【ライヴ・レポート】ヴィットリオ・グリゴーロ テノールコンサート2020~高貴な響きが会場を席巻
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ヴィットリオ・グリゴーロ
デビュー以来 ‟パヴァロッティの再来” と称えられてきたイタリアのテノール歌手、ヴィットリオ・グリゴーロ。2021年10月31日、東京・サントリーホールで開催された「ヴィットリオ・グリゴーロ テノールコンサート2020」は、文字通り、昨年から一年延期しての開催実現となった、長らく待ち望まれた幻のコンサートの実現。11月6日には大阪公演、そして、11月12日にはヴィットリオ・グリゴーロ/清塚信也/秋川雅史が一同に会する公演「The MASTERPIECE 〜CLASSIC meets ROCK〜」も予定されているが、まずは先日おこなわれた東京公演の模様を振り返ろう。
久々のフル・オーケストラ伴奏による来日歌手のソロ・コンサートとあって、サントリーホールの客席もステージもかつての華やぎを取り戻したようだ。テノールのスターとともに舞台を彩るのは、東京21世紀管弦楽団のメンバー、そして、イタリア・オペラ界に長らく君臨する名指揮者のマエストロ マルコ・ボエーミという豪華な顔ぶれだ。
一曲目はロッシーニの歌曲「踊り~La danza」。オーケストラが鳴り出したところで舞台袖からグリゴーロが颯爽と登場。今宵の主役に曲中でも拍手が巻き起こる。舞台を縦横無尽に闊歩しながら明るいナポリ民謡調の ‟カンツォネッタ” をエネルギッシュに歌うグリゴーロ。ステージ後部のP席にまで駆け寄るサービス精神は何とも嬉しい。役者がノリノリなら客席もノリノリ。曲が終わると、客席前方を占める常連の熱烈なファンからイタリア国旗色の団扇を手渡され上機嫌で舞台袖へ。
冒頭からグリゴーロのスタイル全開で始まったこのコンサート。第一部では、彼が得意とするオペラ・アリアが数曲ラインナップされ、その曲間に《セビリヤの理髪師》序曲、そして、《マノン・レスコー》《カヴァレリア・ルスティカーナ》《友人フリッツ》の各間奏曲が演奏された。
第二部はイタリア歌曲やナポリ民謡、そして「アマポーラ」や「グラナダ」などの往年のポピュラーソングの合間に《天国と地獄》序曲(フレンチ・カンカン)や《カルメン》 前奏曲、そして、ファリャのバレエ組曲《恋は魔術師》から「火祭りの踊り」がオーケストラで演奏されるという、ラテンの情熱ほとばしるゴージャスな構成となっていた。
第一部では、まさに天性の ‟オペラティック俳優” グリゴーロの持ち味がいかんなく発揮された。一曲目のアリアはプッチーニ《トスカ》から「妙なる調和」。最後に高らかに歌われる ~Tosca,sei tu~ の情熱的な語り口はグリゴーロの真骨頂。空間を力強く通り抜ける密度の濃い、高貴な響きが会場を席巻した。続いてもプッチーニのオペラ《ジャンニ・スキッキ》からリヌッチョのアリア「フィレンツェは花咲く木のように」。この曲は、なぜかオペラのストーリーに乗じてフィレンツェと近郊の観光地の魅力が列挙された、いわば ‟ご当地ソング”なのだが、トスカーナ出身のグリゴーロにとっては身近なものに違いない。色彩変化も自由自在、軽妙洒脱に ‟お国自慢” を聴かせてくれた(これが意外と難曲なのだ)。この一曲だけで、早くもオペラの舞台を見ているような臨場感で客席を包み込んだ。
フランス・オペラの名作《カルメン》の「花の歌」では、冒頭部分のピアニッシモの美しさが、グリゴーロの端正なフランス語の語り口とあいまって、一瞬にして洗練された抒情的な世界へと客席を誘う。感情高まるクライマックスから突如ささやくように甘く語る表情の変化の巧みさ、そして、最後の ~Je t`aime~ を歌い上げた後の余韻に身を任せるかのような顎のしゃくりあげ方などは、魔性の女 カルメンに魂を奪われた男 ドン・ホセの姿を真に感じさせた。ソロ・コンサートであることをすっかり忘れてしまうほどのリアリティに満ちた時空間がそこにあった。
第一部の最後を飾ったのは、レオンカヴァッロのオペラ《道化師》から「衣装を着けろ」。グリゴーロのリリコ・プーロの声質には完全にふさわしいとは思えないこの曲も、劇的な語り口で台詞一つひとつに鮮やかに息を吹き込み、この血なまぐさい人間ドラマのエッセンスをわずかな尺で精彩に蘇らせていた。最後、絶望のあまりひざまずくグリゴーロ、いやカニオ(グリゴーロ扮する登場人物の名)は、怒りや憎しみを抱きながらも、今晩も道化として人前に姿をさらさなくてはいけない悲哀を激情の赴くままに全身で表現した。その‟背中”が語るものの雄弁さに圧倒された。
