大和和紀×中村壱太郎『源氏物語』をエンタメに昇華させた二人が語る源氏の魅力

インタビュー
舞台
2022.2.28
『META歌舞伎 Genji Memories』より  (C)松竹

『META歌舞伎 Genji Memories』より  (C)松竹

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2022年1月に生配信された、『META歌舞伎 Genji Memories』。この度、第1回公演を記念して出演者であり総合演出も手掛けた中村壱太郎と『あさきゆめみし』の原作者・大和和紀のインタビューが行われ、その模様が届いたので紹介する。


2022年1月25日にライブ生配信された『META歌舞伎 Genji Memories』が話題だ。これは、古典文学の名作『源氏物語』の舞台をバーチャル空間に作り、歌舞伎俳優の動きとリアルタイムで合成させるという最新技術と古典芸能を融合させた作品。この総合演出を務めたのは中村壱太郎さん。光源氏を取り巻く六条の御息所や葵の上など5役を演じ分け、女の苦しみや喜びを仮想空間上で演じた。

中村壱太郎  (C)松竹

中村壱太郎 (C)松竹

さて、『源氏物語』といえば、国内外で累計1800万部以上も売れた、不朽のマンガ作品『あさきゆめみし』。原作者の大和和紀さんの画業55周年を記念し、新装版が発刊され、新しいファンを増やしている。
これは『源氏物語』をバーチャル空間での歌舞伎で表現した中村壱太郎さんと、マンガで表現した大和和紀さんのスペシャル対談。古典文学をエンタメ作品として昇華させたお二人が、『源氏物語』の魅力を語り合っていく。

大和和紀

大和和紀

『あさきゆめみし 新装版』1巻

『あさきゆめみし 新装版』1巻

(プロフィール)
大和和紀(やまと・わき)
北海道生まれ。1966年デビュー。代表作に『はいからさんが通る』『あさきゆめみし』『ヨコハマ物語』『N.Y.小町』『にしむく士』『紅匂ふ』『イシュタルの娘〜小野於通伝〜』など多数。アニメ・映画・舞台化もされた『はいからさんが通る』で1977年に第1回講談社漫画賞を受賞。2021年画業55周年を迎えた。

(プロフィール)
中村壱太郎 (なかむら・かずたろう)

1990年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。1995年1月大阪・中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。以降、歌舞伎の舞台に精進しつつ、2016年、野田秀樹作現代劇『三代目、りちゃあど』に出演、同年のアニメ映画『君の名は。』劇中の巫女の奉納舞を創作など、活躍の場を広げている。2020年7月新感覚の歌舞伎とアートのコラボからなる配信公演『ART歌舞伎』を上演し国内外から高い評価を得る。


(C)大和和紀『あさきゆめみし』より

(C)大和和紀『あさきゆめみし』より

大和和紀さん(以下・大和):『META歌舞伎 Genji Memories』を拝見しました。生の舞台と違って、背景がCGというのも斬新でした。おひとりで5役を演じ分けたところ、セリフや言葉も素晴らしいと感じました。

中村壱太郎さん(以下・壱太郎):ありがとうございます。今回の作品は約30分間で、光源氏の青年時代、夕顔が亡くなるところまでを扱いました。わかりやすくしつつ、作品の持つ文学性をどこまで表現するか、脚本家の横手美智子先生のお力をいただきながら、方向性を決めて行ったのです。
この制作過程で、『源氏物語』のバイブルだと皆が異口同音に言う『あさきゆめみし』も拝読しました。それぞれの登場人物、和歌も含めて、言葉も美しく、たくさんのヒントをいただきました。

大和:とてもありがたいです。「受験に役立った」とよく聞きますが、歌舞伎のお役に立てたことも、うれしいです。

壱太郎:そうだ、私は怪盗光源氏君が登場するマンガ『ラブパック』(大和和紀著)も読みました。

大和:そうなんですか!

