コロナ禍は芸術文化活動に何をもたらしたか? アンケート調査結果とアーティスト・有識者が語る現状
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オンライン会見登壇者たち
2020年4月15日、「新型コロナウイルス感染拡大による芸術文化活動への影響に関する調査結果会見」がオンラインにて行われ、4月上旬に芸術文化関係者に向け行われたアンケート調査の結果報告と、登壇した7名のアーティスト・有識者による各領域の現状共有がなされた。
本調査は、社会課題解決の基盤づくりに取り組むコンサルティングファーム・ケイスリー株式会社が4月3日から10日にかけて実施したもので、回答数は3,357件。個人活動・フリーランスが7割を占め、芸術文化領域としては音楽が最多で半数、また、アーティストが7割に技術者・事業者などそのほか関連職種が3割の内訳だ。
会見には、同社取締役の落合千華氏のほか、有識者として藤井慎太郎氏(早稲田大学文学学術院教授、日本文化政策学会理事長)、梅澤高明氏(A.T.カーニー日本法人会長/ナイトタイムエコノミー推進協議会)、アーティスト・事業者としてNaz Chris氏(なず くりす/ DJ、プロデューサー、DIRTY30 プロダクション代表)、市原佐都子氏(劇作家・演出家・小説家)、小川希氏(Art Center Ongoing 代表)、遠藤麻衣氏(美術作家・俳優)、梅田宏明氏(振付家、ダンサー、ビジュアルアーティスト)ら7名が参加した。
まず落合氏より調査結果内容の報告が行われた。
■少なくとも個人の8割以上がなんらかの損失
落合氏はまず芸術文化活動の現状について「短期的には経済的な問題がある中で、中長期的には文化そのものの継続が危ぶまれていると考えている」と危機感を示した。そして、「(芸術文化は)一度失われると再興が難しいもの」と述べ、「まずはデータを可視化し現場の生の声をきちんと見えるようにして実態を社会に届けていく必要があると考えた」と今回の調査目的について話した。
調査結果によると、少なくとも個人の8割以上がなんらかの経済的損失を受けており、そのうち半数以上は数十万の補償を望んでいるという。また、こうした収入の低下に加え、公演実施・再開における基準の不明瞭さが「現在困っていること・心配なこと」の約4割を占めており、これらのアンケート結果とフリーコメントのテキスト分析から「短期的には早急な金銭的支援、中長期的にはアフターコロナの時代に芸術文化をどう新しく作っていけるのかという再開に関する支援が求められている」と落合氏は述べた。この結果を踏まえケイスリー株式会社では、民間の基金「アートインパクト基金(仮)」を設立することを報告した。
続いて、参加アーティスト5名と有識者2名より、現在の状況について語られた。
■すべてのアーティストが転職せざるを得ない危機的な状況
Naz Chris(なず くりす)
まずは、DJ、実演家に加え、約20組のインディペンデントアーティストが所属するプロダクションを経営するNaz Chris氏。現状として、これまでに90%のアーティストの収入がゼロになったと明かし、「回復期を待っている間にすべてのアーティストが転職せざるを得ない危機的な状況」と伝えた。
また、これらを打開するためのクラウドファンディングやオンライン配信の取り組みについて、前者はアーティストが活動するためのベースの場所を守るため主に事業者により行われており、アーティストへの還元は今いま行われるものではないとした。一方、アーティスト主体で行われるオンライン配信についても、とくにDJミックスなど自身の楽曲を持たないアーティストについては著作権等法律上のハードルが高く、それもまた、すぐに収益に結び付く状況ではないと説明。また、「SaveOurSpaceは4日間で30万人の署名が集まりましたが、法改正・整備等には年単位での時間が掛かることが予想されます。私たちはそこまで待つことができません。そうした助成や整備が早急になされることを望みます」と締めくくった。
■インディペンデントの継続への危機感を感じる
小川希
