メメントC+山の羊舎共同企画『私の心にそっと触れて』──愛は記憶される? 劇作・嶽本あゆ美と演出・山下悟に聞く
-
ポスト -
シェア - 送る
メメントC+山の羊舎 共同企画『私の心にそっと触れて』が2021年12月16日(木)〜12月22日(火)、Theater新宿スターフィールドで上演される。もともと2020年に上演予定だったがコロナによる延期で、今回の上演となった。
高齢化社会になり、アルツハイマー病も身近な病気になった。病気が進行することで、記憶が消えたり、性格が変わったり、アイデンティティが不確かになったとき、それでも愛は記憶されるのだろうか。ある医師と妻たちのやりとりを通して、人間の本質について考える。劇作の嶽本あゆ美(メメントC)と、演出の山下悟(山の羊舎/演劇集団円)に話を聞いた。
■メメントCと山の羊舎初共同企画
──メメントCと山の羊舎の初共同企画になりますが、そもそものきっかけについて教えてください。
山下 嶽本さんが演劇集団円に書いてくれた『オリュウノオバ』の舞台を見たとき、いままで見慣れた劇団の役者たちの演技にぜんぜんちがう色が出ていて、新しい面を見ることができたんです。その脚本を書いたのが嶽本さんというので、前から引っかかっていたんですよ。
ちょっとしためぐりあわせから、嶽本さんに台本をお願いしようという話が持ちあがり、打ち合わせをしているうちに、この企画が嶽本さんから持ちあがってきた。それで、いったんはメメントCと山の羊舎の共同企画としての上演が決まって、動き始めようとした矢先にコロナが来ちゃって……
嶽本 はじめは去年の6月に上演される予定だったんです。
山下 それから1年半が経ってしまって。そういう意味でも、最初から難産でしたね。
──嶽本さんは、山下さんのお仕事をご覧になっていましたか。
嶽本 円で知り合った女優さんとその後も活動していたときに、山の羊舎で上演された別役実さんの『メリーさんの羊』にその方が出られたのでわたしも見にいきましたし、民藝では坂手洋二さんの『帰還』を演出されていたので、山下さんのことは知っていました。デビュー作みたいな作品で円に関わったことで、いろんな縁がつながったんです。山の羊舎さんの舞台にはベテランの俳優も出られるので、ちょうどいい機会かなと。
『私の心にそっと触れて』劇作家の嶽本あゆ美。
■病気を通して人間の本質について考える
──「人生百年」という言葉があるように、平均寿命が長くなる一方で、これまでは発症しなかった病気で亡くなる方がいたり、体は元気なのに脳が機能しなくなることが身近でも起きるようになりました。今回はアルツハイマーという病気、しかも、主人公である患者は、脳神経内科が専門の医師です。この題材を選んだ理由について聞かせてください。
嶽本 やはり、まわりでアルツハイマーの方がたくさんいたということですね。穏やかに進行して、本当に変わらないかたとか、問題行動を起こすかたとか、いろいろなケースを見たんです。暴れたり、暴言がないだけで、ケアはずいぶんやりやすいんですよ。
穏やかに過ごしているかたがいる一方で、易怒性といわれる怒りっぽさが出たり、性格の変化が激しいかたもいて、そのために人間関係が壊れてしまうのも見てきました。
そのときはどうしちゃったんだろうと思うんですが、何年か経って、発症されていたことがわかる。そういうかたでも、その後、適切な措置や手当てをすることで、本来あるべき自分を取り戻されてから亡くなる方もいれば、それがきっかけで人間関係が悪くなり、まったくちがう人間になってしまうかたもいます。
では、まったく性格が変わってしまった人は、もう別人なのかというと、そういうかたでも、たとえば、美しいものを見たり、ぼそっとこぼす言葉などに別の一面を見ることがある。「これはきれいだね」とか「これはおいしいね」という言葉を聞くたびに、人間は病気でどこまで侵食されて壊れていくのか、壊れることによって人間の本質はどう変わるのかが気になって、たくさんの人を見送ることになりました。
