前山剛久&橋本淳『No.9-不滅の旋律-』インタビュー~「『歓喜の歌』の調べを共有できる、この特別な時間を大切にしたい」

2020.12.10
インタビュー
舞台

(左から)前山剛久、橋本淳

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稲垣吾郎主演、白井晃演出、中島かずき脚本で2015年に初演となった『No.9-不滅の旋律-』。天才作曲家・ベートーヴェンのドラマティックな人生を数々の名曲と共に人間味あふれるドラマとして描き感動を呼んだ本作が、2018年の再演に続き、再々演の幕を開ける。本番に向けますます熱を帯びる稽古の真っ最中、ベートーヴェンの二人の弟を演じる前山剛久橋本淳が、本作への思いを語ってくれた。

ーー末弟のニコラウス・ヨーハン・ベートーヴェン役の前山さんと、次弟のカスパール・アント・カール・ベートーヴェン役の橋本さん。現在はお稽古の真っ最中です。

前山:毎日、本当にいろいろ試しながらやっている、という感じですけど、確実に前には進んでいますし、比較的楽しくやれています。なにしろめちゃくちゃ緊張していたので……顔合わせの時も僕、ずーっと「緊張してます」しか言えなくて(笑)。やっぱりみなさん前回から引き続き出演されていますし、その中で自分は初参加でありつつ、なんとか楽しめるところには来られているかな、と。

ーー白井さんとも初顔合わせですよね。

前山:はい。演出的にも毎日たくさんの要求をいただいてますので、一つひとつそこに立ち向かっている、という感じですね。

前山剛久

ーー難題も多い?

前山:変化が大きいです。昨日は「もう自由にやってね」と言われたシーンが、翌日には「いや、ここは動かないで」とか。

橋本:うんうん(笑)。

前山:だから「毎日違う〜っ」と悩みつつ(笑)、でもそれは毎日新鮮な気持ちでお芝居をしてみて、ということなのかなぁという感じで、そこが自分にとっての課題なんだと理解しています。みなさん「前はどうやっていたっけ?」から始まっているので僕はもう隙間産業ですよね(笑)。「このみんなの隙間のどこならどう入れる!?」って。

橋本:確かにもうある程度振り幅が狭まっている状態だもんね。上も下も定まっている中で初めてやっていくのって、結構ハードルは高いから。

前山:その中でも「前はその感じなかったけどいいよね」というみなさんの反応もたくさんあって、それはやっぱり嬉しいです。

橋本:僕らも同じ。新鮮だし、楽しいですよ。前ちゃんも白井さんに言われるほどにどんどん変わっていくし、それにもう隣に前ちゃんがいるというだけで空気は全然違う。それがまた楽しいから。

前山:そう言ってもらえるとありがたいですねぇ。

ーー橋本さんは2018年に続いての出演になります。

橋本:僕に関して言えば弟の前ちゃんも息子役の柴崎(楓雅)くんも、それぞれ身近な人たちの顔ぶれが変わったのでまた新鮮にできるなっていう印象ですし……2年経つと僕自身も考え方や価値観が変わったりもしますから。改めて台本を読んでみての解釈なんかもまた違った目線があります。一度演じているという経験を踏まえて、より深く物語を読めている。そこで生まれたモノをどう今回は具現化していけるかの“試し”を今、実践しているところですね。

ーーちゃんと新しさを持って作品と向かい合えている。

橋本:ですね。

ーーお二人はどんな“兄弟感”ですか?

橋本:前ちゃん、真面目なんですよ〜。とっても真面目でわかりやすい。困ってる時は困ってる目線くれたりとか。

前山:ハハハッ(笑)。

橋本:それはもちろん役にも則ってるからそういう部分でも新鮮な感情をもらえたり、多分今考えながらやってるんだろうなってときは、ちょっとこちらから触ってみたりして……。

橋本淳

前山:ああー、それめっちゃありがたいんです! 助かってます。

橋本:フフッ(笑)。そんなのをこの橋本・前山の関係性もありつつ、カスパールとニコラウスの関係性っていうモノにも乗っけていくのが近道かなぁって。今はコロナのこともあって、コミュニケーションを取る手段がなかなか難しいでしょ?

