エンタメの世界を変えたミュージカル!/ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.11]<ミュージカル編> by 上村由紀子
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(イラスト:春原弥生)
ホーム・シアトリカル・ホーム~自宅カンゲキ1-2-3 [vol.11] <ミュージカル編>
「固定観念が吹っ飛ぶ!国内ミュージカル」 by 上村由紀子
【2】『レ・ミゼラブル』(ロンドン25周年記念コンサート)
【3】『ブロードウェイ・ブロードウェイ~コーラスラインにかける夢~』
”人生を変えた舞台”がなにかと問われたら、わたしは間違いなくこう答えるだろう。「劇団四季の『キャッツ』初演です」と。
新宿西口の高層ビル街に出現した猫の目が描かれた巨大なテント。一歩足を踏み入れた瞬間、そこがそれまで母に連れていかれた多くの劇場とはまったく違う空間だとわかった。猫たちの目線で作られた巨大なゴミ、天井から吊られた電飾、そして回る客席!漆黒の闇の中、チカチカ光る猫の目の光で「ジェリクル舞踏会」へと誘われる。
ゴキブリを従え華麗にタップを踏むおばさん猫、雌猫たちを虜にするセクシーなツッパリ猫、手品で長老猫を救出するマジック猫、夜行列車の素晴らしさを歌う鉄道猫、たくましく生きる泥棒猫、過去の栄光を酔っぱらいながら語る劇場猫……そこにはこれまで見たことがない夢の世界が広がっていた。
昔は美しく華やかで多くの猫に愛されたのに、年老いた今では誰からも相手にされず、まるで汚いものを見るような視線をあびせられる娼婦猫・グリザベラ。そんな彼女が「お願い、わたしを触って、わたしを抱いて光とともに……!」と歌う「メモリー」はまさに絶唱。ミュージカルのナンバーを聴いて涙を流したのはあの日が初めてだ。
1983年の『キャッツ』初演時、終演後に猫たちがホワイエに出て、観客と握手をするというサプライズがあった。そこで白いラム・タム・タガーに握手をしてもらったことはきっと一生忘れない。
さっきまで舞台で歌い、踊っていた猫たちに囲まれ、きらきら光るテントを出た瞬間、わたしは決めた。「いつか向こう側に行く」と。
結局「向こう側に行く」夢は30歳になる前にあきらめたが、今は「向こう側」と「こちら側」とをつなぐ仕事をしている。あの日、学校から帰って車に乗せられ、父と母と3人で猫たちの「ジェリクル舞踏会」に参加しなければ、この文章を綴ることもなかっただろう。
ということで、今回の【ホーム・シアトリカル・ホーム ~自宅カンゲキ 1-2-3 ~】では、『キャッツ』をはじめ、「エンタメの世界を変えたミュージカル3作品」をPickUpしてみたいと思う。
【1】『キャッツ』日本のミュージカル史を塗り替えたジェリクルな作品
『CATS』
『キャッツ』のロンドンでの初演は1981年。ご存じ、作曲家のアンドリュー・ロイド=ウェバーがT・Sエリオットの詩集「ポッサムおじさんの猫と付き合う法」に曲をつけミュージカル化。ロンドン上演の翌年、1982年にはブロードウェイで、1983年には東京で上演がスタートした。
オリジナル演出はトレヴァー・ナン。”猫たちの目で見た大きさのゴミ”を活かし、セットの一部で即興の列車を作ったり、歌舞伎の戸板返しの要領で犯罪猫・マキャヴィティが現れたり、娼婦猫のグリザベラが文字通り天上にのぼっていったりとさまざまな趣向が凝らされている。
そもそも『キャッツ』に明確なストーリーはない。年に1度、ジェリクルムーンが現れる夜、ゴミ捨て場に猫たちが集まり、そこで長老猫が「ジェリクルキャッツ」と認めた唯一の猫が天上にのぼって永遠の命を得る、という展開。さまざまな猫たち(劇団四季の公式ページでは27種のキャラクターが掲載)が、「我こそがジェリクルキャッツ!」と月の光の下、歌とダンスで自らをアピールするのである。
現在、2020年に日本で公開された映画版を除き、ソフトとして映像化されているのは1998年にリリースされた1本のみ。劇場での舞台ライブ映像ではなく、このソフトのためにセットを組み、ディヴィッド・マレットがディレクションを担当したスタジオ収録ver.だ。
『キャッツ』観劇の醍醐味のひとつが客席を含め、劇場全体を猫たちが走り回る演出と没入感なのだが、その点に関してはこの映像、少し物足りなく感じるかもしれない。が、ぜひ注目して欲しいのが娼婦猫のグリザベラを演じるエレイン・ペイジの演技と歌である。
彼女はロンドン初演からのグリザベラオリジナルキャスト。当初この役はジュディ・デンチが演じる予定だったが、アキレスけん断裂で降板。『エビータ』でタイトルロールを務めた経験のあるエレインが舞台に立った。
