中村勘九郎の龍神、中村七之助の龍女が全国15都市を巡る歌舞伎公演『錦秋特別公演』取材会レポート
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『中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演2021』
『中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演』は、勘九郎、七之助を中心に、中村屋一門が行う歌舞伎の全国巡業公演だ。2021年は10月5日(土)より、全国15か所を巡る。演目は『浦島』、『甦大宝春日龍神(よみがえるたいほうかすがりゅうじん)、そして『トークコーナー』。出演は、勘九郎、七之助、中村鶴松。
各都市の会場で上演されることから、歌舞伎を初めて観る方にも、足を運びやすい公演となる。しかし勘九郎は「あえて歌舞伎初心者向けに準備することはない」という。8月18日に行われた勘九郎と七之助のリモート取材会をレポートする。
■中村屋一門にとって大切な公演
中村屋兄弟の『錦秋特別公演』は、ふだん歌舞伎の公演が行われない土地に、中村屋兄弟が自ら出向き、歌舞伎を上演する試みだ。
中村勘九郎
勘九郎「2005年より毎年のように続けていますが、トークの中で『今日初めてご覧になる方は?』とうかがうと、結構な数の手が上がります。まだまだだなと、実感します。これからも続けていきたい、中村屋一門にとって大切な公演です」
トークでは、来場者からの質問に2人が生で答える質問コーナーがある。これまで七之助は、そこで来場者とコミュニケーションをとれることを楽しみにしてきた。
七之助「感染症対策もあり、今回は事前に質問を集めます。これまで通りの触れ合いができないことは少し残念ですが、歌舞伎をまだご覧になったことのない方に、少しでも魅力を伝えられたら嬉しいです。(外食も控えているため)その地方の美味しい食事や名物をいただくことも難しいのですが、その土地その土地の空気を感じられたらいいですね」
質問コーナーで「『七之助さん、いつ結婚するんですか』というご質問が、ここ2、3年でぱったり止まりましたね」と近年の傾向を明かしたのは勘九郎。七之助は「たしかに」と笑い、「お客様にも諦められてしまったのかな。メディアで質問されるたび、“しない”と答えてきたせいかもしれません。でも最近、1歳下のマネージャーが結婚してプレッシャーをかけてくるんです!」とコメントした。
■勘九郎の龍神、七之助の龍女
勘九郎と七之助は、『甦大宝春日龍神』に出演する。2014年、春日大社の奉納舞踊として2人が踊った演目だ。龍神は、春日大社で水を司る神様とされている。
七之助「神様に関わる演目をやらせていただくと、摩訶不思議なことが起きたりします。春日大社では、野外で踊らせていただきました。その日、雨が降るとずっと言われていたのになんとか持ちこたえて。踊り終えた瞬間、どしゃ降りに! 兄と『願いが通じたのかな』なんて話をしました」
今回は、勘九郎が村の男、実は龍神を、七之助が村の女、実は龍女を、中村いてうが明恵上人を勤める。
七之助「前シテ(前半)で明恵上人が、修行のために天竺を目指したいと言います。村のものはそれを留め、春日の野の四季折々の美しさを踊ります。その後、上人は日本から出るのをやめるよう、お告げを受けます。さもなければ龍神と龍女が暴れてしまうから、と。引き止める理由は、原作のお能と少し違いますね。そして後シテ(後半)になると、龍神と龍女が姿をあらわし、荒々しく踊りおさめます。お芝居仕立てではじまり、後半は迫力のある踊りをご覧いただきます。今の世の中が平穏無事であるように。その思いを心に秘めて踊りたいです」
勘九郎も本作の題材に触れ、「神がかっているものに触れることで、お客様にも神秘的な思いになっていただけたら」と語っていた。
■目で見て楽しい、鶴松の『浦島』
本公演の序幕を飾るのは、中村鶴松の舞踊『浦島』。
勘九郎「近年、色々な役を経て大きくなっていく鶴松。2019年の『三ツ面子守』に続き、今回も演目を1本、彼に任せたいと思っていました。鶴松が『浦島』を希望しました。昔話の浦島太郎の後日談ですのでストーリーは分かりやすく、曲調は華やかです。二枚扇という、お扇子を2つ使ったテクニカルなところもあり、初めて歌舞伎をご覧になる方にも、目で見て楽しんでいただけます」
勘九郎自身、これまで父・勘三郎との親子会や、七之助との兄弟での巡業で『浦島』を踊ってきた。
勘九郎「私事ですが、父は私の『浦島』を大変気に入ってくれていました。その『浦島』をしっかりと鶴松にも伝えたいです」
『浦島』も『春日龍神』も、親しみやすい演目だ。しかし勘九郎は「あえて歌舞伎初心者向けに準備することはない」と明言する。
