井脇幸江に聞く~イタリア・オペラの名作『トスカ』をグランド・バレエ化、舞踊生活35周年を華麗に飾る
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井脇幸江 (C)Yu Kaida
井脇幸江が主宰するIwaki Ballet Company(IBC)が、『Ballet Gala 2021 〜井脇幸江舞踊生活35周年記念公演〜オペラの名作「トスカ」を舞う!』を2021年6月19日(土)~20日(日)新宿文化センター大ホールにて開催する。ジャコモ・プッチーニが作曲した同題のイタリア・オペラの名作をグランド・バレエ化した『Tosca』(全2幕)を初演。井脇に舞踊生活35周年を迎えた思いや『Tosca』制作のプロセス、IBCの展望について聞いた。
■舞踊生活35年を振り返って
――東京バレエ団プリンシパルとして長年活躍され、2012年8月、Iwaki Ballet Company(IBC)を立ち上げました。IBCは"「心身の美」を世界基準で追求するために創立したバレエ団""プロフェッショナルダンサーとして、自ら輝ける場所"だと掲げています。『ジゼル』『ドン・キホーテ』『眠れる森の美女』という古典全幕バレエやさまざまな創作作品を上演しています。このたび舞踊生活35周年記念公演を催しますが、35年を振り返っての思いをお聞かせください。
本当に感謝ですね。ファン、スタッフ、生徒さん、カンパニーのダンサーに支えられてきました。人との出会いに恵まれてラッキーでした。「続いて偉いね!」とよく言われますが、辞めなかっただけなんです。東京バレエ団時代から大きな目標がない人間で、目の前のことに全力投球し続けていて、気が付くと後ろに長い道があった感じです。それと、物忘れもいい方なので(笑)辛いことは忘れてしまう。前しか見ていません。
井脇幸江 IBC『ドン・キホーテ』 撮影:スタッフ・テス
――IBCを続けてきて、手ごたえを感じている部分があるとすれば何でしょうか?
団員たちをゼロから手取り足取り教えました。東京バレエ団で溝下司朗先生に教わったことを伝えたのですが、丁寧に伝えると、ダンサーたちは輝いていく。ヤスリをかけると光っていく面白さを手ごたえとして感じています。踊ってきて辛いこともありましたが、それがいま彼女たちを指導する自分の指針となり、道しるべとなっています。人生って、本当に無駄がひとつもない。努力して、前を向いて、淡々と歩いていけば、すべてが栄養で、学びで、感謝だなと。団員・生徒たちを導けているのは、東京バレエ団で素晴らしい方に指導していただき、素晴らしいダンサーたちと共演し、世界各国のオペラハウスで踊ったという自信です。東京バレエ団創立者の佐々木忠次さん(故人)に感謝しています。
――IBCは当初公演ごとにメンバーを募り、終わったら一旦解散という形態でしたが、団員・準団員をベースに公演するようになりましたね。
毎回参加してくれるダンサーが増えてきて、ちゃんと育ててみたいと思うようになりました。日本ではダンサーと指導者は「生徒と先生」という関係にあることが多い。となると、上下関係が強調されコミュニケーションが減ってしまいがちです。IBCでは「とにかく喋ろう!」ということで、「先生」とは呼ばせず、定期的な面談の他、思いを言語化する機会をこまめに持つようにしています。とはいえ、シャイなダンサーもいるので、こちらから声をかけるようにしています。
井脇幸江 IBC『シェヘラザード』 撮影:中谷広貴
■イタリア・オペラの名作『トスカ』をグランド・バレエに!
――『Ballet Gala 2021 〜井脇幸江舞踊生活35周年記念公演〜オペラの名作「トスカ」を舞う!』では、ジャコモ・プッチーニのオペラ『トスカ』を『Tosca』としてバレエ化し題名役を踊ります。舞台は1800年のローマで恐怖政治の時代、歌手のトスカと画家のカヴァドッシの恋物語です。カヴァラドッシは政治犯アンジェロッティを匿い逃亡させ、警視総監スカルピアに捕らえられます。トスカは恋人を助けようとしてスカルピアを殺してしまい、最後はトスカもカヴァラドッシも死ぬ悲劇です。なぜ『トスカ』を2幕物のバレエにしようと思われたのですか?
30周年記念公演(2016年)で『D/CARMEN』を発表した後、オペラを観まくった時期がありました。『トスカ』を観て、音楽の素晴らしさとストーリーの悲劇性に胸をえぐられました。そして、登場人物も少ないし、ドラマも理解しやすいので、バレエにしたらお客さんに喜んでもらえると考えたんです。舞台となったローマのサンタンジェロ城に魅せられ、一昨年訪れました。35周年記念に何を上演しようかと考えた時に『Tosca』をやりたいなと。東京バレエ団時代の後輩で、IBCのために作品を創ってくれている高橋竜太くんを口説き落としました。
サンタンジェロ城にて(2018年)
――竜太さんとはどのように構想を固めましたか?
