世界屈指のエジプト・コレクションから神々の物語を伝える100点以上が初来日! 『古代エジプト展 天地創造の神話』鑑賞レポート
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《ネフェルティティ王妃あるいは王女の頭部》前1351年〜前1334年頃
11月21日に東京・両国の江戸東京博物館で『国立ベルリン・エジプト博物館所蔵 古代エジプト展 天地創造の神話』が開幕した。4月4日まで同会場にて開催される本展には、世界屈指の総合博物館であるドイツのベルリン国立博物館から約130点の作品が来日。天地創造と再生・復活にまつわる古代エジプト神話の世界を重要な品々とともに解りやすく理解できる機会となっている。
江戸東京博物館
ベルリン国立博物館は、ベルリンのシュプレー川に浮かぶ島の上に築かれた8つの博物館からなる博物館群で、古代から現代におよぶ東西の重要な芸術品を所蔵している。1830年から2世紀近い歴史を有し、1999年にはユネスコの世界文化遺産に登録されている。その博物館群のひとつであるエジプト博物館は古代エジプト史を網羅する品々を持つ世界有数の展示施設。特に、王都がテーベからアマルナに遷都された紀元前1351年から1334年頃のアマルナ時代に関してはとりわけ貴重なコレクションを有し、その一部は本展のセクションの一部になっている。今回来日している130点のうち、100点以上が初来日。紀元前3200年頃から3500年近く続く古代エジプトの物語は、ひとつひとつが重厚であるがゆえ理解するのがなかなか難しいが、本展で重要となるキーワードを抜粋しながらその世界へと誘おう。
「ウジャトの眼」が待つ先に古代エジプトの壮大な世界観が広がる
本展は「天地創造と神々の世界」「ファラオと宇宙の秩序」「死後の世界」という3つのテーマで構成されている。入場口から展示室へ続くアプローチには、ホルス神の左目を表す「ウジャトの眼」のシルエットが。ホルス神が何たるかはこの後に説明するが、ウジャトの眼は月の象徴で、欠けている月が満ちていくことから癒しや再生のシンボルとして護符のモチーフにも使われた。
第1章の冒頭をはじめ、各ポイントには展覧会キャラクターのアヌビスによるアニメーション解説が用意されている。アヌビスのモチーフであるアヌビス神は、山犬の頭をした冥界への案内人だ。本展の音声ガイドナレーターである俳優・荒牧慶彦が声と動き(モーションキャプチャ)を担当し、エジプト神話の物語を解りやすく理解することができるようになっている。
解説アニメーション
第1章のテーマは「天地創造と神々の世界」だ。古代エジプトの創世神話には何個かの体系があるが、本展ではその中でもよく知られるヘリオポリス神話の世界を巡る。そして本章を理解する上で知っておきたいキーワードが、「原初の海・ヌン」と「創造神アトゥム」、そして「ヘリオポリスの9柱神」である。
開幕に先立って行われた本展監修者の近藤二郎氏(早稲田大学文学学術院教授)による解説で示されたヘリオポリス九柱神の系統図
ヘリオポリス神話の舞台となるヘリオポリスは古代エジプトに4か所あった大きな宗教センターのひとつで、古代名は「イウヌウ」といった。この創造神話では「ヌン」と呼ばれる暗くて広い原初の海の中から創造神アトゥムが自力で出現し、やがて同じく原初の海から現れた「原初の丘」と呼ばれる島に辿り着いたという。そして、その島で自らの身から大気の神・シュウと湿気の女神・テフヌウトという2つの神を生み出した。さらにこの2神が大地の神・ゲブと天空の女神・ヌウトという神を生み、この世界を構築していった。これら5つの神に、ゲブ神とヌウト神の子である、オシリス神、イシス女神、セト神、ネフティス女神を合わせた神々を「ヘリオポリスの9柱神」という。なお、ヘリオポリスというと太陽神・ラーが有名だが、創造神アトゥムはラーの以前から崇拝されていた神だという。本章の展示では、これらの神々を象った古代の装飾などが見られる。
《有翼の女神、おそらくヌウト女神の形のミイラの装飾》 プトレマイオス時代初期、前332〜前246年頃
この章では、エジプト神話の中でも最も有名な物語のひとつである「オシリス神話(オシリスとイシスの伝説)」にまつわる展示も見られる。善良な王だったオシリス神は弟のセト神の妬みを買って殺害され、バラバラにされた遺体をナイル川へ撒かれてしまう。そしてオシリス神の妹で妻だったイシス神は各地に散ったその遺体を集め、呪力を使ってオシリス神を復活させる。そして冥界の王となったオシリス神は死後の再生と復活の象徴とされた。その一方で植物の神でもあったオシリス神はその姿を緑色の肌で描かれることが多い。
手前:《背面にジェド柱を持つオシリス神の小像》末期王朝時代、前664〜前332年頃
そして、先ほど紹介したホルス神はオシリス神とイシス神の息子で、《ハヤブサの姿をしたホルス神の小像》で表されるようにハヤブサの姿をしていたといわれる。オシリス神話ではホルス神が父の仇であるセト神を討ち、地上の王になるところまでが描かれる。
手前:《ナイルの神の像(上半部)》中王国時代・第12王朝、前1976〜前1794年頃 奥:《セクメト女神座像》新王国時代・第18王朝、アメンヘテプ3世治世、前1388〜前1351年頃
《バステト女神座像》末期王朝時代・第26王朝、ネコ2世治世、前610〜前595年頃