一連のアリアを歌い上げると、第一部にしてスタンディング・オベーションが巻き起こる。客席の熱い期待に200%のエネルギーで答えるグリゴーロの姿に高揚せずにはいられない前半一時間だった。どんな時も、決して芸術家ぶったり、高邁な姿勢をとらず、客席を喜ばせるために(いや、客席を巻き込んで)全力投球するその姿に、彼が日本のファンの心を掴んで止まない理由が実感できた。
第二部の始まりは、レオンカヴァッロの歌曲から「朝の歌」。オーケストラ伴奏で、しかも、グリゴーロのダイナミックな歌で聴くと、普段は地味な存在の近代イタリア歌曲の小品が持つ本来の魅力が伝わってくる。続いて歌われたナポリ民謡の「忘れな草」も、この「朝の歌」も劇的に語り、演じられるオペラ・アリアより、むしろグリゴーロの持つテノーレ・リリコ(リリック・テノール)の声の本質を深く味わえる作品だ。「忘れな草」では、唯一無二の旋律に敬意を表するかのように、真摯に折り目正しい抒情性を聴かせた。
甘いヒットナンバーの応酬に加え、オーケストラ演奏による楽しい名曲が盛り込まれた極上のエンターテイメントが続く第二部。コンサートも終盤にさしかかり、ここからは、さらにラテンのディープで情熱的な世界へと誘われる。次に歌われたスペイン語のラブソング二曲では、グリゴーロの端正ながらも野性味あふれる魅力が高揚した客席をいっそう酔わせた。
メキシコの伝統的なラブソング「シェリト・リンド(愛しい人)」では、グリゴーロ自らサパテアード(フラメンコ特有の足拍子)を踏んで舞台を盛り上げる。一曲歌い終わるとオケのメンバーからカスタネットを借り、自身で演奏しながら最後の部分を歌い、踊ってのアンコール。
続いては、もう一曲のラテンの名曲「アマポーラ」。このような大衆的なラブソングでも、終始、深みのある声を聴かせ、決してクラシック歌手としてのスタイルを失うことのない品格ある歌は心に響くものがあった。お茶目でおふざけが大好きな “やんちゃ” なグリゴーロだが、どんなことをやっていても、歌の本質にストレートに迫るその実力と気迫は、やはり世界で称賛される続けるアーティストにふさわしいものだ。
~アマポーラ~と優しく語る姿や、間奏部分ではマラカスに合わせてちょっとワルっぽく粋に踊る姿は、女性ファンでなくとも心を奪われるに違いない。最後の挨拶でグリゴーロ自信も語っていたように、「人生をエネルギッシュに、情熱的に楽しむことのすばらしさ」を日本の聴衆の前に自ら示してくれているようで、コロナ禍で鬱々した日々が続く今だからこそ、受け止める側にもよりいっそうの大きな喜びと感動があった。
プログラムの最後を飾る一曲はララの「グラナダ」。かの往年の三大テノールもラストやアンコールで披露していた愛唱歌だ。グリゴーロは上着を脱いでマタドールに扮し、大熱演しながら歌う。冒頭、トスカのアリアを歌うように芸術性高く歌い上げながらも、その後に続くムード&ラブソング的な粋な流し方との絶妙なコントラストも見事だ。
一曲歌い上げると、拍手喝采を浴びながらトランペットとトローンボーンの金管セクションの奏者を前に呼び寄せ、自ら指揮をしつつフィナーレの部分をもう一度アンコール。そして、さらなる二度目のアンコール。日本人金管奏者たちとの息もぴったりで、見ていても気持ちよいほどに楽しそうだった。惜しみなく“魅せる”グリゴーロの希代のエンターテイナーぶりに客席も大熱狂。最後は、客席からもらった“Bravoタオル”を頭に巻いて《カルメン》前奏曲を指揮する喜び勇んだ姿にさらなる大喝采が贈られていた。
ちなみに、ラインナップの詳細は若干違うが、同バージョンの公演が11月6日に大阪のフェニーチェ堺でも開催される。こちらはオーケストラとの共演ではないが、マエストロ・ボエーミがピアニストとして「身体を張って(!)」、グリゴーロのあふれるエネルギーに寄り添ってくれるに違いない。オーケストラ伴奏とはまた一味違い、ピアノの伴奏によって、よりいっそうグリゴーロの声の本質にじっくりと向き合える絶好の機会ともなることだろう。
そして、さらに11月12日には舞浜のアンフィシアターで、グリゴーロ自らの企画による「The MASTERPIECE ~CLASSIC meets ROCK~(ザ マスターピース 〜クラシック ミーツ ロック〜)」という新しい試みも予定されている。
ここで、グリゴーロ自身のメッセージをご紹介しよう。
「音楽には国境や壁などなく、すべてが繋がっているというのが私の考えです。音楽は波や振動のようなのです。『The MASTERPIECE』は新しいコンサートのかたちです。オペラというイタリアの文化と二人の個性的な日本人音楽家によるインターナショナルな音楽が融合する機会です。秋川雅史氏と清塚信也氏と共演し、一緒に力を合わせることによって、新たな力が生まれ、結ばれ、それはより強くなるのです。これこそが “Masterpiece” なのです」
