ミュージカル映画『シラノ』~主演ピーター・ディンクレイジ、脚本エリカ・シュミット、監督ジョー・ライトにインタビュー

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2022.2.19
映画『シラノ』 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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ミュージカル映画『シラノ』が、2022年2月25日(金)より全国で公開される。本作は、エドモン・ロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」を原作としたオフ・ブロードウェイ・ミュージカル舞台「シラノ」を映画化したもの。謳い文句は<儚くも美しい“純愛三角関係”が織りなす芳醇な愛の物語>である。このほどSPICE編集部は、舞台版・映画版の両方で主演を務めたピーター・ディンクレイジ、舞台版の生みの親にして映画版『シラノ』の脚本も手掛けたエリカ・シュミット、そして映画版『シラノ』を監督したジョー・ライトの三人から話を聞くことができた。本編に入る前に、先ずはこの映画の成り立ちについて背景を説明しよう。

【動画】映画『シラノ』予告映像


1897年パリ初演以来今日に至るまで、世界中で上演され続け、映画化やミュージカル化も度々されてきた「シラノ・ド・ベルジュラック」。実在した剣豪詩人をモデルに書かれたその古典戯曲が、2018年夏にコネチカット州チェスターのグッドスピード・オペラハウス(ノーマ・テリス・シアター)で、新たなミュージカル作品「シラノ」として翻案上演された*1。同プロダクションは、2019年秋にNYオフ・ブロードウェイ(ダリル・ロス劇場)でも上演された*2

その脚色・演出を務めたのがエリカ・シュミットである(彼女は、2008年・2010年にシアタークリエでの東宝版「レント」の演出を務めたことで、日本でもよく知られている)。また、音楽の作曲は人気インディー・ロックバンド「ザ・ナショナル」のブライス・デスナー&アーロン・デスナーの双子兄弟が、作詞は同バンドのリード・ヴォーカリストであるマット・バーニンガーとその妻カリン・ベッサー(映画プロデューサー、作曲家、編集者)が、それぞれ担当した。

そのミュージカル「シラノ」でタイトルロールを演じたのが、テレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」でエミー賞やゴールデングローブ賞などの受賞歴を持つ実力派俳優、ピーター・ディンクレイジだった。彼はエリカ・シュミットの夫でもある。ここにおいて、従来の“デカ鼻”シラノとは異なる、新たなシラノ像が提示された。

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一方、シラノが恋するロクサーヌ役を初演時に演じたのが、ヘイリー・ベネットである。彼女は映画『ラブソングができるまで』(2007)のスター歌手コーラ役でデビューし、『マグニフィセント・セブン』(2016)など数々の作品に出演、『Swallow/スワロウ』(2019)ではトライベッカ映画祭の最優秀主演女優賞に輝いた。2018年以降、映画監督のジョー・ライトと交際し、これが後の「シラノ」映画化に繋がっていく(2019年1月にはライトとの間に第一子を儲けている)。

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そのジョー・ライトは『プライドと偏見』(2005)、『つぐない』(2007)、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017)等で知られる著名な映画監督だが、交際相手の舞台デビューとなった「シラノ」初演を観に行き、大いに感銘を受ける。彼は、シラノとロクサーヌのキャストや音楽はそのままに、シュミットの新たな脚本によって、舞台「シラノ」を映画化したいと、シュミット側や映画製作会社に申し出た。ほどなくして話はまとまり、製作がスタートする。これまでもライト監督と働いてきた、サラ・グリーンウッド(美術)、ケイティ・スペンサー(美術)、マッシモ・カンティーニ・パリーニ(衣裳 *3)、ジャクリーヌ・デュラン(衣裳 *4)、シーマス・マッガーヴェイ(撮影監督)、さらに日本でも高い人気を誇る世界的振付家シディ・ラルビ・シェルカウィ等々、名だたるスタッフ陣が集結し、コロナ禍における様々な制約や支障を克服しながら、計画的に撮影が進められたのであった。

