図夢歌舞伎『弥次喜多』で怪演! 市川笑三郎に聞く、彼方岸子ができるまで
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市川笑三郎
歌舞伎俳優の市川笑三郎が出演した図夢歌舞伎『弥次喜多』(ずぅむかぶきやじきた)が、Amazon Prime Videoで独占レンタル配信されている。本作は、2016年から4年にわたり歌舞伎座の『八月納涼歌舞伎』で上演され、松本幸四郎と市川猿之助による弥次喜多コンビが人気を博した『東海道中膝栗毛』(以下、『弥次喜多』)シリーズの最新作だ。同時に、オンライン配信用コンテンツ『図夢歌舞伎』の第二弾でもある。クールな彼方岸子(かなたきしこ)役を怪演した笑三郎に、役作りや撮影にまつわるエピソードを聞いた。
図夢歌舞伎「弥次喜多」 12月26日より独占配信中 (C)松竹
■現代に通じる物語に、異様なキャラクター
ーー笑三郎さんは、原作の現代劇『狭き門より入れ』(2009年)をご覧になっていたそうですね。
亀治郎(四代目市川猿之助)さんが出演されるということでPARCO劇場で拝見しました。コンビニの中で色々行われる芝居という記憶はありましたが、印象に残っていたのは、浅野和之さんと中尾明慶さんのおじさんと若者のやりとりや、佐々木蔵之介さんと有川マコトさんの兄弟の物語などでした。
今回の出演が決まり、あらためて映像で拝見して驚きました。今の日本、世界が抱える問題がぴたりとあった、現代に通ずる作品だと思いました。当時も新型インフルエンザが話題になったりしていたかと思うのですが、今回ほど深刻ではなかったので。原作が書かれた2009年よりも、今の方がテーマが浮き彫りになっていますね。
市川笑三郎
ーー初演で手塚とおるさんが演じた「岸」という役を、笑三郎さんは「彼方岸子」として女方で勤められました。
初演の岸の異様さ、現実味のなさ。素晴らしかったです。あの雰囲気を、自分でも出したいと思いました。スーパー歌舞伎ならば初演からはじまるので、役のお手本がありません。台本から感じる自分のイメージを膨らませて役を作ります。今回は台本のイメージと初演の岸を照らし合わせ、女方にどう変換していくか。どう膨らませていけるのか、というところから作りました。
ーー「世界の更新」をめぐるドラマの中で、岸子は新世界と旧世界を行き来します。哲学的な台詞もある役ですね。
「誰も不幸にならない悪行と、誰かが不幸になる善行、どっちがマシかは分からないわね」とか。岸子は、状況を俯瞰してみているキャラクターなのでしょうね。“なり”は女親分でどこかにいそう。でも、中身は宇宙人みたいな現実味のない感じ。でもまさか、CGで自分のXXからXXが出ることになるとは思いませんでした!(※文中のXXXは本編でお楽しみください)
ーー岸子は衣裳も印象的です。
薄鼠地にカラスの柄の衣裳でした。手塚さんが演じた岸に影響を受けています。岸は、上下黒い服で靴のまま椅子やテーブルに乗っかり、しゃがみ込む、異様な座り方でした。あの姿をカラスのようだと思ったんです。カラスって、人間がいる時は電線の上から冷静に見ていて、人がいなくなると下に降りてきてゴミ袋をつついたりします。世間からは嫌がられる存在かもしれませんが、とても頭が良い。その利口さが透けてみえたんです。これはカラスの衣裳を着たい! と、思いました。
撮影中の笑三郎。
ーー歌舞伎の衣裳を使われたのでしょうか。
染五郎さんと團子さんの衣裳は新しいかもしれませんが、あとの皆さんは、歌舞伎の衣裳ですね。カラスの柄は『梅ごよみ』の芸者・仇吉(あだきち)や、三代猿之助四十八撰『天竺徳兵衛新噺(てんじくとくべえいまようばなし)』の悪婆でも使われます。私は、同じく猿之助四十八撰の内の『四谷怪談忠臣蔵』で、一文字屋おかるを勤めた時にあつらえていただいたものを、着させていただきました。おかるといっても『仮名手本忠臣蔵』のおかる像ではなく、斧定九郎(おのさだくろう)の恋人の設定で、名前に一文字屋までまざっています(笑)。岸子をちょっと粋筋にしたいと思ったんです。