壱太郎:歌舞伎作品ならではの魅力に“飛ぶ”という演出があります。これは非現実的だったり、荒唐無稽なものを、物語に落とし込むことも指します。『META歌舞伎 Genji Memories』は、劇場で演じる作品とは異なるので、歌舞伎ならではの要素“飛ぶ”を取り入れました。スピーディな物語展開や、ワイングラスやシーシャを登場させましたし、綿密な時代考証を無視して、女性が庭に出てきたり。

『META歌舞伎 Genji Memories』より  (C)松竹 

『META歌舞伎 Genji Memories』より  (C)松竹 

大和:そうなんですよね。『源氏物語』は室内で物語が進んでいくので、私も『あさきゆめみし』を描いているときに、季節感をどう盛り込むかを苦心しました。『META歌舞伎 Genji Memories』はスッと物語に入れましたよ。六条の御息所が神秘的かつ怖く描かれていたのもよかったです。

壱太郎:ありがとうございます。彼女はただ怖い人ではなく、実際は才色兼備で教養高く慎み深い。女性の底知れぬ部分を全て持っていますから、魅力的でもあります。

大和:六条の御息所は、悪役なんですけれど、悲しい女性なんですよね。『源氏物語』には、たくさんの美人が登場しますが、最上のほめ言葉である「なまめかし」(優美、上品)と表現されたのは、彼女だけなんです。藤壺は「なつかし」(親しみやすい)ですし、紫の上は「いまめかし」(現代的)です。そんな最高の貴婦人なのに、年下の源氏に入れあげてしまい、ダメだと思いながらも、引きずられてしまい、やがて生霊になってしまう。
非常にエネルギーがありながらも、それを表には見せないようにする。それが怪しい美しさとして、『源氏物語』の中でも光っています。役者さんも演じがいがあるのが、彼女じゃないかな…という気がします。

 (C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

 (C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

壱太郎:おっしゃる通りです。情念が強いだけではなく、優しい女性でもあるんです。役作りのときに、六条の御息所は光源氏の「よりどころ」だったのではないかと思ったのです。というのも、平安時代の恋愛はお互いをよく知ってから、恋愛関係になるのではなく、一瞬の出会いと感覚で男女の関係になってしまう。だから、光源氏は、関係性が成立した後に悩むのです。そうなったときに、年上で経験豊富な六条の御息所には甘えられるようなところがあったんじゃないかと。

大和:年上といっても、光源氏17歳ですから、六条の御息所は26歳くらいなんですよね。葵の上も4歳しか年上ではないですし。

壱太郎:女性の美しさを年齢で規定する時代であり、本人たちの愛よりも、社会通念上の年齢を重視している時代だったんだとは感じました。

大和:それは寿命が短いこともあると思います。『META歌舞伎 Genji Memories』に登場する女性たち(藤壺、六条の御息所、葵の上、夕顔、玉鬘)は、玉鬘をのぞいては、年上ですね。

壱太郎:光源氏は若い頃……紫の上に出会い「自分好みに育てる」という感情が生まれるまで、悲しい恋愛ばかりなんですよね。稀代の貴公子なのに、恋愛をしても、苦しいことだらけなんです。最後に玉鬘が登場するのは、普通では考えられないのですが、歌舞伎の“飛ぶ”力を借りて、登場させました。玉鬘は『META歌舞伎 Genji Memories』において、未来を意味しています。
そうそう、私が『あさきゆめみし』を読んで感じたのは、光源氏が悲しいことが多い恋愛を通じて、人間的に成長していく様子が描かれており、それがリアリティにつながっていることです。

 (C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

 (C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

大和:光源氏は、女性が理想とする男性で、現実味がないんです。身分が高く容姿端麗で、相手の女性を一緒にいるときは、全力で相手を愛している。そんな理想の男性は、現実にはいません。光源氏が原作そのままの現実離れしたキャラクターでは、漫画の読者の方々には伝わらないと考えました。そこで、光源氏が恋を失うたびに悩み苦しむ姿を、要素を整理しながら描いていったのです。
ほかにも、『源氏物語』には、何度読んでも矛盾している部分もあります。そこを時系列や人間関係の整理をして、その章のテーマごとに構成していったんです。

壱太郎:そうなんですか! ところで今、先生がお読みになって、改めて整理しなおしたい部分はありますか?

