東京二期会、「2021/22シーズンラインアップ」を発表~21年より『創立70周年記念シリーズ』の演目を上演など、力強く活動を続ける
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(左から)山口 毅、清水雅彦、嘉目真木子、今井俊輔
2020年9月2日(水)、東京二期会「2021/2022 シーズンラインアップ」記者発表会が開催された。例年は、すでに5月~7月のうちに開催されているものだが、今年はコロナ禍において舞台上演の制限等もあり、来年度のシーズン発表も遅れての発表となった。
プロのオペラ歌手の所属団体でもあり、マネージメントやオペラ制作を手がける東京二期会にとってもコロナ禍の影響は避けがたく、今年に入って、4月に上演が予定されていたサン=サーンスの『サムソンとデリラ』、そして、7月に予定されていた『ルル』は、来年2月への延期上演が決定されている。会員による多くのコンサートやリサイタルも多くが中止を余儀なくされているという。
そんな状況下においても、新たに力強く始動し続ける東京二期会の来年度にかける熱意と意気込みをメディアに向けて発信した 「2021/2022 シーズンラインアップ」。会場は、9月3日に初日を迎える 『フィデリオ』 の最終総稽古(GP)が行われる東京・初台の新国立劇場オペラパレスのホワイエ。コロナ禍においての舞台芸術の上演の動向については、昨今、メディアからも関心を寄せられており、この日も、多くのジャーナリストや媒体記者が集った。
登壇者は、東京二期会から理事長の清水雅彦、常務理事 兼 事務局長の山口毅。加えて、東京二期会所属の会員であるソプラノの嘉目真木子と、同じく、バリトンの今井俊輔がゲストとして招かれた。
(左から)山口 毅、清水雅彦、嘉目真木子、今井俊輔
まずは、今年の6月から新たに公益財団法人 東京二期会の理事長に就任した清水雅彦の挨拶。清水理事長は経済学者でもあり、長らく、高等教育の分野に携わってきた人物だ。
清水雅彦
「コロナ禍という未曽有の困難な状況において理事長に選任され、難しいかじ取りに身が引き締まる思いでおります。上演できない期間が半年以上も続いてきたことで、生の歌声、そして、総合芸術というオペラの持つ価値を共有し合うことの大切さが今まで以上に増しているのではないかと実感致しております。自粛期間中、オペラの中にどれほどの人間的な営みや精神が描きだされ、愛情の深さが込められているかということを一同、改めて実感し、それらの思いを多くの方々に伝えていきたいと強く望んでおります」と語った。
続いて、「同時に、現在の状況は新しい時代の幕開けでもあります。オペラが本来持っている価値が普遍的なものである以上、時代に即した新たな表現やメディアに挑戦し、新規のファン層を獲得してゆくことがこれまで以上に求められているのです」。
実際に、その一つの試みとして、経済産業省が推進している文化コンテンツの海外展開の促進、創出のための助成金を活用して、オペラ公演の海外配信も予定しているという。
(左から)山口 毅、清水雅彦
日本発のオペラのクオリティを海外に積極的に発信するとともに、コロナ禍で再開された公演の準備段階から公演実現までのドキュメンタリーなども同時に発信することで世界に向けた存在感も示していきたいという。すでに、今年7月11日(土)に実現した東京文化会館でのスペシャル・オペラ・ガラ・コンサート『希望よ、来たれ!』の模様は、すでにYouTubeなどで無料配信が始まっている。
続いて「2021/2022の新シーズンラインアップ」の内容について、山口事務局長より発表された。冒頭から上演期日順にご紹介しよう。
山口 毅
2021年1月5~6日に開催されるのは、今年4月に上演が予定されていた東京二期会コンチェルタンテ・シリーズ、サン=サーンス『サムソンとデリラ』(全2公演)だ。セミ・ステージ形式の映像を伴った上演が予定されているが、日程変更のゆえか、当初予定されていた指揮者の準・メルクルからジェレミー・ローレルに代わっての上演となる。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。
フランス出身のジェレミー・ローレルは、すでにザルツブルク音楽祭やエクサン・プロヴァンス音楽祭、ウィーンやバイエルンの国立歌劇場などにもしばしば登場しており、自らも作曲を手がけるというマルチな指揮者の日本オペラデビューとなる。
続いて、2月17日~21日(全4公演)はワーグナー『タンホイザー』。一昨年上演された黛敏郎作曲の『金閣寺』でも共同制作を手がけたフランス国立ラン歌劇場との提携公演による新制作だ。ライン・ドイツ・オペラの芸術監督を務める指揮者アクセル・コーバーの待望の日本オペラデビューが待たれる。演出は “トーキョーリング” でもおなじみのキース・ウォーナー。読売日本交響楽団を得ての満を持した二期会ワーグナーに期待したい。
