俳優座公演『待ちぼうけの町』──演出家・川口啓史と俳優・安藤みどりに聞く
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左から、演出を手がける川口啓史、藤代多緒を演じる安藤みどり。俳優座の稽古場にて。
東日本大震災から11年、劇団俳優座が『待ちぼうけの町』を、2022年9月2日(金)〜11日(日)、東京・両国 シアターXで上演する。劇作家の堀江安夫は、2017年4月に俳優座が上演した『北へんろ』、2018年4月に東京芸術座が上演した『いぐねの庭』と東日本大震災の被災地を舞台にした作品を書き続け、今回の『待ちぼうけの町』が3作目。演出家の川口啓史と女優の安藤みどりに話を聞いた。
■東日本大震災を忘れない
──東日本大震災を描いた堀江安夫作品は、東京芸術座が上演した『いぐねの庭』、俳優座が上演した『北へんろ』、そして今回の『待ちぼうけの町』で3作目ですね。
川口 俳優座では『北へんろ』に続いて、2作目になります。
──前回の『北へんろ』は真鍋卓嗣さんが演出し、今回の『待ちぼうけの町』は同じシアターXで、川口啓史さんが演出されます。
川口 はい。そうです。
──最初に書かれた『いぐねの庭』は、2011年の夏から秋の震災直後、次の『北へんろ』は、3年後の2014年2月下旬の状況が描かれました。そして、今回の『待ちぼうけの町』は、震災後7、8年経過した後という設定になっています。舞台は『いぐねの庭』は仙台市近郊、『北へんろ』は岩手に場所を移し、『待ちぼうけの町』は宮城県三陸沿岸。被災地には行かれたことがありますか。
川口 わたしはテレビでドキュメンタリーを見るぐらいで、行ってないんです。何人かで行こうという話もあったんですけど、このコロナでなかなか……
安藤 わたしはお芝居が決まるまえに、知り合いの方が石巻にいて、震災の2年後ぐらいに訪ねたことがありました。もう車は通れるようになっていたので、石巻から女川にかけての状況を見にいったんです。女川は嵩(かさ)上げで土をどんどん盛っている感じでした。建物はなく、そのときに感じたのは、土埃と茶色ですね。まだ大きな建物が倒れたままになっていて……
川口 その風景を見てるのは大きいよね。
俳優座公演『待ちぼうけの町』(堀江安夫作、川口啓史演出)のチラシ
■震災から8年後の日常風景
──『待ちぼうけの町』は、震災から8年後の三陸海岸沿いの居酒屋「苫屋」が舞台です。震災直後の混乱も収まり、使えなくなった建物やゴミの処分も終わり、あたりは更地になっている。そんななか、町の人たちが集まる「苫屋」は、いち早く再生したお店という設定になっています。
川口 ええ。いち早く建てられた居酒屋ですね。
──でも、そのようにお店として再開したからこそ、見ただけではわからないいろんなものを、集まってくる人々が抱えている。最初、台本を読まれたとき、どんなことを思われましたか。
川口 最初に読んだとき、東日本大震災の悲しみとか苦しみを乗り越えたと言いますか、心の底に置いておいて、それぞれが喜怒哀楽を豊かにしているのかどうかわかりませんけれど、この「苫屋」に集ってくることによって、さらに前に進もうという意識が芽生えてくる。人間同士のやりとりにエネルギーがあって、パワーがあるなと思いました。
──一見、元気な人たちが集まって、みんな、よくしゃべるし、喧嘩するぐらい元気がある。
川口 そうなんですよ。ふつうだったら、萎(しお)れちゃうんでしょうけど、そこからひとつ段階が上がってますから、すごいな、うまく書いているなと思いましたね。
──復興に向かって、その方向はうまく定まらないけれども、エネルギーはちゃんとあって、再生に向かっている感じ。
川口 復活に向かって一歩踏みだそうとする希望も、ちょっと見えますね。
──安藤さんはどうでしたか。
安藤 ちょっと似てしまうかもしれないんですけど、読んだときに、いろいろな問題が……復興のこと、漁業のこと、町のこと……それぞれが個々の苦しみを抱えつつも前を向いて歩こうとしている姿に強いエネルギーを感じて、たくましい台本(ほん)だなと思いました。
わたしが演じる居酒屋「苫屋」の経営者・藤代多緒は女性なので、多緒の目線で読んでいると、本当にどんな思いなんだろうと。子供と義父母を亡くし、行方不明の夫を待ち続けて、そこに「もしかして」という人が現れ、彼女は彼が自分の夫ではないかと思って突き進んでいく。
