ピアニスト細川千尋、ジャズは「一番素直になれる音楽」 シリーズ『SEVEN STAR ARTIST』で描く新しい挑戦とは?
細川千尋
柔らかい感性でジャズとクラシックの世界を駆けるピアニストの細川千尋が2021年9月17日(金)に、東京・浜離宮朝日ホールで『細川千尋ピアノ・トリオ《プレイズ・スタンダード・ジャズ》』と題したコンサートを行う。公演は、音楽会社「日本コロムビア」が新進気鋭のエンタテインメントを紹介する『SEVEN STAR ARTIST(セブン・スター・アーティスト)』として同年8月から始めるシリーズのひとつ。シリーズ第二回で登場する細川は、デビューアルバムでも共演した盟友とステージに臨む。細川は「3人でしか出せないグルーヴをぜひ楽しんでほしい」と話している。
――『セブン・スター・アーティスト』は日本コロムビアが、新しいクラシックエンタテインメントの世界をリードする、新時代のスターを紹介するシリーズとして2021年8月13日(金)のドス・デル・フィドル(石田泰尚・﨑谷直人からなるヴァイオリン・デュオ)から、来年1月16日(日)のラ・ストラヴァガンツァ東京(コントラバスの黒木岩寿がプロデュースするアンサンブル)まで全7組が、浜離宮朝日ホールを舞台に行うコンサートです。7組の〝星〟のひとつに選ばれたときのお気持ちから振り返っていただけますか。
すごくうれしかったです。過去に共演したことがある(コロン)えりかさん(10月3日(日)に公演)も出演されますし、ドス・デル・フィドルさんなど、個人的に気になる出演者の方がたくさんいらっしゃいます。その一組に選ばれたことはうれしいです。
細川千尋
――全7組の出演者には、体験したことがない世界を見せてくれるわくわく感があります。主催する日本コロムビアも同シリーズの公式サイトの中で「クラシックの世界は、今確実に変わろうとしています」と強いメッセージを発信していて、高い期待を寄せていることを感じます。
そうですね。私自身はいままでクラシックとジャズを融合したステージが多かったのですが今回はスタンダードジャズにしぼったコンサートを行いたいと考えています。新しいことに挑戦したいと考えていた時期でしたので、新しい扉を開いている人たちが集まるこのシリーズで始めることができるのは、良いタイミングだなと思っています。
――新しい挑戦ですか。
はい。幼少の頃からピアノが好きで、クラシックの演奏を中心に続けてきました。進学した昭和音楽大学に在学中に、ジャズのコースが新設されて、ジャズのレッスンをするようになって。「ほかの人と同じことをしていてはダメだよ」という恩師の言葉もあり、自分らしさを追求していくようになったんです。2013年にスイスの『モントルー・ジャズ・フェスティバル』のソロ・ピアノ・コンペティションに出演(ファイナリストに選出された)したときに、「ジャズピアニストとしてやっていきたい」と強く思いました。偉人が書いた曲も素晴らしいですが、いろいろな人と向き合うことで自分の個性を。なので今回はジャズの楽しさを感じられるプログラムを作りたいと考えています。
――細川さんを魅了するジャズとはどのようなものなのでしょうか。
私が一番素直になれる音楽です。クラシックのピアニストは作曲者の意図を読み取って表現することが求められますが、ジャズは演奏するごとに違う音楽が生まれていくんです。私は超気分屋なので、弾くごとに直感で創り上げていくジャズの方が向いているかなと思います。
細川千尋
――毎回異なる環境に柔軟に対応なさっていく。四方八方に気を配り、頭はフル回転……というイメージですが、ステージのために心がけていらっしゃることはありますか。
そうですね。先ほど9月のステージは「新しい挑戦」とお話ししましたが、考えてみれば1回1回のステージは、「毎回挑戦」だと思います。毎回すごく緊張しますし。新しい表現を見つけるために、メンタル面含めコンディションを万全に整えておくことを最優先にしています。
――ピアニストは文系のイメージがありましたが、細川さんは考え方がパワフルです。華奢な見た目とは違って体育会系なんですね。
そうですね。アスリート体質なんです。お客さんはコンサートがある2時間に焦点を合わせて来て下さるじゃないですか。なので、私もそこで最高のパフォーマンスを見せたいと思うんです。緊張を拭うために1度心拍数を上げておいた方が良いと思って、本番の前には廊下でダッシュ、舞台に出て行く直前には、ソデでジャンプもしています。
――ダッシュにジャンプ!ですか。
はい。1回アドレナリンが出ると落ち着くんです。走るときは、うるさくないように、ヒールのかかとが廊下に当たらないよう、つま先立ちで走ります(笑)。
――本当に体育会系で驚きました……話を戻して、「スタンダードジャズ」を中心にしたいとおっしゃった9月の浜離宮朝日ホールはトリオでの出演になります。一緒にステージに立たれるメンバーと、現段階(6月下旬)での選曲を教えていただけますか。
