プロレスラーの妻に焦点を当てるノンフィクション 「妻たちのプロレス 男と女の場外バトル」を出版するターザン山本にインタビュー
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プロレスラーの妻たちに焦点を当てたノンフィクション『妻たちのプロレス 男と女の場外バトル』が8月26日、河出書房新社より発売される。この本は福留崇広と週刊プロレスの元編集長ターザン山本の共著。取り上げられるレスラー夫婦は、力道山&田中敬子、髙山善廣&奈津子、剛竜馬&八木幸子、葛西純&三知代、藤波辰爾&伽織、ジャイアント馬場&元子の6組と多種多彩(敬称略)。あらゆるタイプのレスラー、夫婦が網羅されているだけに興味深い。そのなかでターザンは剛竜馬、ジャイアント馬場の夫婦について執筆した。福留が直球勝負のノンフィクションなら、活字プロレスの第一人者ターザンは“らしい”人選で読む者の想像力を掻き立てる。果たしてどんな本ができあがったのか。このインタビューは、『妻たちのプロレス』、略して妻プロ旗揚げに向けての予告編だ!
(敬称略)
――もともと山本さんのなかに、レスラーの奥さんに書こうという発想はあったのですか。
「藤原喜明の奥さんとか、阿修羅原の奥さんとものすごく親しくしてもらってたの。馬場さんの奥さん、元子さんとも親しかったじゃない。なんかボクさ、奥さんとガールズトークができるのよ」
――奥さんとのガールズトーク!?
「そうそう、ガールズトークができるわけ。ボクが話し相手だと、なぜか向こうも心を開いてくれるわけですよ。その体験があったから、奥さんに視点を合わせるのがおもしろいんじゃないのかなと思った。プロレスラーの奥さんに光を当てることで、逆に舞台裏のドラマが出てきておもしろいんじゃないのかなって。女性の立場から見たプロレスラーの生き様というかストーリーというか、愛情というか。女性の立場から見た旦那としてのプロレスラーということもね」
――今回、6組の夫婦が取り上げられているわけですが、山本さんはジャイアント馬場、剛竜馬、2組の夫婦について執筆されました。
「この本はあくまでも福留さんが主役なので、ボクとしては福留さんが挙げたメインストリートにちょっと工夫をしなきゃいけない、捻りをきかせないといけないと。そのためにはバラエティーに富むようにメインストリートにこないところを出さなきゃいけない。そこでまったく意表を突いたってこと。すでに亡くなっている剛竜馬を提案して、それはオレが書くよという話になったわけよ」
――福留さんはこの本の王道担当ですね。
「そう、この企画のメイン。だいたいこういう形になる、当たり前にラインナップされるところにボクがちょっとしたアングルを仕掛けるんだよな。剛竜馬ってね、オレは即答したんだよ。その企画を初めて聞いたとき、パッと閃いたのが剛竜馬の奥さんだった。福留さんが藤波さんだったら、オレは藤波のライバル剛竜馬。藤波を表舞台としたら剛竜馬は陰の人じゃない。しかも評判もよくない。ネガティブだよ。だけど、奥さんはどうなんだろうと。むかしね、奥さんとは一度会ってるんだよ。浦安に住んでいるときに招待されて食事をごちそうになった。そのときの奥さんの印象が頭にあったんだよね。あの剛竜馬と一緒になった奥さんっていったいどんな人なんだと。結婚はおろか、付き合うことになったことじたいがオレには考えられないのよ。剛竜馬が結婚するってことじたいがおかしいんだから。だからそれを確かめにいくために、個人的な興味からも奥さんに会いたいと思ってね、剛竜馬をやると言ったわけよ。こういう企画って、野球で言えばクリーンナップのメンバーは決まるけども、ほかはすぐには出てこない。そういうときに、ちょっとクセのあるものを入れたいと」
――クリーンナップは打てないけれども、代打の切り札みたいな?