いまでも震災に遭われた方で、癒えてない傷を抱えたまま、生きている人がきっといるんだろうなと思うところに、この台本の深さを感じました。
藤代多緒を演じる安藤みどり。
■居酒屋「苫屋」に集まる人々
──「苫屋」の多緒さんは、器量がよくて大らかな人柄でみんなに好かれています。夫は行方不明のままだけど、どうやら建設会社の現場監督とも関係があるらしい。そのように、ひとりの登場人物のなかにいくつもの時間の層がしまい込まれていて、どれを選べばいいのかで本人も悩んでいる。そして、悩みつつも、なんとか踏んぎりをつけて前に進もうとしているのも、この芝居の面白いところかなと。
川口 そうですね。
──「苫屋」は昔ながらの居酒屋で、そこに集う人たちがそれぞれの立場で自由にしゃべるから、まるで大きな家族みたいな雰囲気もどこかにある。こんなふうにしゃべりあえる場所が残っていることが意外だし、新鮮に感じました。復興の町では、こんなかたちで、いち早く再生した場所にみんなが集まって、復興についてしゃべりあったりするんだと思って。
川口 ひとつの共生社会と言いますか、助け合う人間の理想の場所みたいな感じが、ちょっとありますね。こういうふうに思っていることを言いあって、助けあうのはいいなと思います。
──海で生きる人……漁師たちもやってきてしゃべるし、それから、復興のために建設会社から派遣された現場監督や現地採用の人たちも、それぞれの思いを抱えながら言葉を交わしあう。だからこそ、多緒のなかにもいろんな時間が流れることになります。
演出家の川口啓史。
■記憶喪失になった男の出現
──そこに釧路という記憶喪失になった男が現れて、多緒のなかにある時間をかき乱しはじめる。今回は揺さぶられるおかみさんの役ですね。
安藤 わたしは、まだ夫の浩介が行方不明になって、その人の帰りを待ち続けている。死亡届も出してないんですよ。
川口 ひょっとしたら帰ってくるんじゃないかという思いがね……
──たしかに、舞台は多緒が警察に呼ばれて、遺留品と思われるものを確認しにいっているところから始まります。
安藤 夫の遺留品じゃないかという連絡を、警察からもらって。そして、建築会社の現場監督は「死亡届、もう出したほうがいいんじゃないの?」「一歩踏み出したほうがいいんじゃないの?」と言ってくれる。でも、踏ん切りがつかないと留まっている。
釧路の登場で、それが夫ではないかと、いきなりわかったわけではなく、徐々に「あれ?」「もしかして?」みたいなことがいっぱい出てきて、「いや、もう絶対そうだ」と確信するようにストーリーが進んでいくんです。
──外見からだと、釧路はマスクで顔を覆っているし、ぜんぜんわからない。でも、行動を見ていると、何か思い当たるところがある。最初は網を直していたんでしたっけ?
川口 ええ。網を直すのがうまいから、漁師だったんじゃないかとか、スケッチが上手だということとか……
──それから、村祭りの踊りについてもよく知っている。それが行方不明の夫を思わせる。ちょっと正体がバレすぎじゃないかという感じもするんですが、このくらいヒントをもらわないと確信できないですから。
■「苫屋」の人々は何を待っているのか
──『待ちぼうけの町』という題ですが、「苫屋」に集まっている人たちは、みんな何かを待っている感じがあります。いったい何を待っているのか。それをどう舞台化しようと考えていますか。
川口 「待つ」という言葉のなかには、「忍耐」みたいなイメージもありますよね。
──我慢する、あるいは、持続して待つとか……
川口 そういうイメージもありますが、具体的には「恋人を待つ」とか「両親を待つ」とか、あるいは「明日への希望を待つ」とか、いろんな「待つ」のイメージがあります。
──たしかに、恋の成就を待っている人も登場人物には何人かいますし、そこに踏み出せない人もいる。
川口 そういう、いろんな「待つ」が集まってきて、「待ちぼうけの町」になっているんじゃないかと。でも、受動的に待っているのではなく、前に進みながら待っている感じがするんです。つまり、積極的な待ちぼうけ(笑)。時間的にも、7、8年というあたりが、そろそろ動きだす頃合いなのかもしれないですね。
安藤 個人差はあると思うんですけどね。
──そういう意味では、あるテーマを持続的に上演する意味みたいなものが見えてきます。『北へんろ』は鎮魂のイメージが強いんですが、『待ちぼうけの町』は、再生のイメージが強いと思うんです。
