『三月大歌舞伎』歌舞伎座観劇レポート! 春爛漫の舞踊劇、菊五郎の世話物、吉右衛門、仁左衛門の時代物に玉三郎の舞踊まで
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『三月大歌舞伎』
東京・歌舞伎座『三月大歌舞伎』が、2021年3月4日(木)より千穐楽29日(月)まで開催されている。現在、感染症拡大防止対策のため、客席は50%の使用率で販売。舞台裏での出演者は、楽屋内の行き来が制限され、大勢が集まる稽古時間も最小限に留める努力がなされている。その結果、尾上菊五郎、中村吉右衛門、片岡仁左衛門たちがくり返し勤め、磨き上げてきた古典の人気作や、坂東玉三郎の名作舞踊がずらりと並ぶ。
第一部から第三部までの全6演目をレポートする。
■ 第一部 午前11時開演
一、猿若江戸の初櫓(さるわかえどのはつやぐら)
背景には江戸城が、さらに奥には富士山を望む。舞台は、江戸歌舞伎がはじまったころの日本橋界隈。すでに京都で人気を博していた出雲の阿国(中村七之助)と猿若(中村勘九郎)が、“江戸で芝居を”と夢をみてやってきたところだ。花道に2人が登場し、ご挨拶&踊りを披露すると、客席は大きな拍手でこれに応えた。2人はそこで出会った、京橋の材木商である福富屋の主人(坂東彌十郎)と女房(市川高麗蔵)の困りごとを、一座の若衆6名とともに解決する。これを見た奉行(中村扇雀)は……。
猿若とは、もともと1603年に阿国がはじめた「かぶき踊り」の中で、男性が勤めた道化役のこと。江戸歌舞伎の創始者である初世(猿若)勘三郎は、猿若芸を得意としていたという。今作は、猿若と阿国が京都から江戸へ一緒にやってきた設定で創作されている。
若衆方は『白雪姫』の“7人のこびと”さながら、6人6色の個性と一体感が瑞々しく賑やか。阿国の恭しくも華やかな踊りや、猿若の腰に巻いた朱色の綱紐を自在に操る踊りは見どころ。今ここから春がはじまるかのような、希望と多幸感に満ちた序幕だった。
二、戻駕色相肩(もどりかごいろにあいかた)
場所は京都の郊外・紫野。菜の花畑が広がり桜も咲く中、駕籠かきの浪花の次郎作(尾上松緑)と吾妻の与四郎(片岡愛之助)が現れる。2人は駕籠にのせていた禿のたより(中村莟玉)も誘い出し、それぞれのお国自慢(大坂、京、江戸) の廓の話をはじめる。和気あいあいとした光景だが、実は、次郎作は石川五右衛門、与四郎は真柴久吉(羽柴秀吉)で……。
敵同士がお互いの素性を知らず、偶然駕籠かきとなり、同じ駕籠をかついできて、お客も巻き込み道草するというファンキーな設定だ。たしかに愛之助による二枚目の与四郎は、立ち姿だけをみても一般人とは思い難い美しいオーラを放っていた。松緑の次郎作からは、第一声の「エッヘン」から隠しきれないラスボス感がチラついていた。莟玉のたよりは、あどけなさと美しさのある、絶妙におませな禿だった。力づくの設定がオフザケにならず、鮮やかでゴキゲンな舞踊劇として立ち上がるところに、常磐津節と歌舞伎俳優のパワーを感じさせる。歌舞伎味たっぷりの幕切れが、満足度をさらに押し上げてくれた。
■ 第ニ部 午後2時開演
一、一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷直実(片岡仁左衛門)が花道へ現れた時、歌舞伎座の客席は静まり返った。一瞬で伝わるほどの、有無を言わせぬ重い空気を引きずっていたからだ。
『熊谷陣屋』は、平家物語の世界を題材にした物語『一谷嫩軍記』全五段の三段目にあたる。一の谷の合戦で、直実は平敦盛を討ちとった。お墓参りから陣屋へ戻ると、初陣の息子を案じた妻の相模(片岡孝太郎)の姿があった。さらに敦盛の母であり、直実と相模の恩人でもある藤の方(市川門之助)も押しかけ、敦盛を討ったという直実に斬りかかるが……。
お芝居の緩急を作るのに、中村錦之助の源義経と中村歌六の白毫弥陀六(実は弥平兵衛宗清)は欠かせない存在となっていた。直実の心情は、討った首を抱える指一本一本にまで行き渡り、現代の感覚では信じがたい義経の命令や直実の判断に説得力を与えていた。
