歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎』観劇レポート~講談生まれの新作歌舞伎から、はやくも再演の話題作、黙阿弥の名作まで

2022.10.12
レポート
舞台

『芸術祭十月大歌舞伎』


2022年10月4日(火)に、歌舞伎座で『芸術祭十月大歌舞伎』が開幕した。『赤穂義士外伝』が題材の新作歌舞伎や、この夏、大阪で話題となった笑いでいっぱいの演目、さらに河竹黙阿弥の名作も上演されている。『芸術祭』と掲げられた10月公演の、第一部から第三部までをレポートする。

■第一部 11時開演

一、三代猿之助四十八撰の内 鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)

幕が開くと、松羽目の舞台に深く色づいた紅葉が散りばめられ、上手に竹本、下手に常磐津の演奏家たちが並ぶ。そこに現れた平維茂は、烏帽子に高貴な身なり。ゆっくりと歩く姿は雅やかで、開演まもない場内のざわつきが、その美しさに吸い込まれるように消えた。維茂をつとめるのは松本幸四郎。従者は、市川猿弥と市川青虎。

維茂は、紅葉を眺めながら屋敷へ戻る途中、上臈の一行と出会う。こんな山の中になぜ? と不思議に思いつつ立ち去りかけるが、愛らしい侍女2人に袂をひかれ、更科の前の酒宴の誘いにのることに……。

更科の前をつとめるのは、市川猿之助。門之助の局、そして侍女(中村種之助、市川男寅、中村鷹之資、中村玉太郎、尾上左近)たちと、花道でも本舞台でも、たっぷりと踊りを披露した。猿之助は、紅葉にも勝る赤い振袖に、ふっくらとした愛らしいほほ笑みを振る舞い、維茂も観客も心地よく酔わせる。維茂のリクエストにこたえて、ひとりで踊る場面では、常磐津、竹本に加え、舞台正面に長唄、囃子方も揃い、目にも耳にも壮観だった。そのうち一瞬、次第にはっきりと、更科の前は、鬼女の顔をのぞかせはじめる。しかし維茂は、気がつくことなくうたた寝をはじめ……。

心地よく眠る維茂を起こしにくるのは、神女の八百媛(中村雀右衛門)とお供(市川笑也、市川笑三郎)。ファンタジックな美しさは、後半の盛り上がりにむけた滑走路となっていた。後半は、更科の前たちが、本性をあらわして鬼女となる。群舞や、鬼女たちの毛振りが演奏とシンクロし、見ているだけでも軽いトランス状態に。クライマックスには、猿之助の鬼女と幸四郎の維茂による激しく優美な戦いが繰り広げられる。剣の威徳が目に見えるかのような、エネルギーのぶつかり合いだった。贅沢極まりない紅葉狩りは、最後まで盛り上がり続け、喝采の中で幕となった。

二、赤穂義士外伝の内​ 荒川十太夫(あらかわじゅうだゆう) 

講談師の神田松鯉の講談を原作にした新作歌舞伎だ。埋もれていた作品を松鯉がおこし、弟子の神田伯山が受け継ぎ、それを尾上松緑が聞いたことが、歌舞伎化につながった。主人公の荒川十太夫は、赤穂義士の堀部安兵衛が切腹をしたとき、介錯をした実在の人物。本作は『赤穂義士伝』『忠臣蔵』の後日談となる。

義士たちの七回忌の祥月命日、泉岳寺には多くの参拝者が訪れた。人の波がひいてきた夕暮れどき、茶店の前で杉田五左衛門と荒川十太夫がすれ違う。十太夫は下級武士にも関わらず、まるで物頭役のような立派な格好をしていた。しかもお供までつれている。武家社会で、身分を偽るのは大きな罪となる。その夜、十太夫は、松平隠岐守定直の屋敷で取り調べを受けることになる……。

