佐藤千亜妃が明かす、コロナ禍以降に見つめ直したことと二つの新曲が生まれるまで
-
ポスト -
シェア - 送る
佐藤千亜妃 撮影=高田梓
2021年3月3日には「声」をデジタルリリース。また、4月8日スタートのフジテレビ系木曜ドラマ『レンアイ漫画家』の主題歌として新曲「カタワレ」が起用される。2作目となるアルバムも、おそらく間もなく。そして、きのこ帝国時代の楽曲「クロノスタシス」が、2021年1月29日に公開され、大ヒットを記録中の映画『花束みたいな恋をした』の中で重要な役割を果たしており、再度注目が集まっている、佐藤千亜妃。
ファースト・ソロ・アルバム『PLANET』リリース時から、ほぼ1年半ぶりになる、このSPICEのインタビューでは、それぞれカラーがはっきり違うがそれぞれ佐藤千亜妃の新しき名曲である「声」と「カタワレ」について、コロナ禍を経て考えたことについて、それからある意味本人の意志とは別のところでスポットが当たることになった「クロノスタシス」について、など、とにかく今訊きたいことをすべて訊いた。インタビューを受けること自体が久々なのもあって、ひとつひとつの質問についてじっくり考えながら、思いを言葉にしてくれた。
■「やっぱり、生きるのってめちゃくちゃ大変じゃん」って気づいちゃって
──2020年2月末からの新型コロナウイルス禍以降は──こういうことが起きると、ミュージシャンはやっぱり、「なんのために音楽をやってるんだっけ?」とか、そういうところまで立ち返ることになりますよね。
そうですね。「なんのために音楽をやってるんだろう?」というのは、ミュージシャンはみなさん、うっすらと胸にあり続けている疑問だとは思うんですけど、それをより踏み込んで考えていくことになった時に、「そもそも自分ってなんなんだろう?」とか、「何になりたいんだろう?」とか、「人から見たら何者だと思われてるんだろう?」とか。すごく考えてました、コロナ禍以降。
で、もちろん、答えがない問いなので。自分って何者なんだろう、何になりたいんだろう、何がいちばんあるべき姿なんだろうっていうのを、問い続けるのが人生なのかな、と思ったりして。だから、結局答えは出なかったんですけど、自分が何者でありたいかを定義付けるのは自分しかいないな、ということはすごく感じて。自分が何でありたいかっていうことを、常に念頭に置いて活動の指針にしていくっていうのは、すごく大切だなと。
そこを掘り下げて考えたことは……今、アルバムを作ってるんですけど、それにはすごく大きな影響を与えたかなあ、と思っていますね。
──曲はいつ頃から作っていたんですか?
去年の春には、曲がすでに貯まっていて。で、春以降から夏にかけても、今回、アルバム全体を共同で編曲とかしてくれた河野圭さんと、相談したりしながら、曲を作っていて。で、去年はけっこう、ショッキングなニュースが……亡くなられる方とか。
──ああ、多かったですよね。
友達も、そうなってしまった時に……人の死をまた見つめ直す年になった感じがして。インディーズ時代とかは、生と死とか、そういう青春の独特の陰鬱さみたいなものが、曲作りの根源になっていたりしたんですけど。去年、もう一度そこを見ないといけない、みたいな感じがした時があって。
そこで自分が思ったこととか、アンサーみたいなことを曲にこめないと、音楽家じゃない気がして。表面のことをなぞるんじゃなくて、普段みんなが抱えてるけど、あえて言わないようなことを曲にしたいなと。
──それとアマチュアの頃に向き合うのと、今向き合うのでは、今の方がきついですよね。