■深刻な問題を「励ます」かたちに
山下 『私の心にそっと触れて』の打ち合わせをしてから、もう2年が過ぎようとしていますが、実を言うと、最初のうちは、惚けるとか認知症という問題がちょっと遠かったんですよ。自分のまわりにいる人たちは、高齢でも割としっかりしていたので。
ところが、上演がコロナで中止になった後、身内にアルツハイマーの診断が出てしまい、他人事ではなくなった。それ以前は、悪く言えば他人事のように、この問題を素材としてどう扱うべきだろうと考える対象だったのが、ちょっと身につまされる話になってきてしまって。だから、去年と今年では、自分の感じかたがぜんぜんちがいます。稽古場に来て、俳優やスタッフと話してみると、だれもが身近に似たような事例を抱えていることがわかった。そして、そろそろ自分もと思っている感じがします。
──60代でも発症なさる方はいらっしゃいますからね。
山下 はじめは、少し外から認知症を見つめて、そこに起こるまわりの一般社会との齟齬(そご)みたいなものを素材として取りあげて、コメディータッチのものにしたいと思っていた。その気持ちはまだ消えてないけど、やってみると、深刻さの方がどうしても……
でも、深刻なものにすると暗くなってしまうので、それをなんとかして「励ます」という言いかたはおかしいけれども、そんな感じにできないかと。主人公はお医者さんだし、お医者さんだって人間だし。でも、本来は病気のことをよくわかっていた人なのに、その人自身が、自分が認知症であることを認めないという重さに、ぼく自身がうちひしがれているところもある。ただ、重苦しくならないようにどうしていくか。
『私の心にそっと触れて』演出家の山下悟。
■主体として思っている「自分」と他者が見た「自分」
山下 もうひとつ、これは認知症とは関係ない話ですけど、最初に主人公の脳神経内科医が「記憶や経験ってものは、どこに溜まるのかご存じですか」と質問した後、頭部を指して「ここじゃない、筋肉、体はもちろん、それから自分に最も近い他人の記憶の中」と言うんだけど、考えてみると、自分が主体として思っている自分と、それとは別に、他者が見たいろいろな自分がいる。それは多面的なものなんだけど、それら全部を含めて、本来はその人の存在みたいなものなんじゃないかなと。
──他の人が見ているイメージも「自分」のなかに含めるんですね。
山下 もしかしたら、そのことに自分でも気がついていないかもしれない。もちろん、主体は自分だから。それに加えて、本人以外によるイメージがいろいろ集まってきて、その人を作っていると。たとえば、ぼくだとしたら、どちらも合わせて「社会的な山下悟」になる。そのとき、主体である自分は、そうじゃないと思っているかもしれない。
でも、いちばん肝心な主体である自分が欠落してしまうと、まわりの人が持っているイメージだけが、その人として残ってしまう。それは思い出が残るということでもあるんだけど、亡くなった後ではなく、生きているうちに乖離していく。そのときに何が起こっているんだろう。
──主体としての自分が消えて、まわりの人がそれぞれ持っているイメージだけが抜け殻として残っていく。
山下 ああ、人間ってそういう存在なんだなと。そのことに気づきはじめたとき、主体がどんどん消えていくことの皮肉さというかな。主体である本人を構成していたものが、忘れることですっぽりなくなっていく。その人は消えても、その人の存在は残っているという不思議さ。
■魅力的なキャスティング
──そういった問題に取り組むにふさわしい、いい役者が揃いましたね。
嶽本 文学座、民藝、演劇集団円、劇団四季、Pカンパニーなどの出身者が揃って、魅力的なキャスティングになりました。