*1 https://www.goodspeed.org/productions/2018/cyrano
*2 https://thenewgroup.org/production/cyrano/
*3・4 第94回アカデミー賞衣装デザイン賞に『シラノ』でノミネートされている(発表は3月27日)。

 
[左から] ジョー・ライト(監督)、ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ)、エリカ・シュミット(脚本) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images

[左から] ジョー・ライト(監督)、ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ)、エリカ・シュミット(脚本) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images


 

■ピーター・ディンクレイジ(主演/シラノ役)インタビュー

ーー今回の映画の原作となった舞台版のミュージカル「シラノ」に出演された経緯を教えていただけますか。舞台版のシラノは、エリカ・シュミットさんがあなたにあて書きしたものでしょうか。

いいえ、舞台版の脚本は最初から私のために書かれたわけではありません。

エリカがシアター・カンパニーからロスタンのオリジナルの戯曲を脚色するよう依頼された際、彼女には二つの妙案がありました。その一つは、あの主人公から例の鼻を取り除くということでした。そのアイデアはあまりにも独創的で、リスクを厭わないものだと思いました。しかし、人生、特に芸術とはリスクを取るものです。時にはうまくいかないこともあれば、成功することもありますが、リスクを取ってみないことには分からないものです。

彼女のもう一つのアイデアは、ロスタンの古典戯曲をミュージカルにする、というものでした。そして、作品のロマンスを高めるために、バンド「ザ・ナショナル」のメンバーに音楽の制作を依頼したのです。それは、私たちの愛してやまないラブソングでした。心臓の鼓動そのものであるようなラブソングほどロマンチックなものは他にはありません。

彼女のアイデアに魅せられた私は「このプロダクションの一員になりたい」と懇願せずにはいられませんでした。彼女は当初、よく自宅でセリフ読みをやっていたのですが、私もその場に居合わせ「お願いだ。何か手伝わせてくれ。コーヒーを入れようか。どんなちょい役でもいいので演じるよ」と頼みました。すると、シラノ役のセリフを二度ほど読ませてもらえたのです。それによって、私がこの役を演じられることを、彼女も確信できたのでしょう。

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ーーその舞台版「シラノ」に参加されてみて、いかがでしたか。

それはとても贅沢な経験でした。最初はワークショップだったので、内容がどんどん変化していきました。批評家たちが鑑賞したり劇評を書くということもなかったので、演じる上でのプレッシャーは特段、何もありませんでした。その間に、何が上手く行くのか行かないのか、何を変更すべきなのかなど、多くのことを学べたのです。最終的には実際に上演を何ステージかおこなうこととなりましたが、演出のエリカは作品をごく自然に進化させていきました。そして、その約一年後には、ニューヨークでも上演しました。私たちはワークショップのプロダクションで学んだ基盤が既にできていたので、その上で公演に臨めたことは幸いでした。

ーー舞台版「シラノ」がジョー・ライト監督によって映画化されると知った際は、どう思いましたか。

ロクサーヌ役を演じたヘイリー・ベネットのパートナーであるジョー・ライトがコネチカット州まで舞台を観に来て、そのプロダクション、そしてエリカのアイデアや私とヘイリーというキャスティングに惚れ込んだことが事の発端でした。彼は映画化の許可をエリカに求めましたが、その際、彼女に脚本を書いて欲しいとも打診しました。エリカがこれに「イエス」と答えるのは容易でした。というのも、私たちは『プライドと偏見』や『つぐない』など彼の作品を観て、それらの作品が本当に美しく、ロマンチックで、登場人物たちの胸の内を見事に描けていることをよく知っていたからです。ですから、登場人物たちが最高にロマンチックな『シラノ』のメガホンを彼が取るというのも理にかなっていると思えました。スタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』のような『シラノ』も観てみたいものですが、残念ながらキューブリックはもうこの世にはいませんからね(笑)。ならば、ジョー・ライトの『シラノ』を観てみたいと思い、彼の申し出を歓迎したのです。