前山:ご飯を一緒にっていうのもまったくできないですしね。

橋本:うん。僕、さっき取材の撮影で初めてこの現場でマスクを取った前ちゃんの顔を見たよ。なんか……ドキドキしちゃった(笑)。

前山:いやそれどういうことですか! でもね、そうなんですよ、僕もあっちゃんの顔、久々にまじまじと見ました(笑)。

橋本:限られた時間をより濃密に、楽しく過ごしたいですね。

前山:僕はもうあっちゃんにめちゃくちゃ甘えてますけど(笑)。頼ってます。

橋本:いやいや、ホントに普通のことしか言えないし。

前山:それがいいんですよ〜。ニコラウスとカスパールの関係に近いのかなぁって。彼らは意外と普通な感じなんですよ。今、話をしている感じのまんまの感覚というか。なので役の関係性に、普段の僕らの関係を上手に利用できてると思います。

ーー物語の中でも平穏な兄弟関係という感じですからね。

橋本:そうですね。基本、ふたりのベクトルは共にお兄ちゃんに向かっているので、そこの共通認識がありつつそれぞれの年齢的な対応の違いがあって……って表現が、観ていても面白いところなので。

ーーさてそのお兄ちゃん、ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンですが……

橋本:はい。僕らの“もじゃもじゃ吾郎さん”ですね(笑)。

前山:フフッ(笑)。吾郎さんは……吾郎さんこそ、もうそのままベートーヴェンって感じなんですよ! 僕はまだお芝居以外ではあまりお話しできていないんですけど、なんかそこもすでにこの兄弟関係に似ているというか。

(左から)前山剛久、橋本淳

ーー近くて遠い、非常に微妙な距離感。

前山:だからあえて話をしないほうが、今、お芝居の時にもその独特の距離感を互いに流れる空気として利用できていると思っています。僕は兄さんを止めるシーンが結構多いんですよ。そこでも「今、ちょっと力入れすぎちゃったかな」ってドキッとしちゃうんだけど(笑)、ニコラウスもベートーヴェンに対して「これくらいやっちゃうと怒られるかもって瞬時に判断しているんじゃないか?」ってところをなんかリアルに感じられたりして。

ーー兄の顔色をうかがいつつも適切にサポートをしていく弟たち。繊細で過敏な天才をどう扱うか。

前山:そこを日々の芝居からストレートな感じでいってますね。僕は。

橋本:僕も前回はそうだったかもしれない。基本的にシャイなのでね、吾郎さん。

前山:しかも毎回動きが違うんで(笑)、本当にしっかり見ていないとちゃんと止めに行けない! っていうのも、やっていてとても楽しいポイントではありますね。吾郎さんが自由に動かれるので、それに対して自分はどう対応するかというのは面白いです。

橋本:吾郎さん、不思議なんですよ。ムードメーカーでもあるし、割と論理的に考える方だなと思いきや、非常に感覚的なモノもお持ちで。こっちがつい捕りづらそうな球を投げてしまうと正直に捕りづらそうなリアクションをされますし、変に調整はしないのでこちらも「今の僕のセリフの言い方が間違ってた」というのもすぐ察知することができる。

前山:確かに! 違うときは「違う」って表情になるから、自分も「あっ」てなります。

橋本:で、僕らと決定的に違うなぁって思うのが、基本的に“お客さんにどう見えるか”を念頭に置いて芝居をされているところ。

ーーエンターテイナーとしての感覚が鋭い、と。

橋本:はい。“魅せる”部分がホントに素晴らしいので。だからそこを吾郎さんに十二分に発揮してもらうためには僕らが……特に前半はリアクターなので、より吾郎さんのベートーヴェンを輝かせるためには、自分たちはどういう立ち位置がいいんだろうというのは模索しながらやってますね。吾郎さんがやりづらそうなところをちょっとずつ潰していくと、やっぱり正解に近づくんですよ。ある瞬間にスッと吾郎さんのスイッチが入る。そのやる気スイッチをどう僕らが押せるのか──

