市川猿之助が『蜘蛛の絲宿直噺』で5役早替り 『吉例顔見世大歌舞伎』取材会レポート

2020.10.29
レポート
舞台

市川猿之助

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歌舞伎俳優の市川猿之助が、2020年11月1日(日)より26日(木)まで、東京・歌舞伎座で上演される『吉例顔見世大歌舞伎』の第一部『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』に出演し、5役を早替りで勤める。開幕に先駆けて、猿之助が今公演への意気込み、見どころ、そしてコロナ後の歌舞伎座再開への思いを取材会で語った。

■早替りの先陣を切るなら澤瀉屋

『蜘蛛の絲宿直噺』は、早替りで楽しませる舞踊劇だ。猿之助は、2006年1月の『新春浅草歌舞伎』以来、『蜘蛛絲梓弦(くものいと あずさのゆみはり)』という外題で本作のバージョン違いを勤めてきたが、登場する俳優の数への配慮などから、今回は『蜘蛛の絲宿直噺』が上演される。早替り5役のうち、小姓澤瀉と太鼓持彦平は『梓弦』で猿之助が演じていないキャラクターだ。 さらに今回ならではのアレンジも加わる。補綴は、石川耕士。

<『蜘蛛の絲宿直噺』あらすじ>
時は平安時代。館の寝所で源頼光(中村隼人)が病に伏せている。隣の間では、家臣の坂田金時(市川猿弥)、碓井貞光(中村福之助)が寝ずの番で警護にあたり、それぞれの女房(市川笑也、
市川笑三郎)たちも控えている。そこへ女童熨斗美(猿之助)、小姓澤瀉(猿之助)、番新八重里(猿之助)、太鼓持彦平(猿之助)、傾城薄雲(猿之助。計五役)が、入れ替わり立ち替わり現れて……。


本作の上演を決めた経緯、そして意気込みを、次のように語った。

「政府は、劇場の収容人数に関する規制を緩和しました。それでも舞台に大人数を出せる時期ではありません。だから私一人で5役やらなきゃいけないんです(笑)。舞踊劇なので台詞は少ないです。再開後の歌舞伎座で、早替りの先陣を切るなら澤瀉屋かなと思いました。今までは『梓弦』で行っていましたが、四天王や蜘蛛四天など大人数が登場します。そこで山城屋や、おじの猿翁がやった『蜘蛛の絲宿直噺』にしました。こちらは元から少ない人数で演じられているからです」

取材会では「お客を入れようと思うなら、伊佐山、大和田、渡真利、中野渡頭取(いずれもドラマ『半沢直樹』の登場人物)の早替りをやったらいい。江戸時代ならやっていたでしょうね」と、ジョークも口にしていた。

『蜘蛛絲梓弦』傾城薄雲=市川猿之助(平成27年7月歌舞伎座)

■早ければよい、というものではない

次々と移り変わる役を、猿之助は、一体どのような気持ちで演じているのだろうか。

「(違うお芝居の)役を習った時、山城屋のおじさま(坂田藤十郎)に、演じる時の気持ちについて伺いました。すると『気持ちなんかあらへん。お客さんは、役じゃなくて役者を待っているんだから。ハイ、皆さん、私、坂田藤十郎が出てきましたよ、と自分で出ていく』とおっしゃいました。そこからポッと芝居に入る。新劇にはない、歌舞伎ならではの発想ですよね」​

役作りには、「自分を役に近づけるタイプ」と「役を自分に引き寄せるタイプ」があると言い、澤瀉屋は後者であるとも語った。 

「どちらのアプローチも、役になりきるのは大前提。なりきった上で、とことんなりきるのか、自分をみせるのか。山城屋のおじさまは、とことん役になりきった上で突き抜けて、自分を見せていた。究極ですよね、大尊敬しています」

早替りの舞台裏には、吹き替えの俳優や、着替えをサポートするメンバーが控えている。「人が密集するので気をつけたい」と述べた上で、早替りのポイントを2つの視点から語った。

