沖縄の作家・崎山多美の作品を朗読劇化する試みが、再び名古屋で~6年ぶりの今回は、『ガジマル樹の下に』を上演
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『往還Ⅱ〜原初の岬から〜』第二夜「琉球弧(うるま)への旅行者のための朗読会」 朗読劇『ホタラ綺譚(パナス)余滴』上演より 2016年9月/七ツ寺共同スタジオ 撮影:山崎のりあき
シマコトバ(琉球方言)と日本語による創作に取り組み続けている、沖縄の作家・崎山多美。その小説を朗読劇として立ち上げる、「往還Ⅲ 朗読劇『ガジマル樹の下に』」が、2022年9月9日(金)・10日(土)の2日間にわたり名古屋・大須の「七ツ寺共同スタジオ」で上演される。
「往還Ⅲ 朗読劇『ガジマル樹の下に』」チラシ表面
《往還Ⅲ》の企画名で実施される今回の公演は、「七ツ寺共同スタジオ」の元代表・二村利之と、崎山作品の書評を発表した篠田竜太の両名が企画・制作及び構成を行うものだ。この《往還》シリーズは、2010年に開催された、初回の【あいちトリエンナーレ】へ「七ツ寺共同スタジオ」が参加するにあたり、“演劇と美術の往還”をプロジェクトテーマとして取り組んだことに端を発している。
最初の《往還──地熱の荒野から》では、三田村光土里ら3名の美術家によるインスタレーションを日程を違えて個別に展示したり、演劇作品『4時48分サイコシス/渇望』(作:サラ・ケイン/演出:にへいたかひろ)や『りすん』(原作:諏訪哲史/脚色・演出:天野天街)を上演するなど、約2ヶ月に渡って多彩なイベントを展開した。
続く2016年にも、【あいちトリエンナーレ2016】の特別連携事業として、朗読イベント『往還Ⅱ~原初の岬から~』を開催。「夢想する旅行者のための朗読会」と題した第一夜では、前回に引き続き、名古屋在住の芥川賞作家・諏訪哲史の作品を題材として、短編集「領土」(2011年 新潮社刊)より『尿意』と『真珠譚』の2篇を連続上演。
そして、「琉球弧(うるま)への旅行者のための朗読会」と題した第二夜で崎山作品を取り上げ、『ホタラ綺譚(パナス)余滴』(2003年 講談社刊『ゆらてぃくゆりてぃく』収蔵)を上演した。この公演では、故・火田詮子(2019年5月に急逝)と、咲田とばこ(劇団ジャブジャブサーキット)のベテラン二女優が朗読を担当。さらに、伊藤みづめと安藤鮎子の踊り、高宮城実人による三線の演奏、嘉手苅志朗の映像も含めた朗読劇として展開し、全体の構成を港大尋(作曲家・ピアニスト・シンガーソングライター)が手掛けている。また、終演後には作家を招いてアフタートークも行われた。
朗読劇『ホタラ綺譚(パナス)余滴』上演より。左から・火田詮子、咲田とばこ 2016年9月/七ツ寺共同スタジオ 撮影:山崎のりあき
この朗読劇『ホタラ綺譚(パナス)余滴』はその後、沖縄公演を行う機会を得て、2017年11月には琉球大学内でも上演している。今回の公演企画者の一人である篠田竜太は、「七ツ寺共同スタジオ」40周年を記念して上梓された『空間の祝杯Ⅱ 連動する表現活動の軌跡』(2014年発行)の編集に携わったことから、本格的に二村と交流。『往還Ⅱ~原初の岬から~』では共同企画者として上演に深く関わり、「沖縄公演の時は、構成をかって出てくれた作者に対して篠田君が演出助手的な役割を担いました」と、二村。
朗読劇『ホタラ綺譚(パナス)余滴 』in 沖縄 上演より 2017年11月/琉球大学 研究者交流施設・50周年記念館 多目的室 撮影:西平千尋
こうして《往還Ⅱ》までは〈七ツ寺共同スタジオプロジェクト〉として実施されてきた企画だが、既に二村が劇場代表を退いていることもあり、《往還Ⅲ》は二村・篠田の共同プロデュースの形式をとったという。そのため今回の上演については、「いわゆるプロデューサーとしての役割は私が務めていますが、篠田君は崎山さんの作品に対する読み込みも深いので、実質的な中身…企画のコンセプト作りや、上演に於いての構成・演出などは一任しています」と、二村。