そうですね。10代の頃って、「生きるのって大変」とか、「面倒だな」とか、「つらいな」とか、「人と合わせたりするのってだるいな」とか、そういうヒマを持て余した甘ちゃんがゆえの、わりと単純なところから来ていた鬱屈が多かったんじゃないかな、と思っていて。
で、大人になって、金銭的にも自分が好きなものが買えるとか、好きな友達にだけ会えるとか、仕事も選べるとか、自分で選択ができる範囲が増えていって、生きやすくなっていった気がしたんですよ。がんばって我慢して生きてきた人ほど、どんどん何かを得て、生きやすくなっていって、最後、楽しく死ぬんじゃないかっていう幻想が、20代後半とかに芽生えて。
──ああ、でも去年は──。
そう、去年は、「やっぱり、生きるのってめちゃくちゃ大変じゃん」って気づいちゃって、また。めちゃくちゃつらいし、面倒なことだらけだし、絶対死んだ方がラクっていう。そういう発信はもちろんしてないですけど、それの答え合わせみたいに、数ヵ月ごとに訃報が届く、というか。「ああ、また、そこに辿り着いた人がいたんだな」みたいな。
10代とか20代の時に感じてた憂鬱さよりも、もっと逼迫したつらさはありましたね。一回、生きることって楽しいかもって思っちゃったからこそ、すごい落差があって。で、偶発的に人生が終わるのが普通だと思ってたんですけど、終わらせるという選択を持った人が、去年、何人もいて。今年もいて。
その選択肢が提示された時に、「それでも生きなきゃとか」とか、「死ぬの怖い」とか、そういった感情の中で、音楽で何ができるかな?って思った時に、最初に話した「自分ってなんなんだろう?」っていうところと、リンクする感覚があって。それって、10代の時に一度出した答えと、まったく同じ答えだったんですよ。変わってないんだなあ、と思って。
──どういう答えだったんでしょうか。
めちゃくちゃ退屈だったり、生きづらかったりして、でもなんで生きてきたか、っていったら、音楽があって、ただそれが好きで、やりたいから。他のことは我慢、じゃないけど、努力してつないで、音楽だけを一生やれたら、プラマイで言うとなんとかプラスになれるかなって、10代の時に思って。
で、もう一回、去年そういう壁にぶち当たった時に……もちろん昔よりも足は重いし、筋肉も衰えてるけど、でも結局、そこに辿り着いて。音楽で得られるパワーだったりエネルギーだったりを信じて生きてきて、結局そこに立ち戻るというか、そこに救われて生きてるだけなんだなあ、と思ったので。
だから、そのあともずっと音楽は作っていて、それがある種の安定剤みたいなところはありました。ずっと制作しているってことが、楽しくて。来週歌録りがある、来週アレンジでスタジオに入る、じゃあ来週までがんばってみようか、とか。そういう感じでしたね。
だから、「音楽を聴いて救われたんです」とか言ってくれる人、多いですけど、実は作ってる側が常に救われていて。だから、ミュージシャンってけっこう、音楽を作れてるだけで幸せな生き物だな、と思いました。多いと思います、そういう人は。
■次で最後の作品にしようとは思ってないですけど、
なってもいいぐらいのものを作らないと
──そういうふうに考えたことも、作る音楽にも影響を与えますよね。
かなり影響がありました。なんかその、擬似的な歌詞って、いくらでも書けるんですけど……去年、いろいろ生きることに壁を感じて。そのあとに出てくる音楽っていうのは、やっぱり言葉に重みがないと、歌っても自分に伝わらない感じがあって。表面をなでるだけ、みたいな音楽は別にいらないかな、しっかり根底に身のあるものを歌ってこそ、自分が救われていくんだなあ、と感じて。なので、もしかしたら、次のアルバムが出た時、少しだけディープだと思う人も多いかもしれないですね。
