兵庫県豊岡市での「豊岡ファンミーティング」と「豊岡演劇祭」に行ってきた。
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『新・豊岡かよっ!』より 写真提供:豊岡市大交流課
今年(2022年)で2回目の開催となる兵庫県豊岡市での「豊岡演劇祭」(2022年9月15日~25日 豊岡市・養父市・香美町の各会場)に出かけた。前から行きたかったが、小さな世界都市、ローカル&グローバルシティを掲げ、 “六面体”の魅力を発信している豊岡市が主催する「豊岡ファンミーティング」が期間中に行われたのも理由。食、自然、温泉、アート、城下町、伝統産業といった「ここ」ならではの魅力を体感し、コウノトリの野生復帰、ジェンダーギャップ解消などの取り組みについて知り、地域で活躍する方々と情報交換する場となった。ファンミーティングは9月19日と20日、ついでにもう1泊して豊岡市を味わう予定だった。でもなんの因果か、おりしも超大型台風がやってくるというその日に、台風に向かっ、いや、豊岡市に向かった。演劇の街として全国的にも注目を集める豊岡市、3日間の演劇関連のネタをつづっていこうと思う。
どう転がっても⾯⽩いっ 六⾯体 豊岡ロゴマーク 提供:豊岡市大交流課
■学長・平田オリザさんの顔は劇作家・演出家のそれより柔和だった?!
筆者の住む長野県からは深夜バスに乗り、京都駅で降り、始発で豊岡駅に向かう。京都駅すぐそばの京都タワーにはかつて朝から入れる銭湯があって重宝したが、それがなくなり時間潰しに難儀する。でも某ハンバーガーチェーン店が朝早くから空いていてありがたい。めちゃ混みだけど。豊岡駅について早々、老舗の喫茶店でコーヒーをいただく。年配の旅行者の女性が喫茶店の店主と演劇祭で何を見た、これが楽しみだと話す声が届いてくる。
◆9月19日(月・祝)
【エクスカーション】
豊岡演劇祭2022 Platz 市民演劇プロジェクト『新・豊岡かよっ!』観劇 ▶︎ コウノトリの郷公園(コウノトリの野生復帰を実現し、人とコウノトリが一緒に暮らすまちとして自然・文化を育んでいる) ▶︎ カバンストリート(豊岡は日本最大のカバンの生産地) ▶︎ 芸術文化観光専門職大学(国公立初!! 演劇・ダンスの実技が本格的に学べる大学)
「豊岡ファンミーティング」初日の行程はこんな感じだった。「エクスカーション」とは、従来の一方的に説明を受けてばかりの視察ではなく、訪れた場所で案内人の話に耳を傾けながら、参加者も意見を交わして理解を含めていくという体験型の見学会のことだそう。
『新・豊岡かよっ!』より 写真提供:豊岡市大交流課
『新・豊岡かよっ!』より 写真提供:豊岡市大交流課
まずは11時から駅前のPlatz 市民演劇プロジェクト『新・豊岡かよっ!』を観劇する。天気は不穏だが300人くらいだろうか、客席はいっぱいだ。2005年に豊岡市、城崎町、竹野町、日高町、出石町、但東町の1市5町が合併し、兵庫県下で最大面積の市”豊岡”となった成り立ちを描いたコメディ。“六面体”の由来は、それぞれが個性と魅力にあふれる地域であることに起因する。作・演出は劇団南河内万歳一座の内藤裕敬で、万歳のメンバー、坂口修一も出演。合併は基本的に了承ではあるものの、新しいまちの名前くらいには痕跡を残そうと、時に我がまち自慢をしたかと思えば卑下したり、相手をののしったり褒めちぎったり、担当者たちは緩急ある手練手管を駆使して必死に戦うのだ。但東町の担当で、恋人の父親から「但」の字をなんとか残すことを結婚の条件にされていた町役場職員・豊岡くん(もう名前だけですでに勝負は決まっている感ありあり)も必死だ。全国の合併問題あるあるを描きつつも、各地域の特徴や魅力がうまいこと織り交ぜられている。客席の笑いが止まらない。
コウノトリのいる風景 写真提供:豊岡市大交流課
カバンストリート 写真提供:豊岡市大交流課
