三浦大輔WS試演会『役者の証』稽古場レポート~オンライン配信を見据えたワークショップの成果とは

2020.8.7
レポート
舞台

三浦大輔(photo by Atsushi Nishimura)/三浦大輔WS試演会『役者の証』告知ヴィジュアル

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新しい生活様式の考案と順応が求められるこの頃、演劇のオンライン配信が、舞台好きの間で徐々に定着しつつある。2020年8月8日(土)~10日(月)には、三浦大輔WS試演会『役者の証』がインターネットで有料配信される。今回は、その稽古場レポートをお届けする。

WS試演会『役者の証』は、「銀座九劇アカデミア」で今年7月に開催された三浦のワークショップ「『映像』『舞台』両方できる役者になるⅡ」を経て結実したものだ。ワークショップ参加者の中から、オーディションで選出された俳優たち総計16名が出演(Aチーム8名、Bチーム8名のダブルキャスト)。「その場で起きているようなリアル」を追求した“フェイクドキュメンタリー”の手法で、彼ら彼女らの内面に鋭く迫る。「浅草九劇」にて無観客で上演され、公開はオンラインでのLIVE配信のみ。配信という表現手段を前提に、演劇の新しい見せ方を提示していく。

小劇場の「浅草九劇」、そしてその基盤となるエンタメ研究所の「銀座九劇アカデミア」といえば、今年(2020年)の春、いずれもオンライン配信に対応した新仕様へとバージョンアップを行ったことが記憶に新しい。コロナ禍による打撃を見越して、いち早く設備を整え、新しい可能性へと舵を切ったのだ。プロモーション映像で見られる、運営者たちの決意に溢れた姿勢は気持ちのいいものだった。

その生まれ変わった「銀座九劇アカデミア」で、バージョンアップ後に初めて開催されたのが、今回の三浦によるワークショップ「『映像』『舞台』両方できる役者になるⅡ」だった。コロナ禍を経て映像カメラは従来のような一部の特別な人間だけを映すものではなく、今後、ほとんどの役者が意識していく必要のあるものとなるだろう。役者たちにとって、おそらくこれほど切実なテーマは今ほかに無いのではないだろうか?

劇団ポツドールを主宰し、劇作家・演出家であると同時に映画監督としても活躍する三浦。『愛の渦』『裏切りの街』『娼年』といった、舞台版と映画版の両方が制作された作品もある。「舞台」と「映像」をまたぎ、さらに配信という新しい形の演劇へ役者を送り出す上で、彼はまさに今回のテーマに適任と言えるだろう。

三浦大輔(photo by Atsushi Nishimura)

そんなWSを経て本番初日が目前となった『役者の証』の通し稽古が「銀座九劇アカデミア」で行われると聞き、様子を覗かせてもらことに。今回は、感染リスクを配慮して特別に用意されたビデオ通話アプリ(ZOOM)を通じて、遠隔方式で稽古見学に臨むことができた。さすが「オンライン配信”が可能なエンターテインメント研究所」を謳う「銀座九劇アカデミア」だけあって、その方面の意識は高い。

筆者の自宅のPCモニターに稽古場の様子が映し出される。役者たちは全員、透明なフェイスシールドを身につけていた。皆、それがあることに慣れた様子で、稽古場には自然な空気が流れている。シールドが光を反射させるたびに、終わりの見えない状況を突きつけられたようでハッとさせられる。

舞台上には四角く向かい合うように配置された机と椅子。そこに8人の出演者が着席して、通し稽古がスタートした。まず三浦によって、配信時に流れるテロップの文字が読み上げられる。

「この作品は、三浦大輔のワークショップを終えた/8人の役者たちが/舞台上で、自分たちができる『面白いこと』とは何なのか? を探し出す/リアルタイムで配信される、ドキュメンタリー作品である」

銀座九劇での稽古風景

「ドキュメンタリー作品である」と宣言しているものの、前述のとおり、本作は“フェイクドキュメンタリー”という手法で作られている。三浦がかつてポツドールで展開していた“セミドキュメンタリー”とは異なるが、その親戚のようなものだ(詳しく知りたい向きには、ぜひ本番を観ていただきたい)。ともあれ、役者たちのリアクションの連鎖が非常にリアルなので、ちょっと気を抜くとフェイクであることを忘れてしまいそうになる。

舞台上のホワイトボードには3つの注意事項が記されている。「ソーシャルディスタンスを必ず守ってください」、「制限時間は60分です」、「あなたたちができる『面白いこと』を見せてください」。

「面白いこと」をやってみせろ、と舞台上に放り出された8人の役者は、戸惑いを隠せない様子で雑談を始める。彼らの中の誰も、声を大きくすることもなければ、カメラに向かって身体の向きの調整もしない。

