本谷有希子×黒田大輔×安藤玉恵「嫌な夫婦を描いた小説を、ハッピーな2.5次元舞台に」~梅雨の走りの本谷有希子『マイ・イベント』インタビュー
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本谷有希子・黒田大輔・安藤玉恵 (撮影:中田智章)
台風の日、ある夫婦のある一日。おおっぴらには言わないけれど、どこかで自分を特別だと思い、どこかで他人の不幸を面白がっているような、そんな気持ちは誰の心の隙間にも住んでいるのかもしれない。
6月に「梅雨の走りの本谷有希子」として上演する舞台『マイ・イベント』は、本谷自身の小説を原作とし、川沿いのマンションに住む夫婦の一日を描いた作品だ。登場人物はたくさん出てくるが、二人芝居として上演することに決めた。「黒田大輔と安藤玉恵の、二人芝居。もうこれしかない」と直感した本谷と、そこに集った黒田と安藤の三人に、『マイ・イベント』創作について聞いた。
■黒田と安藤。拮抗する二人が夫婦役なら、それだけで面白い
──かなり強烈な夫婦の話ですね。どうしてこの作品を舞台化することに?
本谷 小説でこの夫婦の会話を書いている時間がすごく楽しくて「これが生身の役者になるとどんなふうに見えるんだろう?」「この二人の嫌な感じを生身の人間で観たい」と思ったんです。そもそも戯曲として書かれていないので、舞台にしたときに、どうやって表現するのかわからないところも多い。その手強さに、やりがいを感じました。
本谷有希子
──出演のおふたりは『マイ・イベント』を読んでみていかがでしたか?
黒田 小説を半日ぐらいで一気読みしました。あっという間に読めたのは、書きたいままに勢いよく楽しく書いた感じを受けたからなのかな?
本谷 たしかに書きたいものを書けばいいと思っていたところはありますね。面白いものを書こうと考えたんじゃなくて、描写を積み重ねていったからドライブしたのかも。でも小説にとって「一気に読める」って全然褒め言葉じゃないから(笑)。
黒田 そうなの!?
安藤 えっ、私も2時間くらいで読みましたよ!
本谷 (笑)。
安藤 だってラストが気になるじゃないですか。「絶対にこの二人に不幸になって欲しい」という憎悪の塊で読み続けているから、オチがつかないと読み終われない。「もう苦しい! もうやめて!」という気持ちで一気に読みました。……これ、褒め言葉だと思いますよ。気になって気になってしょうがないんだもん。疾走感がすごかったです。
安藤玉恵
本谷 たった一日の出来事だしね。この二人は間違った主張をしていて、だからこそ無駄に生命力がある。私はそんな人たちを愛しているんですよね。間違っているけどエネルギーのある人を芝居にしたくて、できれば二人芝居がいい。その時に黒田さんとあんたまさんが思い浮かんで、「あ、できた!」と。いつもはキャスティングがすごく苦手なんですけど、スッと決まりましたね。
──なぜこの二人が思い浮かんだんでしょう?
本谷 まず、観客として、黒田大輔と安藤玉恵の二人芝居がすごく観たい。全然違う二人だけど、芝居に対しての向き合い方の純度が高くて、真剣な、とても良い組み合わせだと思いました。二人が「パパ」「ママ」と言い合ってるだけでも面白いですし(笑)。
安藤 黒田君は、当て書きかなと思うくらい、口調とか想像できる。
黒田 わかる。自分でそう思う時ある。
本谷 当て書きじゃないですよ。だからこの二人による二人芝居だということに重要性があるなと思っているんです。お互いの力をお互い向け合った時に潰れずに、全力を出しても大丈夫な二人。どちらかが出演を断ったら成立しないなと思っていたくらいです。
黒田 過去にはスケジュールが合わずにお断りしてしまったこともありましたからね。今回、初めて本谷さんとご一緒することができました。本谷さんとやるのは絶対に大変だろうなと思っていたけど、リスペクトする安藤さんとの二人芝居で、かつ本谷さんと三人だったらなにか面白いことができるんじゃないかなと思ったので嬉しいです。
黒田大輔
■嫌なやつらだけど、舞台にあがると滑稽で笑っちゃう
──『マイ・イベント』には天候の変化があったり、動物が出てきたりするので、どう舞台で表現されるのか気になります。
本谷 「これは絶対に二人芝居だ」というイメージが先行して舞台化を決めたので、あらためて小説を戯曲にする時に「これ、二人でできなくない?」って気付いたんですよね(笑)。それで二人に相談しました。
安藤 三人でいろいろ相談しながら作っています。結果的には……2.5次元の演劇になっているんじゃないかな。
本谷 たしかに2.5次元かも。さっきの話を捕捉すると、演出って「舞台にできない」と思ったところから生まれてくるんじゃないかと思っていて。たとえば台風による濁流の川で溺れるとか、大自然を相手に戦う人間をどうやって、たった二人で表現するのかを考えていくのが、演出冥利に尽きる。すごく難しいけれど、創作しているなという感覚です。やっぱり眉間にギューって力を入れて作れるのが一番楽しい。
黒田 これから稽古が進むとシワが寄ってくるかもよ。
本谷 絶対に寄ってくるね。どうやったら面白くなるかな~って考えすぎて(笑)。
──小説の舞台化、その魅力や違いは?
黒田 小説は言葉そのものがすごく面白いんですが、演劇はライブだから生身の人間がしゃべったり動いたりする。言葉と身体と空間がどうやって混ざるんだろうな?と探っています。
安藤 それは思った。肉体があると、すごく滑稽で、面白いですよ。小説を読んでいるよりも人間味を感じる。失礼なんだけど黒田君が何か言うと笑っちゃうんだよなぁ……褒めてますよ!