続く展示では、ライオンの頭をした一対の《セクメト女神座像》や、可愛らしさすらある猫の姿の《バステト女神座像》など、様々な動物や昆虫などに表された神々の像が見られる。多神教世界だった古代エジプトでは、人間にはない能力を持つ自然界の生き物は八百万の神として畏れられる存在だったという。
宇宙を司る秩序だった「マアト」と、その管理者だった「ファラオ」
第2章のテーマは「ファラオと宇宙の秩序」だ。ここでは「マアト」と「ファラオ」の関係について理解しておきたい。マアトとは創造神が作り出した古代エジプトの絶対的な秩序のこと。宇宙のすべてはこの秩序によって形作られ、これに逆らうことは何人も許されなかった。本展を監修した早稲田大学文学学術院の近藤二郎教授は「マアトというのは、真実や真理などと簡単に表現されることもあるが、実際にはもっと広い概念で、摂理や法、気、道(タオ)など宇宙全体を司る概念だった」と解説する。そして、このマアトを人々に守らせるのが神々と民衆の仲介役となった古代エジプトの王・ファラオだった。
《ハトシェプスト女王のスフィンクス像(胸像)》新王国時代・第18王朝、ハトシェプスト女王治世、前1479〜前1458年頃
この章では、強き者の証として人間の頭をしたライオンの姿で表現された《ハトシェプスト女王のスフィンクス像(胸像)》をはじめ、像やレリーフからファラオたちの威厳を知ることができる。また、《礼拝するヒヒの姿をしたトト神とアメンへテプ3世》の像や《王の書記ホリのステラ》などの記録からは、神々とファラオとの関係性を感じ取ることができる。
左:《創造の卵を持つスカラベとして表現された原初の神プタハ》第3中間期・第25王朝(クシュ王朝)、前746〜前655年頃
《パタイコスの護符》末期王朝時代〜プトレマイオス王朝時代初期、前664〜前250年頃
その後、庶民信仰に関する様々な像の展示と、古代エジプトを理解する上で重要となる太陽信仰に関する展示へと続く。途中には、《創造の卵を持つスカラベとして表現された原初の神プタハ》の像のように、太陽神と同一視されるほど神聖な生き物とされたスカラベをもとにした作品も見られる。
『死者の書』などから読み解く古代エジプトの死生観
第3章のテーマは「死後の審判」だ。古代エジプトの死生観を紹介する本章では、幅4メートル以上の《タレメチュエンバステトの『死者の書』》や黄金の輝きと神々が描かれた装飾が眩しい《デモティックの銘文のあるパレメチュシグのミイラ・マスク》などが大きな見どころとなる。
《デモティックの銘文のあるパレメチュシグのミイラ・マスク》ローマ支配時代、後50〜後100年頃
『死者の書』は死者が冥界の楽園「イアル野」に行けるように必要な知識を呪文と絵によって記した副葬品だ。その中にはオシリス神ら神々の姿も描かれている。この死者の書の第125章には死者の裁判といわれる「罪の否定告白」が描かれ、その後に「心臓の計量」を行って心臓と創造神の娘で宇宙の秩序の守護者であるマアト女神の羽根の重さが釣り合った者は再生と復活が保証された。
《タレメチュエンバステトの『死者の書』》プトレマイオス時代初期、前332〜前246年頃
また、この章では死者をミイラ化する前段階で遺体の腐敗を防ぐために取り出した内臓を保管したカノポス容器が4点一組の状態で見られるほか、《タイレトカプという名の女性の人型棺》の内棺と外棺が揃って展示されており、古代エジプトの死生観をより重厚な形で理解することができる。
《タバケトエンタアシュケトのカノポス容器》第3中間期・第22王朝、タケロト2世治世、前841〜前816年頃
手前:《タイレトカプという名の女性の人型棺・内棺》 奥:《タイレトカプという名の女性の人型棺・外棺》 第3中間期末期〜末期王朝時代初期・第25〜26王朝、前746〜前525年頃
ごく一部の概略だけを辿ってきたが、ひとつひとつの作品が持つ背景を読み取っていくと、きっとどれだけ時間があっても足りないだろう。しかしながら難しいことを考えなくても、古代の人が形にした動物の姿だったり、親子の姿だったり、神々に対する想像力だったりを思い浮かべながら、ラフな気分で古代エジプトの天地創造の世界に誘われてみるのも“あり”だと思う。
《山犬頭のアヌビス神小像》第3中間期〜末期王朝時代、前1070〜前525年頃
『古代エジプト展 天地創造の神話』は東京・両国の江戸東京博物館で4月4日まで開催中。その後、2021年4月17日から6月27日までは京都市京セラ美術館で、2021年7月10日から9月5日までは静岡県立美術館で、2021年秋からは東京富士美術館で巡回開催予定だ。
文・撮影=Sho Suzuki
イベント情報
会期:2020年11月21日(土)~2021年4月4日(日)
会場:東京都江戸東京博物館(〒130-0015 東京都墨田区横網1-4-1)
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都江戸東京博物館、ベルリン国立博物館群エジプト博物館、朝日新聞社、日本テレビ放送網、東映
後援:ドイツ連邦共和国大使館
協力:ルフトハンザ カーゴ AG
協賛:野崎印刷紙業
公式サイト:https://egypt-ten2021.jp
お問い合わせ:03-3626-9974(東京都江戸東京博物館代表)