浅草九劇での本番の際は、舞台上の固定カメラ4台の他に、全体やピンポイントを狙うカメラ3台が用意される。さらに役者は全員ピンマイクを使用するという。劇場公演とは違って、客席への見え方を意識する必要はなく、最後列まで届くように声を張る必要もない。むしろこの場では、舞台俳優の基礎とされてきたひとつひとつが、リアルさの敵となってしまうのだ。これは面白い。

劇中でフェイスシールドは、小道具(衣装?)の一部でもある。「これずっとつけてなきゃいけないんだよね」「(他の)舞台の本番じゃみんなもう外してる」「だったらなんで私たちはしないとダメなの?」と疑問を抱く登場人物たち。「表現上どうしても必要不可欠な場合なら、最大限の配慮をして、近づいてもいい」というガイドラインを知っても、「つけたままで頑張ろう」と言いあって外さない。

「2020年、夏。コロナ禍。僕たちは『売れてない』。」……この『役者の証』のキャッチコピーがドンと突きつけるように、登場人物たちは全員、仕事の無い「売れてない」役者たちだ。つまり「表現上どうしても必要不可欠!」と主張するにはあまりにも彼らは寄る辺なく、何よりまず自分ら自身が表現の世界に「不可欠」とはいい難い存在なのである。

銀座九劇での稽古風景

しばらく、これといった表現を成立させられずに、やがて焦り始める役者たちは、他人の秘密や、普通なら言えないような話をさらけ出すことで、「面白さ」にたどり着こうとし始める。舞台上に緊張が走る中盤だ。思うように表現活動ができない鬱屈とした状態は、コロナのせいなのか。それともただ自分のせいなのか。それぞれの凝縮された劣等感やプライドが露わになり、「売れてないんだから」のブーメランが飛び交う地獄絵図が繰り広げられる。

ボロボロになりながら「これは面白いですか」「これは許されますか」とカメラに問いかけ続ける役者の姿は、笑いを誘う「面白さ」とは対極にある。売れていなくて弱い存在である彼らの自意識は、どうしようもなく強くて、しつこい。心が痛いからもうやめてくれと思いながら、どこまで続けてくれるのか見てやろう、という気持ちが抑えられなくなる。自宅だから誰にも見られる心配は無いけれど、画面を見つめる自分はけっこう意地悪な顔をしていたと思う。

何故か筆者には、フェイスガードがエロく感じられた。最初に見たときこそコロナ禍が変えてしまったものを思って気持ちが暗くなったものの、時間が経つにつれて印象が変化していくのを感じた。ためらいがちに外したり、偶発的に取れてしまったり……そこにはかつて下着のパンツが担っていた “最後の砦” 感が漂っているように思えた。緊張感を孕んだリアルな会話の中に何気ない卑猥さを忍び込ませてしまうのは、さすが三浦である。

通し稽古が終了した直後、役者たちが前のめりの姿勢で演出からのダメ出しを受けているのを見て、胸が熱くなった。彼らはまるで彼ら自身を演じているかのように見えたのだが、その姿に劇中のような迷いは見られず、明るく貪欲だった。なんとも逞しい。どうやら皆、すっかり“フェイクドキュメンタリー”の手法に嵌まってしまったようだ。

銀座九劇での稽古風景

稽古後、作・演出の三浦大輔から話を聞いた。

――オンライン生配信という公開形式を踏まえて、作品づくりの上で意識されたことはありますか?

三浦 LIVE配信ならではの表現を模索した時に、劇中でも「その場がLIVE配信されている」っていう前提(設定)を考えました。その“生配信”という点で演劇と現実を重ね合わせることができたら、ひとつの新しい舞台表現の形になるのではないかと。

――ワークショップのタイトルは「『映像』『舞台』両方できる役者になるⅡ」でしたが、「映像」と「舞台」の演技には、どんな違いがあるとお考えですか?

三浦 色々とワークショップをやって探っていく中で、予想はしていましたが、なかなか明確な答えは見つからなくて。言ってみれば今回の作品は、「映像」と「舞台」の中間にある表現だと思うんです。これは演劇ですから、継続しなければならない(カットや撮り直しは無い)ですよね。けど目の前に観客はいないので、客席に何かを伝えるってことは必要なくて、その点では映像的で。中間なんです。じゃあその中間地点でできる演技っていうのはこういうものだな、っていうものを今回はお見せしているつもりです。

――意外とその中間地点って、役者にとっては目の前の相手に集中しやすい環境とも言えるのでは?

三浦 かもしれないですね。ただ、あくまでLIVE配信を前提にして動かなければならない。「カメラの向こうに観客がいる、見られている」っていうことを意識に取り入れながら演技することには、結構みんな苦労してましたね。

――こういったオンライン配信のいいところは、どんな点だと思いますか?