続いて、小川希氏。自身がキュレーションする実験的なアートスペースArt Center Ongoingを運営している小川氏は、アーティストプロデュース・事業者の立場での苦しい胸の内を明かした。「緊急事態宣言が出てから(スペースを)閉めており、このままこの状態が続けば確実に潰れるところです。存続を望み支援を申し出てくれるアーティストもいますが、彼らも苦境に立たされている中で助けてもらうことは違うのではないか、と強く思っています」(小川氏)。また、運営するスペースはもともと行政や民間の助成等は受けておらず、イベントや併設するカフェの収益によりインディペンデントに経営してきたが、現状はすでにそれでは成り立たないところまで来ており、「今まで作り上げてきたインディペンデント流れが終わってしまうのではないかとの危機感を感じています」と述べた。
■地域住民も巻き込む芸術祭、どうやって活動を辞めずにいられるのか
遠藤麻衣
遠藤麻衣氏は、2020年3月に予定されていたいちはらアート×ミックスが1年延期になったことを例に挙げ、「芸術祭の作品は、行政、民間企業、地域住民、そして私も含む専門家が共同作業し、長い時間をかけることで作り上げています。専門家の多くはフリーランスであり、また、芸術祭の活動の多くが助成金によって支えられている現状において、どうやって活動を辞めないでいられるのか、ということが課題となっています」と話した。
■次世代が学ぶ機会が失われることも大きな問題
梅田宏明
ダンサー・振付家として活動する梅田宏明氏は、劇場やイベントスペースが使用不可となったことによるアーティスト自身の収入減の問題と同時に、「数か月、または年単位で準備してきたものを形として残すことができない。”延期”とはされているものの、おそらく中止になる公演が多いと思っており、演出家やテクニカルスタッフも含めて収入を得ることが難しくなっています」と述べた。さらに、多くのダンサーの収入源であるスタジオの閉鎖についても触れ、「(スタジオは)ダンサーの収入源となると同時に、若者や子供たちがダンスと触れる機会を提供するものでもあり、この機会が失われることは大きな問題だと捉えています」と話した。海外でのアーティストに対する支援を例に「自分たちの国の文化を守ることは、自分たちの国にしかできないと感じています」と述べ、ダンスを学ぶ環境、そして、アーティストの活動や拠点への支援が自国の文化維持につながるとし、支援の必要性を訴えた。
■新しい取り組みも、形になるには時間がかかる
市原佐都子
市原佐都子氏は2020年4月から3か月、ミュンヘンのレジデンスシアターに滞在予定だったがキャンセルとなったという。3か月ドイツにいる予定だったため断った仕事もあり、現状、収入が完全にない状態だという。「今後海外上演も予定しているが先行きがわからない状態で、かつ稽古をしようにも稽古場がない状況で準備もできない。ほとんどのアーティストが同じ状況だと思います」(市原氏)。ZOOMを使った新しい演劇作品を思案しているともしたが、形になるまでには時間が掛かるためしばらくは無収入状態が続くことは避けられず、苦境に立っていると述べた。
■ワクチンができるまで1年間は活動を再開できない可能性も
藤井慎太郎
これらを受け有識者として参加した藤井慎太郎氏は、海外ではすでにエジンバラ演劇祭やアヴィニョン演劇祭といった夏(7~8月)のイベントも中止の決定がされており、ワクチンができるまで1年間は活動を再開できないのではないかと悲観的なニュースも増えていることを明らかにした。こうした現状に対し、公的助成金制度の使途について例外を認めることが重要になってくるのではと示唆。また、海外で取り組まれるマッチングファンドの事例を挙げ、日本でも行政と民間とが手を取り合って文化の苦境を乗り越えられれば、と語った。
■アフターコロナの時代における日本の基幹産業は文化、“小箱”を忘れてはならない
梅澤高明
最後に梅澤高明氏が、アフターコロナを見据え「アフターコロナの時代における日本の基幹産業は文化だと考えています。文化産業であり、文化を主軸とする観光産業です。都市観光者が求めるものは洗練されており、商業的なジャパンではなく、よりローカルで、オーセンティックなものです。そういった意味で、アーティストとその発表の場を守り通さなければ、仮に東京2021が実現したとして、我々は1年後になにを見せることができるのか、そういった危機感を持っています」と語った。
