney, Aisling Loftus, Beatie Edney. Photo © Brinkhoff Moegenburg
椅子とテーブルとベッドといった家具のほかは、窓枠、ドアの枠を使うなど舞台装置はとてもシンプルで、スクリーンに映し出す映像の使い方も効果的。回転舞台を駆使した場面転換も、とてもドラマティックかつスムーズだ。そして何と言ってもドラマを彩る多ジャンルでカラフルな舞台音楽が、この作品の魅力を倍増している。
NTLiveの上映では劇場での観劇と同様にほとんどの作品で休憩時間が設けられており、その間にキャストやスタッフのインタビューや裏話などが楽しめるのも一興だ。この『スモール・アイランド』では休憩中に音楽制作について語られる。作曲家のベンジャミン・K・バレル、共同音楽監督でホーキンスの親友役として出演もしているシャイロ・コーク、また演奏を担当するロンドン弦楽グループと、ジャズ・ジャマイカ・オールスターズのメンバーたちも登場し、今回の舞台音楽に関するエピソードを語ってくれる。興味深い話ばかりなので、休憩時には早めにトイレを済ませて着席しておくことをオススメする。それもあって第二幕は音楽の作り手、演奏者たちの存在も意識しつつドラマの展開を見守ることとなり、通常の観劇時ではあまり味わったことのない面白い体験ができた。
また、その場の空気や観客の反応を感じられるのも、このNTLiveのいいところ。劇場内には男性も女性も、白人も黒人も、年配者も若者も、あらゆる層が平等に座っていること、そして彼らの満足げな表情が見えるとなんだかとても嬉しくなる。
歴史劇で社会派でありつつも、とても身近に感じられるストーリー展開で登場する人々は皆、多面的に描写されており、それぞれ欠点もあるのだがそこがまた人間臭くて共感しやすい。手放しのハッピーエンドではないけれど、胸に沁みる繊細なヒューマンドラマとなっていた。
NTL 2019 [Small Island] Leah Harvey and Shiloh Coke. Photo © Brinkhoff Moegenburg
何度も流れる波の音からも連想させられるが、“スモール・アイランド”、これはイギリスのことであり、ジャマイカのことであり、さらには今の日本にも十分当てはまるツボがたくさんあった。なんなら今の日本にだっておそらく、この物語に出てくる大衆たち、軍隊の上官たちのように人種を、男女を平気で差別する人間はいまだに存在するからだ。
誰もが夢を見る。理想を掲げる。だけどその通りになることなんて、まずない。賢い選択も、すべての人がうまくチョイスできるわけではない。でも、それでも幸せになりたいと思い、前向きに生きていくことは誰でもできるし、どんな環境であろうと、きっといつかは幸せを感じることができるはずなのだ。そういう気持ちを信じさせてくれる力強さがこの作品にはある。
人種差別、男女差別、貧富の差、戦争が引き起こす闇といった暗いテーマを描いているが、ユーモアを交えたやりとりには大いに笑い、人生のドラマティックさ、運命の不思議さには心を震わされもする。たとえどんな宿命が待っていようとも、それぞれが自分の人生を生き抜いていこうと思えるパワーを受け取ることのできる一本。必見だ。
【動画】NTLive『スモール・アイランド』予告編
取材・文=田中里津子