阿部サダヲにインタビュー 松尾スズキの新作『ツダマンの世界』で昭和初期の小説家役に挑む
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阿部サダヲ
松尾スズキが2年ぶりに上演する新作『ツダマンの世界』は、日本の昭和初期から戦後を舞台に、主人公の小説家“ツダマン”こと津田万治と、彼を取り巻く濃厚な人間関係を描く作品。松尾は作・演出に加え、劇中に登場するオリジナル楽曲の作曲を自ら手掛ける。弟子に翻弄される主人公ツダマンを演じる阿部サダヲに、作品への意気込みを聞いた。
ーー松尾スズキさんの2年ぶりの新作に主演されます。
『フリムンシスターズ』以来、久しぶりですね。新作をやるとまた気持ちが変わるので、うれしいです。台本を読みましたけど、半分くらい理解できてないですね(笑)。松尾さんはやっぱりさすがだなと思います、毎回。戦争中の話を描くことは、『キレイ』とかそういった想像上の国の作品ではありましたけど、今回のように日本の昭和初期という時代がはっきりした中で戦争の話が出てくるのは珍しいというか。中国に行くとか、実際にあったことをなぞったりしているところが、松尾さんのホンとしては珍しいと思いましたね。どうなっていくのかすごく楽しみだし、舞台をどう使うのかが本当にわからなくて(笑)。劇場3つくらい使うのかなっていう規模感で。稽古が始まって謎が解けていくのが楽しみなホンだなと思います。
ーー主人公“ツダマン”についてはいかがですか。
生い立ちも、複雑まではいかないけれどもちょっと変わっていて。昔の小説家とか有名な人、偉人たちって、変わっている人のイメージがあるじゃないですか。その代表みたいな人です。その感じが全部出ているというか。愛人がいるとか、今だとなかなか言えないようなことを普通にやっている。それで、人間関係がすごく密なんです。いろいろなところで重なっていたりするから、おもしろいなと思いますね。現代ではコンプライアンス的にありえないような人たちって、昔はいたっていう感じがしますよね。そういう人です。僕、小説家を演じるのが初めてなんです。しゃべり方とか、セリフ的にも昔のイメージの感じだったりするから、どう演じていくのかなって。チラシに描いてある人のイメージがすごくありますね。
ーー今の時代では考えられないような振る舞いをされる方ということですか。
主人公だけじゃなくて、周りの人もそうなんです。それを今やるのがおもしろいと思います。ツダマンは、間宮祥太朗さん演じる弟子の長谷川葉蔵にすごく振り回されるというか、葉蔵がツダマンにとってキーになる人なんですが、どういう風に関わってくるのかなって。間宮さんとは初共演なので、楽しみですね。
阿部サダヲ
ーー松尾さんの作品の魅力についてはいかがですか。
「日本」っていう感じがします。洋物感をあまり出さない感じがあるなと僕は思っていて。今回も「和」な感じがするし、シアターコクーンで上演する作品も日本の話が多いですよね。『ニンゲン御破算』も「和」でしたし、『フリムンシスターズ』も沖縄と新宿の話でしたし。その中で踊ったり歌ったりはするんですけれど。今回、踊ったり歌ったりもさらに「和」に近づいている気がするんです。「所作指導」の先生が入ってますし、日本っぽい踊りが入りそうだし、歌も昭和歌謡みたいになりそうだし。また新しい見せ方を工夫するんだろうと思うんです。そこが楽しみでもあって。『フリムンシスターズ』のときも生きている人と死んでいる人との交錯がありましたけれど、今回もそれにちょっと近いところがあったりして。松尾さんって昔からけっこうそういう“生と死”みたいなことを描いているなと。そこの見せ方も難しくて、空間がどういう風に混ざっていくのかも謎ですね。
ーー松尾さんの書かれる戯曲のセリフの魅力についてはいかがですか。
詩的な感じというか、そこはいつもしゃべっていておもしろいなと思うし、人と人とのつながりだったりとか、羨みっていうんですか、そんなこと考えてたりするよねっていう嫌な部分と弱い部分みたいなものがすごく見えてくるのがおもしろいなと思います。あとは、半分くらいわからないです、なんでそんなこと言うのか(笑)。なぜそこで奇声を発するのかとか、わからない部分はけっこうあります。人間の、表に出てないような、いいところと嫌なところとかが見え隠れするんですけれど、それが笑いに変換されるというのが、松尾さんの作品のすごさ、おもしろいところだなと。そういうのってあるよね、というような笑いが。いわゆるあるあるではない、もっとちっちゃいところのあるあるっていうか、何かそういうところがおもしろい、笑えるところだなと。意外と経験してそうでしてないようなところを突いてくる感じが僕はしてます。
ーー松尾さんはツダマンについて「不気味な空洞のような人物」と語っていらっしゃいます。
何考えてるかわからない人だからじゃないですかね。なんでそうなるのかわからない人だから不気味なんじゃないかな。人に振り回されてるし、でも自分は小説家という箔が欲しい人だし。なんで小説家になったかっていうのもちょっと不気味ですしね。親に反省文書かされてたからなんですけど。昭和の小説家って、どういう人なのか全然分からないので。イメージでは、すぐ心中したがったりとか、薬飲んじゃったりとか、あと、愛人がいる。そういう人たちばっかり出てくるんですよ。ツダマンは、すごく嫉妬するし、女々しいところもある人ですね。
ーー弟子の葉蔵さんについてはいかがですか。
めんどくさい人間なんですよ、この人もまた(笑)。いい家の子なんですが、この人も何かこう死にたがりみたいな。だけど死なない。昔の小説家に対してそういうイメージがあるんでしょうね。
阿部サダヲ
ーー葉蔵さんはちょっとツダマンさんを下に見ていたり?