──演技もうまいし、パワフルだし、そのうえ、やさしいところもある。
嶽本 去年、7割ぐらい書いたところで止まっていたんです。ラストをどうしようか、ずっと考えていました。コロナ禍で、病院では面会できなくなったせいで、認知症が進んでしまった話とか、最期がわからなかったという話がたくさんあり、そういったことについて聞くことができたから、こういう結末になった部分もあるので、延期もまた意義があったと思います。
──山下さんが考える見どころは、どんなところですか。
山下 見どころは、ずっと抵抗してきた脳神経内科医の自分自身、その病状とか、それを演じる外山誠二さん。要介護になってから、どんどんまわりとの関係がとれなくなっていく。同時に、隠していた過去の真実が明らかになってくる。そういった状況で、彼が対面していく姿。現実に起きていることを、自分でわかっているのか、いないのか。そういうところの外山さんの役者としての向かいかたを見てほしい。
嶽本 わたしはその奥様を演じる白石珠江さん。白石さんは、とても面倒見のいい、できた奥様なんですよ。その奥様に「つい、不適切な行為を行なうのはあなたのせい!」という台詞があるんですけど、介護が大変になってきて、虐待はしていないと思うんですが、声を荒げたり、乱暴な取り扱いをしてしまう気持ちの変化を細やかに演じられている。介護したことがある人は「そうそう」と思うんじゃないかなと。
それから、外山さん、白石さんと三角関係になる開業医を演じる佐々木研さん。まさにそのままという感じで、びっくりするほど、はまっている。
──白石さんと佐々木さんは民藝コンビですね。
嶽本 すごく素敵なので、やっぱり歴史があるなと。
■見てくださる方へのメッセージ
──では、お客さんにひと言ずつお願いします。まず、作者の嶽本さんから。
嶽本 見ていて、つらいシーンもあると思うんです。いま、いろんな社会問題もあるし、コロナもあるけれど、いちばん大切なものは何だろうと考えると、心を大事に扱うことじゃないかなと。心にそっと触れるって、どんなことかなと考えながら見ていただけたら、うれしいです。
それと、いろんな病気があるんですけど、病気になっている方も、本質的にはその人であり続けるということも、わかってほしいなと思います。
──続いて、演出を手がける山下さんはどうですか。
山下 おたがいに人と人なので、惚けていてもいなくても、人がいっしょに何かをすれば、家族だろうが、職場だろうが、おたがいの気持ちが通じないところ、相手の気持ちがわからないところはあると思う。しかも、おたがいの関係ができたうえで、それが崩れたり、欠落してくれば、なんとか気持ちを届けようとも思う。それが届かないもどかしさ。
そういった場面が、見ていてつらかったり、きつかったりするかもしれないけれど、そのなかで、ほんの一瞬、相手に届いたときの喜びとか、自分の気持ちのなかに何かが刺さったこととか、そんなことがきっとあるにちがいない。それがその人が生きているひとつの証(あかし)になるといいなと思います。
左から、嶽本あゆ美(劇作)、山下悟(演出)
取材・文/野中広樹
上映情報
■日程:2021年12月16日(木)〜12月22日(火)
※21日は配信もあり(詳細は公式サイト参照)
■会場:シアター新宿スターフィールド
■演出:山下 悟
外山 誠二(UAM)
白石 珠江(劇団民藝)
駒塚 由衣(J.CLIP)
佐々木 研(劇団民藝)
石井 英明(演劇集団円)
茜部 真弓(オフィスPAC)
日沖 和嘉子
山王 弥須彦(テアトルアカデミー)
田村 往子
簑手 美沙絵(ミズキ事務所)
■スタッフ
照明:古宮 俊昭(SLS)
効果:齋藤 美佐男(TEO)
衣装:樋口 藍(アトリエ藍)
大道具:宮坂 貴司
撮影収録:泉 邦昭(アレイズ)
舞台監督:村信 保
宣伝美術:ちば ゆうすけ
■主催:合同会社メメントC