ラインアップの発表中に、本日もう一つの重要なニュースが伝えられた。2022年は東京二期会にとって創立70周年の節目の年だという。よって、2021年からの前後3年にわたって、『創立70周年記念シリーズ』と題された演目が並ぶ。その3年にわたる大プロジェクトのトップバッターを飾るのがこの『タンホイザー』だ。
山口 毅
5月は二期会ニューウェーブ・オペラ劇場と題されたバロック期のオペラを紹介するシリーズの一環としてヘンデル『セルセ』が新制作上演される(全2公演)。東京二期会の公演には、三度目の登場となる鈴木秀美を指揮に迎えてのニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ(NBO)の演奏。そして、オペラ初挑戦となる振付家・舞踊家の中村蓉による演出にも大いに期待したい。
7月16日~19日(全4公演)は、ヴェルディ最後の作品『ファルスタッフ』。テアトル・レアル、ベルギーの王立モネ劇場、フランス国立ボルドー歌劇場との共同制作による新制作上演だ。何と言っても指揮にウィーンやパリを始め、最近ではNYのメトロポリタン歌劇場でも大絶賛されているベルトラン・ド・ビリーを、そして、演出にローラン・ペリーの二人を起用してのヴェルディの大傑作の上演とあって、いやが上にも期待感が高まる。
スター・バリトンの今井俊輔と大ベテランの黒田博がタイトルロールを務めるというのも大いに話題となるだろう。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団が務める。
8月28日~31日(全3公演)は、今年7月に予定されていたベルク『ルル』がここでようやく実現する。当初は東京文化会館での上演予定だったが、新宿文化センターの大ホールに場所を変えての上演だ。
指揮者マキシム・パスカル、演出カロリーネ・グルーバー、そして管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団と、その他は内容変更なしでの上演。何と言っても2019年2月に黛敏郎『金閣寺』で冴えわたる棒さばきを披露し、難解な作品に見事に息を吹き込んだ若き俊英マキシム・パスカルの再登場が大いに期待される。
ウィーン国立歌劇場で大絶賛を浴びている前衛的な女性演出家のカロリーネ・グルーバーが、男性に翻弄されて転落していく奔放な女性の姿をいかに描きだすかも注目される。また、タイトルロールを歌う森谷真理と冨平安希子の二人の超実力派ソプラノの競演も見逃せない。
ちなみに、森谷真理が歌う『ルルの歌』が現在、YouTubeで公開中ということだ(7月11日の東京二期会のガラコンサートで収録)。
さて、2021年の9月。東京二期会は秋からシーズンが始まるシステムを取っているので、ここからが、本当に2021/2022の新シーズンの始まりだ。
新たな年のテーマは――誘惑の綾(あや)――。
誘惑に翻弄されてしまった人生が、その後どのようになってゆくか……、そのような視点から作品群の流れを考え出したという。
シーズントップバッターの演目は、9月8~12日(全4公演)に上演されるモーツァルト『魔笛』だ。この宮本亞門演出によるプロダクションは、リンツ州立劇場との共同制作で、すでに2015年にリンツの歌劇場で初演。大成功を納めた舞台は、その後、東京でも上演され、連日の超満員を記録した。今回待望の再演だ。
今回は新たに1986年生まれの指揮者リオネル・ブランギエと読売交響楽団を迎えての上演。ブランギエは、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の首席指揮者・音楽監督を務めており、現在はロス・フィルを始め、全米各地のオーケストラとの共演で脚光を浴びている注目の指揮者の一人だ。様々な誘惑の試練に打ち勝ち、主人公たちが成長してゆくストーリーは、まさに――誘惑の綾――というテーマそのもの。ちなみに、主人公の一人、パミーナには嘉目真木子が予定されている。
11月25~28日(全4公演)は、お馴染みのヨハン・シュトラウス二世のオペレッタ『こうもり』。この作品もまた、男女の誘惑のし合いがテーマというオペレッタならではの魅惑的な世界が展開される。名古屋フィルハーモニー交響楽団正指揮者、神奈川フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者などを務める川瀬賢太郎がこのオペレッタの名曲の魅力をどこまで引き出してくれるかに大いに期待が寄せられる。演出は、2017年に上演されたアンドレアス・ホモキによるもので、ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携公演によるヨーロッパの香り漂うあの美しい舞台に再び出合える。
