市村正親らが、この2年の経験や思いを全てのせて30周年公演に挑む『ミス・サイゴン』会見レポート
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左から 東山義久、伊礼彼方、駒田一、市村正親、高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
1992年の日本初演以来、全国に感動を与え、多くの人から愛されてきたミュージカル『ミス・サイゴン』。2020年の公演はコロナウイルスの影響を受けて中止となってしまったが、2022年、豪華キャスト陣の多くが再集結し、日本30周年という記念すべき公演が行われる。
今回の会見には、エンジニア役の市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久の4名と、キム役の高畑充希、昆夏美、屋比久知奈の3名が登壇した。
司会者から30年間エンジニア役を続けるのは世界でも類を見ないことだと紹介を受けた市村は「今から30年前、僕は44歳で、脂ののったいい役者でした。今はすっかり枯れてしまって……『そんなことない』って言って!」とおどけ、伊礼が「そんなことない!」とリクエストに応える。
「30周年公演をやれるのは非常に幸せです。前に、東宝さんから『これが最後』と宣伝してほしいと言われまして。でも、その後に『やっぱり次も』と言っていただけました。今回はこれが最後とは言いません。足腰が立つ限りやっていきたいと思っています。まだ元気な73歳、よろしくお願いします!」と茶目っ気たっぷりに挨拶。
市村正親
今回3度目となる駒田は「大先輩である市村さんの背中を40年前からずっと見てきました。30年前に『ミス・サイゴン』を観て、演じてみたいとオーディションを受け、3度目の正直でやっと受かったのが2014年でした。1回目は記憶がないくらい無我夢中で演じ、2回目は地に足をつけ、3回目は全体を見ながらもっとチャレンジできるんじゃないかと思っていた時に中止になってしまって。またこのメンバーが揃ったので、ぜひラストまでみんなで完走したいです」と意欲を見せる。
続いて、初参加の伊礼は「初参加ですが、製作発表は2回目なので不思議な感覚です。今朝、30年前のミス・サイゴンのCDを聞き、4人で「アメリカン・ドリーム」を収録し、市村さんの歌声を聞いた瞬間、改めて歴史を感じました。中止からの2年間で様々な経験をしたからか、市村さんの厚みや包容力をさらに感じて、まだ始まっていないのにうるうるしてしまいました。大先輩の背中を追わせていただければと思っています」と意気込む。
同じく初参加の東山は「2019年にオーディションを受けて、稽古がやっと始まったと思ったら半ばで中止になってしまい、心にポッカリ穴が空いていました。観客の皆さんもすごく悲しまれたと思います。今回こうして皆さんと一緒に、30周年という大切な公演に参加できることに心から感謝しています。千秋楽まで、市村さんを筆頭に、ここにいないキャストやスタッフの皆さんとも一丸となって走っていきたいと思います」と感謝を述べた。
駒田一
伊礼彼方
東山義久
続く高畑も初参加。「前回は歌稽古を終えて立ち稽古も途中まで進んだところでの中止でした。公演ができないこともそうですが、稽古が本当に楽しかったので寂しさがありました。また稽古の日々が始まると思うとすごく楽しみです。2年延びたぶん、パワフルな公演にしたいと思っているので楽しみにしていてください」と熱意を見せる。
2014年からキムを演じている昆も「私は元々この作品のファンで、市村さんが演じるエンジニアを客席で見ていました。2014年に参加できたときは感無量でしたし、今回30周年公演に参加できるのが本当に嬉しいです。高畑さんもおっしゃっていましたが、みんな仲が良く、キム同士でもお互いの個性が見えてきたところで前回は中止になってしまった。当時の稽古を思い出し、さらに深めながら、各々のキムを作っていこうと思っています」と話し、今回が初参加の屋比久も「前回は本当に悔しくて悲しくて、色々な思いが渦巻いていました。でも今回、30周年という節目にキムを演じるチャンスをいただけたのが本当に嬉しいので、できることを重ねて稽古に挑み、今度こそ全公演できることを願いながら精一杯努めたいです。2年前の思いを全部消化したいと思っているので、真摯にキムという役に向き合い、素敵な皆さんと一緒にこの作品を作り上げていくのが楽しみです」と、2020年の中止をポジティブに受け止めて意気込んだ。
高畑充希
昆夏美
屋比久知奈
――初演から継続してエンジニアを演じている市村さんですが、忘れられない『ミス・サイゴン』の思い出ベスト3を教えていただけますか。
市村:まず思い出すのは、再演が決まった時のこと。演出やセットの関係で帝国劇場でしか再演ができないと言われていて、ついに帝劇と博多座でやるとなった時は本当に嬉しかったです。次は、新しい演出・機構になった時に、広島公演ができたこと。『ミス・サイゴン』はヘリコプターの音で始まるんですが、その音が広島で鳴った時は鳥肌が立って、ニューバージョンになってよかったと思いました。3つ目は、初演の時、Wキャストのはずが諸事情により一人で6ヶ月やったんです。あの頃は若かったので週1回のマッサージでやれていましたが、最近は週に3回マッサージに行かないといけなくなりました(笑)。