たとえば次の曲とか、次のアルバムが、世に出る最後の作品かもしれないと思った時に……付け焼き刃じゃない方がいいな、と思ったんですよね。考え抜いて、残ってほしいものだけを発表すべき、って思って。次で最後の作品にしようとは思ってないですけど、なってもいいぐらいのものを作らないと。きのこ帝国も含めた、自分の人生の中での、いちばんのマスターピースになるようなアルバムを。っていう中で、浅はかなジャッジメントが、どんどんできなくなっていった感じはあります。
──映画『花束みたいな恋をした』で、きのこ帝国の「クロノスタシス」が重要な役割を果たしている話も、ちょっと訊きたいんですが。
はい。最近それしか言われない、ツイッターとかで(笑)。映画、おもしろかったです。「こんな使われ方することあるんだ」みたいな。でも、「クロノスタシス」、6年ぐらい前の曲なんですよね。
──だから、どんな気分なのかなあと思って。
なんか、私、ひねくれてるから……半々ぐらいです。うれしいのが半分と……まあ、いろんな時間の経過があったからこそ、あの曲が使われたんだ、というのは、わかるんですけど。
──2014年に出た曲で、2015年に主人公のふたりが好きで聴いている、というね。
そう。だからわかるんですけど、でも、なんか、「今か……」みたいな(笑)。
──まあ当然、「リリースの時に盛り上げてよ!」って思いますよね、ミュージシャンは。
でも、総合的に言ったら、うれしいですよね。自分がいいと思ってる曲が、リリースの時で終わるんじゃなくて、何シーズンも経て、こうやって聴いてもらえるのは……ちょっとだけ拗ねてますけど(笑)。きのこ、なんか「隠れファンです」って人が多くて。「いや、隠れないでくれよ!」ってよく思うんですけど。
■アンニュイさと美メロの曲、自分は好きだけど作れないんだ、「ダメじゃん」と思って
──で、映画で聴き直して、これ、今の佐藤千亜妃は書けない曲かも、と思ったんですね。じゃあ、今だから書けるようになった曲は?っていうのが、「声」なのかなあと。
ああ……どうなんですかね?
──当時は「声」のような曲は、書けなかったんじゃないか、と思ったんですけれども。
ああ、絶対書けないですね。その頃はコード進行、4つぐらいしか知らなかったし(笑)。その後、いろんな曲を聴いたり、研究したりしたことの、結晶になってるかなと思います、音楽的な部分では。
──歌詞は、「声」というキーワードが最初にあった?
次のアルバムを作る時は、「声」っていうのをテーマにして作りたい、っていうのがずーっとあって。ファースト・アルバムを作り始める前からあって、「声」っていう曲を作んなきゃ、と思ったんですよ。で、これ、2年前に作った曲なんですけど、温めていて。
すごく俗っぽい話をすると、そのちょっと前にback numberの「HAPPY BIRTHDAY」をよく聴く機会があって。「めっちゃいい曲だな、これ、コードどうなってるんだろう?」とか思って、すごい研究した時期があって。いろいろコードとかを考えて……かつ、J-POPの持つ、メロディのよさと、開けた感じというか……back numberも、Mr.Childrenもそうですけど、アンニュイさと美メロ、みたいなのが好きじゃないですか、みんな。
自分は、好きだけど作れないんだ、と気づいた時に、「ダメじゃん」と思って研究して。それで、自分の中ではやっとそういう、ザ・バラード! みたいな切ない曲が書けたぞ、っていう。満を持しての曲ではあります。
■音としてきこえる声よりも、音としてきこえてこない声の方が、音楽的だなと思って
──「声」をテーマにしたかったのは?