『D/CARMEN』も竜太くんに振付をお願いしましたが、その時は演出に割と口を出して私が望んでいる『カルメン』を創ってもらいました。でも、今回は全部任せてみようと。竜太くんとは感性が似通っていて、同じ盛り上がり方をるし、同じ悲しみ方をする。喜んで引き受けてくれました。ただし、『Tosca』をオペラの展開と同じようにやってしまうと暗すぎます。そこで、現代の美術館からスタートするように創っています。
『Tosca』リハーサル
――音楽はオペラの曲を使うのですか? 音楽監修はバレエ指揮者として第一線で活躍されている井田勝大さんです。
一番悩みました。バレエがお好きでも、歌舞伎やミュージカルをご覧にならないお客様もいらっしゃるので、歌がずっと入っていると疲れると考えたんです。でも、オーケストラ演奏だけの『トスカ』の録音は無いんですよ。井田さんとは、彼が初めて東京バレエ団で『ジゼル』を指揮した時にミルタを踊り「一緒にいい舞台を創ろうね!」と話し合ったりした仲なので、二つ返事で受けてくれました。竜太くんの脚本に沿って振付しやすくできています。9割方が『トスカ』で、他はプッチーニの別のオペラの曲を使います。先日、オーケストラ、歌手の方が揃い録音しましたが、音楽の力って凄いと感じました。お客様も劇場で目を瞑って音楽を聴くだけで感動するのではないかと。バレエ界が驚くようなものができるのではないかという自信が湧いています。天国でプッチーニとパヴァロッティが喜んでくれているんじゃないかと思うくらいです。
『Tosca』音楽収録現場にて
――オペラの第2幕でトスカが歌う「歌に生き恋に生き」、第3幕でカヴァラドッシが歌う「星は光りぬ」といった名アリアは出てくるのですか?
もちろんです! その2曲には歌が入ります。カヴァラドッシの処刑の前の二重唱の場面は獄中でのパ・ド・ドゥにしました。あとバレエにしかないシーンとしては、カヴァラドッシが銃殺された後にトスカのソロが入ります。オペラではすぐに死んでしまいますが、その前に入るんです。
『Ballet Gala 2021 〜井脇幸江舞踊生活35周年記念公演〜オペラの名作「トスカ」を舞う!』ポスター
■「立っているだけでその役に見える」絶妙な配役
――今回、舞台に登場する絵画を美術家のnao morigoさんが描かれるそうですね?
カヴァラドッシが描いているマグダラのマリアの絵をお願いしました。普段はどちらかというと風景画を描いている方です。最初に絵を見た時に、日本人の女性だとは思わなかった。ヨーロッパの男性の人が書いたのかなと。関西の方で気が合うんですよ。
nao morigoによるマグダラのマリア肖像
――配役をどのように決めましたか?
カヴァラドッシをお願いした安村圭太さんは、深い思考回路を持っている人で、竜太くんと3人で創っている時に、「こういうのはどうですか?」と言ってくれるんです。年がずいぶん離れているのですが、彼の感性を大事にしたいです。スカルピアは高岸直樹さんです。他に誰がいるでしょうか?(笑)。アンジェロッティは梅澤紘貴さん。私はヴィジュアルも大切にするというか、立っているだけでその役に見えないと嫌なんですね。高岸くんしかり、梅澤くんしかり。いつも同じ方と創っていると思われているんですけれど、その人の違う面も見てみたいとか頭の中で浮かばなければ頼みません。堂守はカヴァラドッシとスカルピアの間を行き交う存在として役柄を膨らませました。『ザ・カブキ』(振付:モーリス・ベジャール)の伴内みたいな役どころですが、それを江本拓さんにお願いしました。彼に悪そうな顔をさせてみたいんです(笑)。
『Tosca』リハーサル
――リハーサルを進めての手応えはいかがですか?