たった1曲でそれまで歌い踊った猫たちすべてを圧倒し、観客の心をつかまなければならないグリザベラの「メモリー」。彼女はまさにそれを成立させている。その凄味を体感して欲しい。
大井町・キャッツシアター(2018年プレス内覧会にて筆者撮影)
1983年、日本における『キャッツ』初演は、それまでの演劇界の常識を塗り替えた。
専用劇場での上演、コンピューターシステムによる
劇団四季の創立メンバーの一人であり、長らく劇団の代表を務めた浅利慶太氏は、興行が失敗した場合を考え、みずからに生命保険を掛けたと聞く。ご存じの通り『キャッツ』は大ヒットとなり、日本のミュージカルブームの起点ともなった。
「キャッツを見てこの世界に入った」と語るミュージカル俳優も多い。もし、初演が失敗していたら……考えるのも恐ろしいのでやめておこう。間違いなく『キャッツ』の成功が今のミュージカルブームへとバトンを繋げたのだ。
初演から36年。国内でも10000回を超える上演回数を誇る『キャッツ』だが、東京・大井町のキャッツシアターは2021年にクローズが予定されている。またあの特別な劇場で猫たちに会える日を待ちつつ、今は映像を楽しみたい。
『Andrew Lloyd Webber's Royal Albert Hall Celebration』
そしてこちら↑は、日本時間の5月2日AM3:00から48時間限定で無料配信される『Andrew Lloyd Webber's Royal Albert Hall Celebration』。ロイド=ウェバーのミュージカルナンバーを彼にゆかりのある俳優たちが歌うゴージャスなショーだ(当然、サラ・ブライトマンの姿も!)。
「The Shows Must Go On」の配信動画は毎回とてもクオリティが高いので、この機会を逃さずに視聴したい。
【2】スターを”作る”ミュージカル『レ・ミゼラブル』(ロンドン25周年記念コンサート)
『レ・ミゼラブル』25周年コンサート
1985年10月28日、ロンドンで”ミュージカルの金字塔”が生まれた。
ヴィクトル・ユゴーの長編小説「ああ、無情」を原作に、キャメロン・マッキントッシュとロイヤル・シェイクスピア・カンパニーにより製作された『レ・ミゼラブル』。このミュージカルも”エンタメの世界を変えた”1本だ。
今回Pick UPするのは2010年10月に収容人数2万3000人・O2ホールで行われた1夜限りの『レ・ミゼラブル25周年記念コンサート』映像版。赤・白・青のTシャツに身を包んだコーラス隊を含め、キャスト総勢500人以上のステージは劇場で本編を観ているかのような臨場感である。
2010年の開催ということで、基盤になっているのは、ジョン・ケアードとトレヴァー・ナンのオリジナル演出(映像ディレクション=ニック・モリス)。さすがに舞台上で盆は回らないものの、年号と地名が字幕で出たり、照明のトラスの動きが学生たちの作ったバリケードを想起させたりと旧来のレミゼファンにはいちいち刺さる。
また、キャストも非常に豪華だ。
もちろん、バルジャン役のアルフィー・ボーやジャベール役、ノーム・ルイスも素敵なのだが、日本のミュージカルファンに特に人気が高いラミン・カリムルー(アンジョルラス役)や、映画版でも同じくエポニーヌを演じたサマンサ・バークス、そして『ミス・サイゴン』キム役のオリジナルキャストであり、レミゼの10周年記念コンサートではエポニーヌとして出演したレア・サロンガ(ファンテーヌ役)の細かい演技や表情をじっくり見られるのも映像ならでは。
ファンテーヌがコゼットのために娼婦として生きる決意をするときの演技や、笑顔の奥に寂しさをたたえるエポニーヌ、そして一種の狂気さえ宿す勢いで革命に身を投じるアンジョルラスなど、ひと言で言って「最高!」である。
また、学生たちが砦で戦う際、銃を構えるのではなく、圧倒的なオーケストレーションと銃声のSEの中、虚空を見つめる演出でさまざまなことを表現するさまにも震える。
本編が終わった後には、ジャン・バルジャンのオリジナルキャスト、コルム・ウィルキンソン他、初演を含む歴代のレミゼキャストが登場し「彼を帰して」と「ワン・デイ・モア」を全員で歌うという豪華さ。最後の最後に、ドヤ顔(笑)で登場するプロデューサー、キャメロン・マッキントッシュの顔が”神”にも見える。
【Shows at Home】民衆の歌 / Do You Hear The People Sing ? - Les Miserables -
日本での『レ・ミゼラブル』初演は1987年6月(帝国劇場)。英語圏以外の国では初の上演となった。