今回の朗読劇『ガジマル樹の下に』(2016年 花書院刊 短編集「うんじゅが、ナサキ」収蔵)は、『ホタラ綺譚(パナス)余滴』から、朗読の咲田とばこ(劇団ジャブジャブサーキット)、踊りの伊藤みづめ、安藤鮎子が続投。そこへ、朗読を担当する荘加真美(劇団ジャブジャブサーキット)と寂光根隅的父(双身機関)、三線や太鼓を演奏する柴田篤と後藤宏光の4名が新たに加わった、新編成での上演となる。
【「うんじゅが、ナサキ」について】
連作短編集『うんじゅが、ナサキ』は、ひょんなことから空白だらけの手書きのファイルを受け取った〈わたし〉が、文字に促されるようにタビに出かける物語。その中の3編目「ガジマル樹の下に」では、樹の根元で涼む〈わたし〉が不思議な世界に誘い込まれていく。吹き上がるミヤラビ(少女)たちの声、シマコトバと日本語のせめぎあい、三線・太鼓の演奏や踊り、それらが響きあい、ポリフォニックな時空を生み出す。
【崎山多美 PROFILE】
さきやま たみ/1954年、沖縄県西表島生まれ。近年の作品集として『うんじゅが、ナサキ』(2016年 花書院刊)、『クジャ幻視行』(2017年 花書院刊)、2020年には『月や、あらん』(2012年 なんよう文庫刊)がインパクト出版会から復刊された。また、沖縄で発行される文化・思想誌『越境広場』(2015年~)を仲間と共に立ち上げ、最新10号(2022年3月発行)では「復帰」50年の総特集を組んだ。
果たして今回はどのような朗読劇になるのか、崎山作品の魅力や、構成・演出について、篠田竜太に話を聞いた。
── 崎山さんの作品についての篠田さんの書評が、沖縄の新聞(琉球新報)に掲載されたと二村さんから伺いました。今回の上演作を含めて、篠田さんが感じられた崎山作品の魅力というのは、どんなところでしょうか?
朗読劇『ホタラ綺譚余滴』の初演(2016年9月)が終わって数カ月後、お声掛けいただき短編集『うんじゅが、ナサキ』の書評を書くことになりました。とても有り難く感じるとともに、正直にいえば怖かった。わたしは沖縄について何も知らない。沖縄へは行ったことがない。何も書けないと思ったのです。
そこで、あらためて崎山作品のどこに魅力を感じているのかを振り返りました。── たとえば、ふたつを挙げることができるでしょうか。ひとつ目は、〈他者〉(死者や無意識といった意味を含む)との関係性の模索。もうひとつは、多様な声の世界とシマコトバへの意識から生まれる文体。そしてそれらは、作家の生まれ育った沖縄が置かれてきた状況に深く根差しているのだと。
そのうえで、『うんじゅが、ナサキ』においては、「書く」という行為がそれらを象徴的につないでいると考えたのです。この「文字を書く」という行為も以前からわたしが関心を持っていることでした。そこで、「沖縄」や「沖縄戦」から作品に迫るのではなく、「書く」行為から、〈他者〉、そして、シマコトバ、沖縄へと辿ることを考えたのです。
原稿を読んだ二村さんの感想は、「沖縄戦には触れないのか」と、たったひとこと。的確な指摘だとはいえ、とてもつらい気持ちになったのを憶えています。しかし、記号化した「沖縄戦」ならかえって書かない方がいい。言葉は危険で、その言葉を使えば何か言い得たような気になってしまう。そういう記号化した言葉の手前に踏みとどまること。あるいはそんな記号化を揺さぶること。日本語にシマコトバが抵抗する文体や、それと共鳴する内容に、そんな崎山作品の意志を感じています。