■亡くなった人たちの声を聞く
──ところで、『待ちぼうけの町』のなかで、好きな台詞はありますか。
川口 野上ヒデ役の平田朝音が、多緒のことを言う台詞で……
安藤 じゃあ、同じだ。
──ええ! おふたりとも、気に入ってる台詞が同じなんですか。
川口 いっしょ。
──その台詞を教えてください。
安藤 「苫屋」のお手伝いをしている野上ヒデがいっぱいしゃべる、10場の終わりの方の台詞で……
川口 お客さんに向かって、長台詞をしゃべるんですよ。
安藤 その後半部分で、多緒が言った台詞で「ヒデさん、わたし達は待ちぼうけの町に住んでいるのよ。皆ずっと待ち続けているの。あの日亡くなったひと達の声をもう一度聞きたくてね。声が聞けるまでは、ひと並みの仕合せは我慢しようって、皆が心に決めた町なのよ」。(川口に向かって)最初からですか? わたしは最初から。
川口 これですよ、わたしも。
──舞台を通して、亡くなった人たちの声をもう一度聞こうとする。そのように、時間をおきつつ震災をくり返し取りあげることで、被災地で起きた出来事を一連の記録としてとどめておくことができる。継続的に提示するのは、大事なことだと思います。
■恋のバトル、助け合い、そして忘れてはならないこと
──他に見どころがありましたら、聞かせていただけますか。
川口 やっぱり、大人の恋といいますか、釧路という記憶喪失の男を中心に、多緒と、もうひとり現場監督の宇沢との三角関係、そこがひとつの骨格というかメインなんですけど、その裏にもうひとつ、若者たちの恋が……
──長尾ユカをめぐる恋の話がありますね。
川口 そのトライアングルが両方見られると、お客さんは面白いかなと。
──ガッキーと呼ばれる赤垣と、リュウと呼ばれる柳田による、ユカをめぐる恋のバトル。
安藤 舞台の終景は2年後で、2020年なんですよ。だから、その結果も明らかにされます。
──安藤さんが演じる多緒は、ふたつの想いに悩んだあげく、現実的な選択をするか、それとも自分の根っこみたいな部分を大事にするかを決めようとします。
安藤 毎日、稽古をしながら心が揺れ動いて、かき乱されて、家に帰ったらバタンって(笑)。でも、もし夫も行方不明、自分のひとり娘も旦那さんの両親もすべて失くしてしまったとき、どうやって生きていけるんだろう。いままでの生活が何ひとつ残っていない、家財道具も写真もすべて流されてしまい、思い出さえも失くなった後で、どうやって生きていけるのか。
でも、この多緒は「自分は身内が失くなったのに、避難所で一生懸命、栄養士の免許あるからと買って出て、料理を作っていた」という台詞があって、すごい人だなと思うんです。最近、稽古をしながら思うのが、自分も誰かのために何かをすることでしか、生きる支えがもらえない。だから、なにもなくなったときに、誰かを助けなきゃと思って。つまり、誰かを助けるようでいて、自分が助けられているみたいな……
川口 そういう関係はあるよね。
安藤 人の役に立つことが、自分も力をもらうことだったのかなと思って。でも、震災に遭われた方のドキュメントを何本も見ているんですが、その哀しみは想像を絶するものがあります。
──最後に、お客さんにひと言お願いします。
川口 亡くなられた方には追悼する気持ち、健在の方には祈るような気持ちがあります。みなさんの声を聞いて、われわれが力をもらって前に進んでいくような芝居になったらいいなと思っておりますので、ぜひ見にいらしてください。
安藤 いまコロナ禍とか、ウクライナで起きていることとか、大変なことがいくつも積み重なっていて、11年前の東日本大震災がずいぶん過去に起きたことのように思われるときがありますが、やっぱり、忘れてはいけないものだと思っています。
震災でなくても、いま悲しみに遭われてる方はたくさんいらっしゃると思うんです。だから、なにかいっしょに再生じゃないですけど、少しでも前を向けるような、たとえば、コミュニティの温かさだったり、舞台から何かを感じて、少しでも前を向いていただけたらと思っています。
取材・文/野中広樹
公演情報
■会場:東京・両国 シアターX
■作:堀江安夫
■出演:岩崎加根子、加藤佳男、平田朝音、河野正明、矢野和朗、島英臣、河内浩、安藤みどり、田中孝宗、藤田一真、辻井亮人、山田定世、椎名慧都
■公式サイト:https://haiyuza.net/performances22/matibouke-2/