音楽、脚本、美術、脚本、出演者の顔ぶれ、いずれをとっても失敗する気がしません(笑)。あとは自分がしっかりしなくてはという感じですね。
『Tosca』リハーサル
■「踊りからハートを感じたい」
――『Tosca』の前に第1部「バレエコンサート」として2作品上演します。石井竜一さん振付の『Mozartiana』、奥田花純さん(新国立劇場バレエ団ソリスト)と渡邊峻郁さん(新国立劇場バレエ団プリンシパル)が踊る『サタネラ』グラン・パ・ド・ドゥです。
『Mozartiana』は、2020年9月に予定していた『眠れる森の美女』がコロナの影響で流れたので、団員たちにトウシューズワークを必要とする舞台をと考えて石井さんにお願いしました。世田谷クラシックバレエ連盟で発表した作品を基に作り変えてもらいます。クラシックなので私も指導ができる。立ち方、歩き方、止まり方、目の使い方などを教えていますが、皆どんどん光り輝いています。
花純ちゃんはもっと世に出るべきダンサーです。『サタネラ』は花純ちゃんのたたずまいを見て似合うと思って。コンクールで踊る子もいますが、ヴァリエーション(ソロ)しか知らない場合が多いので、グラン・パ・ド・ドゥを上演したいという気持ちもありました。花純ちゃんと渡邊さんは初めての組み合わせですが、二人のラインは合うんじゃないかなと。
今の若いダンサーは上手に踊りますが、深部まで指導されているのか、自習が多かったのかは見れば分かります。IBCの指導は厳しいです。私自身が歩き方からハケ方までみっちりと指導を受けてきましたから、適当に歩いたり脚を高く上げたりすることだけに意識が向いているダンサーを好みません。重要なのはハートです。ハートの美しさが踊りの美しさだと、多くの一流ダンサーたちと関わってきて確信しています。だから、自分も含めハートを育てたいと考えています。
レッスン中のIBC団員たち
■淡々と"こだわり"を貫きたい
――舞踊生活35周年の少し先にIBCの10周年も見えてきます。今後の抱負をお聞かせください。
私自身今まで常に危機感を感じてバレエをやってきました。ドアに指を挟んで骨折したら踊れない、足の指の爪を切るのに深爪したら踊れないのがバレエの世界です。横断歩道を青信号で渡っていても轢かれてしまう時代じゃないですか。日々危機感を持って生きてきたので、今回の感染症でもパニックにはなりませんでした。「コロナの時代に新作を創るなんて偉いね!」と言われたりしますが、コロナだからやっているわけではないですし、淡々と創っているだけです。
IBCが変わらないのはハートの部分。整い、きれいだから感動するわけではないし、ちょっとくらい癖があるからこそ面白い。揃っていてきれいだから感動する時代じゃないと思います。ひとりひとりが、どういう意識と理解を持って考えて踊っているか。正解を見つけることは得意でも、想像することに乏しい人間であってはいけないし、考える力がないと発展しないと思います。そもそも正解なんてないんですよ。『Tosca』も正解は観に来てくださる皆様の中にあります。芸術に正解はないと思っています。その代わり、正解を求めている方に対しても、正解は一つではないけれど「こんな風に感じることもできる」というものをいっぱい用意します。「私たちはこういうのがやりたい。後はご自由に」という無責任なことはしたくないですね。
団員たちはIBCの舞台を観て、「ここに入ったら成長できる」と感じてオーディションを受けたそうです。若い時はどこかに所属し、古典芸術として先人から学ぶべきだと思います。舞台の上で生きることができるかどうかは、リハーサルの内容・質で決まります。私はこだわりを持って、このやり方を貫いていきます。
【動画】『Tosca』リハーサル風景
取材・文=高橋森彦
公演情報
『Ballet Gala 2021 〜井脇幸江舞踊生活35周年記念公演〜オペラの名作「トスカ」を舞う!』
『Mozartiana』振付:石井竜一
<音楽>チャイコフスキー
プリンシパル…梅澤絋貴・髙橋ナナ(19日)/戸塚彩雪(20日)
セミ・プリンシパル…工藤加奈子
男性ソリスト…愛澤佑樹、森田維央、藤島光太、井上良太
第1ソリスト…立山澄/真鍋歩、藤田瑠美、戸塚彩雪/髙橋ナナ
第2ソリスト…真鍋歩/立山澄、山田琴音、長野ななみ
コールド…松島愛、山田萌奈美、小林汀、矢内七重
奥田花純・渡邊峻郁
『Tosca』 全2幕
振付・演出:高橋竜太 音楽監修:井田勝大
<音楽>プッチーニ
トスカ…井脇幸江
カヴァラドッシ…安村圭太
スカルピア…高岸直樹
アンジェロッティ…梅澤絋貴
堂守… 江本拓
■料金:
SS席
U18席 1500円:6/1よりB席に空席がある場合販売予定。入場時に身分証明書をご提示いただきます。※価格は全て税込表示です。
※上演時間:約2時間45分(休憩含む)