あれから6年。今回のチラシの案内文では、『ガジマル樹の下に』のテーマとして〈記憶の継承〉を挙げています。しかし、「沖縄戦の記憶の継承」とは書かなかった。それは極めて重要であるけれど、この作品において、沖縄戦だけを取り出して語れるものではないと感じています。それ以前の沖縄の辿ってきた歴史、沖縄戦のあと、そして現在、それらが『うんじゅが、ナサキ』には編み込まれており、それらが地続きであることが重要だと感じるからです。現在も続いている沖縄をめぐる難しい状況は、沖縄戦以前から現在まで構造的に繰り返されている、そのように読み取れるのです。
「往還Ⅲ 朗読劇『ガジマル樹の下に』」稽古風景
── 『ガジマル樹の下に』を朗読劇として立ち上げるにあたって、演出面でお考えになったコンセプトや、演者の皆さんにリクエストしていること、特に重視している点などありましたら教えてください。
まず、『ホタラ綺譚余滴』を名古屋と沖縄で公演した経験は大きいと感じています。具体的にどうとは言えませんが、そこでの経験を自然な形で生かすことができるのではないか、と。とはいうものの、どこかにある「ホタラジマ」の「綺譚(パナス)」である前作と、沖縄本島の現代を舞台にした本作とでは大きく異なり、具体性を帯びた今回の方がかえって難しいと感じる部分もあります。たとえば、シマコトバは沖縄のイントネーションで発音するとして、それ以外は沖縄のイントネーションなのか、など。前作に引き続き、シマコトバ指導を引き受けてくださった安里千春さんを中心に稽古していますが、とても苦労していると思います。
関連して言うならば、シマコトバ以外にも、崎山さんの言葉の使い方、擬音など朗読時に意識をしてほしい点を稽古の初期にお伝えしました。聞いたときに少しでも文字と言葉と声との関係性が揺らぐような瞬間が現れないか、と考えています。そこが崎山作品を朗読劇にする醍醐味だと思いますので。
また、短編連作集『うんじゅが、ナサキ』の中で、『ガジマル樹の下に』だけを上演するとはどういうことか、と考えました。『うんじゅが、ナサキ』の作品構造から、部分としての『ガジマル樹の下に』を気負いなく上演すれば、そのなかに『うんじゅが、ナサキ』の大切な部分をほとんど込めることができる。しかしながら、連作の一編という性質上、最終編に持ち越されているものがある。それは、完結した一編である『ホタラ綺譚余滴』にあって、『ガジマル樹の下に』に欠けているところとだ言えるかもしれません。それを公演においてどう捉えるか。これは現在も模索しているところです。
逆に、両編に共通している部分も数多くあります。たとえば、〈記憶の継承〉や儀式、そして、集団と個人との関係性などのテーマです。さきほど、崎山作品に共通する特徴として〈他者〉との関係性の模索をあげましたが、この2作ほど共同体/集団がダイナミックに出てくる崎山作品はめずらしいのではないでしょうか。前回もそうでしたが、今回も少ない人数でその集団性をどう表わすのかは悩みどころ、見せどころです。
といっても、実際には経験豊富な出演者のみなさんに頼りっきりで、構成らしい仕事はあまりしていません。わたしにできることはあまりなく、この作品をどのように読むことができるか、ということをお伝えするくらいだと感じています。
「往還Ⅲ 朗読劇『ガジマル樹の下に』」チラシ裏面
取材・文=望月勝美
公演情報
■朗読:咲田とばこ、荘加真美、寂光根隅的父
■踊り:伊藤みづめ、安藤鮎子
■演奏:柴田篤、後藤宏光
■構成:二村利之、篠田竜太
■会場:七ツ寺共同スタジオ(愛知県名古屋市中区大須2-27-20)
■料金:前売・予約2,500円(当日3,000円) ※国際芸術祭「愛知2022」現代美術展
■アクセス名古屋駅から地下鉄東山線で「伏見」駅下車、鶴舞線に乗り換え「大須観音」駅下車、2番出口から徒歩約5分
■問い合わせ:oukan3.2022@gmail.com 猫飛横丁 052-203-0622(二村)
■公式サイト:https://facebook.com/oukan3.2022/