昭和を代表する作曲家いずみたくと中村八大の物語と名曲を、二幕形式で上演 今陽子、尾藤イサオらが出演
(上段左から)今陽子、尾藤イサオ(下段左)イッツフォーリーズ
2022年4月23日(土)~24日(日)に博品館劇場にて、いずみたく没30年メモリアル企画公演『ぼくたちの音を楽しむ ~いずみたくと中村八大の歌物語~』が二人とゆかりあるキャストによって上演されることがが決定した。
昭和を代表する二人の作曲家、いずみたくと中村八大。音楽に生涯を捧げ、新たな時代に何かを残そうとした二人には不思議な縁が多くあった。
今回の公演は1部と2部に分け、第1部は「手のひらを太陽に」や「徹子の部屋」の番組テーマ曲などで知られるいずみたくと、「黒い花びら」や「こんにちは赤ちゃん」などで知られる中村八大の楽曲で描いた物語を朗読形式で上演。二人にゆかりある様々な出演者が朗読し、歌い、今二人が生きていたらこの世の中を何と言っているだろう……、そんなメッセージを感じさせる作品に仕上げていくそうだ。続く第2部は、いずみたくと中村八大の楽曲で構成されるメドレーコンサート。中村八大「ぼくたちはこの星で出会った」、いずみたく「幕が下りる時」など、そして二人がこの世界で生きることになるきっかけの歌「見上げてごらん夜の星を」、「上を向いて歩こう」などを披露する。
出演には、いずみたくに見いだされ、1968年ピンキーとキラーズとして発売されたデビューシングル「恋の季節」が大ヒットし、1972年にソロ活動に転向後も、近年は歌手活動の他に女優業でも幅広く活躍している今陽子、かつていずみたくが設立したオールスタッフにも在籍し、「裸足のマリー」や「ワルのテーマ」などいずみ楽曲も多く歌い、79歳の今もなお精力的にステージでパワフルなパフォーマンスを魅せ続ける尾藤イサオ。さらに昨年、サードアルバムの『THE THIRD SUMMER OF LOVE』が、新進気鋭のミュージシャンによるアルバムに贈られる第4回APPLE VINEGAR -Music Award-において大賞を受賞したロックミュージシャンで、いずみたくの孫でもあるラブリーサマーちゃん。そしていずみたくが設立した劇団イッツフォーリーズなど、大作曲家の二人にゆかりのある出演者によって、ここでしか味わえない、時代を超えた特別な時間をおくる。
さらに、2月16日(水)のテレビ朝日「徹子の部屋」には、今陽子、尾藤イサオの二人がゲスト出演し、いずみたく、中村八大とも深い関わりのあった黒柳徹子と共に、本公演について話をする予定。
■いずみたく <プロフィール>
いずみたく
本名は今泉隆雄。1946年鎌倉アカデミア演劇科に入学、1950年に舞台芸術学院演劇学科を卒業後、芥川也寸志に師事し作曲活動を始める。その後、三木鶏郎率いる冗談工房に参加し、トリローグループの一員となる。1955年、朝日放送ホームソングコンクールにてグランプリを受賞。歌謡曲からCMソングまで幅広いジャンルの曲を作曲。生涯の作曲数は15,000曲に上る。1969年、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」が第11回日本レコード大賞を受賞。
1960年に永六輔とミュージカル「見上げてごらん夜の星を」を制作、以来、「歌はドラマである」をモットーにミュージカルの創作にも力を入れ、120本余のミュージカルも作曲した。また、いしだあゆみ、ピンキーとキラーズ、佐良直美らの歌手も育て、1977年にはミュージカルを専門に上演する劇団フォーリーズ(現ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ)も創設した。
1992年5月11日肝不全のため死去。享年62。
中村八大 <プロフィール>
中村八大
幼少時より音楽家を志し、ピアノと作曲の腕を磨いた。早稲田大学在学中よりプロのジャズピアニストとしての活動を本格化。ジャズ・コンボ「ビッグ・フォア」の一員として一世を風靡した。1959年、永六輔とのコンビで「黒い花びら」(第1回日本レコード大賞)を発表、68コンビとして、音楽バラエティー番組「夢であいましょう」を舞台に、「遠くへ行きたい」、「こんにちは赤ちゃん」(第5回日本レコード大賞)など数々のヒット曲を生んだ。
1961年に発表された「上を向いて歩こう」は、1963年に「SUKIYAKI」と改題されて米国ビルボードランキングで3週連続1位を記録し、世界的な大ヒットを記録する。生涯作曲した数は300曲以上で、決して多作ではないが、現在に至るまで歌い継がれている数々のスタンダードナンバーを遺す。また、生涯を通じて、ピアニストとして演奏活動を続け、洗練された編曲技術や、歌手に対するプロデュース能力についての再評価も高まっている。
1992年6月10日心不全のため逝去。享年61。
今陽子 コメント
私の芸能界の父であり、恩師であるいずみたく先生。14歳で愛知から上京し、先生のご実家でご両親にお世話になり、学校に通いながら歌、踊り、演技の勉強をさせて頂き、亡くなって30年が経つ今でも師と仰いでいます。
そして、日本の音楽界に素晴らしい功績を残された中村八大先生。八大先生の楽曲は、今でも多くの歌手にカバーされ、歌い継がれてきています。そんなお二人の楽曲を、尾藤イサオさんはじめ、多彩な出演者や、後輩のイッツフォーリーズと共にお届けいたします。
「人気やヒットに頼らない本物のシンガー、人を楽しませるエンターテイナー になりなさい」と、いずみ先生から言われた言葉を守り、これからも歌い続けていきたいと思っています。
尾藤イサオ コメント
僕をミュージカルの道に導いてくれたのがいずみ先生でした。ロカビリーを歌っていた僕に声をかけて頂き、1964年にミュージカル『夜明けのうた』の主演に抜てきしてくれました。今の僕があるのも先生のおかげだと言っても過言ではないと思います。本当に感謝しています。
デビューから60年近くなりますが、今またこうして、いずみ先生の曲をそして、同時代に活躍された中村八大先生の曲を歌えることが感無量です。僕と同じ世代の皆様に、そして今、青春真っ盛りの若い世代の方にも名曲の数々を楽しんで頂けたら嬉しいです。