室町幕府の滅亡から江戸幕府誕生までの間に花開いた、豪華絢爛な桃山美術を堪能 特別展『桃山―天下人の100年』
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特別展『桃山―天下人の100年』
2020年10月6日(火)~11月29日(日)の期間、東京国立博物館 平成館にて、特別展『桃山―天下人の100年』が開催中だ。室町幕府の滅亡から江戸幕府誕生に至るわずか30年の間に、日本の歴史の中で最も豪奢できらびやかな文化が花開いた安土桃山時代。勇猛果敢な戦国武将の姿を今に伝える武具や肖像画、画壇で天下を取った狩野派の絵画、侘び寂びの心を伝える茶道具など、展示品の数々に目を奪われる本展の見どころを紹介しよう。
信長の陣羽織、秀吉の茶入、神格化された家康の姿……
戦国武将の人物像をリアルに伝える至宝の数々
本展では、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康といった戦国時代のスターの肖像画や、彼らが生前に愛用していた品々を鑑賞することができる。狩野永徳が描いた《織田信長像》は、広く世に出回っている狩野宗秀筆《織田信長像》よりも気難しいように見え、実像に近いことを予想させる。
左:重要文化財《三好長慶像》笑嶺宗訢賛 室町時代・永禄9年(1566) 京都・聚光院(前期展示)、 右:《織田信長像》狩野永徳筆 安土桃山時代・天正12年(1584) 京都・大徳寺(前期展示)
織田信長は、山鳥の羽根で模様を施した《陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様》を所持していた。永徳の描いた神経質そうな信長が、この奇抜な陣羽織を戦場で着用していた姿を想像するのも楽しい。この陣羽織は、襞や裏地などの随所に中国やヨーロッパなどの影響が見られ、異国好みの信長の趣味を示しているようにも思えた。
《陣羽織 黒鳥毛揚羽蝶模様》安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館(前期展示)
豊臣秀吉は、他の武将と同様に茶の湯を愛し、素晴らしい道具を持っていた。《唐物肩衝茶入 薬師院》もその一つで、中国の南方で焼かれたと思しきこの茶入は、秀吉の茨木城での拝領道具披露の会にも用いられたとされる。消失した茶入も多い中、現在もほぼ無傷で残っている貴重な品である。また、信長・秀吉両者に仕えていた茶聖・千利休が、茶碗を弟子の古田織部に贈る際に添えた《書状》など、ゆかりの名品・逸品がずらりと並ぶ。それらを目にしていると、信長や秀吉、利休が生前に茶を堪能している姿が眼前に浮かんでくるようだ。
《書状》千利休筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館(通期展示)
狩野光信の手によるとされる《豊臣秀吉像画稿》は、堂々とした体躯と小さな顔で描かれている。肖像を制作するための画稿(下絵)とされるこの絵は「これがよくに(似)申よし、きい(貴意)にて候」とされ、下絵の中でも最も似ていると評されている。徳川家康を描いた《東照大権現像》においては、家康の柔和な表情と装束などの精緻な描写が際立つ。家康は遺言で自分を神格化するように伝えており、「東照大権現」は家康を神格化した呼び名である。
左:重要文化財《豊臣秀吉像画稿》伝狩野光信筆 安土桃山時代・16世紀 大阪・逸翁美術館(通期展示)、 右:《東照大権現像》 四代木村了琢筆 天海賛 江戸時代・17世紀 東京・德川記念財団(通期展示)
武具が充実しているのも本展の特徴の一つ。豊臣秀吉より三河国岡崎藩士志賀家の祖先に拝領されたと伝わる《一の谷馬藺兜(いちのたにばりんのかぶと)》は、源平合戦の一の谷の断崖を表したとされ、放射状に伸びる薄板製の馬藺(※アヤメの一種)が朝日のように映える。
《一の谷馬藺兜》安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館(通期展示)
武具の中でも特に甲冑を重視した伊達政宗は、黒漆塗の鉄板を蝶番で連結させた雪下胴を愛用した。《紺糸威五枚胴具足(こんいとおどしごまいどうぐそく)》は政宗から家臣の菅野正左衛門重成に拝領されたもので、雪下胴を模した仙台胴を用いている。
《紺糸威五枚胴具足》安土桃山~江戸時代・16~17世紀 宮城・仙台市博物館(通期展示)
《紺糸威南蛮胴具足(こんいとおどしなんばんどうぐそく)》は、榊原康政が関ケ原の戦いで徳川家康から拝領したものとされ、「南蛮胴具足」という名の由来になった西欧由来の兜を用いている。ずらりと並ぶ武具や刀を鑑賞していると、武将たちの個性豊かな武具が一堂に会する合戦の場とはどのような光景だったのか、興味が高まるだろう。
重要文化財《紺糸威南蛮胴具足》安土桃山~江戸時代・16~17世紀 東京国立博物館(通期展示)