「そうそう。剛竜馬のところですき焼き食った。それで奥さんはどうなのかなと思ってさ」
――あと1人は、馬場さんの奥さんの元子さんですね。
「ボクにとって、元子さんはマドンナなわけですよ。寅さんのね、永遠の恋人というか。ボクの個人的興味としてもこのラインナップには元子さんを絶対に入れたかった。ここは馬場さんの奥さんになった元子さんを入れないといけない。ここは、ものすごく強い思いがあったよ」
――奥さんに直接話を聞くのが基本ですが、ただ馬場さんも元子さんも故人なので、この件においては取材ができないですよね。
「そう、すでに2人とも故人だから。だからよけいに大いなる賭けとしておもしろいんじゃないか、意表を突いているんじゃないかと思ったよね」
――変化球として故人も入れることにしたと。
「2つの変化球を投げ込んだわけよ」
――取材不可能な馬場さん夫妻をどうするのかと思ったら、山本さん、魔法かけましたね。
「そうそうそう。当たり前のことを書いてもおもしろくないじゃないですか。どうしようかと考えていたときに、パッと頭に浮かんできたのが『星の王子様』。あんなふうにできないかなと思ってね。話を聞けないハンディがあるんだったら、いっそのこと童話にしてしまえ!ファンタジーにしてしまえ!夢の話にしてしまえ!というのがボクの逆転技ですよ」
――なんだか現実と夢を言ったりきたりしているような不思議な気分になりました。
「夢と現実を被せてね。あるとき突然『星の王子様』の画像が浮かんできてさ、あれと同じじゃないんだけれども、あんな感じのファンタジーにすればいいんじゃないかなと思ったのよ。馬場さんはハワイが好きでしょ。ハワイが人生の宝物、ドリームだったから、そこを取り入れてね」
――剛竜馬夫妻、ジャイアント馬場夫妻。両方のアプローチがおもしろいなと思いました。ひとつはレスラーと奥さんの“何番勝負”にたとえた。もうひとつは、ファンタジーにもっていった。
「福留さんは奥さんを取材して直球で勝負するでしょ。直球が4つ並ぶのなら、オレは思い切ってスローカーブを投げてみようと。そういう感じでやったのよ」
――代打の切り札(剛竜馬)が出てきたから、直球勝負だった前の打者とは変えてスローカーブを投げてきたとか?
「そうそう」
――読んでみて、プロレスラーの夫婦には2つのタイプがあるように感じました。ひとつは馬場さんと元子さんのように二人三脚というか、タッグを組む夫婦。もうひとつは、剛さんの夫婦のようにお互いがシングルマッチで闘っていくせめぎ合いのような。山本さんはあえて両方のタイプを取り上げる形になっ
たのかなとも思いました。
「要するに、男と女、夫と妻というのは、生き物として別物じゃない。考え方も何もかも別物。育ってきた環境も違う。それが一緒になることがもう完璧な異種格闘技戦なわけですよ。異種格闘技戦なんだけども、あるときには一心同体にもなるわけじゃない。ハッキリ言ったら。二卵性双生児なのよ、まったく別物と一心同体になる、このせめぎ合いのリアルさを女の立場から書いたらおもしろいんじゃないのかなと思って」
――あるときはタッグを組み、あるときはライバルになり。
「そうそうそう。あるいはあるときは主観的になり、あるときは客観的に見ると。そういうことをしながら女性の愛が育っていく、育まれていく、凝縮していく。そこがおもしろいんじゃないかなって。好きになった旦那と付き合っていく時間的な過程があるでしょ。そこにはいろんなことが起こる。そういう時間、妻たちはどういう軌跡を辿っていくのか。愛の軌跡、そういうことよ」
――家庭内では仲間割れもあり…。
「そうなってもさ、キーワードは一個しかないわけ。絶対的に夫を肯定するということですよ」
――それは感じました。
「絶対的に夫を肯定するの。なにがあってもね。なにがあろうとも関係ないの。その一点だけが強いわけ」
――全体を読んで感じたのが、プロレスラーの奥さんというのはどんなに辛いことがあっても夫の職業(プロレス)に誇りを持ちますよね。その誇りを持てなかった人は別れてしまうのかなと。
「そうね。そこがさ、プロレスなんですよ。そこでプロレスできる女の人と、プロレスをできない女の人がいる。離婚というのはプロレスができなかったからですよ。それで別の人生を選ぶわけ。で、別の人生を選ばないというこの決意と決断がすごいんですよ」
――プロレスラーの夫婦としてつづいているのは、奥さんがプロレスをできる人だと。
――プロレスラーを超えた?