本谷 黒田さんがいやらしいくらい忠実に再現するから面白くなっちゃうんですよね。すごくあさましい人間になる。実際にやると「こんな人間いないよ」っていうくらい戯画的に渇幸という役が書かれていて、稽古の最初の頃はドタバタしない静かな演劇にしようかとも考えていたんだけど、やってみると過剰にアクセルを踏む方がいいんだなと思い直しました。
安藤 黒田君の顔だけ見ていても一時間半を面白くすごせると思います。
黒田 自分では意識してないんですけどね……僕の44年間のあさましさがにじみ出ているのかも。
本谷・安藤 (笑)。
黒田 登場する夫婦は本当に嫌なやつで、どんな制裁をくらわしてくれるんだって期待しながら小説を読んだんですよね。同時にちょっと羨ましいとも思っちゃったんですよ。どう考えても間違ってるし、心から嫌なやつなんだけど、僕よりも生き生きして躍動しているんじゃないかという気がしてくる。だから舞台を観た後に「生き生きしてたなぁ」と感じてもらえれば面白いのかな。
本谷 そう思う。世の中にはおおっぴらに言ってはいけないことややってはいけないことがすごく多い。『マイ・イベント』には災害をイベントとして楽しみにしてしまうシーンがあるけれど、これもふだんは声に出してはいけないことだと思うんです。「災害が来ると、なんかワクワクするんだよね」なんて言えない。それを堂々と言えるのはフィクションならではですね。たまに私の作品を見てくださった方から「安心した。嫌な気持ちや良くない気持ちを感じてしまってもいいんだ」と言われることがあって、それはフィクションだからこそできることですね。
安藤 その感覚は本谷さんの作品に通底していますね。昔からずっと変わっていない。
本谷 フィクションだとしても酷すぎることは、出版社から「ここは変えた方がいい」と言われますしね。でも人がどう感じるかは本来はコントロールできない。私としては人を嫌な気持ちにさせてでも、書かないといけないことがある。とはいえ人を傷つけたいわけでは決してないから「変えた方がいい」と言われたら考えますし、『マイ・イベント』でも誰かを嫌な気持ちにさせるのではなく、登場人物の二人がどこか愛される部分があればいいと思っています。
安藤 そうですね、愛されるよう頑張ろう。
黒田 うん、頑張ろう!
■小説の舞台化。劇団とは違うやり方で芝居を作っていきたい
──本谷さんは前作『本当の旅』(2019)に続き、ご自身による小説の舞台化をしていますが、その違いや面白さをどういうところに感じていますか?
本谷 同じ題材を扱っていても、小説でしか感じられないことと、生身の人間が動いてることでしか作れないものは違うので、自然とそれぞれの特徴が出てくるだろうなと思っています。そのうえで課題として、自分が今までやってきた演劇の作り方とは違う作り方で挑んでいます。使ったことがない筋肉を使っている感じだけど、それはこれからも演劇を作るうえで鍛えたい筋肉だから一生懸命に取り組んでいるところですね。自分の演劇に対する固定観念や枠を壊して、もっと外側のことをやっていきたい。
黒田 もしかしたら本谷さんは今まで、自分のやりたいお芝居を頭の中で想像しながら戯曲を書いて、頭の中のものを体現しようと演出していたかもしれない。でも今は真逆のことをやろうとしてるんじゃないかな。いろんな人の意見を聞いて、自分にないものをもらっていく。今の稽古場はお互いに「それ、好みじゃない」とか言いやすい空気なので、それぞれの意見を出しあって作っている。自分の枠よりも大きなものを皆で作っていきたいのかなと感じています。
本谷 私に対して「それはやりたくない」「できない」と言ってくれるから、そこは信頼しています。
安藤 このままできたものはきっと、「劇団、本谷有希子」のファンの人が観たらビックリする作品になるでしょうね。劇団公演の『甘え』(2010年)の時の稽古場は、本谷さんがすべてを引っ張っていくような感じがあった。
本谷 今とは、全く違いましたね。人間がワーッと動いて嫌なエネルギーを発するところは初期から一貫してるけれど。劇団をやっていた頃は自信があったんだよね。だって、私が頭の中で考えた演劇をやるんだから、私が絶対に誰よりもよくわかってるって思っていました。でも劇団を休止した理由のひとつに、新しいやり方を取り入れたいというのがあった。とくに『マイ・イベント』の場合、題材は私から出てきたものだけど、演劇としてどう見せたいかはまだまだ考えないといけない。二人とも俳優歴も長いし、演劇への意識がとても高いですしね。
黒田 まぁ、真面目になり過ぎずに、子どもがごっこ遊びをするように自由にやりたいですね。おままごとで包丁がなかったらそこにある物を勝手に包丁代わりにするようなことを、大の大人がお金をかけて遊べたらいいなと思っています。
安藤 変なものになればいいよね。黒田君が今稽古でやってくれている、「あえて」の大きな表現は、とても勉強になります。それぞれがやってきたお芝居による演劇観みたいなものがバラバラだから、すり合わせていけたらいいな。お互いの良いところを抽出して、ハッピーにやっていきたい。
黒田 そうだね、ハッピーな2.5次元になるといいね。
本谷 2.5次元だね(笑)。それを生身で、浅ましく、美しく、見せたいですね。
取材・文=河野桃子 写真撮影=中田智章
公演情報
『マイ・イベント』
■出演:黒田大輔 安藤玉恵
■会場:小竹向原 SAiSTUDIO コモネ A (東京都板橋区小茂根 1-9-5)
■公式サイト:http://www.motoyayukiko.com/performance/myevent/