大和:自作について振り返ることはないんですよ。『あさきゆめみし』は、今から40年近く前に描いたので、当時の私の解釈に拠っています。『源氏物語』読み手の経験に応じて、捉え方も好きな人物も変わってきます。若い頃は紫の上に肩入れしていても、年齢を重ねると六条の御息所に共感するという感想はよくいただきます。自分の子供が成人すると、「息子の嫁には玉鬘のようなしっかり者がいい」と思ったりね(笑)。

ーー壱太郎さんご自身は、だれに共感しましたか?

壱太郎:葵の上でしょうか。『META歌舞伎 Genji Memories』では子供(夕霧)が生まれる前の光源氏夫妻のすれ違いを描きました。その後の葵の上は、すれ違いながらも子供を身篭り光源氏との関係性が深みを増していきます。もしその部分の葵の上を今後演じるとなったらと、想像したときに心が揺さぶられることを感じたのです。これは私が男性だから葵の上が妊娠を「怖い」と感じている姿に共感したのかもしれません。私には想像もつきませんから。

大和:妊娠すると、自分の体で赤ちゃんが育ち、お腹が出たり苦しくなったり、体が変化していきます。それはやはり怖いことでもありますからね。

ーーそんな葵の上に、六条の御息所の生霊が取り付く。

大和:文字での呪いが夕顔の息の根を止めていく演出が素晴らしかった。

壱太郎:ありがとうございます。六条の御息所は、文字も美しい。あの呪いの表現は、彼女のキャラクターにピッタリだと思いました。

大和:前春宮の妃であったというプライド、年上の女性としての矜持があり、嫉妬しているところさえも知られてはならない。その抑えた感情が、生霊化したことがよく伝わります。『源氏物語』は人間の多面性を描いていますよね。例えばマドンナ的な存在の藤壺にしても、周りからどれほど賞賛されても、自分はそうは思っていないとか。今もきっとそういう人はいますよね。
だから夕顔のように、ありのままであり、なんでも受け入れてくれる可憐な女性が男性にとってたまらないとは思います。夕顔というのも、白い可憐な花が咲く蔓科の植物で、何かにすがらないと自立できない。夕顔の性格や境遇がよく現れています。

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

壱太郎:そうですよね。源氏のライバル・頭の中将が先にホレたというのも非常によくわかります。貧しく見える家に住みながらも、和歌はとびきり上手など意外性に男性は弱い。

大和:“ギャップ萌え”の夕顔に、“ツンデレ”の極致の葵の上……登場人物の特徴が『META歌舞伎 Genji Memories』からはよく伝わりました。

壱太郎:30分でまとめるのですから、伝わるように役の軸を明確に据えました。藤壺が「流される女」、葵の上が「凍てつく女」、六条の御息所が「絢爛たる女」、そして夕顔が「ほころぶ女」です。夕顔は自分がほころぶというよりも、相手をほころばせるところがありますね。
『あさきゆめみし』には、女性達に花のイメージがあります。藤壺は藤、紫の上は山吹などが効果的に描かれていました。私も演出の際に、六条の御息所が薔薇、葵の上が百合など花のイメージを充てました。

大和:六条の御息所は薔薇なんですね。『あさきゆめみし』では、彼女は薔薇を食べたんですよ。そうそう、私、彼女の背景にこんにゃくの花を描いたことがありました。

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』1巻より

壱太郎:こんにゃくの花!?  初ねめて聞きました。画像検索してみます……わ! これは怖い。南国の花のようなイメージですね。

ーー制作過程で苦心したところはなんでしょうか?