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ーー映画版『シラノ』の撮影に臨んで、いかがでしたか。

舞台と映画は全く異なる芸術形式です。本来、演者にとっては生の観客に見てもらうことが最良です。もちろん、生で演じるとミスは起きるものですし、テイクを撮り直すこともできません。しかし、どこか上手く行かない場合でも観客は寛容です。そして、上手く行った時には、それに勝る喜びはありません。目の前で彼らの反応を見ながら絆を持つことができるのです。一方、映画ではそれが叶いません。ですが、カメラの寄りがあるので、自分の演技でそれを調節することがより可能になります。寄りから引きまでのショットで、そのことを念頭に置きながら演技します。生の演技だと後方の座席の観客に向かって演じ、物語が劇場の全員に聞こえるようにしなければなりませんが、撮影カメラが顔の3インチ(7.6㎝)先にあるのなら、必ずしもそれをする必要はありません。舞台を何度かやった後には、映画撮影が新しい経験のように感じられ、かなり抑えた演技をできることに解放感を感じるほどでした。

ーー古典ともいうべき「シラノ・ド・ベルジュラック」の物語が現代の人々にも支持され続ける理由について、どうお考えでしょうか。

愛は太古からあるもので、それはこれからも続いていくわけです。それが一体何であるかをどう定義づけ、どう模索していくのか。それは本物なのか。ただ自分が感じる情熱、魅力なのか。それとも友情なのか。……そういった疑問を人は常に自問していくものです。だからこそ何世紀も前から、シェイクスピアもロスタンも、作家たちはずっとそれについて書こうと努めてきたのです。そこに、現在も多くの人が共感するのでしょう。

[左から] ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images

[左から] ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images


 

■エリカ・シュミット(脚本/製作総指揮)インタビュー

--今回の映画のベースとなった舞台版の「シラノ」とは、どのような作品だったのでしょうか。

私は、ピーター・ディンクレイジとヘイリー・ベネットがシラノとロクサーヌを演じる「シラノ」の舞台版を、コネチカット州チェスターの劇場で演出しました。この舞台をジョー・ライト監督が観に来て、とても気に入ってくれました。そして、映画化に繋がっていったのです。

舞台版を創るにあたって私は幾つかの問いを設けました。シラノというキャラクターから鼻の大きさを失くして、彼が人から愛されない身体的理由を自ら口にしなくなったら、どうなるだろうか? そして、ロクサーヌがこの作品でより主体性を持ったらどうなるか? さらに、彼女が15年間もずっとシラノから噓をつかれていたと知り怒ったらどうなのか? ……といったことを作品に反映したいと考えたのです。

さらに私は、これをミュージカルにしたいと考え、バンドの「ザ・ナショナル」に話を持ち掛け、彼らに楽曲を提供してもらいました。その結果、劇全体が楽曲を通して表現されるという、まるで音楽映画のようなものとなりました。完全に無音な部分は僅か一か所のみでした。その後、ニューヨークで上演した際には数曲が追加となりました。「I Need More」もそこで追加されました。これらの音楽は、今回の映画でも使用されています。

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--映画版ではジョー・ライトさんが監督です。そしてシュミットさんは脚本を担当されました。

それまで私は映画の脚本を書いたことがなかったので、非常に骨の折れる作業でした。舞台版とはその形式という点でも全く異なります。私は短い期間でそれを習得しなければなりませんでした。