――ご自身も『ミス・サイゴン』のファンだという駒田さんと昆さんが思う、この作品の魅力は。
駒田:なんといっても楽曲の素晴らしさですよね。キムの3人が「命をあげよう」を歌われていた時になんていい曲なんだろうと思いましたし、彼方くんも言っていましたが、「アメリカン・ドリーム」は泣くような曲じゃないのになんだかグッときた。この作品から離れている時でも、時々聴きたくなるような素晴らしさがあります。あとは、市村さんがヘリコプターの話をしていましたが、普段の生活でも時々ヘリコプターの音でドキッとしてしまう。それくらいインパクトがあるし、どこをとっても絵になる舞台だと思いますね。
昆:客席で見た第一印象は衝撃。物語もそうですし、登場人物の環境やそれを演じる俳優さんたちの気迫、もちろん音楽も素晴らしく、一幕が終わった時に立ち上がれないくらい食らってしまって。持っている熱とパワーがすごくて、影響力もある。その衝撃や物語をしっかりお届けできれば、お客さまに愛してもらえる作品だと思っています。
――新キャストの皆さんが感じる、自身が演じるキャラクターの魅力と意気込みを教えてください。
伊礼:エンジニアはやっぱり人間臭いところが好きです。夢を持って一攫千金狙っているところもありますし、何より彼が持っているアイデンティティ。フランス人とベトナム人のあいだに産まれた子で、今いる立場に足がついておらず、居場所を探してもがいている。僕も同じアイデンティティを持っている身として、なんとなく感じ取れるんです。貪欲さやいやらしさなどのイメージもあると思いますが、僕にとってはとても寂しい、ひとりぼっちの男の子に見えます。そこを掘り下げていきたいし、魅力的な部分です。意気込みについては、先日40歳になりました。そのタイミングで30周年のこの作品に出演できるので、前向きに頑張りたいですね。前回はエンジニアに決まった興奮で胸がいっぱいだったので、今回はもっと繊細に作り上げていきたいと思います。
東山:伊礼くんも言ったように、人間臭さがエンジニアの魅力だと思います。あとは夢を叶えたいというより「掴む」「もぎ取る」というエネルギー。生命讃歌というか人間力に惹かれますし、そこを探求して、3人とはまた違う僕なりのエンジニアを演じたいです。前回は、稽古で皆さんのパワーに気圧され、僕に何ができるか不安に感じていた気がします。2年経ち、色々な経験をしましたし、考え方や舞台に立つうえでの思いも変わっていると思うので、新しい僕として演じていきたいです。
高畑:稽古の中で周りの方から影響を受け、考え方も変わっていたので、現時点でこうなるとは言えません。歴史的な背景などを学ぶ機会もあって、キムという人の話というよりは、あの状況下で生きた女の子の話なんだと思いました。だから、キム役が3人いて、全然違うアプローチのキムが見られるのは素晴らしいことだと思います。昆ちゃんや屋比久ちゃんを見ているだけで学べることも多くて。今回もたくさんの人と話して、自分なりのキムを作っていくのが楽しみです。みんなと力を合わせて最後まで走り切れたら最高ですね。
屋比久:前回の稽古を重ねる中でキムの人物像がだんだん深まっていって、一人の人生を生きることを改めて考えました。(『ミス・サイゴン』は)純愛の物語だとよく聞きますが、それだけじゃなく、生きることそのものも描いている。あの時代に生きた一人の女性の生き様や選択を理解して愛して、強さも弱さも、汚いところも美しいところも表現できるように精一杯向き合いたいと感じています。2年経った今、歌い方や考え方が自然と変わっていると思うので力みすぎずに純粋な気持ちで演じていきたいです。
ミュージカル『ミス・サイゴン』会見の様子
――市村さんから「半永久的にエンジニアをやりたい」という言葉がありましたが、具体的な目標はありますか? また、30年続けて来られた秘訣はなんでしょう。
市村:そうですね、舞台の傾斜がフラットになったので、半永久的にやれるかなと。そのうち車椅子に乗りながら(笑)。どんな状況でもしがみついてやるというのがエンジニアの精神なので。続けて来られた秘訣は日頃の努力ですね。それと、お芝居の神様が、エンジニアという役は市村が墓場に行くまでやらしてあげたいと思っているのかもしれません。僕も年齢の割には元気で足が上がりますし。あとはやはり、お客さまがこのエンジニアを初演から愛してくださっているのも感じます。孤独にひたむきに、あの時代とシチュエーションを生き抜く男を、この年齢でやってみたいなと思っています。30年前とはまた違ったものが生まれるんじゃないかと楽しみですね。
――駒田さん・伊礼さん・東山さんから見た市村さんの印象と、ご自身のアピールをお願いします。
駒田:僕はずっと市村さんを目指していました。この方はある意味ミュージカル界の怪人というか、どこにいっても市村さんの存在があるんですよね。僕は今回3回目でなんとかしがみついています。『ミス・サイゴン』だけでなくミュージカル界もしがみついて生き延びていかないといけない。でも、どんなに真似をしても僕は市村さんになれない、僕らしい何かを作らなきゃいけないということを教えていただいている。すごい先輩であり師匠であり仲間だと思っています。
伊礼:歴史ですよね。この(『ミス・サイゴン』30周年)マスクをつけていいのは市村さんだけだと思います。車椅子に乗ってエンジニアをやるなら、僕はその車椅子を押させていただきたいくらいです。
駒田:その前に俺が押す!