壱太郎:グリーンバックでの演技、CGによるデザインなど技術的なところも大変でした。衣裳での表現も、グリーンバックでは使えない素材や色があります。通常の舞台とは異なり、さまざまなジレンマがありました。そこで、わかりやすさと美しさを追求して仕上げていったのです。

『META歌舞伎 Genji Memories』  (C)松竹

『META歌舞伎 Genji Memories』  (C)松竹

大和:『源氏物語』をビジュアル化するのはどれもこれも大変ですよね。私としてはとにかく原作を読み込んで、自分の解釈をしていくことに力を注ぎました。資料が少ない中で、必死で調べて背景を描き、着物の模様を起こしていく……スタッフとの共同作業でした。
今のようにパソコンで検索すれば資料などが出てくるわけではないですし、ビジュアル資料も本当に限られていたのです。それに、平安時代の寝殿作りはどこにも現存しておらず、住んでいるところはもちろん、食べていたものさえもわからないのですから。
そこで調べると、いろんなことがわかってくるんです。当時の貴族は調味料は塩と酢だけで、1日4合のご飯を朝晩の2回にわけて食べていたんですよ。

源氏物語に千年の命を吹き込む『あさきゆめみし』大和和紀さんに聞く誕生秘話
大和和紀さんインタビュー1  前編(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/90182)

壱太郎:イメージとは異なりますね! 今のお話を伺って、もう一度『あさきゆめみし』を読み直します。

ーー普段から少女マンガを読むのですか?

壱太郎:はい。高校生の頃に、『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ著)を読んで面白いなと思い、今でもよく読みます。少女マンガは、生きる苦しみや喜びを描いているところが魅力。そこに美学を感じます。これからもいろいろと読みたいんですが……ところで、先生、『イシュタルの娘〜小野於通伝〜』はどんなお話なのですか?

大和:いいですよ、読まなくて(笑)。

壱太郎:えーー!! 読みたいですよ!

大和:戦国時代を生き、後に書家になった小野於通という庶民の女性のお話です。いわゆる、覇権争いのコマになる人ではないのです。やはりお姫様は動かしにくいから、漫画には向かないんですよ。

壱太郎:源氏物語に登場する女性たち同様、ずっと室内ですからね。でも、軍を率いて戦った女性もいます。私は先生に平安時代末期に活躍した巴御前や、戦国時代に伊予の国(愛媛県)にいたという鶴姫を描いてほしいです。

大和:戦国時代って面白いですよね。『のぼうの城』(和田竜)に出てくる忍城(おしじょう)の城主、成田氏長の娘・甲斐姫は、軍を指揮して戦っていますしね。いろんな人がいるんです。

壱太郎:ぜひ作品化の際には、拝見したいと思います。そして、歌舞伎として関わりたいと思います。今回、先生とお話して、『源氏物語』の理解が深まりました。これを生かして作品を手がけてまいります。

大和:紫式部という作家が本当に素晴らしいですからね。ぜひ『紫式部日記』も読んでみてください。きっと新たな発見があると思いますよ。

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』2巻より

(C)大和和紀/講談社『あさきゆめみし 新装版』2巻より

転載元:FRaUweb

配信情報

『META歌舞伎 Genji Memories』 ※終了

■日時:
①LIVE生配信:2022年1月25日(火)
②特典映像付きアーカイブ配信:2022年2月2日(水)22:22 ~ 2月8日(火)23:5
 
■出演:中村壱太郎、中村隼人
■総合演出:春虹(中村壱太郎)
■脚本:横手美智子
■演出:西澤千恵、株式会社HERE.

 
■制作協力:株式会社アロープロモーション、カディンチェ株式会社
■制作:ミエクル株式会社
■製作:松竹株式会社

 
■公演詳細:歌舞伎美人HP(https://www.kabuki-bito.jp/news/7235
■公式Instagram:@metakabuki.studio 

書籍情報

『あさきゆめみし 新装版』7巻

『あさきゆめみし 新装版』7巻

大和和紀『あさきゆめみし』新装版 全7巻発売中
https://kisscomic.com/asaki/

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