そして、共演者の秋川雅史からのメッセージもご紹介しよう。
「グリゴーロさんはパヴァロッティ亡きあと、世界で最も活躍するイタリア人オペラ歌手です。
その声は圧倒的で、オーケストラを飛び越えて飛んでくる輝かしい歌声は、聴く人を一瞬にして魅きつける力を持っています。
そんな彼が、今回日本でロックやポップスの名曲を歌うコンサートを一夜だけ行うというので注目されています。
私も光栄ながらこのコンサートにご一緒させて頂きますが、いつもとは違うジャンルの音楽を歌う事にワクワクしています。
ジャンルを超えた音楽の魅力を届けられたらと思っています」
"クラシックとロックの融合” と銘打たれた世界のテノールと日本人アーティストたちによる新しいコラボレーションのかたち。詳細は近日発表予定だが、円熟を迎えた希代のエンターテイナーの企画による新機軸に期待も高まる。
取材・文:朝岡久美子
公演記録
■日時:2021年10月31日(日)19:00開演
■会場:サントリーホール(大ホール)
■指揮:マルコ・ボエーミ(MARCO BOEMI)
■オーケストラ:東京21世紀管弦楽団
※フルオーケストラ伴奏公演。
※東京公演は2020年からの振替公演。
<第一部>
・ジョアキーノ・ロッシーニ:歌曲『音楽の夜会』より「踊り」
“La danza” from Les soirées musicales / Gioachino Antonio Rossini
・ジョアキーノ・ロッシーニ:歌劇『セビーリャの理髪師』より「序曲」
“Sinfonia” from Il Barbiere di Siviglia / Gioachino Antonio Rossini
・ジャコモ・プッチーニ:歌劇『トスカ』より「妙なる調和」
“Recondita Armonia” from Tosca / Giacomo Puccini
・ジャコモ・プッチーニ:歌劇『マノン・レスコー』より「間奏曲」
“Intermezzo” from Manon Lescaut / Giacomo Puccini
・ジャコモ・プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「フィレンツェは花咲く木のように」
“Firenze e come un albero fiorito” from Gianni Schicchi / Giacomo Puccini
・ピエトロ・マスカーニ:歌劇『カヴァッレリア・ルスティカーナ』より 「間奏曲」
“Intermezzo” from Cavalleria Rusticana / Pietro Mascagni
・ジョルジュ・ビゼー:歌劇『カルメン』より「おまえの投げたこの花を (花の歌)」
“La Fleur Que Tu M’avais Jetee” from Carmen / Georges Bizet
・ピエトロ・マスカーニ:歌劇『友人フリッツ』より「間奏曲」
“Intermezzo” from L’amico Fritz / Pietro Mascagni
・ルッジェーロ・レオンカヴァッロ:歌劇『道化師』より「衣装を着けろ」
“vesti la giubba” from pagliacci / Ruggero Leoncavallo
<第二部>
・ルッジェーロ・レオンカヴァッロ:「朝の歌」
“Mattinata” / Ruggero Leoncavallo
・ヨハン. シュトラウスII:喜歌劇『こうもり』より「序曲」
”Overture” from Die Fledermaus / Johann Strauss II
・エルネスト・デ・クルティス:「忘れな草」
“Non ti scordar di me” / Ernesto De Curtis
・ジャック・オッフェンバック:喜歌劇「天国と地獄」序曲より“フレンチ・カンカン”
“France Cancan” from Orphee aux Enfers Overture / Jacques Offenbach
・キリノ・メンドーサ・イ・コルテス:「シェリト・リンド(愛しい人)」
“Cielito Lindo” / Quirino Mendoza y Cortés
・ジョルジュ・ビゼー:歌劇『カルメン』より「前奏曲」
“Prelude” from Carmen / Georges Bizet
・ホセ・ラカジェ:「アマポーラ」
“Amapola” / José María Lacalle
