長澤まさみ×秋山菜津子×阿部サダヲ“狂った人間”たちが歌って踊る!松尾スズキ20年ぶり新作ミュージカル『フリムンシスターズ』開幕
撮影=細野晋司
10月24日(土)、東京・BunkamuraシアターコクーンにてCOCOON PRODUCTION 2020『フリムンシスターズ』が初日を迎えた。
本作は、松尾スズキが2000年の『キレイ−神様と待ち合わせした女-』以来20年ぶりに書き下ろしたミュージカル。長澤まさみ、秋山菜津子、皆川猿時、栗原類、オクイシュージに、村杉蝉之介、池津祥子、猫背椿、笠松はる、片岡正二郎、そして阿部サダヲら個性豊かな俳優陣がキャストに名を連ねている。登場人物は、東京・西新宿のコンビニでバイトをしながら無気力に暮らす女、彼女が昔から憧れていたかつての大女優、自称「2億円のオカマ」、自殺願望を持つ青年、さらには足の不自由な女優の妹、謎のバスタオルおじさんら。“狂った人間=フリムン”が次々と登場し、過去や現在の様々な出来事が連鎖していく。
『フリムンシスターズ』ビジュアル
到着した10月24日(土)初日のオフィシャルレポートと舞台写真は以下のとおり。
『フリムンシスターズ』初日開幕レポート
撮影=細野晋司
この難しいご時世のもろもろを乗り越え、松尾スズキの書き下ろし新作ミュージカル『フリムンシスターズ』が待望の幕開けを果たした。10月24日、その記念すべき初日の舞台はまず暗転と共に銅鑼の音が響くと妖しげな色の照明が光り、それに勝るほど派手に着飾ったドラァグクイーン姿の皆川猿時が登場。そこは彼女が建てたテアトル・ド・モモという、新宿2丁目の上空に浮かぶ劇場なのだ。「劇場が好きよ」。この一言が、多くの人が待ち構えていた初日独特の空気と相俟って、これはきっと客席だけでなく舞台裏も含め、心がひとつとなって物語世界へ一気に没入していく感覚があった。その皆川演じる<信長>がストーリーテラー的な立場となり、物語はスタートする。
撮影=細野晋司
舞台装置が動き、奥から出てくるのは一転して薄汚れた狭いアパートの一室。そこは西新宿の小さなコンビニで働く<ちひろ>の部屋だ。沖縄の方言丸出しで語るちひろは、無気力で猫背、住み込みでなぜか無給、そして時々店長と寝る毎日を過ごしている。“西新宿のコンビニ幽霊”なんて呼ばれてもいる。そして舞台上には巨大な白い円錐形状の身体を持つ<バスタオルおじさん>が立ち尽くし、ボートに乗った<黒人>が通り過ぎたりするが、これは彼女にしか見えない存在。ちひろには沖縄のユタ、霊能力者の血が流れており、特殊能力を持っているのだ。さらに西新宿の少し離れた別の場所にいたのは、10年のブランクを持つかつての大女優<みつ子>と、その“同志”として彼女をサポートする親友の<ヒデヨシ>。自分の車で妹をはね、その後別れた夫に娘の親権を取られて心を病んでしまったみつ子がヒデヨシと共に偶然、ちひろが店番中のコンビニを訪れたことで3人は出会い、その運命を共にすることとなる。
撮影=細野晋司
ちひろを演じる長澤まさみは前半の生きているのか死んでいるのかわからないくらいの無気力ぶりから、大ファンの女優みつ子に出会い生気を取り戻していくさまのギャップが激しく、その影と輝きのコントラストに魅了された。みつ子役の秋山菜津子は大女優としての存在感は当然ながら、笑いを差し込んでいく間が絶妙で改めて松尾作品との相性の良さを確信。また、ヒデヨシというキャラクターが持つチャーミングさはもちろんのこと、歌の表現力の豊かさからも客席の空気を力強く動かしていたのが阿部サダヲ。さらに、ちひろをストーカーばりに見つめる奇妙な青年ジョージを演じた栗原類の不思議な存在感、語り部としてだけでなく別の役でも印象深い演技を見せつける皆川猿時、加えてバスタオルおじさんや英国人演出家役の村杉蝉之介、劇団員平目川や謎の韓国人ソヨン役の池津祥子、コンビニ店長の妻どてみ役の猫背椿といった大人計画劇団員たちもそれぞれ強烈に個性を光らせて物語を彩っていく。キャスト陣は人数としてはここ近年の松尾作品と比べると少なめなのだが、とにかく各自が何役も見事に演じ分けていること、それぞれのポテンシャルがとんでもなくハイレベルなこともあって分厚さをも感じさせられた。
撮影=細野晋司
松尾曰く、このコロナ禍の影響で時間が生まれて歌詞を書くことが出来たからこそ、当初“音楽劇”の予定が“新作ミュージカル”となったという今作。曲数は20曲以上と確かに多く、インパクトのある言葉もたくさん耳に残る。登場人物のバックボーンが歌詞で綴られるなど、物語の疾走感、スピード感にも繋がっていて展開は早く実にスムーズだ。今回、音楽を担当したのは渡邊崇、振付を手がけたのは井手茂太で、二人ともが松尾演出の舞台作品に参加するのはこれが初めてだったこともあり、全体的にこれまでと色合いが変わった印象でとても新鮮に感じた。特に音楽は沖縄音階を取り入れていて、音の組み合わせ、重なり具合が非常に面白い。
撮影=細野晋司
場面の飛び方や多面的な描き方も凝っているし、ギャグの多さとシリアスなモチーフの選び方がカオスのように入り組み、軽くて重くて浅くて深く、真面目なのに狂ってもいる。この場には悲しみも切なさもやるせなさもある一方で、松尾の内面から滲み出てくる優しさ、キャストたちから溢れ出る朗らかさ、そして劇場全体に漂う喜びがある。特に二幕は予想が何度も何度もいい意味で裏切られることの連続で、そのワクワクはエンディングまでずっと転がり続ける。この物語はファンタジーであり、マジックリアリズムであり、ハードボイルドにも思えて、でもやっぱり喜劇として着地する。出演者全員が揃って歌う最後の曲「フリムンシスターズ」、このエンディングの幸福感は他に類のない味わい深いものだった。ちひろの、ラスト直前のちょっとしたセリフに妙に納得させられたり、大勢で叫ぶスローガンに心を掴まれたり。たとえ何も解決しなかったとしても、途中で選択を間違えたとしても、すべてをスッキリできずにモヤモヤを抱えたままでもいいのかもしれない、きっとそうやって人生はまだこれからも続いていくのだ。そんな希望の光がふと胸に灯るような、多少の毒や刺激物を含むカンフル剤もしくは特効薬をキュッと心の奥に打ち込まれたような爽快さを味わいながら、劇場を後にすることができた。この作品もまた、再演を続ける松尾の代表作『キレイー神様と待ち合わせした女ー』さながら、時代を越えて演じられる名作となるのだろう。その第一歩となるこの“初演”の舞台は、Bunkamuraシアターコクーンでは11月23日(月・祝)まで、その後11月28日(土)から12月6(日)は大阪・オリックス劇場にて上演は続く。作品が成長、変化していくさまも、ぜひ注目し続けたい。
撮影=細野晋司
取材・文=田中里津子 撮影=細野晋司