松緑の十太夫は精悍で、お供に雇った相手にも礼儀正しく、自分の状況をすべて飲みこむような覚悟を感じさせる男だった。6年前の十太夫も、礼儀正しく精悍だったが、若さがあった。この変化が、十太夫が抱えつづけてきた秘密の重みを想像させた。取り調べの場では、過去と現在、2つの時間がひとつの舞台上で同時進行で描かれる。現代劇的な演出が、原作の講談に、より近いビジュアルを生み出していた。

堀部安兵衛役の猿之助は、並みの武士ではない風格を、声や佇まいから、登場とともに全面に打ち出した。坂東亀蔵の松平定直には殿様らしい余裕があり、清廉ときっぱりとしながら人間味も感じさせた。中村吉之丞の杉田も、十太夫を諫める言葉が決して意地悪とは感じさせない。16歳で散った大石主税を、実年齢が変わらない松緑の長男・左近が潔く、儚くつとめる。猿弥による泉岳寺和尚は、作品と観客、当時と今を橋渡しするような存在だった。

脚本は竹柴潤一。演出は西森英行。西森は、自身が主宰し、松緑も出演経験のある劇団InnocentSphereでも、実在の事件を題材にした作品がある。事件そのものではなく、その出来事から逃れられずに生きる人間に目を向ける点、過去と今を交錯させて描き出す手法は、『荒川十太夫』と重なるものを感じた。十太夫、松平隠岐守をはじめ、それぞれが自分の役目を尽くし、その中で寛大さや甘さではなく、最大限に慮る。その姿が、新しい歌舞伎を作るために集まるべくして集まった役者、スタッフが、それぞれに自分の役をまっとうする姿とも重なって見えた。客席にも舞台にも熱い涙が流れ、心もからだも、芯からあたたまるお芝居だった。

■第二部 14時30分開演

一、祇園恋づくし(ぎおんこいづくし)

今年7月に大阪松竹座で話題を呼び、はやくも歌舞伎座での再演となった『祇園恋づくし』。中村鴈治郎が、お茶道具店の大津屋の次郎八と女房おつぎを、幸四郎が、指物師の留五郎と次郎八が恋焦がれる岩本楼の芸妓・染香をつとめる。

物語の舞台は、祇園祭を間近に控えた京都。留五郎は、大津屋に滞在している。お伊勢参りの帰りに、祇園祭を見ていくよう、次郎八にすすめられたのだ。しかし、留五郎は気が短く、京ことばも分からないから、湯屋にいくにも四苦八苦している。ストレスに耐えかねて、もう江戸へ帰ろう、としたところで、おつぎの妹おそのに一目惚れ。さらに、おつぎからも、相談があると引き留められて……。

皆の事情と思いが、同時多発的に行き違うシチュエーションコメディだ。留五郎は、THE江戸っ子。スッキリしているが、情には厚い。次郎八と染香が岩本楼のお座敷で揃う場面は、鴈治郎が、近松門左衛門の世話物と変わらない、本イキの嘆きをみせる。近松物ならば涙を誘うお芝居が、ちょっとした設定の違いで、こうも可笑しいものなのか! と驚きつつ、大いに笑った。幸四郎が演じる染香は、お行儀よく、空気を読まず、はんなりと強い。次郎八を上手にのせて駆け引きするように、観客を笑いで翻弄した。京VS江戸の自慢合戦は、ジャンル違いの楽器のセッションのようだった。応酬を重ねるたびに笑いの密度が高まっていくライブ感は、ぜひ客席で体感してほしい。鴈治郎のおつぎ、片岡孝太郎の岩本楼女将、市川高麗蔵の持丸屋女房など、作中の京の女性のイメージの幅を広げ、深めていた。片岡千之助のおそのも例外ではない。坂東巳之助の文七と並ぶ姿は、初々しく愛らしかった。何でもよく知る丁稚(松本幸一郎)は、劇中で言われる通り、本当に間が良くて、頼もしかった。