午後は雨が強く降ったり止んだり。県立のコウノトリの郷公園で野生復帰の取り組みについて聞く。コウノトリは縄張り意識が強く半径2キロを占有すること、最近できたつがいが親子だったことが判明し引き離されたこと、ここから日本中に飛んでいっていることなど聞く。伝統産業である鞄つくりのお店や工房、学校が集積するカバンストリートでは、福岡県から移住して鞄つくりを学び、お店を開いた後は後進がお店を出しやすくなるような活動もしている方の話を聞く。鞄の生地でつくったシャツに惹かれる。そして芸術文化観光専門職大学へ。
芸術文化観光専門職大学 写真提供:豊岡市大交流課
芸術文化観光専門職大学で参加者を迎えてくれたのは、学長の平田オリザさん。2021年4月に開学した同大学は、芸術と観光の学びを柱としている。「アジア諸国はみんな文化政策と観光政策を一緒にやっている。でも日本は文化庁は文部科学省、観光庁は国土交通省と別々でやっているのでうまく連携ができていないんです。日本はインバウンドで大変潤ってきたわけですが、コロナ後の外敵は円安と東アジアの経済発展。今、中国と東南アジアでは10億人もの中間層が生まれつつある。そうした初めて海外旅行に行く人たちが安くて近くて安心安全な日本を選んでくださる。でももう一回来てもらわないといけない。単に観光地をめぐるだけではなく、これからは食やスポーツを含めたコンテンツが重要になってきます。観光学の世界では文化観光と言い、日本には食文化、スポーツ文化はあるんですけど、一番弱いのは芸術文化。特に海外の富裕層からは夜が退屈だと言われています。ブロードウェイのように家族で楽しめるミュージカルとか、初老のご夫婦がカクテルを飲みながらジャズを楽しめるようなお店はまだまだ少ない。私たちは芸術文化と観光を教える大学ではなくて、文化観光の中でも特に芸術文化観光という新しい、でもこれから日本の観光にもっとも必要となるスペシャリストを育成することを目指しています。学生の進路としてはまちづくりに進むこともあれば、国全体の観光行政に進むこともある。航空会社や旅行会社に進む人もいれば町の公務員になる人もいるだろうし、演劇やアートの現場で学んだことを生かしていく学生も出てくると思います」
平田さんはその後、さっきまで豊岡演劇祭参加作品を上演していた熱気の名残が感じられる劇場や工房などを案内してくださった。
参加者に大学について解説する平田オリザ学長 写真提供:豊岡市大交流課
19日はここで終了。豊岡駅から城崎国際アートセンターで行う武本拓也のダンス公演『いもりを見た』に行こうと思って
『LOTUS』は、マイノリティをテーマにした『DAISY』の続編ということらしい。辞書を子犬のように散歩させたりカレーを頬張るドラッグクイーンが出てきたり、ダンサーの一人が30代半ばになっても男性関係がうまく進展しないことを語り出したり、ピンクのウサギの着ぐるみが引きづられたり混沌とした展開が続く。エンディングに大量のピンクのハイヒールが投げ込まれるシーンは、我々をさまざまな人間関係の鎖から解き放ってくれたようだ。
はなもとゆか×マツキモエ『LOTUS』 写真提供:はなもとゆか×マツキモエ
■演劇のまちの歴史は出石永楽館から続いていた
◆9/20 (火)
【トークセッション】
・Section1:「わたしの豊岡の思い出」
・Section2:「なぜ、移住・U ターン? 豊岡での挑戦」
・Section3:「芸術文化観光専門職大学が目指すものとは」
・Section4:「わたしが考える豊岡のまちづくり」
【エクスカーション】
城下町出石街散策 ▶︎ 交流会
出石永楽館 写真提供:豊岡市大交流課
関貫久仁郎市長 写真提供:豊岡市大交流課
2日目のトークセッションの会場は、豊岡市出石町にある近畿地方最古の芝居小屋、永楽館だった。片岡愛之助を座頭にした永楽館歌舞伎でも有名だ。前日に続いて、公務の合間を縫って関貫久仁郎市長が挨拶をされた。トークセッションの司会は、フジテレビアナウンサーで、祖父様祖様が豊岡市に住んでいたため、子どものころは頻繁にこの地で過ごしていたという佐々木恭子さんが務めた。