ひとつは、「チームワーク」。

「僕らとお弟子さんたちとの間には、言葉がいらないくらいの強い信頼関係があります。だからこそ、たった3回の稽古で本番を迎えることができます。澤瀉屋は早替りを得意にしないといけない家。そこは特化しています」

もうひとつは、早替りは「早ければ良い、というものではない」ということ。

「早替りは、早すぎるとお客さんにあまりウケません。おじ(猿翁)や先輩の役者さんからもお聞きしましたが、わざと足音をさせたり、わざと息を切らしたり、わざと着物をグズグズに着て、舞台に出て台詞を言いながら直してみたり。それを見たお客さんは『急いで出てきたせいだ!』と思われますよね。吹き替えにも同じことが言えます。お客さんは吹き替えらしさを楽しんでいます。おじの早替りには、市川猿十郎さん(1999年『伊達の十役』の吹き替えの演技で、歌舞伎座賞を受賞。2004年8月5日に45歳で他界)という、面白い吹き替えがいました。おじとは、あり得ないほど動きが違うのに、お客様には不思議なほど喜んでいただけました」​

公演の見どころは、早替りだけではない。

「渡辺綱が鬼の腕をとる、伝説の有名な箇所を踊ります。途中から洒落た曲になるので見どころかと。そして! 8ヵ月ぶりに! 笑也ちゃんと笑三郎さんとご一緒します! 役者にとって舞台に出られないストレスは本当に大きなものです。今回はふたりのために女方の役を作っていただきました」 

■ドラマ『半沢直樹』から得たものは?

取材会ではたびたび、『半沢直樹』にまつわる質問が挙がっていた。敵役の怪演をきっかけに、歌舞伎に関心のなかった層にもファンを増やし、バラエティ番組への出演も増えている。

しかし何か変化を実感するか問われると「収入が増えただけ」と答え、歌舞伎に活かせる経験はあったかとの問いには「ないです。歌舞伎のやり方をもっていったら、TVドラマが歌舞伎化した」と涼しい顔。世間のブームとの温度差に、取材会は何度も笑いに包まれた。

テレビ出演のオファーがあることに感謝を述べつつ、「本来なら歌舞伎の舞台に立っていたことを思うと複雑だった」とも語った。ドラマが話題沸騰の最中、8月1日に歌舞伎座が『八月花形歌舞伎』の初日を迎えた。

「歌舞伎の再開には、緊張感がありました。場内でのおしゃべりを控えていただいているので、開演前の出番を待っていても、お客様のざわめきさえ聞こえてこない。異様な静けさでした。各部の開演前に、役者からのアナウンスがあり、そこでようやく熱のこもった大きな拍手が聞こえてきました。客席にいるのは、身の危険を顧みずに来場してくださった、本当に歌舞伎を待っていてくださった方々です。声をかけられない分だけ、拍手に気持ちがのっていました。熱量を感じました」

■採算度外視で、お客様からの信頼を

8月の再開から3か月、歌舞伎座では、新型コロナの感染症者を出すことなく興行が続いている。感染症対策について問われると、猿之助は「そんなに慎重にしなくてもいいんじゃない? ……というくらい慎重です」と印象を述べた。

「歌舞伎座は安心だ、とお客様からの信頼を得るために、『利益より実をとろう』と採算度外視で、大きな会社だからこそできることを、やれるだけやっている。これは松竹さんと我々役者の共通認識です。出演する役者を対象にした説明会では、松竹の方から『熱があったら必ず言ってください。その部は休演になりますが、絶対に負担に思わないでください。松竹はそれに対して何も思いません。皆さんの安全が第一です』と言われました。それは不調を言い出しやすい空気を作ってくれた。僕はこれを高く評価します」

