新国立劇場バレエ団、米沢唯にインタビュー~入団から10年、『マノン』の経験を糧に、さらに前へ
新国立劇場がオンラインでオペラやバレエなどを配信する「巣ごもりシアター」では、2020年5月1日から『マノン』を、8日からは『ドン・キホーテ』を上映。この2作で主演を務めているのがバレエ団のプリンシパル、米沢唯だ。2010年に同バレエ団にソリストとして入団して以来、盤石のテクニックや「役を生きる」という言葉がふさわしい独特の表現力と豊かな感性で、彼女ならではの「唯一無二」の世界を生み出してきている。2019/20シーズン最初の演目、マクミラン振付『ロメオとジュリエット』では、その表現力のさらなる進化・深化への可能性が認められ、令和元年度(第70回)芸術選奨舞踊部門文部科学大臣賞の受賞にもつながった。入団から10年、クラシックからコンテンポラリーまで、多面体のように様々な魅力を表現し続ける米沢に現在の思いを聞いた。(文章中敬称略)
『マノン』 撮影:瀬戸秀美
■「全てが洗い流され濯ぎ落された」ムンタギロフとの『マノン』
――まず2020年2月に上演された『マノン』についてお伺いします。ムンタギロフさんと踊ったあの舞台は、お二人がそれぞれとてもピュアに「マノン」と「デ・グリュー」として生き、魂が触れ合っていたような印象でした。思い出に残っていることは。
あの舞台から劇場が閉鎖になり、Dance to the Future(以下DTF)が上演できず踊りだけ収録したりなど、あまりにもいろいろなことがありすぎて、すでに遠い昔のような気がしています(笑)。でも『マノン』についてまず思い出すのは、先輩の本島美和さんがリハーサルを見ていてくださって「唯ちゃん、すごく大変そうだけど、今とても良い経験をしているから。将来絶対にこの経験がいいものだったって思えるから頑張って」と仰ってくださったことです。美和さんは前回マノンを踊られていて、だから傍から見ていて私が大変なことになっているのが分かったのだと思うんです。また大原監督には、私はいつ泣き出すんだろうと思われていたようです。そうした厳しい中で美和さんが声をかけてくださったことが、本当に励みになりました。すごくいい先輩です。ありがたかったです。
ワディムさんとは『ロメオとジュリエット』(2016年)、『くるみ割り人形』(2017年)などで組んで踊らせていただきましたが、これまでノンストレスで、苦労することはほとんどありませんでした。それぞれがその役を踊って表現されたものが会話になり、物語を紡ぎ出す、という感じで、どの作品についても彼とは内容の細かい打ち合わせはほとんどやってきていません。
ただ今回の『マノン』は、ワディムさんと3年ぶりに踊ったのですが、3年の間に彼が非常に大きくなっていて、しかも私に全身全霊でぶつかってくる。その圧倒的な表現やパワーに自分はどう答えればいいのか、どう返していけばいいのかずいぶん悩みました。ワディムさんはすごく温かく大きな存在感で支えてくれました。二人で踊り重ねていくなかで、二人の言葉が生まれていったように思います。幕が降りるとき、とても悲しかったです。このまま踊り続けていたいと思いました。ワディムさんも「もっと唯と踊りたい」と言ってくれました。
――米沢さんは『マノン』の公演前のインタビューなどで、役と向き合いながら「高い山がそびえているようだ」といったことも話されていました。「マノン」という役はご自身に何を与えてくれたと思いますか。
いろいろなことが私の中で大きく変わりました。踊ったり演技をしたりする際の計算や緊張といった、私の内側や外側にあるいろいろなもの全てが洗い流されて、カーテンコールの時は裸のまま舞台に立っているようでした。終わった舞台にあれこれ理屈や言い訳を考えるのはもういい。舞台はその場で生まれたものが全てであり、お客様にそれぞれに感じ取っていただいたものが全てであると、そう思うようになりました。
『マノン』 ワディム・ムンタギロフ、米沢唯 撮影:瀬戸秀美
■エスパーダに恋をしていた『ドン・キホーテ』
――5月8日から配信される『ドン・キホーテ』は2016年、4年前の映像ですが、今でも鮮明に記憶に残っていることは。
正直「巣ごもりシアター」のラインナップを見たときは恥ずかしくて「えーっ!?」って思いました。これが配信されてしまうなんて……1年前の映像だって見たくないのに……(笑)。