育ちがいいのと、あと、ツダマンに受賞作がないことについてじゃないですかね。芥川賞みたいな賞が出てくるんですが、そういう大騒ぎをされるような賞を取ったことがない。よくよく考えたら、そんな賞を取れそうもない作品を書いてる人なんですけどね、ツダマンって人は。でも、知り合いが選考委員にいるから、取れるだろうみたいなことを思っている。一般的にはそれはないだろうというような小説を書いている人だと思うんですけどね。
ーー吉田羊さん演じる妻の数さんとの関係は?
ここもね、何か空洞っていうか、つながってそうでつながっていないというか。愛情があるのかないのかちょっと微妙なところで。未亡人なんですよね、数さん。ツダマンは、愛人に対しても、愛情があるのかないのかっていうような人なんです。
ーー初共演の間宮祥太朗さんの印象は?
まだお会いしたことがないのですが、間宮さんは観ていて好きな役者で、すごく一緒にやりたいなと思っていたので、楽しみですね。近しい人に聞くと、いろいろなことを考えている方らしいです。あと、『ボクらの時代』に出ているのを観たので、こういう人なんだろうなというのは押さえてあります。
ーー松尾さん、宮藤官九郎さんといった、阿部さんの周りにいる文章を書く方たちのイメージは?
昭和の文豪の人たちは苦悩しているイメージがすごくあるんですが、二人が苦悩しているのをあまり見たことがないです。いつの間にか書いている人たちなので。今度こういう役があるよとかも言われたことがないですし。『ツダマンの世界』に出てくる小説家たちは、劇団の主役とかとつながっていたりするんですけれど。僕自身は、松尾さんに「ツダマンはこういう役だよ」とか言われたことがないし、昭和の感じと全然違いますね。
ーー戦争の時代が描かれた作品です。
時代に沿ったことも松尾さんはけっこう書いてきていて、今も実際、戦争が起こっているので。描いていくべきというのがあるんですかね。歳を重ねてきて、そういう風に思うようになったのかなと。
ーー大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』でも戦争の時代に生きる役柄を演じていらっしゃいました。
伝えていかなきゃいけないことはあるんだろうなっていうのは思います。決して演じていて楽しいものではないですが、知らないといけないことはありますし。知らなくていいこともありますけれど。今回だと松尾さん、『いだてん』だと宮藤さんが、伝えた方がいいと思って書いているんだろうと思うんです。役者だから僕はそれを演じるのですが。
阿部サダヲ
ーー松尾さんとの創作のおもしろさについておうかがいできますか。
近年、松尾さん、演出に徹しているのが増えてきたというか、今回も出演しないですし。演出面のことをすごく考えているんだろうなと。だから楽しみですよね。今年、大人計画で上演した『ドライブイン カリフォルニア』は再々演でしたけれど、演出も変えたし、キャストも劇団員じゃない方が増えていましたし。見せ方もまた変えてきている感じもするし。僕が言うのも何ですけど、舞台、好きなんでしょうね(笑)。演劇用語たくさん覚えてるし、最近。僕が知らない言葉とかすごく知ってるんです。昔はあんまりそういう演劇用語みたいなのを使ってなかったですし。漫画も描くし、もともと美術方面に長けた人ですけれど、舞台の使い方とかすごく考えていて。松尾さんの演出、どんどんおもしろくなっている気がしますね。今回も松尾さんならではの演出方法みたいなのができあがってくるのかなと思っています。
ーー今回、松尾さんがオリジナルで作曲も手がけられるとのことですが。
知らなかった! 作曲もするんですか? すごい。何か楽器できるんでしたっけ? うわーかっこいい。けっこう昔から鼻歌を曲に起こしてもらっているということはあったのですが。松尾さんの音階というのがあるから、台本上、詞は見たんですけど、そこに松尾さんの音階が入るのは楽しみですね。
ーー松尾さんの演出作品の稽古場で心がけていることは?
