ウィーン・フィルの新コンサートマスター決定

2015.12.17
コラム
クラシック

30歳のホセ・マリア・ブルーメンシャインが選ばれる

「そういえば今度のニューイヤー・コンサートはマリス・ヤンソンスが再登場するのだったね」、と年末が近づくとその動向が耳目を集めるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団について、注目すべきニュースが伝えられている。この数年、選出が難航していたウィーン国立歌劇場、そしてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の新しいコンサートマスターがついに決定したというものだ。

本稿を書いている時点ではまだフィルハーモニーの公式サイトFacebookでの告知はないようだが、ウィーン国立歌劇場のFacebookでの告知によれば「名コンサートマスターとして40年以上も活躍したライナー・キュッヒルの後任にホセ・マリア・ブルーメンシャインが選ばれた」とのことだ。


ホセ・マリア・ブルーメンシャインは1985年にフライブルクで生まれたブラジル系のドイツ人ヴァイオリニストだ。過去にいくつかのコンクールに入賞、優勝した経歴を持ち、現在はソリストとして活動、また「Vertigo String Quartet」のメンバーとしても演奏している。現在は30歳という若さでケルンWDR交響楽団(旧称ケルン放送交響楽団)のコンサートマスターを務める才能だ。かつてアメリカのカーティス音楽院でボストン交響楽団の名コンサートマスターとして知られたジョセフ・シルヴァースタインに学んだ彼は、この若さながら過去にフィラデルフィア管弦楽団のアシスタント・コンサートマスターを務めた実績もあることから、歌劇場およびフィルハーモニーは彼がこのポストに就く準備ができている、と判断したのだろう。

かつてならこのドイツ、そしてアメリカで培われた彼のキャリアは「ウィーンのものではない」として、少なくともフィルハーモニーの側からは退けられる要素になりえたのではないか、と思わないでもない。しかし近年女性演奏家をこれまで以上に迎えていることとも併せて、ウィーン・フィルは大きく変わる時期に来ている、ということなのだろう。何よりこの選任で同団はひとつ大きく世代交代をすることになる。新コンサートマスターの名のとおり、このオーケストラの新しい時代が大きく花(Blumen)開き、これまで以上に輝く(Shein)ものと期待したい。

この世代交代は、オーケストラという有機体にとっては間違いなく朗報なのだが、それは一方で「ライナー・キュッヒルがウィーン・フィルのコンマスに在るのは来年の夏まで」と決まった、ということでもある。かつての名コンサートマスター、ゲルハルト・ヘッツェルらとともに演奏していた1970年代から、1990年代以降現在までは名実ともに団の顔としてこの名門を支えてきた名手の退任にはウィーン・フィルを愛する皆様それぞれに去来するものがあるだろう。コンサートマスターに就任した1971年、彼はまだ20歳だったという事実にはいまさらながら驚かされるし、その後現在までの長きにわたりこの重責を務め上げたことに、心からの敬意を表したい。

なにも指揮者の功績をないがしろにする訳ではないが、このオーケストラの歴史を、個性を守ってきた彼の存在なしには成し得なかった演奏がどれだけあったことか。特にも、事故により急逝したヘッツェルの跡を彼が継いだ1990年代は、ウィーン・フィルと良好な関係にあった大指揮者カラヤン、バーンスタインの二人を相次いで失ったばかりの時でもあったのだから、その困難は相当のものだったことだろう。その時期以降に収録されたピエール・ブーレーズとの数々の録音や、サー・サイモン・ラトルとのベートーヴェン交響曲全集は彼にとっても代表盤と言えるものだろう。もちろん、まだウィーン・フィルとの仕事も夏まで八ヶ月強の時間が残されている、それにこれからもひとりの名ヴァイオリニストとして彼の演奏に触れる機会はあるだろうけれど、一足先に「ウィーン・フィルのキュッヒル」への御礼を、このニュースに併せて申し上げたい。

なお、キュッヒルさん(親日家の彼の事ゆえ、あえてこう呼ばせていただきたい)は年明け早々には”小さなウィーン・フィル”としておなじみのウィーン・リング・アンサンブルを率いて来日、各地で演奏会を行う。

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さて、名前をあげただけではホセ・マリア・ブルーメンシャインについて何も伝わらないところなので、彼の演奏動画をいくつか用意させていただいた。お時間の許す範囲でお楽しみいただきたい。

まずは独奏者として、ユッカ=ペッカ・サラステ指揮するノルトライン・ヴェストファーレン・ユース・オーケストラとの演奏で、バルトークのヴァイオリン協奏曲第一番、2012年10月28日の演奏を。


(ホセ・マリア・ブルーメンシャインのYouTubeチャンネルより)

続いては「Vertigo String Quartet」(「めまい」弦楽四重奏団、ということでいいのだろうか?)での演奏、ドン・エリスの「ブルガリアン・バルジ」をどうぞ。ここでブルーメンシャインは二番ヴァイオリンを演奏している。


(クァルテットのチェリスト、ニコラス・カネラキスのYouTubeチャンネルより)

最後にもう一曲、ブルーメンシャイン本人のYouTubeチャンネルよりモーツァルトの協奏交響曲を、指揮は先ほどと同じくユッカ=ペッカ・サラステ、オーケストラはWDR交響楽団、ヴィオラ独奏は同僚の村上淳一郎で。ではアンコールまで、存分にお楽しみください。