二、雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)直侍(なおざむらい)
主人公は、片岡直次郎(尾上菊五郎)という小悪党。恋人の傾城・三千歳(中村時蔵)は、追われる身となった直次郎と、なかなか会えず病んでしまった。ある雪の夜、直次郎は、按摩の丈賀(中村東蔵)に力を借り、三千歳に会いに行くことにする。その途中、暗闇の丑松(市川團蔵)と偶然会うのだが……。
よいお芝居は、別世界へ連れていってくれる。行く先が、現実とかけ離れた世界のこともあれば、現実と地続きの世界であることもある。菊五郎の『直侍』は、令和とはかけ離れた江戸時代へ、現代の感覚のまま連れ出してくれた。どの登場人物も台詞が耳に心地よく、そして型のある芸能と思えないほど、自然にそこに生きている。直次郎は笑いどころも多く、格好つけてもいないのに、ただいるだけで格好良い。おそばをすすっても傘をひらいても、生活感と粋が両立する。その男ぶりを、ぜひ歌舞伎座の客席でたしかめてほしい。
■ 第三部 午後6時30分開演
一、楼門五三桐(さんもんごさんのきり)
黒・柿・萌黄の定式幕があくと、舞台全面を浅黄幕が覆う。その手前で、ミュージカルのオーバーチュアのように大薩摩が演奏され、観客の心を熱くする。浅黄幕が振り落とされると、満開の桜が雲海のように広がり、極彩色の楼門に石川五右衛門がいる。桜吹雪の中、煙管を片手に「絶景かな、絶景かな」と見渡すと、客席からワッと拍手が湧きおこった。五右衛門を演じるのは、中村吉右衛門。異様ともいえるほどの堂々たる風格だ。
石川五右衛門が宿敵・真柴久吉と出会う場面を、贅沢極まりない配役とセットと演奏でみせる本作。開演から数分、主役登場から1分足らずで、すっかり満たされた気分になるが、見どころは続く。五右衛門は追手の右忠太(中村歌昇)と左忠太(中村種之助)との立廻りで、絢爛などてらを脱ぐ。紫の裏地がのぞく黒いビロードの拵えは、豪胆さと色気が滲んでいた。さらに門のセットがダイナミックにセリ上がる。何度見ても口を開けてみてしまう。そこへ巡礼姿の真柴久吉(松本幸四郎)が通りかかるのだった……。幸四郎は、五右衛門と対をなすキャラクターでシーンの緊張感を支えていた。
二、隅田川(すみだがわ)
『三月大歌舞伎』のラストは、坂東玉三郎による一幕となる。日程によりAプロとBプロで演目が分かれている。今回レポートするのはAプロ『隅田川』だ。能の『隅田川』を題材とし、玉三郎は2005年6月に、南座で新作の長唄で『隅田川』を上演している。今回は、六世中村歌右衛門が六世藤間勘十郎(二世勘祖)と創り上げた演出、清元での上演となる。
※以下、演出のネタバレを含みます。
幕が開くと、夜の隅田川沿いの風景が広がる。川面と夜の闇の境界が、近代日本画にみられるような繊細なグラデーションに消え、空間がどこまでも広がっているようだった。清元連中が舞台の下手奥に控えていたが、物語が進むと紗幕の効果で、幻のように薄まり見えなくなっていった。
斑女の前(玉三郎)がおぼつかない足取りでやってくる。さらわれた我が子を探し、京都からここまでやってきた。しかし我が子の運命を知り、深い悲しみにくれる。心がここにない物狂いのためか、現実離れした美しさのためか、斑女の前は今にも消えてしまいそうだった。舟長(中村鴈治郎)のあたたかな人柄と人間味が、かろうじて彼女をリアルにつなぎとめ、観客と橋渡しをする。玉三郎の舞踊は、嗚咽ではなく自然と流れ出る静かな涙を誘った。幻想的で悲しい演目であったが、静謐な光の中、心を浄化するような幕切れを迎える。
『三月大歌舞伎』は、1日三部制、客席使用率は50%で千穐楽29日(月)までの上演となる。いずれの部でも桜の花が咲いていた。心身の条件が合う方は、ぜひ歌舞伎座で春の訪れと名優たちのレパートリーを楽しんでほしい。なお第三部のBプロ(3月15、16、20、21、27、28日)では『雪(ゆき)』と『鐘ヶ岬(かねがみさき)』が上演される。
取材・文=塚田史香
※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。