信頼関係が作品を創る~タカハ劇団『ヒトラーを画家にする話』稽古場レポート
-
ポスト -
シェア - 送る
(C)塚田史香
2022年7月20日から24日まで、池袋・東京芸術劇場 シアターイーストにて、タカハ劇団 第18回公演『ヒトラーを画家にする話』が上演される。
今作は、1908年のウィーンへタイムスリップした現代の日本の美大生が、芸術家を目指す若かりし頃のアドルフ・ヒトラーと出会うストーリーである。ヒトラーを画家にして過去を変えるべきか否か葛藤する学生の姿や、才能の有無に悩まされる若者の心の機微、時代に翻弄される人々をコミカルに、時に鋭利に描く。
斎藤僚太役:名村辰 (C)塚田史香
出演者には、舞台・映画・ドラマと多方面で活躍が期待する俳優が揃った。名村辰、芳村宗治郎、渡邉蒼が日本の美大生を、犬飼直紀がアドルフ・ヒトラーを、川野快晴がヒトラーの親友を、山﨑光がヒトラーのライバルを、ヒトラーたちの下宿先の娘であるシュテファニーを重松文が演じる。
朝利悠人役:芳村宗治郎 (C)塚田史香
板垣健介役:渡邉蒼 (C)塚田史香
シュテファニー・ツァクライス役:重松文 (C)塚田史香
フレッシュな面々に加え、異儀田夏葉、砂田桃子、結城洋平、柿丸美智恵、金子清文、有馬自由といった実力派が名を連ね、盤石な布陣である。
藍島稔梨役:砂田桃子 (C)塚田史香
斎藤東吾役/アロイス・ヒトラー役:金子清文 (C)塚田史香
ワシリー・シュナイダー役:有馬自由 (C)塚田史香
作品のタイトルを聞いて、独裁者として悪名高い人物の名を冠するがゆえに、「どのような物語なのだろう」「重苦しい雰囲気ではないだろうか」と少し身構える人もいるのではないだろうか。筆者も初めて稽古場に赴く前はその一人だった。
しかし、その予想は杞憂だった。主宰で脚本・演出の高羽彩を中心に、和気藹々と進む稽古。それぞれをリスペクトし、信頼し合える現場作りがされており、互いの発想に柔軟に対応する姿勢が見て取れた。
稽古はウォーミングアップのシアターゲームから始まる。シアターゲームとは、俳優が演じる上で必要な技能を鍛えるゲーム形式のエクササイズだ。
(C)塚田史香
(C)塚田史香
特に印象的だったゲームは、全員が立って内側を向いた円になり、目を瞑った円内の1人を、誰かがランダムな方向に優しく押して別の1人に受け渡すというものである。まるで人間がボールになって、パスを出し合っているかのようだ。
目を瞑っている人は、どの方向に押されるか分からず不安なまま、押された方向に押された勢いで歩かねばならない。ボール役になった名村が思わず「うわあ!!これ怖い!!」と叫ぶ。そこで高羽が「大丈夫大丈夫!みんなを信用して!」と励ます。
一見、作品の内容に関係のないワークだが、舞台は全員で最後まで物語を繋いでいくリレーのようなものである。信頼関係やチームワークを最も重要とし、構築する過程を見て、ファーストインプレッションが良い理由が分かった。
そして本題である台本を使った立ち稽古に移る。
この日は、日本の美大生である僚太たちがヒトラーと出会う一連のシーンを入念に創っていた。僚太たちが1908年のウィーンにタイムスリップして、その喧騒の中に放り出されるシーンから、街角で絵を描いているヒトラーに声を掛けるシーンまでである。
(C)塚田史香
このシーンの冒頭は人々の雑踏を表現するため、舞台上には人物が多い。走っている馬車に轢かれそうになり、慌てて避ける僚太たち。ここでの混雑した人物たちの動線を、作品としての見え方を整えつつ、人間の生理に落とし込む。
馬車は、それに見立てた物体を使うのではなくイマジネーションで存在させる。どのように走っているのか、どこに向かって走っていったのかなど、実際には見えないそのディティールを、舞台上にいる演者が想像上で共有している必要がある。それぞれの脳内イメージで以て、まずは演出をつけずに俳優がそれぞれに自由な発想で作ったプランを確認する。
高羽はいつも最初に「フリーでやってみて」と言う。俳優にまずは委ねてみる。俳優も、相手の出方やそこで起こった物事に素直に反応し、自分のプランを柔軟に変化させていく。そしてそれを受けた高羽が「それ良いね」「それはちょっと変かも」と統制が取れるように調整していくのだ。
何度かシーンを繰り返すと、ミザンス(立ち位置)が固まっていき、ついに納得のいくシーンが出来上がった。高羽の「みなさんすばらしいです~~~~!!」と言いながら拍手をする様子に、場が和む。台本上で活字だったものがどんどん立体化していく過程を、皆が一つ一つ喜ぶ。役柄では言い争いをしていても、お互いに鼓舞し合いながら物語を創り上げていくモチベーションが俳優の姿からひしひしと感じられる。
脚本・演出:高羽彩 (C)塚田史香
シーンは進み、ヒトラーとの初めての会話へ。ヒトラーが僚太のスケッチブックを拾い、持って行ってしまったため、ヒトラーを追いかけていた美大生一行。
アドルフ・ヒトラー役:犬飼直紀 (C)塚田史香
第一声から高慢な態度を取るヒトラー。それに対抗する僚太のがむしゃらな言動や、彼とともにタイムスリップした友人の朝利と板垣もその言い争いに参戦したり宥めたりする忙しい様子に、思わず笑ってしまう。
僚太は絵を描いているヒトラーの前に立って、対象物が見えないように邪魔をしてみたり、しつこく声を掛けたりしてみる。どうにかスケッチブックを取り戻そうとする僚太となぜか頑なに返そうとしないヒトラーの攻防は、小さなことにも一生懸命になれてしまう瑞々しさが、俳優たちの魅力としてそのまま演技に出ているように感じられる。
タカハ劇団の稽古場では、演出・演技という言語で丁寧に「相互的な」コミュニケーションを取ることで、作品のクオリティが向上することはもちろん、座組の連帯感が強まっていることを実感する。
アロン・クラウス役:山﨑光 (C)塚田史香
アウグスト・クビツェク役:川野快晴 (C)塚田史香
ハラスメントの告発が枚挙にいとまがない昨今、演劇業界全体に陰鬱な影が見え隠れして、業界の内外を問わず不安を抱く人も少なくないだろう。
一方、そのような状況がなくなるようにと奮闘する人や、他者へのリスペクトを忘れずに相互の信頼感を大切にしている現場も数多くある。
タカハ劇団は、そういった現場の一つであると自信を持って言える。安心できる環境作りからが創作だという高羽の信念を、稽古場に赴き肌で感じた。
そして、その信頼関係を築くことを大切にした創作過程が確実に作品そのものをより良くしているのは先述した通りだ。
(C)塚田史香
稽古でしっかりと築かれた信頼関係から成る『ヒトラーを画家にする話』の世界を、是非劇場で体験してほしい。芸術を信じる者たちのパワーに、歴史を、政治を、生き方を考えさせられるに違いない。そしてきっと、日々はささやかな選択の連続で、その一つ一つが未来を形作っているのだと実感できるはずだ。
文=伊藤優花 写真=塚田史香
※撮影時のみマスクを外しています。