安藤玉恵、『虹む街』を語る~鬼才タニノクロウ作品に15年ぶりの出演
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安藤玉恵
この人が作品の中で「しかと生きる」のを見ると、演じている人物が、他人ではないような気になってくる。舞台、映画、ドラマで幅広い活躍を見せる安藤玉恵が、15年ぶりに鬼才タニノクロウの作品に出演する。待望の新作『虹む街』(2021年6月6日~20日 KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉)の舞台は横浜にある飲食店街。人々の生活、営みをマルっと切り取って舞台に移したようなリアルな質感、湿度ある物語が、そぼ降る雨の向こうに“滲む”風景を紡いでいくだろう。生き物のように存在感ある舞台美術で観客に空間を「体感させる」……安藤はこの舞台で、どう生きるだろう。
『虹む街』のスケッチ(美術:稲田美智子)
――『虹む街』のプロジェクト自体は、KAAT神奈川芸術劇場とタニノクロウさん(作・演出)の間で、2019年ごろから動いていたと伺いました。安藤さんはタニノさんとご夫婦なので、徐々に進む構想について聞いていらしたのでしょうか?
家では何も聞いていなくて、出演オファーは事務所経由だったんです。まさに青天のへきれきでした(笑)。
―― 夫婦といえども、ド正式なオファーだったんですね! 古い飲食店街を舞台に、さまざまな人たちが行き交う今回の演出台本、読み物としてもすごく面白く読みました。最初に読まれた時の印象を教えてください。いわゆる通常の戯曲の形ではないので、戸惑いなどはありましたか?
情景描写の中に時々、登場人物のセリフが出てきて、また風景に戻って……戯曲、台本というよりも、「これは小説を書いたんだな」と思いました。タニノが主宰する「庭劇団ペニノ」にはこれまで2度出演していて(03年・04年再演の一人芝居『Mrs.P.P.Overeem』、06年『アンダーグラウンド』)、彼が作家として「絵(風景)を作りたいんだな」ということは分かっているので、戸惑いはありませんでしたね。初めてだったら、どうしたもんか分からないでしょうけど(笑)。
―― 前2作ともまた違う印象がありますか?
『Mrs.P.P.Overeem』は客席が個室のように仕切られ、電光掲示板にセリフを流すという舞台でしたから、形としては「ト書きが多い戯曲」でした。今回は、舞台を観ている男性のモノローグが混じっていたりと、またちょっと別種の書き方というか、かなり印象の違う文体だと感じます。
―― 安藤さんが演じるのはコインランドリーにいる「脚の悪い女」。この台本では情景描写のように登場人物の動きが書かれていますし、普通の演技とは、また違う神経を使う芝居が要求されそうです。
「ハンバーガーを食べる」とか、具体的に書かれている動きは台本通りにやってみて、それを周囲の動きと合わせていく作業がまずあります。動きも「振り付け」になったらダメですから、動機付け、支えるものを自分の中で作り上げなきゃいけないんです。自分が考えていたのと違う動きを要求された時も、人物の身体のクセなのか、どこか悪いのか、「なぜこの動きをするに至るのか」の思考のベースになるものを考えていますね。やはり、ダイアローグで構成された普通のお芝居とは、感覚が違います。
―― スタジオでの稽古開始前に2日間かけて、座組み全員で横浜の街歩きツアーをされたそうですね(1日目は劇場近くの山下公園〜中華街、2日目は野毛〜伊勢佐木町〜横浜橋通り商店街付近)。
作品のベースとなる街を歩いたのですが、異国情緒があってすごく面白かったです。横浜って、橋を一つ渡るだけでガラリと雰囲気が変わるんですね。20代の頃に行ったホーチミンやバンコクの雰囲気を思い出しました。KAAT付近は山下公園や中華街など、新しくてキレイでおしゃれですけど、観光地から少し外れた場所に一歩足を踏み入れると、そこに住む人たちの生活がしみついた街並みがあって。
1日目、横浜の歴史を体感しようと劇場近く(山下公園から中華街まで)を歩く。 (写真提供:庭劇団ペニノ)
2日目、「虹む街」の舞台となる飲食店街の雰囲気を座組で共有するために野毛〜伊勢佐木町〜横浜橋通り商店街界隈を散策。 (写真提供:庭劇団ペニノ)
―― 先日、一般公開されていた稽古場を見学しましたが、スナック、バー、パブ、レストラン、マッサージ店、コインランドリー……リアルな街が出現したようなセットが組まれていて、ワクワクしました。この風景をバックに、多国籍な人物たちが登場するわけですね。