さらに、小劇場やミニシアター、個人資本で経営されるミュージックバーやクラブといった“小箱”の存在に触れ、“小箱”こそ、文化創造の場として重要な役割を担っており、守るべき対象として忘れてはならないとした。「文化のゼロイチを作っているのは小箱であり、そこで成功して育った人たちが、多くのお客さんを集め、商業性を持つというのが文化の生態系です。この生態系の基盤となる小箱が絶たれれば新しい文化は生まれてきません」「アーティストの方々の議論とともに、こうした生態系のベースを支える小箱がどう今の時代を生き抜いていくのかを合わせて考えていくのが今行政に求められていると感じています」(梅澤氏)
このあとは質疑応答が行われた。「支援として効果的なことは?」との質問には、すでに多く述べられている資金面のほか、非資金面では情報が重要であると落合氏は語り、現在Facebookグループを立ち上げ芸術文化関係者2000名ほどがその中で情報交換を行っていることが例として述べられた。
落合千華
また、「現在政府が発表する持続化給付金あるいは生活支援給付金は十分だ思うか」という問いに対しては、「(そもそも)全額を給付されることはないのではという懸念も聞かれる」(小川氏)、「舞台芸術の場合には次の仕事が1年後のこともある。固定された金額ではなく安心できるシステム、持続性のある支援策があればより良いのではないか」(梅田氏)、「3月に10~100名ほどのキャパの箱に調査した結果、1店舗平均の損失額は200~400万と出ています。これを踏まえれば個人事業主への100万円は1か月の損失に満たない助成です」(Naz Chris氏)、「小箱の運営コストは主に賃料と人件費で、人件費は別途カバーされる施策も出ていますが、飲食等とも共通課題であるテナント料・賃料については国交省が方針を出したところではありますが、まだ結論が見えていない状態です」(梅澤氏)。
また、営業自粛の業種指定解除を望むかについては、「感染症対策としての終わりについて、どういった状況下であれば解除できるか、誰が、いつから再開して良いのかという明確な基準を今後きちんと議論していただくことが必要だと考えています」(落合氏)と話した。
最後に、「芸術文化の力が非常時だからこそ必要だ」と考える理由について各々より述べられて会見は終了した。長くなるが記しておく。
落合氏:東北の震災時にも芸術文化の力が子供たちをはじめ地域のみなさんにも求められていましたし、イギリスでは社会的処方箋という言葉があるように、人々の心と生活を高めるものと表明されています。また、現在の外出自粛、規制の中で生まれる新たな社会課題に対する解決策として芸術文化が果たせることがあるのではないかと考えています。
梅澤氏:精神衛生を保つための施策としてもそうですし、やはり実感として、みなさん自宅でされることといえば、ストリーミングでエンターテインメントを消費したり、あるいは自身が創作活動をしたり。結局文化活動というのは、こういうとき本当に人々の時間を使うものであり心の安定に資するものだなと個人的に思っています。
Naz Chris氏:ナビゲーターを務めるラジオでは、自粛期間中にリスナーからのSNSやメールでの反応が倍近く増えており、日常の失われた話題や楽しみ、喜怒哀楽、癒しなどを文化芸術に求めているのだと実感しています。
市原氏:芸術は、社会が間違った方向にむいたとき、それに気づかせるような力、警告の力もあるのではないかと考えています。厄介な作品もありますけれども、そうした作品もまた、存在しなければならないのではと思っています。
遠藤氏:過去の出来事や歴史という伝統的なものから自分が何に価値を感じているのかというものを発掘するような作業が芸術だと思っています。ですので、未来から見たとき今の時間が空白になってしまわないように活動するというのがとても大切だと感じています。
梅田氏:これからどう育っていこうか、生きていこうかと考える指針をつくるのが文化や芸術だと思っています。もちろん、日常的に必要ではありますが、こういう時だからこそ、何かを考えるときに力を与えてくれるのではないかと思っています。
なお、アンケート分析結果はケイスリー株式会社のホームページ(https://www.k-three.org/)でも公開されているので、詳細が気になる方はチェックしてみてほしい。
このレポートで個々のアーティスト・有識者の言葉をできる限り詳しく(といっても一言一句伝えられているわけではないが……)伝えることで、コロナ禍がもたらした芸術文化領域への打撃が同時に私たちの文化維持というテーマでもあるということ、その側面に少しでも触れるきっかけになれば嬉しい。
取材・文=yuka morioka