Section1「わたしの豊岡の思い出」では2018年に豊岡市に移住した女優・歌手の河合美智子さんが登壇。前にこんな記事→(https://spice.eplus.jp/articles/224921)を書いたことがあったが、この取材の前に前市長と会談されていた姿を見かけたのを思い出す。
「2015年に永楽館での『歩く人というイベント』に出演させていただきました。そのとき初めての空港だったのに、降り立った瞬間に“ただいま”と言いたくなるような懐かしさを感じたんです。仕事柄いろいろな地域に伺いますが、ここなら幸せになれそう、初めて住みたいと思ったの。主人には老後の楽しみにと言われていたのですが、次の年に脳出血で倒れ、逆に今ならいいかもと少し落ち着いたところで再度相談して移住を決めました。自然に囲まれ、程よい距離感の人間関係が築ける街です。街全体が広いので1週間くらい滞在していただいて、満遍なく楽しんでいただけると良いと思います」
Section1「わたしの豊岡の思い出」中央が河合美智子さん 写真提供:豊岡市大交流課
Section3「芸術文化観光専門職大学が目指すものとは」に登壇した平田オリザさんは、江原に住んでいる。「観光というのは、“国の光を見る”という中国の古典からきているんですけど、直発光するものはほとんどないんです。その光を当てるのが芸術家の仕事。私たちアーティストが移住してきたり、アート思考の学生が集まることで、もっともっと但馬地域の魅力が再発見されて、そこに光を当てて、人びとを呼び込んでいくのも大学の仕事かなと思っています」と語った。また演劇の手法を使ったコミュニケーション教育については「子どもたちは小中学校で演劇教育が行われているので、演劇を見ることのハードルは下がってきました。私は江原で劇場をやっているのですが、江原の子どもは当たり前のようにきてくれる。また学力テストの際には教科の点数だけではなくて、定性のアンケート調査もするんです。“話し合いが得意ですか?” “話し合いは好きですか”という設問があるのですが、コミュニケーション教育を初めて7年になりますが、この期間に20ポイント上がって、全国平均以下だったものが、今はそれを超えました。アクティブラーニングを取り入れる動きによって全国平均も上がっているんですけど、それ以上の伸びになっています。また高校の先生からは子どもたちが授業で発言する比率が明らかに高くなっているという話は聞きます。但馬圏域のすべての高校はうちの大学の教員たちが出向いてコミュニケーション教育をやっているので、但馬地域は教育の面でも日本の最先端を行っている。安心してIターン、Uターンしてきてください」と成果を実感している。さらに開催中の演劇祭についても「アジアのアーティストが憧れる演劇祭をつくりたい。もうすでに海外からの問い合わせもたくさん来ていますから。もちろん地域の皆さんが誇りに思ってくださることが大事なんですけど、人間は社会的な生き物なので褒められたり憧れたりしないと自尊感情は育たない。これからアジアの中間層、富裕層が“豊岡でこういう体験をしてきた”と発信してくれるようになったらいいと思うし、そのサイクルの中核に専門職大学がなりたいと思います」と力強く締めくくった。
Section3「芸術文化観光専門職大学が目指すものとは」右が平田オリザさん 写真提供:豊岡市大交流課