伊礼:取り合いでしょうね(笑)。この作品にこめている思いや愛情は計り知れませんが、僕ら若い世代もいるというのを忘れないでほしいですね。僕らは40代で、まだギラギラしていて貪欲。市村さんに負けないように努力していきたい。でも、初演から続けている方とご一緒できる機会って、どんなに大枚を払っても得られないもの。この貴重な経験から色々吸収して自分なりのエンジニアを作りたいです。
東山:僕も皆さんと同意見で、市村さんはミュージカルに限らず舞台役者として神のような存在。2年前に初めてお会いしたときは緊張で目が合わせられなくて。僕が初めて拝見したのは『ニジンスキー』なんですけど、あの作品の市村さんが強烈に印象に残っています。
市村:うわあ、ありがとう!
東山:僕もその10年後に演じたんですが、市村さんの狂気を自分に宿す芝居がすごく心に残っていて。エンジニアに限らず、素晴らしい役者さんで、僕らの一歩も二歩も先を行っている素敵な表現者。食らいついていきたいと思います。
ミュージカル『ミス・サイゴン』会見の様子
――キム役の皆さんは、市村さんとの共演についていかがですか?
高畑:嬉しいです。昔『スウィーニー・トッド』でご一緒して以来親しくさせていただいています。私にとって憧れだった『ミス・サイゴン』で今回また共演できるという喜びがすごく大きいですね。いつもポジティブな言葉をかけてくださるので、大先輩ですごく尊敬していますが、安心感やワクワクの方が強いです。
昆:ちょっとネタバレになるかもしれませんが、キムが初めてトゥイの前で息子がいると示すシーン。「タム!」という呼び方に色々な表現があると教えていただいたのがすごく印象に残っています。当時私は20代前半で、これは今もですが子供もいなくて。必死に叫んでいたんですが、母親の決意や愛情、色々な思いを込めた呼び方があるとおっしゃっていただいたのをすごく覚えています。当時から8年くらい経ちましたが、愛する息子の名前の呼び方を自分で表現して、その都度市村さんに聞いてみたいと思っています。
屋比久:私は昨年、(『屋根の上のヴァイオリン弾き』で)共演させていただいて、その時は市村さんがパパだったんですが、今回はエンジニアとキム。パパとして頼り切っていた市村さんの存在感やエネルギー、佇まいをまた舞台上で感じられるのが楽しみですし光栄です。30周年全ての歴史を知っている市村さんとご一緒することで色々なことを学べると思うので、全て学び切って舞台に立ちたいと思っています。
――昆さんから息子への思いを市村さんから教わったとありましたが。
市村:キムの叫びは、セリフなんですが、その一言でこの作品のテーマを背負っているくらいの重みがあるんですよね。僕も息子が二人いますが、この子のために命をあげようと僕も思っています。子供がいなくてもイマジネーションで表現できると思うので、この3人のキムのセリフがどう聞こえるか僕も楽しみです。
――最後に皆さんへのメッセージをお願いします。
市村:『ミス・サイゴン』は本当にいい作品です。ミュージカルはエンターテインメントですが、命や生きること、戦争が起こす悲劇を見せることで、少しでも世界の不穏なムードがなくなったらいいなと思っています。また、コロナ禍ですが、劇場キャストとスタッフもしっかり対策し、頑張って乗り切り、最高の舞台を見せたいと思っています!
ミュージカル『ミス・サイゴン』会見の様子
本作は2022年7月24日(日)、東京・帝国劇場でのプレビュー公演を皮切りに、大阪や愛知など全国で116公演を予定している。
取材・文・撮影=吉田沙奈
公演情報
■作:アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク
■出演
エンジニア役:市村正親、駒田一、伊礼彼方、東山義久
キム役:高畑充希、昆夏美、屋比久知奈
クリス役:小野田龍之介、海宝直人、チョ・サンウン