松尾さんの理想に近づくということですかね。いつか空飛べるようになりたいなと思うんですけど。松尾さん、「空飛べ」とか言うんですよね(笑)。「天井駆け上がっていけ」とか。そうなれたらいいなと思いながらやってます。無理なんですけど。頑張って、そういうところに近づけたらいいなと。そういう風におもしろくなりたいです。
ーー阿部さんにとって、松尾さんという存在は?
基本的に、僕、すごく救ってもらったというか、俳優の道に入るきっかけになったのが松尾さんのオーディションなので、松尾さんには感謝しかないですけど。正直、あんまりちゃんとお話ししたことがないんですよね。お芝居のこととか、個人的なこと、プライベートなこととか、そんなにちゃんとしゃべったことないかもしれないです。そういう関係性が僕はすごく楽だなと。居心地がいいというか。松尾さんが、大人計画をそういうところにしたんだと思うんですけれど。
ーーさきほども、「こういう役だよ」と言われたことがないとおっしゃっていました。
いつもそうですね。僕も、大人計画に入って30年くらい経ったんですが、松尾さん、聞かれるのが好きじゃなさそうだなと。「とにかくやってみて、そこから生まれてくるものを大事にして」という感じがするので、僕も、頭で考えるよりやっちゃった方がいいという感じがしていますね。説明できないものがあると思うんです。説明したらおもしろくないっていうのもあるかもしれないし。台本を読んでいてわからなくても、セリフをしゃべってみてわかることもすごくあるから。会話で熱みたいなものが入ってくるとわかることもけっこうあるんですよね。そういう意味で「まずやってみて」という感じですかね。
阿部サダヲ
ーー今回の役柄について、当て書きされているなと感じるところは?
どうなんだろう。きっとツダマンという人を、僕に当てて書いてくれてるとは思うんですけどね。僕に近い人を書いているとは思わないんですが、僕が演じるということで書いているという感じはすごくします。今まで関わったことのない周りの方たち、例えば間宮さんだったり吉田さんだったりとのセリフの掛け合いは、どうなるかわからないから楽しみですね。村杉(蝉之介)さんや皆川(猿時)くんと掛け合いするところは、当てて書いてもらっているからすごくわかりやすいですけど。
ーー師匠と弟子の関係が描かれる作品ですが、阿部さんにとって師匠、もしくは弟子のような存在はいらっしゃいますか。
僕は師匠や弟子を持つとか欲しいとかっていう感覚がなかったです。そういう育ち方をしてないから、師匠と弟子というような。ツダマンと葉蔵の関係が、松尾さんと宮藤さんの関係みたいなんじゃないかって言う人もいるんですけど、僕はそうは思わなかったんです。大人計画自体、あんまり師匠と弟子みたいな感覚をもってないから。おもしろいですよね。そこは松尾さんがおもしろがって書いてるのかもしれないですし。
ーーこの作品は昭和初期が舞台ですが、うかがっていて、今の時代において師匠と弟子という関係性が成り立っている場について考えてみたくなりました。
カメラマンさんだったり、衣裳さんだったりメイクさんだったり、技術的な分野だとあるのかなと思います。俳優ではあんまり聞いたことないですよね。付き人がいる人もいますけど、僕はそういう経験はなかったですし。でも、芝居のこととか教えてくれているのは松尾さんだったりしますけどね。
ーー物を書く人のイメージが、ご自身のされていることと重なる部分はありますか。
ないですないです。一番遠いところかもしれないですね。それも気づいてるのかな、松尾さん。たぶん、僕が字を書いているの見たことないんじゃないですか(笑)。それくらい遠い存在ですね、むしろ。
ーーこの時代の作家の作品を読まれたりは?
太宰治とかですかね。あまり読んでないですね。あと夏目漱石くらいで。実家には昭和の小説の全集みたいなのがありましたが、一回も手をつけなかったです。興味が湧かなかったというか。現代小説の方を読んでましたね。あれ、父親が読んでたのかな。揃えてただけかもしれない(笑)。昔は、小説家の物真似とかする人っていましたよね。竹中直人さんが、芥川龍之介とか、遠藤周作の物真似してましたもんね。それだけキャラの強い人が多かったんでしょうね。
阿部サダヲ
スタイリスト:チヨ(コラソン)
取材・文=藤本真由(舞台評論家) 撮影=福岡諒祠
公演情報
会場:Bunkamuraシアターコクーン
日程:2022年12月23日(金)~12月29日(木)
会場:ロームシアター京都メインホール