湯山玲子と新垣隆が語る、戦後日本を代表する作曲家・湯山昭の魅力とは トリビュート・コンサート『湯山昭の音楽』
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(左から)湯山玲子、新垣隆
戦後日本を代表する作曲家、湯山昭は幅広いジャンルの創作にたずさわり、ピアノ曲集「お菓子の世界」や童謡「おはなしゆびさん」など多くの人に愛奏、愛唱され続けている。湯山のひとり娘で著述家の湯山玲子は、『湯山昭の音楽』をプロデュースし、その初めての公演を2021年2月27日に高山市民文化会館大ホールで開催した。
それから1年を経て、『湯山昭の音楽』は2022年3月27日(日)に東京オペラシティコンサートホールで再演されることになった。「多分、世界中で一番、湯山昭の音楽を聴いている」という湯山玲子と、高山公演で「お菓子の世界」を演奏し、東京公演の出演も決まっている新垣隆が、『湯山昭の音楽』について語り合った。
湯山:私は、母のおなかの中にいる時から、ずっと湯山昭の音楽を聴き続けて今に至っています。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する『爆音クラシック』というイベントを始めたこともあり、この10年くらい、クラシック音楽が非常に自分の近くにあります。“子バカ”と言われようと、湯山昭の音楽はすごく魅力的です。これはクラシックだけでなく、クラブミュージックを始めとして、全ての音楽ジャンルを真剣に聴いてきた耳でそう思う。
新垣:日本を代表する作曲家です。
湯山:代表というのはわかりませんが、クラシックの作曲家の仲では、大衆に一番愛された作曲家だとは言えるでしょうね。
湯山玲子
新垣:むしろ、日本のクラシック音楽界において中心的な存在ですよね、湯山先生は。
湯山:父は多作です。キャリアの初期は、テレビ番組の劇伴もアニメの主題歌も作った。それと並行して合唱曲、それから「お菓子の世界」といったピアノ曲などを書いています。今回のコンサートでは、1960年代後半から70年代の父の曲を多くセレクトしました。「マリンバとアルトサクソフォンのためのディヴェルティメント」という、面白い楽器の組み合わせの作品もあります。
新垣:先生としては珍しいですね。
湯山:それから歌曲もあります。あと、父が藝大在学中に日本音楽コンクールで第1位次席を受賞した「ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲」も。
新垣:先生のデビュー作ですね。
湯山:そうそう、合唱曲もとりあげます。父は、合唱曲をいっぱい書いていますが、そのなかで唯一の男声合唱曲「夕焼けの歌」という伝説の曲があります。今回は合唱ではなく、オペラユニット「THE LEGEND」が出演し、アレンジした形のトリビュート的な内容になっています。
■「お菓子の世界」
湯山:新垣さん、「お菓子の世界」を高山でも弾いていただきましたが、どういう印象ですか?
新垣:湯山先生のピアノ音楽は、先生ご自身にとってライフワークでした。特に、子どもたちのために作られた数多くの曲のなかで、代表作のひとつだと思います。
先生の音楽は、19世紀から20世紀前半のフランス音楽の語法を自らのものにされ、そのこと自体が特別なものだと思います。そこから、ピアノ曲になり、合唱曲になり、マリンバとサクソフォンの曲になっている。なかでも「お菓子の世界」は、さまざまなお菓子のキャラクターが音楽になぞらえて、子どもたちにとっては夢のような世界が音楽によって繰り広げられています。ピアノを勉強する初期の段階で、誰もが湯山昭の世界でも勉強し、それがクラシック音楽の世界でもあった……という学習のプロセスがあります。そういう意味で、とても大事な存在です。
新垣隆
湯山:いま、“子ども向け”とおっしゃられましたけど、父はそういう依頼をされて「お菓子の世界」というタイトルも考えました。1950年代後半、藝大を卒業した父のもとには、仕事が山のように押し寄せてきました。
当時は高度成長期、一家に一台ピアノがあることが文化的な家庭であることの証し、という時代でした。世の中が豊かになっていくとともに、子どもへの教育熱が高まっていく。父の場合、高度成長期の教育のリソースのもとに発注があり、そこで花開いたようなところがあります。
父の音楽は広く知られるようになりましたが、作曲家として“子ども向け”という印象を持たれてしまった。音楽アカデミズムとは無縁の大衆性ね。合唱曲やピアノ曲の数はすごく多いですが、父は器楽曲の作曲も実は上手かったですね。交響曲は一曲だけ、「子供のための交響組曲」というものがありますが、オケの鳴らし方が華麗で、小粋でそれこそ、ラヴェル的。だから、器楽のための曲をもっと書いてもらいたかったし、これだけのメロディ・メーカーですから、オペラを書いてもらいたかったんですよね。
新垣:オペラを作曲されなかったのは、とても驚きです。この演奏会でとりあげる「電話」という曲は、まさにオペラですよね。
湯山:モノオペラですね。
■「ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲」
湯山:今回のプログラムのなかで、ひとつだけ昨年の高山公演と違うのは、「ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲」です。小奏鳴曲って、ソナチネのことですね。湯山昭の処女作ということもあって、今回、彼が作曲した年齢と近い20代の人たちで固めたいなという私の構想があって、若手ピアニストのロー磨秀さんに弾いていただきます。高山では新垣さんに弾いていただいたのですが、いかがでしたか?