Section4「わたしが考える豊岡のまちづくり」では城崎国際アートセンター前館長の田口幹也さんが登壇。まずは今年2月に友人を案内して回った際に、稀に見る大雪の神鍋高原に対し、竹野の海で泳いだ話を披露。移動する先々で風景が変わる自然の豊かさ象徴する逸話だ。「豊岡は六面体がキャッチコピーになっています。でも観光のために六面をつくっているのではなく、地元の方の暮らしが充実することが大事。僕は市の大交流課の参与ですが、交流人口を増やしていきましょうと頑張っています。交流人口とは豊岡に留まる方を指標としていたのですが、あるときから大交流イコール観光と捉えています。これまでの観光は1泊2日で風光明媚な観光地を巡り、温泉に入って、現地の名物を食べ、お土産を買って帰ることが定番でしたが、これからは街の生活、暮らす人びとの佇まい、そこに根づいた土着的なものを含めた文化を共有していくスタイルに変わっていくでしょう。それが文化観光の根本ではないでしょうか。そのときの移動手段はレンタカーよりもスピードのゆっくりしたもの、地域の方の移動手段の中にあると思っています。トヨタの社長は“トヨタは車のメーカーではなくなる。でも人びとの移動する欲求は止められないからモビリティを提供する会社になる”とおっしゃられた。僕らが想像もしないような移動手段が出てきたときに、豊岡はどんな感じでやっているか。当然文化に根づいた移動手段があると思うので、そこと関わっていく。豊岡にはそういう実験をする演劇祭があるし、研究している大学がある。これからいろいろなことが試されていくと思います」と目指すものを語った。
Section4「わたしが考える豊岡のまちづくり」左から3人目が田口幹也さん 写真提供:豊岡市大交流課
Section2「なぜ、移住・U ターン?豊岡での挑戦」より 写真提供:豊岡市大交流課
豊岡ファンミーティングの参加者は出石を巡った後、登壇者、市役所の職員らとの交流会に。僕はDMOの方と話す。演劇祭のツアーの販売業務をされている方で「実証実験で旅館のさまざまなデータをつなげて地域全体で単価をあげたり、需要を上げていく取り組みを考えている」という。こうした実験をうまく展開することに長けていると感じていたが「豊岡は昔から行政の中に、まずやってみようという文化があるんですよ。いい意味でプライドがあって、積極的に進めていくところが先進的で魅力的です」と笑顔を見せた。
その後、永楽館館長によるバックステージツアーを見学。なんと言っても興味深かったのは、今も使われている人力の回り舞台。役者のセリフに合わせ地下で回すのだ。現在はベアリングによって女性が一人でも回せるそうだが、木製のそれは当時の風情を十分に伝えている。前述の歌舞伎は愛之助の初役のものと、地元ネタのものを一つずつプログラムに組み入れるのだそう。時期もコウノトリで育んだ無農薬の新米、名物のカニの美味しいころ。来年はぜひ開催されることを願わずにはいられない。
永楽館館長の赤浦毅さん
永楽館の回り舞台
せっかくだと思い城崎温泉に急いで行き、温泉を2軒だけハシゴ。夜8時からは豊岡稽古堂ロビーで、しんしんしのダンス公演『しんのいし』を見る。しんしんしは知念大地と藤原佳奈のユニットで、「踊りを〈わたしたちの存在を照らす術〉と捉え、 公共にひらく」をコンセプトに掲げている。動きを削ぎに削ぎ落とした中の、ささやかながらダイナミックな動きに吸い込まれるうち、世界の中で、社会の中でポツンとたたずむ自分に出会ったような感覚になった。奥では煌々とした明かりの中で、残業する市役所職員の動きがダンスとシンクロしたり、逆になったり、現代社会のありようの一つを映し出し、知念のダンスと対称性を表す舞台装置のようだった。
しんしんし『しんのいし』 写真提供:しんしんし
豊岡演劇祭の期間中、なかなか宿が取れないのだそう。もう1泊すれば、城崎国際アートセンター芸術監督である市原佐都子の『Madam Butterfly』が見られるのだが、後ろ髪を引かれるように豊岡を後にする。途中京都で、城崎を拠点に活動している「ダンストーク」主宰でダンサーの千代その子さんと話す。千代さんは豊岡市日高町の神鍋高原で家族でキャンプをして、温泉に入って、演劇祭を見にいくと言っていた。これこそ、豊岡ファンミーティングで語られていた、豊岡ならではの一つの楽しみではないか。来年の豊岡演劇祭はキャンプ場での宿泊がトレンドになっているかもしれない。
文:いまいこういち