作家のジョーン・ディディオンは「脚本とは監督のための覚書だ」と述べましたが、それは大いに真実ですね。もともと舞台版では、ロスタンの戯曲を自分が演出するために脚色したのですが、今回はジョーが監督するために脚色し直したのです。ジョーが舞台版を観て気に入り、映画の中にも残したいと思った多くの要素を失わないようにしながら、よりバロックでスタイリッシュな作品に仕上げるように努めました。もともと私の舞台は贅肉を削ぎ落とした現代的なものでしたが、ジョーは1600年代風の時代感を求めていました。ですから、映画版における豪華さや時代物らしい要素はすべてジョーならではの世界なのです。

ーー脚本は、映画というメディアの特性を意識して書かれましたか。

もともとロスタンによる原作戯曲も私の舞台版のセリフも、映画としては言葉数が多いものでした。ですから、それらを削り、物語を絵で語らせるようにしました。これは舞台版に比べて劇的な変化です。また、舞台の制約上ひとつのロケーションだけに限定されていたシーンを自分の思うままに空間移動させることが可能になりましたし、楽曲とアクションを同時進行で展開させる余裕もできました。

例えば、「Every Letter」というチューンの場面では、手紙による求愛の一部始終を、一曲の長さの中に収めました。また、「Your Name」というナンバーでは、シラノの友人ラグノーが営むパン屋(兼 食堂)のシーン全体と同時進行でフラワーバレエを展開させ、さらにシラノがそこで一通の手紙を書いているのだと観客が理解できるようにしています。舞台ですと、そのように表現することは難しい。映画だからこそ可能な時間の動きへと再構築することは、大変厄介ではありつつも、楽しい作業でした。

映画『シラノ』 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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ーー本作の撮影中、主演俳優で、あなたの夫でもあるピーター・ディンクレイジさんとは、どんなことを話しましたか。

「夕食は何にしようか」といったことが中心でしたね(笑)。舞台を一緒にやった時には、彼の演出家は私で、役を創っていく共同作業をやっていましたので、作品のことをよく話していましたが、映画撮影では彼の監督はジョーでしたから、私たちは普通の家庭生活に戻ったというわけです。話すことといったら、とるにたらない、ありきたりなことばかりでしたよ(笑)。

ーーディンクレイジさんの演じたシラノに対して、どのような感想をお持ちですか。

舞台版でも映画版でも、彼はこの役に誠実さと粗削りさ、率直さ、そして現代性をもたらしました。また、楽曲の歌唱法という点でも、舞台版を二度経験して十分に練習することができましたので、より豊かで深みのあるものとなって彼の中に刻み込まれていきました。この役のために長い期間をかけてやってきたことには大いなる報いがあり、真の深みに到達したと感じています。それはとても美しいものです。

[左から] エリカ・シュミット(脚本)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images

[左から] エリカ・シュミット(脚本)、ピーター・ディンクレイジ(シラノ) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images

ーー初演から120年以上経てもなお「シラノ・ド・ベルジュラック」の物語が多くの人々に支持される理由をどうお考えですか。また、そんな中に登場した、今回の映画『シラノ』の特筆点は何だと思われますか。

人から愛されたい、人から見られたいという欲求に誰もが共感できるからこそ、長年にわたりロスタンの戯曲が人気を博しているのだと思います。そして人からの愛も、注目を受ける価値もないと思わせる、自分についての何かに対する恐怖心に対しても、人々は共感するのでしょう。ただ、映画版『シラノ』では、シラノが鼻について話すことはありません。これはロスタンの戯曲において大きな部分だったにも係わらず、です。また、ロクサーヌがより主体性を持ち、自分が何を求めているのかをより明確に認識しているという形に脚色されています。これも元の戯曲には描かれていません。さらに、音楽は完全にユニークで、今日のミュージカル映画のいずれとも異なります。私たちによる、そうした幾つかの変更点が、数ある「シラノ・ド・ベルジュラック」のヴァージョンの中で、本作を際立たせているのだと思います。

映画『シラノ』 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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■ジョー・ライト(監督)インタビュー