前山:なるほど! スイッチを探す……なるほどね。

前山剛久

橋本:すごくクレバーなんですよね。考えて考えて、でもそこに立つとパッと反応していく感じがとても素晴らしいなって、2年ぶりにご一緒して改めて思いました。

ーーでは、がっちりスイッチが入って共鳴したときは格別でしょうね。

橋本:そうですね。そこに至る繊細さがね、吾郎さんの中にあるベートーヴェンっぽさだなぁとも感じてます。

前山:(頷く)。

ーー物語の世界観にはなにを感じていますか?

前山:ベートーヴェンがオペラに挑戦するけれど社会的な状況に受け入れられず挫折したりとか、環境は違いますけど、今こうして僕らが演劇をやっているということ、お芝居に取り組んでいることはそれと近い部分もあるなって思いました。どの時代も苦難の中でなにかを創っていく思いは同じだし、それってきっと観てくださるお客様にも伝わる思いなんじゃないかな、なにか今の時代に重ねて共感できることっていうのは感じてもらえるのかなって思います。

橋本:うん。今は大変な時期だし規制も多いけど、この作品も平民と貴族の社会のバランスだったり、芸術って世の中に虐げられるんだなぁって思ったり……その中でもどう人を感動させて巻き込んでいくのか。やっぱり人間の精神を救えるのは芸術だと思いますから。

前山:作品作りとしては単純にブラッシュアップしよう、再々演でさらに完成度を高めていこうとされているのはすごく感じます。それと、実際に入ってみてすごく思うのは意外に堅くないというか、ラフなところも結構あって流れも追いやすいし、登場人物もそれぞれのキャラクター性が明確だから誰が観ても観やすい作品だな、エンターテインメント作品だってところ。ベートーヴェンの半生がとてもわかりやすく描かれているので、そこが自分も演じていく糸口というか、悩みそうになっても「いや、そんなに難しいことではない」って思い直せる(笑)。

橋本:うん。時代モノっていうよりも……時代も違うし国も違うんだけど、でもそんな遠い話じゃなくてとても近しいモノに感じるよね。そう見せてくれるのは音楽の力も大きいと思う。ベートーヴェンの生きてきた人生だけでももうドラマティックなので、それだけですでにエンタメ度が高いけど、そこをクッと音楽で締めてくれていたりもするので、すごく間口が広い作品。年齢性別問わず楽しめる、演劇の中では稀有な感触の作品かなっていうのは感じますね。

ーーホームドラマっぽい目線もあって。

橋本:兄弟3人でわちゃわちゃしてたりね。

前山:そう。結構やることが可愛いんですよ(笑)。そういうところも観る方に感じてもらいたいし、あっちゃんが言った通り音楽に対する苦悩、人生に対する苦悩……ベートーヴェンの半生がしっかり伝わるよう、僕もお兄さんをちゃんとサポートしていくことが大事だなって感じてます。

橋本:あとはやっぱり観ている人が“雑音”を拾ってしまうといけないなとは思っています。カスパールが病で咳込んだりするのも、今は咳ひとつでもお客様の感覚や価値観も変わっているので……多分、白井さんはそういう現実を忘れさせるためにも人間関係ってものをここでさらに深掘りし、しっかりと強度を保とうと稽古をされているようにも思います。

橋本淳

ーーそしてもちろん、音楽自体も重要な要素。

橋本:こうやってベートーヴェンのいろんな曲を、しかも生で触れるなんて機会はもう……すごく贅沢。しかも僕、稽古場の席がピアノにめちゃくちゃ近いんです! こんなに毎日プロの方の素晴らしい音楽を浴びてていいのかってくらいの体験。今はコロナだからなかなか歌えないのでまだ稽古場での生歌はしていませんが、僕は前回初めて生で聴いたときにはもう泣いちゃって……という話をね、前ちゃんにもしたんだけど。

ーークライマックスの『歓喜の歌』の合唱ですね!