声って、きこえる声と、きこえない声と、二種類あるじゃないですか。音としてきこえる声よりも、音としてきこえてこない声、人の思いとかの方が、自分の中で音楽的だなと思って。言葉にならない思いを、「声」っていうふうに表現して、曲にしたいなと。
わりと自分もボソボソしゃべる方だったりして。ボソボソしゃべる人って、それと比例して、しゃべらないこと、多いと思うんですよ。秘めることが。その、声にならない声の方が、描きたい感じがしたんですよね。
──『花束みたいな恋をした』の最初に「クロノスタシス」が出てきて、最後にこの「声」がかかったら、最高だったな、と思って。
(笑)。ああ、そうか、確かに、歌詞の世界観が……そうですね、最後、彼らは別々で生きていくわけだから。
──で、次の「カタワレ」の方は、大きなタイアップが。
そうですね。私、原作マンガを読んでいて、オファーが来た時に「え、ドラマになるんだ」と思って。プロデューサーさんと監督さんが、わざわざ来てくださって、「コメディだけどグッとくるドラマにしたいと思っている」っていう話をしてもらった時に……ドラマの根底のテーマが、想像以上にグッとくるもので、それが自分の中でリンクする感覚があって。ひとりだと思って生きてきた同士が、かけがえのない誰かに出会って、世界がちょっと変わって見える、みたいなところをテーマにしたい、っていうのが、自分が昔から描いてきたことだったりもするな、と思って。
まさに(きのこ帝国の)「東京」で描いていたり、その後も「空から落ちる星のように」とか、都度都度、大事なターンで描いてきている世界観だったので。だから、歌詞はけっこう、エモいと思います。曲がポップな分、重みが入った方がいいかなと思って。生きづらさとか、人間のジレンマみたいなのは、しっかり入れたいなと思って。歌詞だけ読むと、こんなキャッチーな曲だと思わないかも。っていうふうに、がんばりました(笑)。
──曲の方は、スッとできました?
めちゃめちゃ悩みました。バラードではドラマに合わないし、軽快さがありつつ、後半グッとくるポイントがほしい、っていうのが、難しくて。自分史上、けっこうポップな曲だと思います。ポップな曲を書くの、難しいなあと思いました。筋力が要る。暗い曲っていくらでも書けるんですけどね、明るい曲って難しい。あと、デモで久々にギター・ソロ弾いて、指が死にました。
──(笑)。
でも、これが世に出て、どういう反応が返ってくるかで、自分の中で、何か納得できるものは残りそうな気はしてますけどね。
■自分の「HATE」をもうちょっと聴いてみようかな、と思いました
──これから活動していく上での、ものの考え方や気持ちの持ち方で、今はこんなモードになっている、というのはあります?
けっこう私、昔はなんでも否定したいタイプだったんです。視野が狭かったんですけど、「否定するってどうなの?」っていうフェーズが来て。何でも一回観てみて、聴いてみて、ジャッジする方がいいじゃん、と思った時に、「本当にダメじゃん」って思うものって、世の中そんなに多くないなと思って。それぞれ信念があって作られていたりとか、必要とされていたりして、だいたいのものがちゃんとこの世で機能してる、と思った時に、なんでもOKになっている自分がいて。
で、またそれを経た結果、なんでもOKになると、自分が本当に何かがわかんなくなるな、っていう感覚になって。好きなもので動いていこうと思ってたんですけど、嫌いなものっていう判断基準も、パーソナリティを形成する上で意外と重要なのかも、と思って。
──ああ、なるほど。
自分の「嫌い」とか「NO」に、もうちょっと耳を傾けてあげてもいいのかな、と思って。その方が、自分にもっとしっくりくるものだったり、好きなものだったりを、より強く選んでいけるな、なんでもありは一回やめて、自分の「HATE」をもうちょっと聴いてみようかな、と思いました。
もちろん差別的な「HATE」はよくないですけど、単に自分の好みか好みじゃないかの選択は、していった方がいいなと。視野が広がりすぎると、なんでも許せるようになって、そうなると怒ることとかも減っていっちゃうんで。怒った方がいい時ってあると思うんです。怒るべき時に怒れないと、どんどん状況に流されていく。っていうのもよくないな、と思いました。
取材・文=兵庫慎司 撮影=高田梓
ヘアメイク=SAKURA(まきうらオフィス) スタイリスト=入江陽子(TRON)
衣装=
パンツ¥26,000/フィル ザ ビル(シック)
リング¥21,000/スウス
スニーカー¥39,000/ニューバランス
その他/スタイリスト私物