ーー舞台版「シラノ」を映画化しようと思ったのは何故ですか。

ラブストーリーをまた撮ってみたいと切に思ったのです。かなり長い事やっていなかったので、新たに語るべきラブストーリーを探していました。それは自分自身が人生でちょうどそういう(恋愛中の)状況だったということもあります。そんな時、コネチカット州チェスターの、非常に小さな舞台ワークショップ・プロダクションに招待されたのです。ピーター・ディンクレイジがシラノ役を、ヘイリー・ベネットがロクサーヌ役を演じる舞台版「シラノ」を観て、突然私の心に火がつきました。それは古典の極めて直感的かつ真実味のある現代的解釈で、とても新鮮なものでした。早速私は映画化を許可して欲しいと交渉し、実現に至ったというわけです。

ーー映画の脚本は、舞台版を手掛けたエリカ・シュミットさんに依頼されましたね。

彼女にとって映画脚本を書くのは初めてで、完成までに二年ほどかかりました。私はセリフ面で多くの即興演技が撮影中に出てくることをあまり好みませんから、脚本の中身が一度固まったら「我々がやるのはこれだ」と受け取って、すぐに撮影できるものを望んでいました。その要望に対して、彼女は的確に応えてくれました。

撮影中のジョー・ライト監督 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

撮影中のジョー・ライト監督 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

ーー『シラノ』はミュージカル映画です。音楽面において心掛けたことは?

ほとんどのミュージカルは、全編を通して、定期的な間隔で音楽や楽曲が入って来ますが、本作では楽曲が続くセクションがある一方で、楽曲が全くない長いセクションもあります。私の映画では、楽曲が入るべき理由が感じられないのに、そこに歌が挿入されるという作り方はしません。感情やその根底にある意味が、どうしても楽曲によって表現されなければならないという沸点に到達した場合にしか音楽は使われるべきではありません。

また、ロスタンのオリジナルの戯曲には、人々が自分の感情や彼の鼻などについて話すという、とても長いモノローグがありますが、現代の観客を相手に、そういうモノローグが映画の中で上手くいくとは、到底思えませんでした。そこで、そのモノローグをまるまる楽曲に置き換えてみました。

さらに歌唱に関しては、話したり呼吸をしたりするのと同じくらい自然に感じられるようにと、すべての歌唱を生で収録しました。それが最大の挑戦だったと思います。1980~90年代のブロードウェイ・ミュージカルのような型にはまったような朗唱的な歌い方は避け、新鮮で密接だと感じられるミュージカル作品にしたかったのです。

撮影中のジョー・ライト監督 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

撮影中のジョー・ライト監督 © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

ーーディンクレイジさんの演じたシラノに対して、どのような感想をお持ちですか。

映画のクリエイティブ面での成功は多くの場合、相応しい俳優、相応しい配役、相応しいタイミングによるところが大きいのです。私の撮った『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017)でのゲイリー・オールドマンの演技は素晴らしいものでしたが、本作のピーターの演技もそれに匹敵する見事なものでした。

彼は、これまでシラノ役を演じてきた他のほとんどの俳優とは異なります。これまでのシラノ役者たちは通常、長身のハンサムな俳優たちで、劇中では大きな鼻を付けていますが、控室ではそれを取り外し、バーでは再びハンサムな俳優に戻ることができます。一方、ピーターはハンサムではあるものの、長身ではありません。そのことによって彼は、真実味や直感的な気づきをこの役にもたらしました。他人から特異な存在として見られてきて、自己の本当の部分を見てもらえなかったこと。また、防御手段として身に付けてきたユーモア感覚。そうした、彼が生涯をかけて培ってきた経験や才能の全てが、本作『シラノ』における彼の演技に役立ったと思っています。

[左から]  ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ジョー・ライト(監督) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images

[左から] ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ジョー・ライト(監督) (UKプレミアイベントにて)©2021 Getty Images