二、釣女(つりおんな)

『釣女』は、狂言の『釣針』がベースの舞踊劇。大名は、太郎冠者をお供に、縁結びの神様として名高い、西宮の戎さまを参拝する。その後、大名と太郎冠者は寝ずの番で祈願をするはずが、2人とも眠ってしまう。夢でうけたお告げに従い、釣竿で妻を釣り上げることに。大名は、見事に美しい上臈を釣り上げる。これを羨ましく思った太郎冠者も、釣り糸をおろすが……。

幸四郎がつとめる醜女は、とびきりのビジュアルで、ハッピーオーラに溢れていた。嫉妬はしてもじめじめしたところがなく、愛嬌が最強の武器。そんな彼女に、ロックオンされるのが松緑の太郎冠者。松緑は松羽目ものの品を守りながら、目を丸くしたり、上臈に見惚れたり、困惑したりと全身から表情豊かにおかしみを広げる。中村歌昇の大名は、端正な顔立ちでおおらかなキャラクター。笑也の上臈は、その可憐さで客席をどよめかせた。ふたりが手をとりあって踊る姿には目を奪われた。ただし視界に醜女が入り込むと、視線を強奪されるので気を抜けなかった。設定や役名など、いまや各方面からそれなりに問い詰められそうな要素が含まれている作品だ。しかし歌舞伎俳優たちの息、間合い、磨かれた形が結実し、客席は明るい笑いに満ちていた。

■第三部 18時15分開演

一、源氏物語 夕顔の巻(げんじものがたり ゆうがおのまき)

十五夜の月見を、夕顔とともに楽しもうと、光源氏が訪ねてくる。屋敷に灯がともり、光源氏と夕顔のふたりの時間が始まる。中村梅玉の光源氏、孝太郎の夕顔。琴の音が響き、絵巻物を繰るように、ゆったりと雅やかな時間が流れる。そこへ、ここにいるはずのない、中村魁春の六條御息所が現れるのだった……。

六條御息所は、気づけばそこに、という登場。客席がざわついた。音もなく、照明さえ向けられない中、横顔のシルエットはぞっとするほど美しかった。夕顔は、息絶える瞬間に、耽美な艶めきを放った。スッポンに夕顔とともに消えていく六條御息所は、恐ろしさの浄化されるような強さがあった。ひとり残される光源氏。必要最小限の抑えた感情表現で、儚い命を憂いでいた。月の光のように神秘的な美しさと、艶やかな寂寥感を残して幕となる最後の刹那、光源氏の顔に強い悲しみが溢れ出した。一瞬で光源氏の悲しみに血が通い、深く胸に刺さるドラマとなった。

二、盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめがかがとび)

夜、人通りのないお茶の水の土手沿の道、腰を痛めてもう歩けない……と困っているお百姓がいた。そこに道玄がやってくる。自称「正直按摩」の道玄は、事情を聞き、助けるかのように見えた。しかし、男からお金も命も奪ってしまう。その直後、現場を偶然、通りかかる松蔵。死体につまづき、煙草入れを拾う。

河竹黙阿弥の名作だ。道玄に中村芝翫、道玄と親しい中の女按摩・お兼に中村雀右衛門、道玄とお兼に強請られる伊勢屋の与兵衛に市川左團次という顔合わせで、3人がそれぞれ初役でつとめる。そして梅玉が、持ち役の加賀藩前田家の鳶頭・松蔵で華をそえ、舞台を引き締める。

ところかわって、按摩たちが暮らす長屋の一角。苦労をして暮している道玄の本妻おせつ(中村梅花)のもとに、姪のお朝(市川男寅)がお金を届けにきた。奉公先の伊勢屋の主人が事情を知って、与えてくれた大事なお金だ。しかし道玄とお兼は、「伊勢屋の主人が、年端もいかない姪を手ごめにした!」と話をでっち上げ、仲良く強請の計画を立て、伊勢屋にのりこむのだが……。