でも、実はあの時、私はエスパーダに恋していました(笑)。エスパーダ役のマイレンさんがとてもかっこよくて素敵で、舞台の上にいても目が離せなくて、「いけないいけない、私が好きなのはバジル……」と言い聞かせて。でも舞台袖に入ったらマイレンさんの姿を追っていました。彼のエスパーダは大好きなので、配信ではそこだけは見ようと思います。
『ドン・キホーテ』 撮影:瀬戸秀美
――公演が中止になってしまった『ドン・キホーテ』は井澤駿さんと、主演デビューとなる速水渉悟さんと踊る予定でしたね。
今回はその映像を見ながらリハーサルをしていたのですが、駿君がすごく若くて初々しいんです。今は頼もしくて別人のようです(笑)。
速水君とのリハーサルは始まったと思ったらすぐに終わってしまったのですが、でもおもしろかったです。彼はとてもパワーがある一方で、ポジション取りがすごくしっかりしているんです。だからあんなに自由に踊っているように見えても、サポートなどがカチッとハマる感じなんですよ。彼は独特の色があるので、どんなバジルになったのかと思うと、中止は残念でなりません。
――機会があったらぜひ、改めて上演していただきたいですね。
■文部大臣賞受賞に改めて、大原監督やバレエ団のダンサーたち、観客への感謝を思う
――3月に令和元年度(第70回)芸術選奨舞踊部門文部科学大臣賞の受賞の発表がありました。この受賞についてのお気持ちは。
正直まだ信じられません。私自身、未だ名古屋の片隅のスタジオで自習をしていた頃のままのような気がしていて……。
ただ今回の大臣賞と文部科学大臣新人賞(2017年)の両方とも、大原監督のシーズンにいただけた。私は大原監督に育てていただいたという思いがあるので、監督が大事になさってきたドラマティックバレエを認めていただけたというのは、本当にうれしいです。
また受賞については、舞台そのものが素晴らしかったから評価されたんだと思います。新国立劇場バレエ団のハイクオリティなダンサーたちがいてくれたからこそ質の高い舞台ができたわけで、バレエ団のみんなに感謝しています。そしてお客様。実は先日、上演できなかったDTFの作品を収録しました。客席には数名のダンサーやスタッフの方々がいるなかでの「本番」でしたが、それでもリハーサルとは全然違っていて、わずかな人数でもお客様がいることで舞台ができあがるということ、お客様とともに舞台を作り上げていくんだということを本当に痛感しました。今まで見に来てくださった方々に、心の底から感謝します。そして早くお客様のいらっしゃるところで踊りたい、という思いも新たにしています。
『くるみ割り人形』 撮影:鹿摩隆司
■新国入団から10年。「ビントレー監督に拾われ、大原監督に育てていただいた」
――米沢さんは2010年に新国立劇場バレエ団に入団してちょうど今年で10年になります。先ほど大原監督に育てていただいた、というお話がありましたが、入団時の芸術監督はデイヴィッド・ビントレー氏でした。ビントレー元監督との思い出は。
ビントレー元監督は、演技的にはあまり多くを語らず、むしろこちらに自由にさせてくださった部分が多かったです。彼の時代の一番大きな財産のひとつは、やはり色とりどりの多彩な作品に出逢わせてくださったことですね。そして全幕物の新作『パゴダの王子』をゼロから創り上げ、そしてその大事な作品の主演の一人に選んでくださったことも素晴らしい出来事でした。現役の振付家が目の前で振付し、衣裳もセットもゼロから作り、そして最後にオーケストラが入って舞台が完成していくという、そうしたクリエイションの過程もまた、コンテンポラリーでもクラシックでも、何を踊る時にも生きてくるとも仰っていました。この一連の体験自体がギフトだったなと思います。
またあの頃の私は、それこそ野ウサギみたいだった。足は土だらけで身体のあちこちに葉っぱがついていて、穴から飛び出してきたばかりですが元気だけはあります!というような。そんなダンサーに主演を任せるなんて、この人はどういう感覚をしているんだろうと今でも思いますが(笑)。ですから、私はビントレー元監督に拾われ、大原監督に育てていただいたと思っています。お二人からは本当に、豊かなものをいただきました。
ビントレー振付『アラジン』 撮影:鹿摩隆司
――ダンサーがダンサーに振り付けるDTFの企画もビントレー元監督が残してくれたものです。DTFでは米沢さんも2016年に『Giselle』を発表しましたね。また新作を創ろうというお考えは。
もういいです(笑)。創れたら楽しいだろうなとは思いますが、やっぱり私は踊る人だなと思います。私はゼロから創るよりも1を膨らませていく方が向いています。