まず驚かされたのが、キャスト全員をオーディションで選ぶというシステム。それまで劇団四季や宝塚歌劇団を除いた商業演劇で主演を務めるのは”スター”と呼ばれる人たちだったが、レミゼは日本の演劇界において、その概念を覆した最初の作品と言っていい。
「スターが出るミュージカル」ではなく「スターを生むミュージカル」。
初演の『レ・ミゼラブル』は子役から活動していた島田歌穂(エポニーヌ役)や、小劇場で活躍していた斎藤晴彦(テナルディエ役)らを輩出。その後も多くの”ミュージカルスター”を生んだ。
また、バルジャン役とジャベール役を除いた俳優たちが、本役以外にもさまざまな場面でアンサンブルとして出演するのもレミゼならではである。
『レ・ミゼラブル』と言えば、2015年からアンジョルラスを演じている上山竜治の声がけにより、レミゼに出演経験のある俳優とそうでないメンバーの混成による「民衆の歌」の上記動画配信が大きな話題となった。PV数も100万を超え、一般メディアで多数取り上げられたこともあり、社会現象にもなっている。
【3】ダンサーたちの魂の叫び『ブロードウェイ・ブロードウェイ~コーラスラインにかける夢~』
『ブロードウェイ・ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』
最初に書いておきたい。
リチャード・アッテンボローが監督した映画版の『コーラスライン』は違う。何が違うのかというと、ストーリーの芯が演出家のザックと元恋人のダンサー、キャシーとの恋愛に置かれている構成だ。『コーラスライン』の物語の芯は、名もなきダンサーたちの生きざまでなければならないのに。
本作『ブロードウェイ・ブロードウェイ~コーラスラインにかける夢~』は、2006年にブロードウェイでリバイバル上演されることになった『コーラスライン』のオーディションの模様を追ったドキュメンタリーである。(監督 ジェイムズ・D・スターン& アダム・デル・デオ)
1975年にオリジナルを送りだしたマイケル・ベネットの肉声と、リバイバル公演にスタッフとして参加するバイヨーク・リー(コニー役オリジナルキャスト)の回想、当時の写真や舞台映像等と、新たに行ったオーディションの模様とがクロスする形で進行する。
『コーラスライン』は自身もダンサーであったマイケル・ベネットが、ワークショップという形でダンサーたちからエピソードを聞き、それらを構成して作り上げた作品だ。1970年台にこういう手法で立ち上げられ、興行的にも成功を収めたミュージカルは他にない。舞台ではさまざまな個性のダンサーたちが演出家のザックから自分のことを喋るように言われ、戸惑いながらも「なぜ、自分が今ここにいるのか」を語りだす。
リバイバル公演のオーディションに集まった俳優たちのキャラクターもいろいろだ。
なかなか決まらないポール役のオーディションでは、ある候補者の演技に演出家やプロデューサーが涙を流し、劇場を使っての審査では、最有力候補とみられていたシーラ役候補の女優が自爆してしまう。
『コーラスライン』の出演オーディションを受けるダンサーたちの姿は二重の意味でわたしたちの胸に刺さる。受験者の1人は言う「これは私たちの物語よ」と。
A Chorus Line In Quarantine
そしてこちら↑の動画はオーディションを勝ち抜き、2006年からのリバイバル公演の舞台にも立ったダンサーたちがそれぞれの自宅や庭、誰もいないブロードウェイの路上で『コーラスライン』の「I Hope I Get It」に乗って踊る「おうちでダンス」の動画。青い海(沖縄?)のビーチで踊っているのは、リバイバル版でコニーを演じた高良結香だ。
また『プリンス・オブ・ブロードウェイ』等で来日経験もあるトニー・ヤズベックの姿も見えるのでぜひ探してみて欲しい。
◆◆◆
おうちで誰にも気兼ねなく舞台の世界に浸れるのは楽しい。座席を蹴ってきたり、私語がうるさい迷惑な人も周囲にいないし、遅れて入ってきた人に足を踏まれることもない。飲食だって自由だ。ワインを片手に物語の世界に浸る。ああ、至福。
と思いつつ、わたしはやっぱり劇場が好きだ。
2階席の端にあるS席に飛ばされても、客席ガチャでストレスMAXな観劇になっても、トイレの列で後ろの人に思いっきりネタバレをされても、それでもやっぱりあの場所に行きたいと思う。
暗転の一瞬で「日常」が「非日常」に変わる魔法の瞬間……。
とはいえ、それらを体感することが叶わない今は、せめて「おうちカンゲキ」を楽しみたいと思う。近いうちに、また劇場の客席に座れることを祈りながら。
文=上村由紀子