年が明けて、2022年の2月9~13日(全4公演)は、ボン歌劇場との共同制作によるリヒャルト・シュトラウスのオペラ 『影のない女』(新制作)。「影を求める誘惑」という、おとぎ話的な部分も多い作品で、実に演出の真価が問われる作品だ。
注目の演出は、東京二期会にはすでに何度も登場している鬼才ペーター・コンヴチュニーが手がける。上演数日前に77歳の誕生日を迎えるという演出家の喜寿を記念しての公演だという。
コンヴィチュニーと東京二期会とのカップリング作品はすでに5作というが、今までは、すべて海外で先行初演された後に東京で上演されていた。しかし、今回は全世界に先駆けて東京でワールドプレミエを行い、海外に持ってゆくというかたちが取られる。東京から世界に発信されるオペラの舞台に出合えるというのは滅多にない貴重な機会。ぜひとも、東京初演に立ち合いたいものだ。
4月に予定されている東京二期会コンチェルタンテ・シリーズの2022年版は、プッチーニの埋もれた初期の作品『エドガール』だ。しばしば、中世版の『カルメン』とも例えられるこの作品。後年の名作を思わせるプッチーニ節が美しく、魅力的な作品だ。指揮のアンドレア・バッティストーニ自らが上演提案したというだけあって、大いに期待できる。
セミ・ステージ形式なのが、残念だが、きっと映像などの試みで視覚的な効果で盛り上げてくれるに違いない。オーケストラは、バッティストーニが手兵とする東京フィルハーモニー交響楽団。上演日は4月23と24日の両日(全2回公演)。
2022年のシーズン最後を飾る演目は、ワーグナーの晩年の作品『パルジファル』。妖女クンドリーの誘惑に絆されながらも、智に目覚める一人の若者の精神と魂の成長の遍歴。あらゆるワーグナーの作品の中でも、複雑な宗教的・哲学的な思想の影響なども受けており、最も深淵で難解とされる作品だ。
この大作に挑むのは演出家の宮本亞門。そして、指揮はワーグナーやリヒャルト・シュトラウスを振らせれば右に出る者がいないという、セバスティアン・ヴァイグレ。2019年6月に上演された東京二期会の『サロメ』は、記者発表当日に 「第28回三菱UFJ信託音楽賞」を受賞したというニュースが届いたそうだ。今回も、その『サロメ』同様に、手兵の読売日本交響楽団を率いて登場する。
フランス国立ラン歌劇場との共同制作となる『パルジファル』は、すでにコロナ禍に突入する前の今年1月下旬から2月下旬にかけてラン歌劇場で初演されており、大成功を納めたという。近年、オペラ演出家としての名声を世界的にも確立しつつある宮本亞門のさらなる境地に期待したい。
最後に今年の記者発表会の二人の特別ゲストからのコメントをご紹介しよう。両者とも、今年これから上演される演目や新シーズンの演目でも大活躍が期待される。
まず、ソプラノの嘉目真木子。今年11月に日生劇場で上演されるオペレッタ『メリー・ウィドウ』でハンナ・グラヴァリを歌う。
嘉目真木子
「世界中で愛されている大人の恋の物語に出演できて光栄です。私自身が稽古場で感じているワクワク感が聴衆の皆さまに伝われば嬉しく思います」と、秋の公演への意気込みを述べた。また、2021年の9月公演の『魔笛』のパミーナ役での出演が決定していることについて、「東京二期会では2010年にもパミーナを歌わせて頂いているのですが、以前の姿にどのように肉付けして役作りができるか、今から考えています。幸運にも、亞門さんの『魔笛』は、リンツ初演の際、ちょうどヨーロッパに留学しており、生で舞台を拝見することができました。最終幕が下りた瞬間の熱気を今でも思い出します。あのような熱量を今回も劇場で感じられることができたら嬉しく思います」と、語った。
もう一人のゲストで、2021年の『ファルスタッフ』に出演予定のバリトンの今井俊輔。
今井俊輔
「ファルスタッフという役を歌えることはバリトンにとって何よりもの栄誉です。この作品にはファルスタッフとフォードという二人のバリトンが出てくるので、男二人のデュエットをぜひ聴いていただきたいですね。尊敬するブルゾンとヌッチのようなエキサイティングなパフォーマンスをお見せしたいと思っています。指揮者のド・ビリーさんとは、すでに『ジャンニ・スキッキ』でもご一緒していまして音を追求するその飽くなき姿勢には大変学ぶものがありました」と語り、一時間にわたる記者発表を締めくくった。
(左から)嘉目真木子、今井俊輔
コロナ禍において、いまだ先が見えない状況の中、希望を込めた『フィデリオ』で再び幕を開けた東京二期会オペラ劇場。希望の光が揺らぐことなく、舞台を、そして、客席を明るく照らし続けることを心から願う。
取材・文=朝岡久美子