前山:そうなんですよ〜。みなさんの歌に包まれるシーンなんですけど、最初にお稽古した時にどうしたらいいかわからなくて、思わず「前回はここのシーン、どうされてたんですか?」って聞いちゃった(笑)。

橋本:そうか。稽古では無音だったもんね。歌ってなかったから。

前山:はい。でも「大丈夫。歌を聴けば自然に感動するからそのままでいいよ」って。「そうか〜」っと思い、そこにある音楽のパワーに触れる瞬間がもう本当に楽しみです。また昨日も「ここはナネッテの感情があるからもうちょっと演奏のアプローチを芝居に寄せて欲しい」と言われてすぐにニュアンスを変えて弾かれていたりとか、たまたま稽古場に早く入った時がちょうどピアノの調律中で、「この音をもうちょっと丸くしたい」と、ピアニストの方がすごく感覚的にやり取りをされていて……本当に些細な会話でしたけど、そういうのは現場にいないと聞けないことですし、“表現”は人もピアノも同じなんだなぁって、とても感動したんです。改めて楽器って面白いなと思いました。

ーー演奏家の魂に触れられた?

前山:ベートーヴェンがピアノ工房で一音弾いただけで「これは違う」というあのシーンを思い出すようで、そんな様子を生で体験できて嬉しかったです。

ーーいよいよ本番も間近。改めて観劇されるお客様にメッセージをお願いします。

前山:今年はお芝居の多くが中止になっている中、こうして本番を迎えられるのは本当に嬉しいですし、来年もまだどうなっているのかはわからないですけど……とにかく僕ら役者のできることは一回一回の公演を観に来てくださる方に全力を注いで楽しんでもらうということだと思うので、一公演一公演大切に、全力を注いで頑張りたいと思います。

橋本:僕も自粛期間後は観劇を控えてたんですが、少しずつ行くようになって……やっぱり芝居を観ている時間はそこに集中できる、コロナのある世界を忘れられるひとときは心が軽くなり、すごく自分の救いにもなったんです。ただ、まだ劇場に行くことへのハードルはありますし、稽古場でも大げさじゃなく「今日が最後かもしれない」という危機感、初心を噛み締めて過ごしているので……本当に毎日が大切。稽古場を離れている時間もこれまで以上に作品のことが頭から離れないんですよね。なので、本番でもどう一公演一公演を“生きる”かを大切にして、劇場に来ていたたいだお客様には本当に後悔なく満足して帰っていただけるようなエンタメ作品を、みんなで頑張って届けていきたい。時間を共有し、そして「歓喜の歌」に震え、この観劇のすべてを素敵な思い出にしていただけたら幸いです。

(左から)前山剛久、橋本淳

取材・文=横澤由香  撮影=池上夢貢

公演情報

木下グループpresents『No.9 –不滅の旋律-』

■日程:2020年12月13日(日)~2021年1月7日(木)
■会場:TBS赤坂ACTシアター
 
■出演:
稲垣吾郎 / 剛力彩芽 
片桐 仁 村川絵梨 前山剛久
岡田義徳 深水元基 橋本 淳 広澤 草 小川ゲン 野坂 弘 柴崎楓雅
奥貫 薫 羽場裕一 長谷川初範
 
■演出:白井 晃
■脚本:中島かずき(劇団☆新感線)
■音楽監督:三宅 純
 
■問合せ:キョードー東京      0570-550-799 
■主催:キョードー東京/TBS/イープラス/木下グループ
■企画・製作:キョードー東京/TBS
■協賛:ヤマハミュージック
■特別協賛:木下グループ
 
■公式サイト:https://www.no9-stage.com/
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