・マヌエル・デ・ファリャ:バレエ組曲『恋は魔術師』より「火祭りの踊り」
“Danza del Fuoco” from El Amor Brujo / Manuel de Falla
・アウグスティン・ララ:「グラナダ」
“Granada” / Agustin Lara
<アンコール>
・E.カプア:G.カプッロ/オー・ソレ・ミーオ
“‘O sole mio – Canzone” / Eduardo Capua:Giovanni Capurro
公演情報
■会場:フェニーチェ堺(大ホール)
■ピアノ:マルコ・ボエーミ(MARCO BOEMI)
■演奏曲目
※ピアノ伴奏公演に伴い一部予定曲目が変更となりました(10/18更新)
・ジョアキーノ・ロッシーニ:歌曲『音楽の夜会』より「踊り」
“La danza” from Les soirées musicales / Gioachino Antonio Rossini
・ジョアキーノ・ロッシーニ:「オッフェンバック風小カプリース」ピアノソロ
“Petite caprice style OFFENBACH” ( piano solo ) / Gioachino Antonio Rossini
・ジャコモ・プッチーニ:歌劇『トスカ』より「妙なる調和」
“Recondita Armonia” from Tosca / Giacomo Puccini
・ジャコモ・プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「フィレンツェは花咲く木のように」
“Firenze e come un albero fiorito” from Gianni Schicchi / Giacomo Puccini
・ジュール・マスネ:歌劇『タイス』より「瞑想曲」ピアノソロ
“Meditation” from Thais ( piano solo ) / Jules Massenet
・ジョルジュ・ビゼー:歌劇『カルメン』より「おまえの投げたこの花を (花の歌)」
“La Fleur Que Tu M’avais Jetee” from Carmen / Georges Bizet
・ルッジェーロ・レオンカヴァッロ:「タランテッラ」ピアノソロ
“Tarantella” ( piano solo ) / Ruggero Leoncavallo
・ルッジェーロ・レオンカヴァッロ:歌劇『道化師』より「衣装を着けろ」
“vesti la giubba” from pagliacci / Ruggero Leoncavallo
・レナード・バーンスタイン:『ウエスト・サイド物語』より「マリア」
“Maria” from West Side Story / Leonard Bernstein
・レナード・バーンスタイン:『ウエスト・サイド物語』より「あんな男」ピアノソロ
“A boy like that” from West Side Story ( piano solo ) / Leonard Bernstein
・エディット・ピアフ/ルイ・グリエルミ:ラ・ヴィ・アン・ローズ(ばら色の人生)
“La vie en rose” / Édith Piaf/Louis Guglielmi
・フランシス・プーランク:「エディット・ピアフを讃えて」ピアノソロ
“Improvisation No.15 Hommage A Edith Piaf”( piano solo ) / Francis Poulenc
・キリノ・メンドーサ・イ・コルテス:「シェリト・リンド(愛しい人)」
“Cielito Lindo” / Quirino Mendoza y Cortés
・ホセ・ラカジェ:「アマポーラ」
“Amapola” / José María Lacalle
・マヌエル・デ・ファリャ:バレエ組曲『恋は魔術師』より「火祭りの踊り」ピアノソロ
“Danza del Fuoco” from El Amor Brujo( piano solo ) / Manuel de Falla
・アウグスティン・ララ:「グラナダ」
“Granada” / Agustin Lara
※曲目は予告なく変更になる場合があります。
ヴィットリオ・グリゴーロ/清塚信也/秋川雅史
■会場:舞浜アンフィシアター
■料金:(税込)※全席指定 S席¥14,500 /A席¥12,500
※未就学児はご入場いただけません。
■主催:株式会社アーチ・エンタテインメント/協力:BSフジ
■運営協力:株式会社ファミリーアーツ
■公式サイト:http://arch-ent.jp/topics/the_masterpiece/