歌舞伎座は、11月も1日四部制となる。規制の緩和を受け、桟敷席の販売が再開されるが、ひきつづき収容人数の50%以下に抑えた配置の予定だ。

■歌舞伎、映像、これからについて

さまざまな話題が上がる中、猿之助が少し考える様子を見せたのは「歌舞伎の映像化」の将来についてだった。

「これからの歌舞伎役者は、映像も知らないといけなくなるでしょうね。でも歌舞伎のどこまでを映像にするかは、難しいです。だって映像にできるなら、映画でいいですから。それに映像なら(編集できてしまうから)、引き抜きで衣裳を変える必要もないし、苦労して早替りすることもない。宙乗りもCGでできてしまいます。こちらが、いくら生の舞台でやりたいといっても、世間に需要があるかどうか。そこは需要と供給の世界です。だからこそ逆に、生で見る良さを伝えていきたいです」

歌舞伎の興行ができない期間に制作され、オンライン配信された図夢歌舞伎『忠臣蔵』について問われると、「幸四郎さんがはじめたことで、僕は第三回から賛同し協力した立場」とした。自身が出演した回では演出も手掛け、存在感を放っていた。

「幸四郎さんの『とにかく、やる』という勇気、特攻精神を、仲間として尊敬しています。明治初期に『散切り物』と呼ばれる歌舞伎(散切り頭に洋装の、世話物狂言)があったように、令和の初め、疫病をきっかけに「図夢歌舞伎」が生まれ……と、歌舞伎の歴史に記される可能性もあるんじゃないでしょうか」

猿之助は、先を見据えて話を続ける。

「100年後には、映像の歌舞伎が普通になり、おじいちゃんおばあちゃんが『昔は歌舞伎を生でやっていたんだよ』なんて言う日が来るかもしれない。消えるものがあれば、生まれてくるものも必ずあります。でも、僕は死ぬまで歌舞伎で食べていきたいので、自分が死ぬまでは歌舞伎は生であってほしい。あとは知りません。本気で考えないといけなくなるのは、團子たちの世代でしょうね。團子は映像やパソコンのことを色々と言ってきます。染五郎くんもインスタでパパっと動画を編集したりする。でも僕にはまったく理解できないんです。だから次の世代に託します!」

文字にすると、突き放すようにも読めるかもしれない。しかし猿之助の声は明るく、その表情はワクワクしているようにも見えた。猿之助が出演する『吉例顔見世大歌舞伎』は、2020年11月1日(日)から26日(木)まで歌舞伎座にて上演。

腕組みを求められ「なんでみんな、そんなに腕組み好きなの?」と言いつつ答える猿之助。

取材・文=塚田史香
(初出時に情報の誤りがございました。訂正し、お詫び申し上げます。)

公演情報

『吉例顔見世大歌舞伎』
日程:2020年11月1日(日)~26日(木) ※休演 6日(金)、18日(水)
会場:歌舞伎座
 
第一部 午前11時~
第二部 午後1時50分~
第三部 午後4時45分~
第四部 午後7時30分~
※開場は開演の40分前を予定
 
第一部
蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)
市川猿之助五変化相勤め申し候
 
女童熨斗美 
小姓澤瀉
番新八重里 市川猿之助
太鼓持彦平
傾城薄雲
 
源頼光 中村隼人
碓井貞光 中村福之助
金時女房八重菊 市川笑三郎
貞光女房桐の谷 市川笑也
坂田金時 市川猿弥
 
※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”です
 
第二部
岡村柿紅 作
新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
 
山蔭右京 尾上菊五郎
太郎冠者 河原崎権十郎
侍女千枝 尾上右近
侍女小枝 中村米吉
奥方玉の井 市川左團次
 
第三部
一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)
奥殿
 
一條大蔵長成 松本白鸚
吉岡鬼次郎 中村芝翫
女房お京 中村壱太郎
八剣勘解由 松本錦吾
女房鳴瀬 市川高麗蔵
常盤御前 中村魁春
 
第四部
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
川連法眼館
 
佐藤忠信/源九郎狐 中村獅童
源義経 市川染五郎
駿河次郎 市川團子
亀井六郎 澤村國矢
静御前 中村莟玉
 
公演情報サイト:https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/692/
歌舞伎公式総合サイト 歌舞伎美人 https://www.kabuki-bito.jp/
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