新垣:まさに、湯山先生が藝大在学中でデビューされた器楽作品であり、この作品に湯山昭の本質があります。だから、日本音楽コンクールで第1位次席を受賞され、器楽の作曲家としての技量も示しています。
湯山:22歳の時ですね。
新垣:師の池内友次郎先生の影響を、つまりフランスの音楽を日本人としてどのように捉えているかを表わしているということで、すごく重要です。池内先生がもっていらしたものを、若い湯山先生が十分に引き出した曲だと思います。1950年代の、日本の作曲が培われていく時代に生み出された名曲です。
(左から)湯山玲子、新垣隆
新垣:今回、坂本龍一さんにコメントをいただきました。曲をすべて聴いていただいた上で、「湯山昭の音楽は、フォーレ、ラヴェル、プーランクの音楽を正統に継承したものだ。しかも、常に明確なメロディとウィットにとんだ変奏があり、器楽曲さえとても親しみやすい音楽になっている」と。
フランシス・プーランクの名前を出されていますが、ハーモニーを少し重ねます。違う調の和音を同時に鳴らすとか。そういう技法を、湯山先生は自分の表現として身につけられているのは驚異的なことです。
湯山:面白いことに、湯山昭本人のキャラとしては、どこにあのアンニュイでおしゃれなフランスがあるの? という(笑)。感じとしてはやすしきよしの横山やすし系。スピーディで、パキパキしていて、すぐに怒ります(笑)。私自身の体験から、ソフトサウンディングに気をつける! っていうのがあるんです。優しそうなきれいな音楽を作る人ほど、キツくて気難しい人が多い。
新垣:あんなに柔らかい音楽を書く先生が?
湯山:そうです。喧嘩師ですよ。逆に、ハードコアパンクとかノイズをやっている人は、すごーく温和でいい人が多い、という。
新垣:聴いている方もうっとりして、コロッといきますからね(笑)。
■名曲の誕生の秘密
新垣:お宅で仕事をされているお父さんは、どのような感じでしたか?
湯山:暴れんぼう将軍です(笑)。一家に一人、アーティストがいることが、どんなに大変なことか……。
新垣:もしかして、アンチお父さんでしたか?
湯山:はい。ひとつだけ私にとって良かったのは、音楽を言葉にする訓練ですね。作曲中に呼び出されて「このフレーズとそのフレーズ、どっちがいい?」と尋ねてくる。それで選ぶと。「どうしてそう思うのか」を父が納得するように説明しなければいけない、と。
湯山玲子
新垣:名曲の誕生の秘密ですね。関わっていたのですね。
湯山:加えて、旋律に合わせる和音。和声感についても尋ねられた。不協和音の入れ方の違いとか。
新垣:それは大事なお話ですね。
湯山:あと、湯山昭の特徴で、「お菓子の世界」にもよく表われていますが、リズム感覚! 20世紀の作曲家では、バーンスタインも、ご存じの通り、ジャズやラテンのリズムを大胆に取り入れています。実は、クラシック音楽とそういった黒人音楽発祥のグルーヴについては、今でも演奏にしろ、作曲にしろ難物だと思っていますが、そのあたりはどうお考えですか?
新垣:愉悦的なメロディと、洒脱な和音があって、とても柔らかく素敵な音楽が生まれるわけです。湯山音楽のなかには、鋭いリズムがはっきりとあります。それこそ、私たちは小さい頃、湯山先生の曲集で勉強しているはずですが……グルーヴの問題はありますか?