「プロレスラーを超えたプロレスラー。その時点では夫があきれるくらいにプロレスをするわけですよ。ここがポイントなの」
――“ウチの旦那はプロレスしているときが一番いいんだ”とわかる人なわけですよね。
「そうそう」
――プロレスをやっている男の人のその大半が好きなことをしている、プロレスが大好きだからプロレスをしていると言っていいと思うんです。その夫への理解があると。
「要するに最後はね、彼女たちの異常な愛というか、夫は絶対に自分だけのものだと思ってる。ここですよ。絶対に自分のものだと思ってるから肯定できるんですよ。美化するとかね。これは愛の形としてすごくおもしろいなと思った。これは一般の男女関係、世間の男女関係、夫婦関係にも言えることだと思うのよ」
――そういった意味でもプロレスは人生そのものだと。
「むかしはプロレスラーって男の職業だった、野郎たちのワイルドな世界だった。ところがね、妻たちもそれを超えるプロレスをやっていたというね。それが見えてきたのは、今回の大発見ですよおおおお!」
――たしかに新しい発見ですね。
「大発見よ、世紀の大発見を初めて世界に示すわけですよ。いままでプロレスラーの奥さんって誰も視点を当ててないからね。奥さんに焦点を当てるとまた新しいプロレスを発見できるんじゃないかなと思ったよ」
――読んでいると、夫への愛が生活していくうちにプロレス愛へとなっていくこともわかりました。
「そう、プロレス愛になってるんですよ。そうなった瞬間に彼女たちは世間を超えてるの。世間を超える。要するに川の向こうに渡ってしまうわけよ」
――対岸に行ってしまうと。
「対岸に行っちゃうわけ。対岸に行けない人が離婚しちゃうんだよ」
――善悪の彼岸じゃないですか。
「そうよ(笑)。そこを超えていくわけ」
――いいか悪いかはともかく。
「そうよ、すごいことだよ」
――プロレスラーの奥さんになるのは才能、素質がある人なんだなということも、この本から伝わってきました。
「彼女たちはプロレスラーを夫に選ぶことじたいが世間を超えているんだよ。その時点で世間を超えてるから。いったん超えてしまったら、もう最後までいくしかないのよ。最後までいくしかないという心の決断だよ」
――ある日、どこかの瞬間でその決断のスイッチが押される。
「世間を超える一瞬が大事なの」
――その一瞬に光を当てるのがこの本でもあると。
「そうそう。だから藤波の奥さんもプロレスラーと結婚する予定などなかったのに、偶然プロレスラーと結婚してしまった瞬間にこっち側に来たんですよ。いままで予定されていた世界があったはずなんだ。それをすべて捨てたわけですよ、世間を」
――藤波選手と会っていなかったらモデルの世界で活躍していたかもしれないですね。
「モデルとか、金持ちの上流階級の人と結婚したかもしれない。医者の息子とかね。なのに藤波さんに会った瞬間、この出会いでバーンと超えてしまったと」
――プロレスラーと結婚した女性には2つのタイプがあると思います。プロレスファンからレスラーと結婚した人と、プロレスをまったく知らないところから入ってくる人。でも結局はどこかの時点で合流するというか。
「全部、合流するね。夫という実像を見てるのに、どんどんプロレスラーの幻想が妻のなかで膨らんでいく。この逆転現象も発見だったね。プロレスラーへの幻想を一番持っているのが妻たちだったと」
――どんな女性がプロレスラーの妻に向いているのでしょうか。
「それは一概に言えない。これはさ、偶然の出会い、それと要するに、いわゆる相性が合うかどうかという。それはどの世界も一緒でしょ。組み合わせは千差万別で、一億あったら一億通りある。一瞬の真実がそこに生まれるのは予想できないわけですよ」
――すべては奇跡ですね。
「全部が奇跡。あり得ないことが起こるの。彼女たちもこんな人生になると思ってないわけだから。普通の女性、世間一般の女性の幸福なパターンってあるじゃない。それを頭に描いていたはずなんだけど、突然そこにさ、なにかによって破壊される。で、そっちを選んでしまう。そっちを選んだことがまたすごいんだよね。だってそっちを選ぶことが女として幸せかどうかわからないし、逆に言えばハンディかもわからないしね」
――基本的にプロレスラーってモテますよね。
「モテる。モテるというかね、ボクから言わせればあれは、男がつまみ食いしているだけだから。個人的な、親密、濃密な愛があるわけじゃないから」
――濃密な愛にしていくのは付き合った女性、将来妻になる女性?
「男たちはいつもつまみ食いしているのに、突然すごいもの、想像を超えたものが来るわけですよ。そこで男たちが負けちゃうんですよ。つまみ食い以上の世界が来てビックリしちゃうんですよ」
――それで結婚すると。
「そうそう」
――この本を読むとプロレスの見方が変わる、より広がるのではないかと思います。
「プロレスって男社会、野郎の社会じゃない。それが女性の側から絡んできたことによって、またプロレスの見方とか考え方とか、その世界が広がるというか、また一段階、一皮剥けるみたいな。プロレスってやっぱりさ、底が深いよ、奥が深いよ」
――本当に奥が深いジャンルですよね。
「ふつうさ、ここまでが限界だと思うじゃない。このあたりで終わりかなと思ったら、もう一皮剥けるんだよね」
――剥けたらまた、その先もある。
「作家の村松友視さんはむかしね、タマネギの皮を剥いても全部皮になる、剥いても剥いても剥いても皮だってたとえたんだよ」
――プロレスはタマネギだと。
「皮を剥いても、まだまだ皮がある。剥いても剥いても、まだ出てくる」
――それは剥いていくうちに涙も出ますね。
「そうそう。キツくてね(笑)」
――では、最後に一言。
「オレはこれを成功させたいの。本って売れなきゃ意味がない。売れなきゃ敗北だと。増刷されて話題になって、第2弾をやりたい。第2弾、誰をやりたいか、もう頭のなかに構想がありますよ」
――読んでいくうちに、次があるならこの選手がいいなと次々と頭に浮かんできました。
「そうでしょ。そういうのあるでしょ。だからこれをシリーズ化したいの。オレからしたらこれはシーズン1ですよ。シーズン2もやりたいですよ。妻たちのプロレス、略して妻プロの旗揚げですよおおおお!!」
(聞き手:新井宏)