勘九郎「何でも分かりやすくしよう、とは思いません。歌舞伎に限らず、いま頭を使い観るものが少なくなっていますよね。ニーズがあるからと、分かりやすい方向に行きがちなのでしょうか。けれどお芝居を観ていると、何だか訳が分からなくても、自然と涙が出てくることがあります。本能や内面、奥底を刺激するお芝居が、歌舞伎にはたくさんあります。踊りにはもともと台詞もありません。演目を選ぶ際、“時代物2本連続”とならないようになどの配慮はしますが、初心者の方のために何かを変えることはしません。歌舞伎本来の演出、本来の楽しさでご覧いただきたいです」
■春は勘太郎、長三郎も
昨年は、コロナ禍の影響でやむなく中止となった。今年は、春と秋に分けて15都市を巡る。春の巡業には、勘九郎の長男・勘太郎と次男の長三郎が初参加した。
勘九郎「父との思い出のお店や場所に連れていきたくても、この状況です。2人にストレスが溜まることを心配しましたが、毎日舞台に立てることがとても楽しかったようです。彼らにとって、舞台で踊れることが、何より嬉しいんですね。欲をいうなら……長三郎が3秒黙ると死んでしまうような男なんです。移動中の車では休ませてほしいのに!」
これに対し、七之助と鶴松は、移動時間も楽しんでいたという。
中村七之助
七之助「僕は、死ぬほど楽しかったです! (甥っ子に)無責任な愛を注いで楽しく過ごせました! 本当に長三郎はずっとしゃべっているか歌っていました。思えば兄や(妻の)愛さん、勘太郎たちは、ホテルの部屋に入ってからもあれが続くんですね。彼らにとって初めての巡業が、無事に終わって良かったです」
■希望につながるように、心の栄養となるように
感染症対策が欠かせない中、15都市を移動する。勘九郎も七之助も、緊張感のある面持ちでコロナ禍における公演について言及した。
勘九郎は「ワクチン接種が行き渡り落ち着きをみせるかと思っていましたが、いまだ不安定な日々が続いています。我々のコロナに対する危機感や対策への意識は、昨年よりも下がっているようにも感じられます。公演をやるからには、気を引き締め、体調管理と感染症対策を徹底します」
県境をまたぐ移動がはばかられる今だからこそ、身近なエリアで観劇できる巡業公演は、各地のファンにとってありがたい機会ともいえる。春の巡業では、来場者のありがたさを感じた
七之助「世の中は大変な状況で、役者をやっていていいのかと、悩む職業であることはたしかです。『なんでこいつら、県をまたいできているの?』と思われても仕方がありません。賛否両論あるかもしれませんが、春の巡業で、たくさんのお客様から温かい拍手をいただき、『役者は、いていいんだ』、『やっている意味があるんだ』とあらためて感じることができました。一所懸命つとめます。明日の希望につなげていただければ、私たちもやる意味があるのではないでしょうか」
勘九郎もまた、今春の巡業を思い出す。
勘九郎「幕が上がった時、皆さまが拍手で応えてくださいました。それ以上叩いたら手が痛くなってしまうよ……と、心配になるくらい。そんなお客様お一人お一人をみて、安心感と嬉しさが込み上げてきたことを覚えています。今回の巡業では、先日大雨の被害にあわれた方々のお住まいの土地にもうかがいます。少しでも現実を忘れ、歌舞伎の世界に飛び込み楽しんでいただけるよう、全力でやらせていただきます。歌舞伎を心の栄養としていただき、歌舞伎で心を癒すことができれば嬉しいです」
勘九郎と七之助が出演する『中村勘九郎 中村七之助 錦秋特別公演 2021』は、10月5日(土)に開幕する。
公演情報
中村勘九郎、中村七之助、中村鶴松
一、浦島
二、甦大宝春日龍神
三、トークコーナー
10月8日(金)東京・中野 なかのZERO 大ホール
10月9日(土)埼玉・東松山 東松山市民文化センター
10月10日(日)茨城・水戸 ザ・ヒロサワ・シティ会館 大ホール
10月11日(月)神奈川・藤沢 藤沢市民会館 大ホール
10月13日(水)高知・高知 高知県立県民文化ホール オレンジホール
10月14日(木)広島・広島 広島文化学園HBGホール
10月16日(土)山口・周南 周南市文化会館 大ホール
10月17日(日)香川・高松 レクザムホール(香川県県民ホール)大ホール
10月19日(火)大阪・東大阪 東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
10月20日(水)兵庫・神戸 神戸国際会館 こくさいホール
10月21日(木)三重・四日市 四日市市文化会館 第1ホール
10月22日(金)大阪・枚方 枚方市総合文化芸術センター 関西医大 大ホール
10月23日(土)東京・八王子 J:COMホール八王子
10月24日(日)富山・富山 オーバード・ホール(富山市芸術文化ホール)