戦乱を生き抜いた絵師たち
狩野派とその影響
日本の美術史の中でも狩野派は、最も華麗でインパクトがあり、かつ人気がある画家集団の一つといえよう。狩野派を築き発展させた狩野元信・永徳・探幽らは、狩野派のみならず、他の画家にも広く影響を与えてきた。
織田信長や豊臣秀吉に仕え重用された狩野永徳は、絵筆で戦国の世を渡り歩いた画壇の天下人である。《洛中洛外図屛風(上杉家本)》は永徳の若かりし頃の作品で、織田信長が入手し、上杉謙信に贈答したものとされる。緻密な画面には二千五百人近い人がひしめき、京の都を代表する建物が金色に輝く雲の間から覗く。人びとも建物も細やかに描かれ、まるで当時の京の様子を覗きこんでいるような感覚に陥るだろう。
国宝《洛中洛外図屛風(上杉家本)》狩野永徳筆 室町時代・永禄8年(1565) 山形・米沢市上杉博物館(前期展示)
豊臣秀吉が実子の鶴松のために建てた御殿・八条宮家にあったとされる狩野永徳の《檜図屛風》は、もともと襖四面だったものを改装したものと伝えられている。岩や水の領域を侵さんばかりに枝を伸ばす檜は迫力に満ち、思わず息をのむ。
国宝《檜図屛風》狩野永徳筆 安土桃山時代・天正18年(1590) 東京国立博物館(前期展示)
その他、永徳の特徴を継承した狩野山楽の《松鷹図襖・壁貼付》、山楽の門人となった狩野山雪の《竹林虎図襖》、狩野派に学び、後に独自の画風を築く長谷川等伯の《牧馬図屛風》など、狩野派とそのライバルたちの逸品をたっぷりと堪能することができる。
重要文化財《松鷹図襖・壁貼付》狩野山楽筆 江戸時代・寛永3年(1626) 京都市(元離宮二条城事務所)(通期展示)
キリスト教と異国の文化の伝来
波乱万丈の空気を伝える絵画
安土桃山時代は、キリスト教とともに西洋諸国の文化や風俗が伝播した時代だった。織田信長や古田織部の異国への興味などに見られるように、遠い国々の知識や情報は、美術をはじめとするさまざまな領域に変化や刺激を与えただろう。
ラテン語と万葉仮名でザビエルの名が記された《聖フランシスコ・ザビエル像》は、弾圧の中で信仰を守った人々によって制作されたものとされ、キリスト教とザビエルへの真摯な思いを今に伝える。
重要文化財《聖フランシスコ・ザビエル像》江戸時代・17世紀 兵庫・神戸市立博物館 (展示期間:10月6日(火)〜10月25日(日))
朝顔や菊、桔梗などのモチーフが散りばめられた漆塗の《花鳥蒔絵螺鈿櫃》は、輸出漆器として作られた品。同種の櫃は長期に渡って制作されたが、籐で編まれた外櫃が付属するのは珍しい。また本作は松平康福が所持したことが知られ、輸出向けながら国内に留まった希少なものである。
重要文化財《花鳥蒔絵螺鈿櫃》安土桃山時代・16世紀 大阪・逸翁美術館(通期展示)(奥は藤編の外櫃)
《泰西王侯騎馬図屛風》は本展で最もインパクトの強い作品の一つ。描かれている四人の王侯たちは、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世、トルコ皇帝、モスクワ大公、タタール王である。多様な文化的背景や宗教を持つ王が描かれたこの絵は、イエズス会が日本での宣教活動の一環として実施した西洋絵画教育を受けた画家によって描かれたとされている。
重要文化財《泰西王侯騎馬図屛風》江戸時代・17世紀 兵庫・神戸市立博物館(通期展示)
日本地図と世界地図が対で描かれた《日本図・世界図屛風》は、金色の豪奢な屛風にポルトガル・スペイン由来の世界地図と、海岸線や河川などが中世の図より正確になった日本地図が描かれている。この屛風の所有者は、貿易などを通じて世界への興味や好奇心を高めたのだろう。
重要文化財《日本図・世界図屛風》安土桃山~江戸時代・16~17世紀(前期展示)
230点以上もの展示の中に、ふんだんに国宝や重要文化財、逸品、名品が含まれている本展。安土桃山時代は、日本の歴史の中でも屈指の美術的発展を遂げた時代である。乱世の中でもアートはさまざまな手段でしたたかに生き残り、より成熟しうるという事実は、今の複雑な状況において勇気を与えてくれるように思う。安土桃山時代に発展した美術は江戸時代に引き継がれ、現在も多くの人々を楽しませている。豪華絢爛で迫力満点、見る者を圧倒し力を与える特別展『桃山―天下人の100年』、是非この機会に足を運んでいただきたい。
文・撮影=中野昭子
イベント情報
会場:東京国立博物館 平成館(〒110-8712 東京都台東区上野公園13–9)
休館日:月曜日 ※ただし、11月23日(月・祝)は開館、11月24日(火)は休館
料金:一般2,400円、大学生1,400円、高校生1,000円
※本展では、スムーズな運営を図るため、各種割引を無効とさせていただきます。また、友の会・メンバーズプレミアムパス・国立博物館メンバーズパスの団体料金割引、キャンパスメンバーズ割引はございません。大変申し訳ございませんが、ご理解いただきますようお願いいたします。