文・構成=安藤光夫(SPICE編集部)
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
 

上映情報

映画『シラノ』

<STORY>
物語の舞台は17世紀フランス。 剣の腕前だけでなく、優れた詩を書く才能をもつフランス軍きっての騎士シラノは、仲間たちからも絶大なる信頼を置かれていたが、自身の外見に自信が持てず、想いを寄せるロクサーヌに、心に秘めた気持ちをずっと告げることができない。そんな胸の内を知らないロクサーヌはシラノと同じ隊に配属された青年クリスチャンに惹かれ、こともあろうにシラノに恋の仲立ちをお願いする。複雑な気持ちを抱えながらも、愛する人の願いを叶えようとするシラノは、溢れる愛情を言葉で表現する才能がないクリスチャンに代わって、自身の想いを文字に込めて、ロクサーヌへのラブレターを書くことに・・・。果たして、三人が求める純真な愛の行方は――。
 
■日本公開日:2022年2月25日(金)全国公開
 
■出演:ピーター・ディンクレイジ(シラノ)、ヘイリー・ベネット(ロクサーヌ)、ケルヴィン・ハリソン・Jr.(クリスチャン)、ベン・メンデルソーン(ギーシュ公爵)、他
 
■監督:ジョー・ライト
■製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ガイ・ヒーリー
■脚本:エリカ・シュミット
■原作:エリカ・シュミット「シラノ」(オリジナル戯曲:エドモン・ロスタン「シラノ・ド・ベルジュラック」)
■音楽:ブライス・デスナー&アーロン・デスナー
■製作総指揮:エリカ・シュミット、サラ=ジェーン・ロビンソン、シーラズ・シャア、ルーカス・ウェブ、マット・バーニンガー、カーリン・ベッセル、アーロン・デスナー
 
■原題:CYRANO
■製作年:2021年
■製作国:イギリス/アメリカ
■全米公開日:2021年12月31日
■上映時間:2時間4分
■配給:東宝東和
■提供:ユニバーサル映画
 
■公式Twitter:https://twitter.com/universal_eiga ♯映画シラノ
 
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リリース情報

『シラノ』オリジナル・サウンドトラック [SHM-CD]

■品種:CD
■商品番号:UCCL-1232
■発売日:2022年2月25日(金)
■オリジナル発売日:2021年12月10日
■発売元:ユニバーサル ミュージック合同会社
■JAN:4988031485248
 
■音楽:ブライス・デスナー&アーロン・デスナー
■作詞:マット・バーニンガー&カリン・ベッサー
■演奏:ブライス・デスナー(keys、g、p、b)、アーロン・デスナー(b、programming)、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、ヴィキングル・オラフソン(p)、ヘイリー・ベネット(vo)、ピーター・ディンクレイジ(vo)、サム・アミドン(fiddle、vo)、他
 
■曲目:
01.イントロ
02.オープニング
03.サムワン・トゥ・セイ
04.ホエン・アイ・ワズ・ボーン
05.ダイイング
06.マッドリー
07.テン・メン・ファイト
08.ユア・ネーム
09.ギャリソン・アライヴァル
10.ノット・ア・トイ
11.サムワン・トゥ・セイ (リプライズ)
12.エヴリ・レター (ラジオ・エディット)
13.アイ・ラヴ・ユー
14.アイ・ニード・モア (ラジオ・エディット)
15.オーヴァーカム
16.ザ・キス
17.マリー・クリスチャン
18.ホワット・アイ・ディザーヴ
19.セイイング・グッドバイ
20.クローズ・マイ・アイズ
21.ホエアエヴァー・アイ・フォール - Pt.1
22.ホエアエヴァー・アイ・フォール - Pt.2
23.ヒー・ウィル・ビー・ヒア
24.シラノズ・メッセージ
25.ノー・シラノ
26.サムバディ・デスパレート/ザ・ナショナル
27.セイイング・グッドバイ(ピアノ・ソロ)/ヴィキングル・オラフソン
 
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