スリリングな展開!圧巻のドラマティック・オペラ「トスカ」、英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン
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『英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2021/22』ロイヤル・オペラ《トスカ》 © KENTON
2022年2月に再開した英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン、オペラの1作目はイタリア・オペラの傑作の一つ『トスカ』だ(3月11日より全国公開)。初演は1900年。物語はその100年ほど前の、ナポレオン戦争の時代を舞台として描かれた、一言で言うなら愛憎サスペンスだ。明確で分かりやすく筋の通った物語に、それを牽引するプッチーニの音楽がまた重厚、荘厳、時には心のひだの内側を覗くような繊細を醸すなどメリハリが効きドラマチック。歌姫トスカと画家カヴァラドッシ、悪漢スカルピアの愛憎のもつれにハラハラしつつ、気が付けばクライマックスという息をもつかせぬ展開は、「まるでジェットコースターのよう」との評もなるほど納得なのだ。さらにプッチーニが「リアルなローマ」を表現しようと鐘の音一つにもこだわったこの作品、舞台美術もまた数千年の歴史が積み重ねられたローマという、重厚な世界を表現しており見応え十分。映画としても見応えたっぷりの舞台だ。ロシア、ウクライナ、英国など、多国籍のアーティストたちが共演してつくりあげたこの舞台は、今だからこそ、改めて目にしたいものでもある。
【動画】Trailer(UK)
■初オペラにはおすすめ!「すべてがパーフェクトな作品」
オペラを初めて観る人におすすめは、と聞かれれば、個人的にはこの『トスカ』を挙げる。物語も登場人物も分かりやすく、オペラやバレエなど古典作品にありがちな矛盾や疑問もなく明確。展開はスピーディーで飽きさせず、音楽はドラマチックかつ繊細で「名曲」も目白押し。加えてこの英国ロイヤル・オペラ・ハウスのプロダクションは舞台美術も時代に則した荘厳さと華やかさがあり、幕間インタビューで製作者や出演者らが「すべてが完璧」「パーフェクト」と語るのも、なるほど納得のクオリティだ。
物語舞台は史実に則った世界。19世紀末、ナポレオンがいよいよ勢いを増し、まさにこれから頂点へと向かって駆け上がろうという時代、ローマがナポレオンに占領されローマ共和国が廃止となり、ローマ教皇国家が復活した、そのローマで生きる人たちを描く。画家カヴァラドッシ(フレディ・デ・トンマーゾ)は共和国復活の信念を掲げる繊細な、若き共和主義者。スカルピア(アレクセイ・マルコフ)は教皇国家の警視総監であり、反体制派を捕らえて処刑する、恐怖政治の体現者である。スカルピアが歌う荘厳な教会音楽をモチーフとした「テ・デウム」は、なるほど教皇国家の権力者ゆえかと思わせられ、重厚で聴きごたえがあるほどに、その強大な力を思わせられるのである。
© 2014 ROH, Clive Barda
タイトルロールのトスカ(エレナ・スティヒナ)は歌姫にしてカヴァラドッシの恋人。政治的信念が特にあるわけでもなく、カヴァラドッシへの(時には嫉妬も絡めた)愛と信心で生きている、いわば「普通の女」だ。ドラマはこの3人の、いわば三角関係が主軸であるが、しかし政治的信念がかかわるからこそ、物語は深み・重みが加わり重厚感を増すのである。かつてなら「火サス的オペラ」とも評されることもあったが、昨今の世界的政治情勢を思うと、何やら理不尽なリアリティさえ感じられるのだ。
© 2014 ROH, Clive Barda
■若手演奏家の紡ぐ、国籍芸術家たちの共演も注目
今回の見どころには若手アーティストらの活躍も挙げられる。
トスカを演じるスティヒナは2019年、ザルツブルク音楽祭の『メディア』で一躍脚光を浴びたソプラノ歌手。リリカルな歌声はもちろん、演技もドキッとするような表情を見せる。「何も悪いことをしていないのに、どうしてこのような目に合うの…」という趣旨で歌い上げるアリア「歌に生き、愛に生き」は切ない。そして未見の方々にはネタバレになるので多くは語らないが、2幕のスカルピアが倒れた後の一連の表情はぜひ、大スクリーンで注目して見ていただきたいシーンの一つだ。
カヴァラドッシ役のデ・トンマーゾは20代の英国人。今回は代役での出演となったが、情熱的な、信念に満ちた演奏は今後が楽しみだ。スカルピア役のマルコフはマリインスキー歌劇場の来日公演で日本を訪れたこともある、オペラファンにはお馴染みのバリトン歌手。若いトスカとカヴァラドッシの間で放つ存在感が頼もしい。
英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2021/22』ロイヤル・オペラ《トスカ》 © 2014 ROH, Clive Barda
そして指揮はウクライナ人のオクサナ・リーニフ。バイエルン州立歌劇場ではキリル・ペトレンコ(現ベルリン・フィル首席指揮者・芸術監督)のアシスタントを務め、2021年にバイロイト音楽祭で、女性としては初めて『さまよえるオランダ人』を指揮。2022年1月からボローニャ歌劇場で、イタリア初の女性音楽監督として活躍している、注目の識者だ。
この「トスカ」を収録した時は、まさか世の中が戦争状態になろうとは、出演者もスタッフも、客席の観客も考えていなかったに違いない。愛憎劇の物語ではあろうとも、しかし芸術は人為的境界線を超えた、世界共通言語であると信じたい。そして、こういう時だからこそ、世界中から集まったアーティストたちによって創り上げられた、本物の芸術に触れていただきたいとも思う。
© 2014 ROH, Clive Barda
文=西原朋未
上映情報
ロイヤル・オペラ『トスカ』
■原作:ヴィクトリアン・サルドゥ「ラ・トスカ」
■指揮:オクサナ・リーニフ
■演出:ジョナサン・ケント
■再演演出:エイミー・レーン
■デザイン:ポール・ブラウン
アンジェロッティ:ユーリ・ユルチュク
堂守:ジェレミー・ホワイト
カヴァラドッシ:フレディ・デ・トンマーゾ
トスカ:エレナ・スティヒナ
スカルピア:アレクセイ・マルコフ
スポレッタ:ヒューバート・フランシス
シャルローネ:ジフン・キム
牧童:カイラン・オサリヴァン
看守:ジョン・モリッシー