街と人間、どっちが風景かわからないですよね(笑)。
―― 確かに、個性的な街の住人たちと生活の匂いがしみついたような美術が、等価で存在感を放っていました。私が見学に行った日は多くの人が熱心に小窓から稽古場をご覧になっていて、一般公開は良い試みでしたね。
この春、芸術監督に就任された長塚圭史さんが掲げられた「開かれた劇場」のコンセプトを受けての企画ですが、舞台の稽古を観ていただく機会なんてそうないので、役者としても喜んで協力したいと思いました。横浜市内の小学校のクラスが丸ごと来てくれた日もあったんですよ。先生に引率された3〜4年生ぐらいの子どもたちが窓から手を振ってくれて、とっても可愛かったです。
劇場の新しい試みとして、稽古の模様を期間限定で公開した。
劇場を訪れた人たちが、リアルに街を模したセットを中スタジオ廊下の小窓から熱心に覗いていた。
―― さらに今回は、神奈川県民を中心とした一般の方々が出演されるとか。
フィリピン、中国、インドと、多国籍の座組みなんです。面白いですよ〜。初日が開けて、慣れていくとまたお芝居が変わっていくんじゃないかと思って。その変化も人間として興味深いというか(笑)。
横浜に住むさまざまな国の人たちが出演している。フィリピン出身のアリソン・オパオンさん、ジョセフィン・モリさんの歌稽古 (写真右はタニノ)
―― 一般の方が舞台に立つと、その人の人間力が際立って見えてきますよね。
そうなんです、まとってるのか、まとってないのか、わからない感じが、自然に目がいっちゃうんですよね。
―― 他言語を喋る登場人物たち、音楽を演奏する場面もあったりと、今回は「音」もポイントになりそうです。
私、今回の作品は「音が主役じゃないか」と思っているんです。人の喋る声、雨が降る音、生活音、音楽、コインランドリーの洗濯機の機械音。ありとあらゆる音が同時多発で起こったり、静寂の時間もあって。
―― 観客は、ある街の風景を、音とともにリアルに体感していくわけですね。面白そうです!
今回、(寺山修司主宰の演劇実験室◎天井棧敷にいた)蘭妖子さんと初めて共演しますが、稽古場で「面白いわよ、この芝居!」なんておっしゃると「おお、頼もしいな〜」と思って(笑)。わかりやすいストーリーやドラマがあるわけではないので、「こういうセールスポイントがあるので足を運んでください」と説明するのが難しいお芝居ですけどね。
―― 旅するように「体験」する舞台は、未知の感覚を味わえる予感がします。余談ですが、安藤さんは舞台を観にいく時、どんな観劇体験を求めていますか?
わざわざ劇場に足を運んで、2時間も3時間もイスに身体を拘束して……。私、自分で「観劇マゾ」なのかな?って思うぐらい、毎月、芝居をたくさん観るんです。一つは「狂気に浸りたい」という欲求があると思うんですよね。舞台を観て、どっぷり狂気に浸ったことで感じる、生きている感覚、満足感、爽快感というか。
―― 演者として舞台に立つときも、そういった快楽、喜びを求めているんでしょうか?
舞台で自分の身体をさらしているときは、裸で立っているような感覚です。そんなとき、ふと、客席から送られるフォースみたいなものを感じる時があるんですよ。
―― フォースですか!
そう、役者を包み込むフォース(笑)。これを感じると「やっててよかったなー!」って思うんです。その状態になると、空間がインタラクティブになって、私が一方的にセリフを喋っているわけじゃなくて、お客様との相互関係が生まれてくるというか。舞台の場合、客席との関係も共犯に近いじゃないですか。今回もそうなってくれるといいなと思っているんですけれど……。毎回、初日が開く前の心配は全部そのまま、期待とイコールですね。
『虹む街』出演者(上段左から)安藤玉恵 金子清文 緒方晋、(下段左から)島田桃依 タニノクロウ 蘭妖子
取材・文=川添史子
公演情報
『虹む街』
■出演:安藤玉恵 金子清文 緒方晋 島田桃依 タニノクロウ 蘭妖子 +神奈川県民を中心とした街の人たち
【ポポ・ジャンゴ ソウラブ・シング 馬双喜 小澤りか ジョセフィン・モリ 阿字一郎 アリソン・オパオン 月醬 馬星霏】
■日程:2021年6月6日(日)~20日(日)
■会場:KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉
■お問合せ:かながわ 0570-015-415(10:00~18:00)
■企画製作・主催:KAAT 神奈川芸術劇場
■公式サイト:https://www.kaat.jp/d/nijimumachi