三浦 うーん……やっぱり、劇場に行く手間が省けて、お客さんが好きな場所で観られるってことですかね(笑)。劇場のライブ感をリモートで全く同じように体験することはできないので、そこはこれまでと別物として考えなくちゃいけない。だったら舞台表現を体感させるっていうことをまず捨てて、リモートならではの新しい表現を考えていかないと始まらないかな、と思っています。

――聞くところによれば、三浦さんは役者を追い込むような厳しい演出をつけることがよくあるそうですが、今回はどんな演出モードで臨まれたのでしょう?

三浦 今回も……結構、厳しめではあると思います(笑)。この舞台上の“フェイクドキュメンタリー”という形式は僕にとっても初めての試みだったので、「その場で起きているようなリアル」って何だろうなってことを、初めはすごく模索していたんですよ。それが少しずつ分かってきて、そこから俳優のみなさんもそれを体感できるようになってきて、稽古場で価値観が共有されるようになりました。

やっぱり、ちょっとしたところがセリフっぽかったり段取りに見えたりすると、何も成立しなくなる芝居なんです。そういうのはなるべく消して消して!って役者さんには言い続けているんですけど、リアリティ・ラインをすごい高いところに設定した状態から始まるので、なかなか難しい。そこでちょっとでも嘘が見えると「あ~、もう冷めた」みたいになっちゃうから、なるべくデリケートにデリケートにやってるんです。わざとちょっとグダグダ展開してみたりとか、役者さんが演じながら細かく無駄を作ったりとか、その場で起きているような演技を色々考えてやっています。そこへ僕が「芝居臭い」とか「段取り臭い」とかダメ出しして、かなり細かく積み重ねていますね。

――現時点での手応えは? “役者の証”のようなものはどこまで得られたのでしょうか?

三浦 やっていること自体の成功イメージはできました。やろうとしていることが間違いではないな、という確信を持っています。ただ、そこで目指すものを、結構高いところに設定しちゃったなあとは思っていて……ワークショップ試演会なのに(笑)。僕の演出面もそうですし、役者の演技面も、その高みに対して追いつこう追いつこうと、目指しているものに向かって進み続けている状態です。

――本作には、「コロナ禍と演劇」というテーマも内在していますが、今後の演劇界の展望についてはどうお考えですか?

三浦 劇中でも言ってますけど……色々結論を考えたんですよね。今後どうやって、この状況下を役者たちや演劇人が進んでいくのかって。結構「答え」的なものを出そうと思ったんですけど、すみません、僕もまだ「これだ」って言う結論は出ないですね。劇中のセリフにもあるんですが、ただ、準備。準備しておくしかないのかな、って思っていますね。

――画面の前にいる観客の方々には、この作品からどんなことを受け取ってほしいですか?

三浦 僕なりに色々コロナ禍での思いがあって。その言いたいことを、立場を置き換えて役者たちに言ってもらってるんです。ドキュメンタリーのスタイルなので、物語に乗っけなくても役者たちの言葉として何でも書くことができる。僕の言いたいことというか、コロナ禍で思ったことは結構、書いたつもりです。なので、あとはそれに共感するもしないも、多分観ていただく皆さん次第だと思います。

これはワークショップ後の1週間ほどで作り上げた舞台ですが、(アドリブのように)ガチンコでやらせているところはありませんし、全て作り込まれた演技です。その、役者たちの頑張りも観てほしい。そして、最初からこれを虚構として観ている人が、「これ、ひょっとしてホントなのかな?」って思う瞬間が続いてくれたら嬉しいです。

稽古場での三浦大輔

三浦大輔WS試演会『役者の証』は、三浦ならではの「映像」と「舞台」の中間地点にあるリアルを体感させる試みとなるだろう。私たちはそこに、オンライン配信演劇の新たな可能性を見出すことができるのではないだろうか。

取材・文=小杉美香

配信情報

三浦大輔WS試演会『役者の証』

■上演スケジュール:2020年8月8日(土) ~8月10日(月・祝)
2020年8月08日(土) 18:00開演 Aチーム
2020年8月09日(日) 13:00開演 Bチーム
2020年8月09日(日) 17:00開演 Aチーム
2020年8月10日(月・祝) 13:00開演 Bチーム
■上演会場:浅草九劇
■配信先:動画共有サイトVimeo

料金:2,000円(税込)
※公演は生配信でご覧いただけます
※劇場での観覧はございません

■作・演出:三浦大輔
■出演:
【Aチーム】(※写真左上から)
増田具佑/川綱治加来/岩永達也/小橋川嘉人
升味加耀/関口蒼/増澤璃凜子/中村未華
【Bチーム】(※写真左上から)
重野滉人/堀家一希/國崎史人/大河内健太郎
美玖 空(mic)/高橋真悠/繭/佐藤鯨
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