湯山:ありますね。
新垣:グルーヴのリズムは、クラシック音楽もポップスもあまり変わりはないと思いますが。それこそ、身体のなかになければいけないのです。例えば、オーケストラですと大人数で動くので、なかなかリズムが……ということもあるかもしれません。それから20世紀の、主にアメリカのポップスのリズム感も、もともとクラシック音楽にあるものです。
湯山:かといって、父がジャズを勉強のため聴いていた印象は全くないです。あの、ポリリズム感覚をどこで身につけたのか、と父に訊いたことがありますけど、「そんなのテレビから簡単に入ってくるんだ! 」と怒っていました。
新垣:湯山先生の音楽の場合、むしろクラシック音楽やシャンソン、それからタンゴとか、そういうリズム感があり、自然に吸収されていますね。
新垣隆
湯山:家では自分の音楽とモーツァルトばっかり。「メロディが出てこないということはない」と豪語していました。
新垣:作曲している時に、メロディが出てこないと悩まれたことは?
湯山:それも質問したことがあるんですが「馬鹿言っているんじゃねぇ!」とやすし節で怒っていました。
新垣:メロディがご自身の言葉になっているんですね。
■「愛の主題による三章」
湯山:今回、彼の初期の女声のための歌曲集「子供のために」と「カレンダー」が歌われます。これは、いま聴いてみるとまさにシャンソンですね。それから男声版は「愛の主題による三章」が。父は、「歌詞がすべてだ」とよく言っていて、「歌詞の語感やイメージを音でどうやって置換していくか、トランスレートしていくかが腕の見せ所」と言っていたのを覚えています。
アクセントの問題についても、例えば「雨が降る」を、「あめがふる」なんてアクセントはないだろう、と。たとえば、紅白歌合戦を見ていて、「この歌はなっていない!」とやっさんのごとく激怒するわけです。日本語の持っているイマジネーションを、漏れずに移し替えていくことができる作曲家がすごいと言っていました。
はっぴいえんどは、日本語のロックをやるということで非常に格闘していました。ですが、はっぴいえんどよりも前に、湯山昭は、日本語を西洋音楽に乗っけることと格闘していたと思います。
■「夕焼けの歌」
湯山:あとは、湯山昭の名作怪作と言われる男声合唱「夕焼けの歌」。先ほど話しましたが、本当は、合唱でやりたかったのですが、編曲してTHE LEGENDの8人の男声アンサンブルで演奏します。
湯山昭唯一の男声合唱曲ですが、これ2015年に会津で『ゆうやけの歌フェスティバル』というのが行われたぐらい、YouTube時代に熱く盛り上がっている楽曲なのです。川崎洋さんの歌詞がすごくて、「あなたの太ももなでさせて」と。それを、女性と手も握ったこともないかもしれない高校生が歌っている。そういう歌詞が、合唱コンクールなど学校教育の現場でのびのびと歌われていた時代があったのですよ。
新垣:学校で歌われ、家庭で日々演奏される。まさに、その通りです。
湯山:『湯山昭の音楽』は、それらをすべて含めた、みなさんにご紹介したいコンサートです。
(左から)湯山玲子、新垣隆
取材・文=道下京子 撮影=敷地沙織
公演情報
What The World Needs Akira Yuyama
会場:東京オペラシティ コンサートホール
池上英樹(マリンバ )/福田廉之介(ヴァイオリン )/ロー磨秀(ピアノ)/
THE LEGEND(男声オペラユニット)
ナビゲーター:湯山玲子
ピアノ曲集『お菓子の世界』より「序曲・お菓子のベルトコンベアー」他 /新垣隆
歌曲集『子供のために』より「鳴子を弾いても」他
歌曲集『カレンダー』より「七月/夏のレセプション」他/林正子
「愛の主題による三章」「電話」/THE LEGENDメンバー
「マリンバとアルトサクソフォーンのためのディヴェルティメント」/上野耕平、池上英樹
「ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲」/福田廉之介、ロー磨秀
男声合唱曲「ゆうやけの歌」(男声8声編曲版):THE LEGEND
※曲目、演奏者は変更になる可能性があります。
https://youtu.be/bmERxhwLGHo
https://www.yuyamaakira.work/