――ダンサーとしてのキャリアの中で、大きなポイントだったなと感じるところはなんでしょう。また思い出深い作品は。
今の段階で大きいなと思うのはやはり先の『マノン』です。大きな体験をして、これがどう変わっていくのかなと思っていたら、こんな事になってしまったのですが……。
もうひとつ、数年前にスランプを感じていた時に乗り越えられた原動力の一つに、中村恩恵さんが創ってくださった『ベートーヴェン・ソナタ』(2017年)があります。「月光」のパートの、ジュリエッタという難しい役に挑戦させてくださったことに、すごく救われました。恩恵さん、首藤康之さんとクリエイションをしていくうちに、孤独や苦しみが舞台の糧となることに気が付き、生きることの哀しみを昇華することができる舞台の力を改めて感じました。
あとは、決してこれが大好きというわけじゃないし、できたら避けて通りたいと思えど、でもやりたいと思う作品が『白鳥の湖』です。「白鳥」は毎回が課題との闘いです。表現や技術、身体にかかる負荷やその痛み、ゆっくりとした動きからテンポの速い動き、もちろん表現や演技など、本当にすべての要素が入っている。何度踊ってもどうやっても自分の課題が見つかるし、もっと上手くなりたいと思わせられる演目です。ですから吉田都次期芸術監督がシーズン最初の演目に「白鳥」を選ばれた時には、ああやはり、と思いました。
『白鳥の湖』 撮影:瀬戸秀美
■「今、人生で一番バレエを愛している」。いつでも対応できるよう準備はしっかりと
――今はご自宅でトレーニングをされているのでしょうか。
インスタライブやバレエ団で始まったオンラインでのクラスレッスンなどをやっています。あとはひたすらトレーニングですね。
あとは自分の言葉で考えるということがすごく大事だと思っています。バレエは言葉のない芸術だからこそ、言葉が大事なので、本を読んだり芝居を見たりしながら勉強をしないとと思います。いろいろ蓄積しながらトレーニングも続けて、いつ劇場が再開となってもすぐに動けるようにしておきたい。
今、人生で一番バレエを愛しています。いいダンサーになりたいです。舞台を降りる日まで挑戦し続けようと、本当に心の底から思います。停滞せず、常に前に進んでいきたいです。
――最後にお客様にメッセージを。
舞台はお客様がいらっしゃらないと成り立ちません。劇場で再会できる日を楽しみにしています。「巣ごもりシアター」が少しでもおうちでの生活を楽しめるお手伝いになればいいなと思います。どうぞお身体に気を付けてください。
――ありがとうございました。
オンライン取材・文=西原朋未
配信情報
■配信日時:2020年5月1日(金)15:00~5月8日(金)14:00
■「巣ごもりシアター」配信案内サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017336.html
■特設サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/manon/index.html
■音楽:ジュール・マスネ
■編曲:マーティン・イェーツ
■振付:ケネス・マクミラン
■出演:米沢唯、ワディム・ムンタギロフ、木下嘉人、中家正博、木村優里、本島美和、福田圭吾、貝川鐵夫 ほか
■指揮:マーティン・イェーツ
■管弦楽:東京交響楽団
■配信日時:2020年5月8日(金)15:00~5月15日(金)14:00
■「巣ごもりシアター」配信案内サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/release/detail/23_017336.html
■特設サイト:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/donquixote/
■音楽:レオン・ミンクス
■振付:マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴルスキー
■改訂振付:アレクセイ・ファジェーチェフ
■出演:米沢 唯、井澤 駿、貝川鐵夫、髙橋一輝、菅野英男、マイレン・トレウバエフ、長田佳世、本島美和、細田千晶、五月女 遥 ほか
■指揮:マーティン・イェーツ
■管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団