長屋は、そこで生活する人々の息がたち込めているかのよう。江戸時代の匂いまで想像させた。伊勢屋では、ハードボイルドでスリリングな対決が七五調の台詞の心地よいうねりの中で展開する。道玄は、現実にいたらまるで魅力のない、卑しい小悪党だ。しかし、追い詰められてもそのダサさをごまかそうとしない清々しさは、一周してお茶目に、時には色っぽくさえ感じられた。お兼も、しどけなさから色気が滲む。大詰は、道玄VS捕手によるだんまりのユーモアで楽しませる。実力派たちによる清新なキャスティングで、黙阿弥作品の魅力が濃厚に描き出されていた。

『芸術祭十月大歌舞伎』は、歌舞伎座にて2022年10月4日(火)より27日(木)までの上演。

※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。

取材・文=塚田史香

公演情報

歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎』
 
日程: 2022年10月4日(火)~27日(木) 【休演】11日(火)、19日(水)
会場:歌舞伎座
 
【第一部】11時開演
令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加公演

萩原雪夫 作
市川猿翁 演出

三代猿之助四十八撰の内
一、鬼揃紅葉狩(おにぞろいもみじがり)
 
更科の前実は戸隠山の鬼女:市川猿之助
平維茂:松本幸四郎
局かえで実は鬼女:市川門之助
侍女ぬるで実は鬼女:中村種之助
侍女かつら実は鬼女:市川男寅
侍女もみじ実は鬼女:中村鷹之資
侍女いちょう実は鬼女:中村玉太郎
侍女にしきぎ実は鬼女:尾上左近
男山八幡の末社百秋女:市川笑三郎
男山八幡の末社千秋女:市川笑也
従者碓氷三郎:市川青虎
従者小諸次郎:市川猿弥
神女八百媛:中村雀右衛門

講談の名作が歌舞伎に!
神田松鯉 口演より
竹柴潤一 脚本
西森英行 演出

赤穂義士外伝の内
二、荒川十太夫(あらかわじゅうだゆう)

荒川十太夫:尾上松緑
松平隠岐守定直:坂東亀蔵
大石主税:尾上左近
杉田五左衛門:中村吉之丞
泉岳寺和尚長恩:市川猿弥
堀部安兵衛:市川猿之助

【第二部】14時30分開演
 
小幡欣治 作
大場正昭 演出

一、祇園恋づくし(ぎおんこいづくし)
中村鴈治郎 松本幸四郎 二役早替りにて相勤め申し候
 
大津屋次郎八/大津屋女房おつぎ:中村鴈治郎
指物師留五郎/芸妓染香:松本幸四郎
手代文七:坂東巳之助
使いの者清助:大谷廣太郎
おつぎの妹おその:片岡千之助
茶店亭主金平:中村寿治郎
持丸屋女房おげん:市川高麗蔵
岩本楼女将お筆:片岡孝太郎
持丸屋太兵衛:中村歌六
 
河竹黙阿弥 作
二、釣女(つりおんな)

太郎冠者:尾上松緑
大名某:中村歌昇
上臈:市川笑也
醜女:松本幸四郎
 
【第三部】18時15分開演
 
萩原雪夫 作
一、源氏物語(げんじものがたり)
夕顔の巻
 
光源氏:中村梅玉
夕顔:片岡孝太郎
惟光:片岡市蔵
六條御息所:中村魁春
 
河竹黙阿弥 作
二、盲長屋梅加賀鳶

本郷お茶の水土手際より加州侯赤門捕物まで
 
竹垣道玄:中村芝翫
女按摩お兼:中村雀右衛門
手先長次:中村松江
お朝:市川男寅
道玄女房おせつ:中村梅花
家主喜兵衛:市村家橘
伊勢屋与兵衛:市川左團次
日蔭町松蔵:中村梅玉
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