井上陽介さんにベースを、セバスティアン・カプテインさんにドラムをお願いしています。2人にはデビューアルバム『My variations』でも演奏をしていただいていました。演奏するのは「枯葉」、「チェロキー」、「クレオパトラの夢」、「チュニジアの夜」、「いつか王子様が」などを予定しています。
――演奏曲はどのような基準で選ばれたのでしょうか。
ジャズを好きになったときに聴いていた曲を中心に選曲しています。ジャズを弾き始めたころ、一音がものを言う演奏に憧れて、オスカー・ピーターソンの「自由への賛歌」などもよく聴いていました。昔だったら「若造の私が弾いても何の説得力もないよな」と臆してしまうような曲にも挑戦したいと考えています。
細川千尋
――心境の変化はどんなところにあったのでしょうか。
「ジャズは人間」だと感じたことが大きかったですね。良いところも悪いところもあるのが人間。その泥臭さが魅力なのではないかと。私は作曲もするのですが、曲ができる瞬間は、「自分の心が動いたとき」なんです。ジャズを楽しいと感じた初心に戻って、コンサートに向けて曲と向き合っているいま、色んな人の曲を聴いて、さまざまな感情が生まれても来ています。この気持ちを曲にしたいと考えているので、9月のステージではオリジナルの新曲も聴いていただきたいと思っています。
――深みがある素敵な曲が生まれそうですね。
そうですね。新型コロナウイルスの感染拡大で世界が一変して。それまでも、自分が好きで演奏しているピアノを、聴きに来て下さる方がいらっしゃることに感謝をしていたのですが、コンサートが中止や延期になって観客の方に会えない時間が続いたとき、お客さまからも沢山のエネルギーをいただいていたことに改めて気がついたんです。最初は少し長い休みのような感覚でリラックスしていたのですが、外出自粛などでひとりで過ごす時間が増えたときに、「拍手や歓声に、力をもらっていたんだ」とありがたく思いました。ピアノは私にとって生きがいなんだ。そして、ピアノと共にステージに立つことができるライブ空間は、私にとって特別なものだと感じました。いろいろな経験を経て迎えるステージ。特別な場所を、よりスペシャルな時間と感じてもらえるような曲を作りたいですね。
――9月のステージがいまから楽しみですね。
はい。2人とは、過去にもステージで共演したことがありました。そのときは、1曲目にラヴェルの「ボレロ」をやったんです。【♪タッタカタ、タッタカタ~】と最初、セバスティアンのドラムで始めて……。
細川千尋
――1曲目に「ボレロ」って、観客も驚きですね。
はい。終盤に演奏されることが多い曲ではありますよね。2人とお客さんの耳も心も全集中している中、セバスティアンだけが音を出し始める。そこにベースとピアノが加わっていくという構成だったので、いつもあまり緊張しないセバスティアンが、舞台裏ですごくナイーブな感じで、最高の始まりの音をつくってくれたのが印象的でした。
――浜離宮朝日ホールでも、サプライズがあるでしょうか。
どうでしょうか(笑)。3人で4ビートって、案外やっていなかったので、そこは楽しんでほしいですね。あとは3人だからこそ出せるグルーヴ感を味わってほしいです。
――3人だからこそ出せるグルーヴ感ですか。
「ボレロ」のときではないですが、「なんか緊張しているな」とか、言葉がなくても感じられる同志なので、演奏中は相手がこう来たら、自分はこう出るとか、先を読みながらの駆け引きがたくさんあると思うんです。
――信頼しているからこそ生まれるものですね。
陽介さんからすると、私は〝暴れ馬〟のようなのですが、支えてくれる2人がいるから、自分を解放できるんです。自分を解放すると、思ってもいなかったような時間が生まれる。
――新曲と3人の駆け引きを楽しみにしています。
東京でのコンサートは、昨年の1月以来です。久しぶりにコンサートに足を運ばれるお客さまもいらっしゃると思いますし、色んな思いをもって会場に来て下さるのだと思います。1人でも多くの方に、演奏を楽しんでいただけるよう、全力を出し切りたいと思っています。私は陽介さんのウォーキングベースが大好きなので、個人的にこのラインが出てくる曲が楽しみです。
細川千尋
取材・文=Ayano Nishimura 撮影=池上夢貢
公演情報
細川千尋ピアノ・トリオ《プレイズ・スタンダード・ジャズ》
[会場]東京 浜離宮朝日ホール
ジョゼフ・コズマ:枯葉
アレックス・ノース:ラブ・テーマ・フロム・スパルタカス
ほか...
※やむを得ない事情により、曲目が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
細川千尋(ジャズ・ピアノ) / 井上陽介(bs) / セバスティアン・カプテイン(drm)
<全席指定> 5,500円(税込)
※未就学児のご入場はご遠慮いただいております。
[協力]タカギグラヴィア
SEVEN STAR ARTIST シリーズ 特設WEBサイト:https://www.columbiaclassics.jp/seven-star-artists