撮影の合間。鬘は『獨道中五十三驛』で、弥次郎兵衛女房おやえを勤めた時と同じ、結び兵庫と呼ばれるタイプ。
地が白っぽいので、カラスらしく黒い要素が欲しいと思い、柄が透けて見えるように黒い紗の打掛を重ねました。岸子にしたら、新世界が自分のホームで、旧世界が外出かなと。そこで旧世界の場面だけ黒いのを着ています。色分けしてみていただくと、お分かりいただきやすいかもしれませんね。
■歌舞伎からは離れられない、女方の存在感
ーー撮影は2020年10月に、4日間で行われました。
出演交渉のご連絡をいただいたのが10月のはじめで、撮影まで3週間ありませんでした(笑)。でも、ぜひ参加したいと思い、すぐに資料として現代劇の映像を送っていただきました。その時点では、ここに踊りや立廻りのシーンが加わり、過去の『弥次喜多』シリーズのテイストになるものと思っていたんです。「どう歌舞伎にアレンジされるのかな?」と、後日届いた台本を読むと、原作とほとんど変わらない。えらいことだ! と思いました(笑)。
市川笑三郎
ーーコンビニエンスストアを、江戸時代の万屋さんに。兄弟の設定を、弥次さんと喜多さんに置き換え、あとはほとんどそのままでした。その中でも、笑三郎さんがお勤めになった岸子さんの存在が、今回の『弥次喜多』を歌舞伎らしくしていたと感じます。
女方は、どうやっても歌舞伎からは離れられない存在ですからね。少し迷いましたが、あえて女方のままやらせていただきました。映像作品だからといって、女方が、時代劇の女優さんのようなリアルなメイクをすると、かえって男っぽさが出てしまいます。女方ではなく女装っぽくなる……というのでしょうか。女方は、写実的に女性に近づこうとするものではなく、女性とは別の、独立した存在です。歌舞伎の中に、女方という独立した存在があり、その中で母親や娘、お姫様などの役になります。
スタンバイ中の笑三郎。
今回、演技はあまり女性っぽくはせず、地声に近い喋り方をしました。それでも女方という存在であるがために、全体の中では女の立場を維持できます。女方として「女性らしさ」を追及することで、女性以上の女性らしさを醸し出しもしますから、不思議な存在ですね。
■猿之助監督から耳打ちも
ーー衣裳やキャラクターについて、猿之助さんとも相談されたのでしょうか。
猿之助さんは、すべての部署に指示をされていました。細かくこだわる部分もあれば、「あとは本人と相談して」という部分も。私の衣裳については、最初、歌舞伎の女将さんのような縞ものが、想定されていたそうです。でも、私の中では、もうカラスの柄で気持ちが固まっていました(笑)。どうしようかなと思っていたところ、鬘(かつら)合わせの日に猿之助さんから「岸子はどんな感じだと思います? 台本は『雪之丞変化(ゆきのじょうへんげ)』の女スリのような口調で書いてありますが任せます」と連絡をいただきました。そこで「この衣裳とこの頭、こんなイメージでやりたいと思います」とお返事したら、「任せます! キャラも任せます!」と。
ーー全幅の信頼を感じるお返事ですね! そんな笑三郎さんですが、映像作品の撮影は初めてだったそうですね。
舞台とは違いますね。撮影が物語の順番どおりではなかったり。ばらばらの順番で撮りますし、時間の余裕もなく、台詞は一夜漬けで覚えてグッと集中して。何とか乗り切ったと思ったら、カメラの位置を変えて同じシーンを何度も撮影したり。かと思えば、猿之助さんが「今度は、大阪のおばちゃんみたいな笑いでやってみて」と言ってくる。台詞を1回言うのでやっとなのに!(笑)。
江戸のコンビニエンスストア、よろず屋「家族商店」。
ーースタンバイ中、猿之助さんが笑三郎さんに何か耳打ちをされていた、との目撃情報もあります。
中車さんが少し席を外したすきに、猿之助さんが「次のシーンで、中車さんに『土下座野郎』って言って」と言うんです(笑)。中車さんには知らせないまま撮影がはじまり、カットがかかった途端、中車さんは「やめてよ、何かコソコソ話しているなと思ったらそれだったんですね!?」と笑っていらっしゃいました。
図夢歌舞伎「弥次喜多」予告編
ーー図夢歌舞伎『弥次喜多』は、現在Amazon Primeでレンタル配信中です。
本編では、編集やCGで、面白くしてくださっています。見てくださった方は、驚かれたようですね。歌舞伎座でお見せしていたドタバタのコメディーを想像していたら、最後には深く考えさせられる作品に仕上がっていますから。もしもこれが、物語の設定だけでなく作品の世界観までリアルになっていたら、「感染症の話はこれ以上しないで」という方もおられるかもしれません。その意味で図夢歌舞伎の『弥次喜多』として、弥次さんや喜多さんの世界観やミステリアスな雰囲気が加わったことは、良かったと思いました。撮影は大変でしたが、楽しかったです。藤森監督と猿之助監督が、思い切って私から異様さと面白さを引き出してくださいました。このような作品に関わることができたことを、うれしく思います。
ーー4月29日(木・祝)15:00からは、「Streaming+」で『図夢歌舞伎家話-弥次喜多-』第二回目がオンライン配信されます。共演された猿弥さん、そして寿猿さんとのトークも楽しみにしています。
ネクタイ、ポケットチーフだけでなく、マスクも黄緑色!
過去の歌舞伎座の『弥次喜多』シリーズでは、アラブの石油王夫人から、OKAMIシアターで水芸を披露する旅館の奥さん、義太夫の三味線方など、数々の個性的なキャラクターを勤めてきた笑三郎。そんな『弥次喜多』シリーズの中でも、今作の彼方岸子には思い入れがあるとも語っていた。4月29日(木)の配信は、5月5日(水)20:00まで発売、アーカイブは5月5日(水)23:59まで視聴可能となる。
配信情報
■出演:市川猿弥、市川笑三郎、SPゲストとして市川寿猿も登場
■聞き手:戸部和久(松竹演劇部/図夢歌舞伎『弥次喜多』企画・脚本)
■
※有料配信
※配信開始後、配信終了後に購入の方も、5月5日(水)23:59までアーカイブ視聴ができます。
配信情報
配信元:Amazon Prime Video(国内独占レンタル配信)
レンタル料:1,900円(税込)
分数:1時間51分
作品ページ:www.amazon.co.jp/kabuki
※Prime Video作品ページの“レンタル”のタブをクリックすると、作品をレンタルすることができます。レンタル期間は30日間で、一度視聴を開始すると48時間でレンタルが終了します。
■監督・脚本・演出:市川猿之助
■原作:前川知大「狭き門より入れ」
■構成:杉原邦生
■脚本:戸部和久
■監督:藤森圭太郎
■製作:松竹株式会社
■出演:松本幸四郎、市川猿之助、市川中車、市川染五郎、市川團子/市川猿弥、市川笑三郎、市川寿猿、市川弘太郎(声の出演)
これまで様々な珍道中を繰り広げてきた弥次郎兵衛(幸四郎)と喜多八(猿之助)。数々の騒動を共に巻き起こした仲良しコンビでしたが……時代が変われば人も変わる⁉
弥次郎兵衛は出世して歌舞伎座の経営再建担当となり、友達の喜多八もリストラしてしまいます。路頭に迷う喜多八を拾ったのは万屋(よろずや=コンビニ)「家族商店」を営む弥次郎兵衛の父。喜多八は「家族商店」で真面目に働きます。「家族商店」には歌舞伎座をクビになった元役者の時枝(中車)、弥次喜多と珍道中を共にした梵太郎(染五郎)、政之助(團子)が入り浸っています。流行中の謎のウイルスによる不況の影響か、皆以前とはどこか変わってしまった様子。そこへ、遂に歌舞伎座を辞めさせられた弥次郎兵衛が、退職金を大事に抱えて帰ってきます。その手には「世界の終わりと始まり 更新の日は近い」と書かれた意味深なビラが握られているのでした……
(図夢歌舞伎『弥次喜多』プレスリリースより)